特集/障害者施策の最近の動向 障害者プラン―ノーマライゼーション7ヵ年戦略

障害者プラン―ノーマライゼーション7ヵ年戦略

―好転なるか、わが国の障害者施策―

藤井克徳

 

1. プラン策定に至るまでの経緯・背景

 障害者プラン(以下、プランという)が策定されるまでには、多くの曲折があった。直接的なきっかけは、障害者基本法(旧・心身障害者対策基本法、1993年12月3日改正法公布)の制定で、同法中「政府は(中略)障害者の施策に関する基本的な計画を策定しなければならない。」(第7条2‐1)とあり、国に対して総合的で計画的な障害者基本計画の策定を義務づけたのである。これを受けるかたちで、1994年9月22日、厚生省内に「障害者保健福祉施策推進本部」(本部長・厚生事務次官)が設置され、障害者施策の基礎をなす社会福祉の分野からプラン策定の準備が開始されていった。

 一方、プランに掲げられた施策の実施主体の大半は市町村が担うこととなり、総理府はプラン策定と並行しながら「市町村障害者計画策定指針」を作成した(1995年5月11日)。したがってこの「指針」は、プランを実質的に裏打ちする役割を持つものであった。

 さらに、プラン策定の背景として見逃せないのが、社会保障制度審議会の勧告「社会保障体制の再構築」(1995年7月4日)であろう。本勧告の中で、障害者施策に関連して「障害者施策について、長期的観点に立ち、総合的、計画的推進を図る必要がある。(後略)」とあり、立ち遅れの目立つ障害者施策の改善が強調されている。

 同勧告があった直後の7月25日、「障害者プラン」の原型ともなった「障害者保健福祉推進本部中間報告」(以下、中間報告という)が厚生省より発表された。これ以降、「中間報告」をベースとしながらも、より総合的(全省庁的)なプランとしていくために総理府主導で最終的な策定作業が進められていくことになった。以上の経緯を受けて、1995年12月18日「障害者プラン」が誕生した。

 なお、こうした直接的な経緯とは別に、プラン策定に影響をもたらした事柄をいくつか挙げておきたい。1つは、他の社会福祉分野の長期プラン、すなわち新ゴールドプラン(1994年12月18日)やエンゼルプラン(1994年12年16日)が挙げられよう。先行した高齢者保健福祉施策や子育て支援施策との政策上の均衡を図っていくことは、障害分野関係者の共通の課題となっていたのである。

 2つ目に、障害分野をめぐる国際的な潮流が挙げられる。「完全参加と平等」をテーマとした国際障害者年(1981年)とこれに直結して展開された「国連・障害者の10年」(1983年~1992年)、「アジア・太平洋障害者の10年」(1993年~2002年)がその代表的なものであろう。とくに、国際障害者年と相前後して数々の国連決議や国際的な文献が紹介されたが、これらに今回のプランの源流を見る思いがする。

 3つ目として、遅々として好転を見ない障害者の生活実態とこうした事態の改善を求める障害者運動の高揚が挙げられる。ことに、プラン策定の最終段階において、日本障害者協議会を中心とする民間団体が果たした役割は少なくないものがあった。

2. プランの全体像と構成の特徴

 プランの全体像や構造がどうなっているのか、このことを明らかにしておきたい。プランは、全体でA4サイズ25頁から成っている。冒頭部分の2頁に ①位置づけ ②基本的考え方 ③期間 ④推進方策等 ⑤地方公共団体への支援、について、いわば前書き的に記されている。この部分には、いくつかの重要な記述がある。例えば、プランの期間については1996年度から2002年度までの7年間と設定し、また「…必要に応じプランの見直しを行う。」という表現で、中間見直しを示唆している。なお、7年間と設定した理由は、すでに3年間を経過した「障害者対策に関する新長期計画」(1993年度~2002年度)について、残り7年間の実施計画を今回のプランが担うというものである(したがって、(「障害者対策に関する新長期計画」が全面的にプランに切り替わるというものではない)。

 これに続く23頁分は、すべて「各施策分野の推進方法」と題する、プラン本体に当てられている。プランの本体部分は、さらに①地域で共に生活するために②社会的自立を促進するために③バリアフリー化を促進するために④生活の質(QOL)の向上を目指して⑤安全な暮らしを確保するために⑥心のバリアを取り除くために⑦わが国にふさわしい国際協力・国際交流を、の7本の柱から構成されている。ただし、内容面での具体性という点からもまた分量的にも「①地域で共に生活するために」、すなわち厚生行政所管施策にウエイトが置かれ、「障害者プラン」というよりは「障害者保健福祉プラン」といった印象を抱かせるものがある。 

3. どう読む、プランの着眼点

 プランの評価に先立って、その着眼点を明確にしておきたい。これについては、「中間報告」で示されていた基本視点や重点方策などから見て、大きく分けて次のように整理することができよう。

 まず第1点目は、数値目標の水準についてである。目標値の明定を最大の目玉としていた今回のプランでは、厚生省はもとより他省庁を含めて「値」の規模が問われるものであった。「中間報告」ではその冒頭部分で「……地域における障害者の生活を支援するためのサービスは、なお質、量ともに十分でない。……」とあり、とくに、地域生活を支援するための施策の数値目標がどの程度のものになるのか、関係者の熱い視線が注がれていた。

 第2点目に、総合化・統合化についての具体化が挙げられる。これについては、さらに①各種施設・事業について障害種別を超えての共同利用・相互利用が本格的に推進されるのかどうか ②厚生省における障害者行政組織が、どんなかたちで一元化されるのか ③全分野を網羅した施策、すなわち全省庁の揃い踏みが成るかどうか、この辺がポイントとされていた。

 第3点目に、障害者施設体系の見直しが挙げられる。40種類近くにも及んでしまった複雑きわまりない現行施設制度、これがどのような手順と方向性を持って改革されていくのか、地域生活と直接関係するだけに高い関心が示されていた。

 第4点目に、現行施策において十分対応できていない領域にどのような策が講じられるか、ということであった。各種の法定外事業(小規模作業所など)や重度障害者、難病者、中途障害者などに対する施策について、本格的に着手されるのかどうか、プランの有効度のバロメーターともなるものである。

 第5点目は、プランで盛り込まれた個々の施策を実質化していくための方法や条件の整備についてである。施策や事業の実施主体となる市町村の積極的な姿勢をどのようにして促していくのか、これとの関係で国の財政支援の規模がどうなるのか。とくに、過疎地帯といわれている地域での施策推進について、どのような特別方策を講じていくのか、関係者にとっては気になるところである。

4. プランについての評価―具体的に推進すべき事項ならびに問題点

(1) 評価すべき点・具体的に推進すべき事項

 前述した着眼点に照らして、プランについて評価を加えてみたい。まず、評価すべき点、すなわち成果として確認できる点として次の5点が挙げられよう。

 その第1は、目標値が具体的な数値で示されたということである。とにもかくにも、わが国の障害分野史上数値目標が明示された施策の策定は初めてのことであり、これが持つ意味は少なくないものがあろう。これまでも、障害者関連の総合的な長期計画は2度にわたって策定されてきた。「障害者対策に関する長期計画」(1983年度~1992年度)ならびに「障害者対策に関する新長期計画」(1993年度~2002年度)であるが、これらの最大のウイークポイントは理念や方向性は明言されてはいるものの、具体性を伴うものではなかった。

 第2に、障害種別を超えた総合化・横断化の方向が明確に打ち出されたことである。住まいや働く場・活動の場に関する施策など、プランの随所で障害種別を超えることの必要性が強調されている。最も象徴的なのは、厚生省における障害者行政組織の一元化の方向を鮮明にしたことである。現行の3局3課体制(身体障害者施策=社会援護局・更生課、精神薄弱者施策=児童家庭局・障害福祉課、精神障害者施策=保健医療局・精神保健課、これに難病施策を担う保健医療局・疾病対策課を含め3局4課ともいわれることがある)に終止符が打たれ、本年7月1日から「障害者保健福祉部」(仮称・いずれの局にも属さず大臣官房直轄)の創設が本決まりとなっている。このことは、障害種別間の施策の均質化を図っていくうえからも、また地方自治体での障害者行政組織のあり方への影響という点からもきわめて重要な意味を持つものといえよう。

 第3に、障害者施策と市町村の関係について踏み込んだ見解を示したことが挙げられる。とくに市町村の多くは、これまで精神障害やてんかん、難病などの施策について、その責任を回避もしくは消極的な姿勢に終始してきた。プランの中で、知的障害者の施策については、サービス決定・実施主体を市町村に移す方向での検討が、また精神障害者の施策についても知的障害者施策の域にまでは達しないものの市町村の役割を高めていくことの必要性が強調されている。さらに、複数市町村による広域圏域での施策展開についても、その推進を促している。全市町村のうち、人口が2万人に満たない自治体の割合が81%にものぼるという状況にあって、こうした広域圏域での施策推進方策など、実施主体のあり方に柔軟性を持たせていくことは効果度を高めていくことになろう。

 第4に、プラン策定に伴って新たな視点による施策が盛り込まれたことである。代表的なものとしては「障害者地域生活支援センター」が挙げられ、既に1996年度厚生省予算案に計上されている。障害種別ごとに「市町村障害者生活支援事業」(身体障害者対象)、「障害(児)者地域療育等支援事業」(知的障害者対象)、「精神障害者地域生活支援事業」に分かれているが、事業内容は①生活相談 ②日常生活支援 ③地域との交流活動を中心とするもので、共通性を備えている。さまざまな施設や事業の「つなぎ役」として、また施策のすき間の「埋め役」として、運用によってはかなりの威力を発揮することが期待できる。

 第5に、厚生省主導で策定作業が進行したことは前述したとおりであるが、厚生省以外のいくつかの省庁についても評価しておくべき点がある。とくに建設省についてであるが、数値目標の明定はなされなかったものの、プランの内容及びその後の動向からも積極的な姿勢が伺われる。例えば、歩道の拡幅(車イスのすれ違い可)については、全歩行者利用道の約半分に当たる13万kmを21世紀初頭までに整備するとしている。また、プラン策定後に建設省より示された「公営住宅法の一部を改正する法律案」(1996年2月5日)では「公営住宅の社会福祉事業等への活用」という項が設けられ、社会福祉法人等が公営住宅の契約者になれる旨の方向が打ち出されている(グループホームとして)。さらに、「福祉のまちづくりに関する計画策定指針(案)」(1996年3月13日)が作成されるなど、プランに連動した動きが見られる。

(2) 問題点・残された課題

 このように評価できる点、すなわちいくつかの点で新たな方向は示されたものの、一方で問題点や今後に残された課題も少なくない。プラン策定の途中で示された「スケルトン案」や「中間報告」の水準などから、関係者の期待度は非常に高いものがあった。結果として、最終的にまとめられたプランは「在来線型から新幹線型へ」の刷新策とは言い難く、せいぜい「在来線のダイヤ改正」程度に留まってしまったようだ。深刻な事態を好転させていくうえでどの程度の威力を発揮するものになり得るか、疑問が残るところである。

 以下、主要な問題点について略述する。

 第1は、本プランの最大のセールスポイントであった数値目標についてであるが、その水準が余りにも低調であるということである。例えば、授産施設・福祉工場について現行の41,783人分(3障害合わせての1995年度定員・厚生報告令に基づく)を、向こう7年間で6万8千人分にするとしているが、この数値をどう読むかということである。プランができたことによって、これまでの伸び率をどの程度上回るものになるのか、ここが大きな見どころになっていた。

 過去7年間の平均伸び率を基礎に、向こう7年間の数値を割り出すと約8万6千人分の定員が確保されることになる。つまり、プランが策定されたことによって飛躍的な拡充が実現されるどころか、いわば自然増的数値ともいえるこの間の平均伸び率をも下回ってしまうという不十分なものである。しかも、約7万人もが小規模作業所等の法定外事業を利用せざるを得ない実態からすれば、プランが示した2万2千人分程度の定員増はまさに「焼け石に水」といったところではなかろうか。グループホーム・福祉ホームについても同様である。3障害合わせて、現行の5千人分を2万人分にするというものであるが、精神病院入院者のうち社会的入院状態にある者だけでも約10万人といわれており(去る12月発表のあった総務庁行政監察局の調査結果でも約7万人)、数値の有効性が問われるところである。

 第2に、目標値の低調さと合わせ財源面の問題が挙げられる。厚生省から示された「プランの概要」によると、厚生省予算分として7年間で1兆円を「プランによる上乗せ額」と記している。しかし正確には、プランが策定されたことによる固有の上乗せ額ではなく、1995年度予算を起点に、1996年度から2002年度までの伸び額分の累計という意味である(プランがなかったとしても、一定の伸びは確保されるはず。今回の計算にはこうした自然増的・当然増的な伸びも含まれている)。しかも、1兆円は事業費ベースであり、地方自治体などの実施主体で約半分を担うこととなり、実質的な国の持ち分は7年間で約5千億円程度ということになってしまう(ちなみに1996年度予算案では、前年度比251億円増)。

 第3に、厚生省以外の他省庁所管施策の不十分さが挙げられる。結局、厚生省以外の省庁は数値目標を明示することができなかった。1年余にわたって策定準備をしてきた厚生省と比べ、いかにも遅れをとった感があり、調整能力を欠いた総理府の不十分さが改めて浮き彫りにされたようだ。総合的なプランという前評判、またそう訪れることのない好機だっただけに、総合性を堅持できなかったことは残念でならない。

 第4に、現行施策の質的量的不十分さを背景として表出しているさまざまな矛盾や問題点に正面から対応できていないということである。例えば、4千カ所にも達した小規模作業所問題にどう対処しようとしているのか、ということである。もともとは、授産施設などの法定施設の量的な問題(絶対数不足や地域遍在)や重度障害者に適合した施設制度が備わっていないなどの施設制度・施設体系の不備に起因するもので、こうした原因療法的な対応にどこまで迫れるのか、関係者の期待は大きかった。しかし、プランはこれに応えるものにはなり得ていない。この点について「…助成措置の充実」という記述はあるものの、1996年度予算案では補助額についてわずか10万円アップの1カ所当たり年間110万円、「充実」というには余りにもお粗末なものである。

 重度障害者施策についても同様である。とくに、障害児学校に連動するような本格的な通所型の社会資源の必要が求められていたが、決め手になるような施策の提言は見当たらない。全体として、現行施策の域を出ない改革性の乏しい内容になっていると言わざるを得ない。

 第5に、都市部偏重とされてきた旧来の政策基調について、それほどの改善が加えられていないということが挙げられる。例えば、前掲した「障害者地域生活支援センター」は身体障害、知的障害、精神障害それぞれに人口30万人エリアに2カ所ずつ設置しようというものである(2002年までに650カ所×3)。この設置の目安、実に乱暴な考え方と言わざるを得ない。東京の世田谷区は58.08平方㎞エリアに757,282人が在住している。これに対して、兵庫県の浜坂町(筆者が最近訪れた町で、町としては平均的なタイプ)は102.98平方kmに12,210人。この2つの基礎自治体を同一のスケールで論じることは所詮無理なことである。もし、浜坂町を中心に30万人エリアといったら山陰本線で1時間も走らなければならないという。「地域福祉」を基調としている今回のプラン、その理念とはどう見ても整合性に欠ける。面積を人口に換算する方式など、工夫が求められるところである。

 第6に、その他、プランの記述でいくつか気になるところを掲げておきたい。例えば、精神障害者の施策について「質の高い療養生活が安心して送れるよう、長期入院者の医療の在り方について多角的な視点からの検討を進める」とあるが、これはいわゆる「精神保健福祉施設=心のケアホーム」制度の創設を意図したものといわれている。長期在院者を対象とした精神病院敷地内での福祉型施設構想、社会的入院者の「救出」策とはおよそほど遠いものがある。

 また、入所型施設の定員について、精神薄弱者更生施設(入所)、身体障害者療護施設、精神障害者援護寮療合わせて22,500人分増やすというものである。入所型施設を否定する立場ではないが、「地域生活への移行」を基本方向とするプランにあって、少なくともグループホーム・福祉ホーム(1万5千人分増)の利用定数の方がこれを上回るものであってほしかった。

 第7に、プランの表記上の問題が挙げられる。プランでは、現状の数値と7年後の数値のみの記載となっている。これらと並列させながらニーズ数値を記載すべきで、これによってプランの有効性や妥当性というものが、よりはっきりしたものになってくるのではなかろうか。 

 第8に、プラン策定の手続き上の問題が挙げられる。プランの策定は、審議会でもなければ国会でもなかった。部分的に中央障害者施策推進協議会で説明・意見交換があったとされているが、実質的には政府のみで策定されたといってよかろう(与党福祉プロジェクトとの連携はあったものの)。国連が唱えた「政策決定段階への参加」という策定方法からはだいぶ距離感を覚える。こうしたことが、当事者にとって適合感が得られにくいものであったり、プランへの関心が世論のみならず関係者ですら今一つ盛り上がりに欠けていることにつながっているのではなかろうか。

5. 今、問われているもの

 プランが策定された今、改めていくつかのことが関係者に問われている。1つは、プランに盛り込まれた施策のうち、具体化すべき事項について早期に実現していくことである。とくに、プランの実施主体となる市町村の姿勢が決定的な意味を持つことになり、民間の側からの個々の自治体に対する働きかけは、これまでにも増して重要さを増すことになろう。

 今1つは、「中間見直し」に向けての態勢確立を図っていくことである。「中間見直し」に直接の影響を及ぼすことになるのが、1996年度中に策定されることが求められている(市町村高齢者保健福祉計画は義務づけられていたが、障害者計画の策定は努力規定の扱い)「市町村障害者計画」で、この内容に基づいて数値目標が再設定されることになる。したがって「市町村障害者計画」の水準が、即「中間見直し」の規模を規定することになる。同時に、個々の団体ならびに団体間の連携を深め合いながら、実態とニーズに裏付けられた厚みと独自性を備えた政策を策定し、これを提言していく活動を積極的に展開していくことが求められている。

〈参考文献〉 略

共同作業所全国連絡会常務理事


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1996年4月(第86号)15頁~20頁

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