講座 行政の取り組みから見た福祉のまちづくり

講座

福祉のまちづくり・1

行政の取り組みから見た福祉のまちづくり

野村歓 *

はじめに

 高齢社会の到来と共に地域福祉の必要性がますます高まり、厚生省ではゴールドプラン、新ゴールドプランに見られるように、生活環境整備に相当の力点を置いた政策が展開されるようになってきた。一方、建設省でも平成6年6月「高齢者・身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」の制定と同時に「生活福祉空間づくり大綱」を発表し、「高齢者や障害者を含む全ての人々が自立し尊厳を持って、社会の重要な一員として参画し、世代を超えて交流することが可能な社会、これこそがいきいきとした福祉社会の基本目標」(骨子前文より)として、本格的に生活環境整備に取り組む姿勢を見せてきた。さらに、平成7年の障害者白書の副題は「バリアフリー社会を目指して」とあるように、厚生省の意気込みを見せている。これら国の動きと連動するように、いま地方自治体は福祉のまちづくり条例の制定に向けて積極的に動いている。

 本講座は、これら高齢者・障害者に対する生活環境整備の一連の動きを「福祉のまちづくり」として捉え解説を行う。国の動きについては既にいくつか紹介されているし(本書では№80・1994年6月参照)、資料も得やすいので、本講座の第1回は地方自治体の動きとして東京都の福祉のまちづくりに対する取り組みを概観したい。東京都は、福祉のまちづくりに対してこれまで先導的な役割を果たしてきているので、今後の地方自治体の取り組みの参考になるものと思われる。

1 東京都のこれまでの取り組み

 東京都の最初の動きは、1973(昭和48)年に建設局が「障害者のための公園施設設計基準」を作成した時に始まる。厚生省が「身体障害者福祉モデル都市事業」を開始した年であり、建設省が道路の歩道段差切下げ基準の通達を出した年でもある。1976(昭和51)年には福祉局が「都立施設の障害者向け整備要綱」を制定した。いわゆる障害者の生活環境を整備するための要綱は都下町田市が1974(昭和49)年に全国に先駆けて制定し、1980年に向けて当時の政令都市が相次いでこれを追随した時期でもあったが、都は町田市に次いで2番目にこれを制定したわけである。さらに、1979(昭和54)年に建設局が定めた「視覚障害者誘導ブロック設置指針」は、まちづくり運動に伴って各地でブロックが敷設されてきたが、しっかりしたルールがなかったためにかえって混乱し始めた時であっただけに時機を得た指針であった。時期的には京都市とほぼ同時期であった。

 しかし、なんといっても全国的にも評価されるのは、1984(昭和59)年から始められた都知事の私的諮問委員会である「福祉のまちづくり東京懇談会」である。この成果は、1986(昭和61)年に「東京都における総合的な福祉のまちづくりの推進について」としてまとめられた。最も重要なことは、福祉のまちづくりを「障害者や老人などハンディキャップを持つ人たちを含めた全ての都民の日常生活を保障するものであり、地域の暖かい思いやりとふれ合いに支えられながら、都民ひとりが、安全でかつ快適に都市施設を利用できるよう、物心両面にわたる地域環境を創り出していくための実践過程である」(同報告7頁)と定義したことであろう。ここに、福祉のまちづくりは「全ての市民」のものであること、ハードを整備することが目的ではなく、ハードを利用できるようにして日常生活を保障することが目的であること、ハード面だけではなくソフト面の重要性を位置づけたこと、を短い文章に要領よくまとめたことにある。このほか、福祉のまちづくりを進める上での基本となる視点を「人間性の尊重」「能率・経済優先主義の反省」「安全性の確保」「地域からの発想の重視」「福祉のまちづくりを支える基盤づくり」として位置づけ、福祉のまちづくりをしっかりした理念のもとに進める必要性を明らかにしたことはその後の福祉のまちづくりに大きな影響を与えることとなった。

 これに支えられて、東京都は1988(昭和63)年に「東京都における福祉のまちづくり整備指針」を策定した。外部からの専門家のアドバイスを受けながらも行政組織内での建設・住宅・道路・公園の各部署から技術職員が相互の連携調整をとりながらまとめたものであり、現在でも、全国の福祉のまちづくり整備基準のバイブル的存在となっている。ここでの特徴は、これまでの整備基準が一定規模以下の建築物には整備基準を除外していたが、本整備指針では個人住宅以外の全ての建築物が整備基準を遵守する考えを打ち出している、ことにある(但し、事前協議を必要とする建築物は、行政側の事務量との関係で面積限定が残されている)。このような考えは、全ての市民が福祉のまちづくりを意識させ、理解させることにも重要な視点であった。

 もうひとつ本整備基準がバイブル的役割を担ったのは、全ての図面類が統一された筆致で記されたことにもよる。このように、福祉のまちづくり運動の先導的役割を担ってきた東京都は、1989(平成元)年から「(旧)東京都福祉のまちづくり推進協議会」を開催し、1990(平成2)年に「東京都福祉のまちづくり推進計画」を発表した。ここでは、区市町村、民間、都民と共に、総合的な福祉のまちづくりを推進すること、誰もが暮しやすいまちづくりをすすめるために、福祉の視点から生活環境の整備と「暖かさ」「やわらかさ」等のソフト面を加えた整備を行うこと、民間事業者への福祉のまちづくりの普及・啓発を促進することなどを唱い、柱作りを行っている。これらは、1991(平成3)年に示された「東京都地域福祉推進計画」においても地域福祉の重要な事業としても位置づけられている。一方で、都内の特定地域を指定し「福祉のまちづくり区市町村モデル地区整備事業」を開始している。これまで、豊島区・品川区・文京区など21市区で事業が展開されている。さらに、「都営バスにスロープ付き超低床バスを試験導入」にしたのもこの年である。

 次の大きな動きは、1993(平成5)年に「東京都安全条例」の一部改正が行われたことである。これまでの環境整備が「要綱」より強い法的規制が行われていなかったために充分な成果があげられなかったこと、一方アメリカ合衆国でアメリカ障害者法が制定される動きに刺激されてか、神奈川県が全国に先駆けて1990(平成2)年に建築安全条例を改正したことから、政令都市を中心にこの動きが起こったものである。内容的には、建築物へのアプローチ、廊下・階段等の移動空間の条例を改正し、高齢者や障害者が建築物を利用しやすくする考えの基に行われたものである。

 しかし、建築安全条例の改正は、建築基準法による条例委任といって法に定められた建築物以外には言及されず、従って、日常生活上重要な建築物が対象外となったり、要綱に含まれている交通機関・道路・公園は条例の対象外である。そこで、新たに「福祉のまちづくり条例」を制定する必要に迫られ、東京都は1994(平成6)年に「やさしいまち東京構想懇談会」を発足させた。ここで、21世紀に向けた福祉のまちづくりの目標をそこで生活する全ての人にとって住みやすい障壁のない「やさしいまち東京」を創造すること、そのためには「人間性の尊重されたまち」「自主・自立の確保されたまち」「社会的連帯の強化されたまち」「福祉機能が社会構造に内部化されたまち」を目指すこととした。特に、最後に示した点は、社会資本である都市施設を安全で快適に利用できる質的に優れた都民の共有財産として整備するまちづくりは、将来にわたって都民が安全かつ安心していきいきと暮し、日常生活の豊かさやゆとりを実感できるための、重要な社会的基盤整備の1つである、と指摘している。また、同時に福祉のまちづくり条例にも触れ、関連法律や条例等の規定領域を包含し、都における福祉のまちづくりの基本理念や運用上の基本事項を規定する基本条例として制定すべきとしている。

 これを受けて、東京都は1995(平成7)年に「東京都福祉のまちづくり条例」を制定した。これは、東京都が1995(平成7)年に示した「とうきょうプラン95(東京都総合3か年計画)」にもしっかりと位置づけられている。

 一方で、国は冒頭に示したように、平成6年6月「高齢者・身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」を制定し、わが国の福祉のまちづくりは新たな時代を迎えた。

2 東京都福祉のまちづくり条例について

 東京都の福祉のまちづくり条例の目的は、都、事業者及び都民の責務を明らかにすると共に、都の施策の基本的事項について定めることにより、高齢者・障害者が円滑に利用できるよう施設の整備及びサービスの向上を図り、もって「やさしいまち東京」の実現を目指すことにある。

 条例の基本的な考え方は、今後、都において福祉のまちづくりを総合的に推進するうえで重要な基盤となるものであり、都における福祉のまちづくりに関する施策の基本的な事項を規定する。そして、都民の参加と協力を基本とし、都民・行政・事業者が共通の認識の下に、それぞれの立場から共働して推進する。さらに、福祉のまちづくりは、物的な環境整備にとどまらず事業者の提供するサービスや都民相互のふれあいややさしさ、さらに、関連する各種の施策の連携などにより総合的に推進するように考えられている。このほかの特徴として

・福祉のまちづくりに関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための基本となる推進計画を策定する。

・事業者及び都民が福祉のまちづくりに関する理解を深め、自発的な活動が促進されるよう教育及び学習の振興並びに広報活動の充実を図る。

・福祉のまちづくりに関する調査・研究、事業者に対する支援等により、福祉のまちづくりの効果的な推進に努める。

・不特定多数の者の利用する建築物、道路、公園等に関し、高齢者・障害者等が円滑に利用できるよう整備基準を策定し、施設所有者に対し、整備基準に適合させるよう努力義務を課せるようにする。

・特定施設を対象に、新設または改修等の際、事業者に対し工事内容について届出を求め、併せて必要に応じて指導・助言、勧告及び公表を行う。また、既存施設については事業者に対し整備基準への適合状況の自主的な把握を求め、必要な限度においてその状況の報告を求める。

・一般都市施設以外の施設、例えば、車両、住宅の供給及び福祉用具等に関するそれぞれの事業者に対し、高齢者・障害者が円滑に利用できるよう必要な措置に努めるように促す。

・福祉のまちづくりの推進に関する基本的事項を調査審議させるため、知事の付属機関として東京都福祉のまちづくり推進協議会を設置する。

などである。

3 福祉のまちづくり推進協議会の開催

 福祉のまちづくり条例の全面施行に必要な「一般都市施設」「特定施設」「整備基準」など施設整備に関する項目の具体的内容は知事がこれを定めることになっているが、これらの検討に当たって推進協議会の意見を聞くことが定められている。これを受けて東京都は平成7年9月に協議会を発足させ、部会を含めて11会の委員会を開催し、これらの基本的意見を取りまとめた。この協議会の委員は障害者団体から委員、建築・鉄道などの事業者委員、学識経験者の委員に混じって、都知事のアイデアで都民公募による委員が加わって検討を行った。都民公募の委員は、福祉のまちづくりに関する私見を簡単にまとめた文章を読んで決定したとのことであるが、理学療法士、障害者、自宅で親の介護を行っている者など4名が参加し、幅のある意見が寄せられたことは大いに評価できる試みであった。

 なお、都においても「東京都福祉のまちづくり推進本部」の下に整備基準等検討委員会を設け、推進協議会と連携・平行して検討を進め、平成8年6月中旬に規則決定に至った。

4 東京都の福祉のまちづくりの特徴

 これまで、東京都の福祉のまちづくりの動きを時系列を軸に眺めてきたが、その特徴を次のように捉えることができる。

 東京都は自治体の先頭をきって福祉のまちづくりに関する事業を行ったことはない。これは、行政体の規模が大きいために、問題認識に内部格差・地域差があり、行政が検討すべき課題として捉えにくいからであろう。また、独創的・独自的な動きがしにくいこともあろう。しかし、いったん事業を行政課題として取り上げてからは、社会全体の流れを見すえつつ慎重に討議を重ね、決して表面的な動きに惑わされずに、理論構築を築き上げてから事業の展開を実施する。予算的な裏付けもしっかりしていることが他の自治体に見られない強みとなっている。

 これらの裏には首都東京の自治体として、国の動き、海外の動き等の多くの情報を的確に把握して事業立案に役立たせていることも見逃せない。

 また、理論構成を行うときに外部から学識経験者が障害者団体の代表を含めた委員会や両者を個々に組織した委員会等を立ちあげることが通常であるが、これもこの方面の学識経験者が首都圏に多数いることの強みであろう。一方、障害者の活動も見逃すことはできない。首都圏に居住している障害者は、行政体と同じように海外国内のさまざまな情報の渦の中で活動している。多くの知識と行動力とで、行政の動きを見守っている。オンブズマンの役割を果たしているといってよい。他の地方自治体には地のりを活かした福祉のまちづくりの動きが羨ましく見えよう。しかし、理論構成に優れているこれらの動きは、全国にも通じる考え方を提示していると思えばよい。他の地方自治体ではこれを参考にしながら、新たに地域にふさわしい独自の福祉のまちづくりを展開していることも可能なわけである。

5 今後の課題

 国と都道府県の関係と同じように、東京都は独自に事業を展開する部分をもちながら、多くは特別区や市町といった基礎自治体との連携と協力関係を保ちながら、事業の展開を進めなければならない。独自の福祉のまちづくり条例を持つ市もあり(狛江市・町田市)、ほとんどの特別区といくつかの市で福祉環境整備要綱を持っている。これらの整合性をどのようにとるか、建築基準法に基づく確認申請業務と福祉のまちづくりの事前協議とを適切に行わない限り成果を得ることは難しい。また、民間事業者の役割も条例等で唱っているが、これの協力を得るためにはそれなりの理解と協力を求めなければ困難である。

参照文献 略

*日本大学理工学部教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1996年8月(第88号)41頁~44頁

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