特集/地域リハ 地域リハからみた公的介護保険

地域リハからみた公的介護保険

石川誠

1.はじめに

 近年、我が国の疾病構造は、感染症から成人病、成人病から老年病へと変化し、慢性疾患や退行性疾患に対応する医療のあり方が問われている。また社会は、急速に進む高齢化、核家族化、低経済成長の中にあり、さらに国民の価値観は多様化・高度化している。現在、これらの疾病構造や社会構造の変化に対応する保健・医療・福祉の変革が声高に叫ばれている。また医療費が高騰の一途をたどっていることから、医療サービス提供の効率化や社会的入院の抑制も叫ばれている。

 一方、いかなる障害者も普通の暮らしができるように社会全体で支えようとするデンマークに始まるノーマライゼーションの思想は、基本的に入院・入所ケアより在宅ケアを指向するものであるが、このノーマライゼーションの思想が我が国にも近年急速に普及し始めている。したがって在宅ケアは医療費抑制政策とノーマライゼーションの思想により強化されるところとなり、現在の厚生行政は入院期間の短縮と在宅ケアの推進をスローガンとするに至ったと考えられる(図1)。

図1 保健・医療・福祉の変革の理由

図1 保健・医療・福祉の変革の理由

 確かに今まで我が国では生活障害のある人を在宅より入院入所優先で対応してきたのは事実である。特に身体障害児者および精神障害者においてこの傾向は顕著であり、医療機関も生活障害者を長期入院で対応する傾向があった。しかしながら、治療優先の病院でのスタンスではハード・ソフト両面から良質のケアを提供するには限界に達しているのが現実である。また多くの高齢障害者の本音は、住みなれた自宅で生活したいということである。そこで高齢者ケアに対する保健・医療・福祉の改革が待ち望まれている。

2.ケア、リハビリテーションと介護

 保健・医療・福祉の改革を推進するにあたり、現在はケア・リハビリテーション・介護という領域がクローズアップされるようになってきた。しかし、これらの言葉は各現場であいまいな定義のまま使用され、至る所に氾濫する傾向すらある。これらの概念は用いる立場により大きく意味が異なって使用され、混乱しているとも考えられる。

1) ケアとは

 キュア(cure)とは文字通り「治す」「治療する」という意味であり、医師による診断から治療のプロセスを表した極めてメディカルな言葉として定義されている。これに対し、ケア(care)となると、簡単には定義できない。「ケアとは介護である」、あるいは「ケアとは看護である」とは安易にはいえないのである。病院の集中治療棟を「インテンシブケアユニット」といい、「集中看護病棟」とか「集中介護病棟」とはいっていない。小山の主張するように「ケアとは多くの職種が専門的にみていく・かかわっていく・対処していくことであり、それぞれの専門職が提供する行為を呼ぶ総称」と考えるべきである。

 しばしば医療は「キュアからケアへ」といわれるが、これは「治療から介護へ」という意味ではなく、「治療から全人的に病人をみることへ」、さらに「医師中心の治療から、多職種参画によるチームアプローチへ」という意味であると考えられる。すなわち医療はメディカルケアからヘルスケアへ、すなわち医師中心の医療から健康や生活に関わる多くの専門職によるチームケアへと変革が求められているのである。

2) リハビリテーションとは

 また、リハビリテーションの意味も混乱しており、現在は一般的に広義と狭義に使い分けられているようである。広義のリハビリテーションとは「再び人間らしく生きること」、すなわち「全人間的復権」もしくは「生活の再建および維持を支援する活動」と解釈されている。一方、狭義のリハビリテーションとは、「PT・OT・STが行う理学療法・作業療法・言語療法」の意味で用いられ、時に機能訓練そのものとしても使われている。本来は広義の意味が正しいのであるが、現在は言葉が一人歩きをしてしまっているようである。機能訓練が重要なことはいうまでもないが、機能訓練の代名詞となってしまったリハビリテーションを、本来の生活再建の意味であると社会に認知してもらう努力が必要であろう。

3) 介護とは

 介護という言葉はさらに複雑である。広辞苑によると「病人などを介抱し看護すること」とある。このため介護と看護はどこがどう違うのかなどと職制の領域争いによる不毛の議論を招くことになりかねない。介護福祉士という名称も混乱の元になっているようである。一方、介護保険・新介護システムとして用いられる介護は極めて広い意味と考えられる。介護職員や介護福祉士の介護を狭義の介護とすると、介護保険・新介護システムの介護は広義の介護を指し、高齢者が生き生きと生活できるよう支援するシステム全体を意味しているといえよう。

4) 「ケア・リハビリテーション・介護」の整理

 以上のように考えると、ケア・リハビリテーション・介護という言葉を整理して考えることができる。ノーマライゼーションを実現するための戦略(strategy)が本来のリハビリテーション、また広義のリハビリテーションであり、これは介護保険・新介護システムの介護と同様と考えられる。そのための戦術(tactics)が、OT・PT等の狭義のリハビリテーションをはじめ看護職や介護職等の提供する各サービスであり、この総称がケアと言えるのである(表1)。

表1 ノーマライゼーションとケア・リハビリテーション・介護の関係
ノーマライゼーションへの戦略(Strategy) 広義のリハビリテーション 広義の介護=新介護システムの介護
      介護保険の介護

 

ノーマライゼーションへの戦術(Tactics) 狭義のリハビリテーション(PT・OT・ST) =各種の専門的ケア
看護
狭義の介護
その他のケア

3.地域リハビリテーションの定義

 「地域」を定義することは容易ではない。「コミュニティー」、「地域社会」と定義しても、現在の日本では、かつてのような都市とか農村という地域社会の特性が明確ではなくなりつつあり、地域とは何かと改めて考えなくてはならないからである。ここでは岩崎のいう「地域とは、文化的にも風土的にも共通する基盤を有する小さな社会」との定義で考えて述べることにする。以上のように考えると「地域リハビリテーション」の定義が可能となる。

 日本リハビリテーション病院協会では、地域リハビリテーションを「障害をもつ人々や老人が、住みなれたところで、そこに住む人々とともに、一生安全に生き生きとした生活がおくれるよう、医療や保健・福祉および生活にかかわるあらゆる人々が、リハビリテーションの立場から行う活動のすべて」と定義している。おそらくこの定義は時代とともに変化していくものと考えられるが、ILO、UNESCO、WHOは1994年にCBR(community based rehabilitation)を「障害のあるすべての人々の機会均等(equalization of opportunities)や社会的統合を目指した戦略である。これは障害のある人々自身、その家族、そして地域住民、さらに個々の保健医療、職業、社会サービスなどが一体となって努力する中で履行されていく」と定義している。また、厚生省地域リハビリテーションシステム委員会では「地域に存在するさまざまな社会資源を、障害者本人、家族、地域社会が使いまたは作り出し、地域社会の主流に障害者が再び主体的に融合できるためのリハビリテーション」と定義している。

 これら3つの定義は極めて類似している。すなわち地域リハビリテーションもCBRも、ノーマライゼーションを共通の目標とした極めて類似した概念といえるのである。前項で述べたように地域リハビリテーションをノーマライゼーションへの戦略、地域ケアをその戦術として解釈することもできる。

 地域リハビリテーションは、その定義からも直接援助活動・組織化活動・教育啓発活動の3つの活動の枠組みが導き出せる。これらの枠組みに優先順位はなく、たとえば1つの直接援助活動を行う場合、その活動が全体のシステムの中に組み入れられる努力や、市民からその活動の理解と支持を求める活動も、同時並行的に行うことが必要である。

4.地域リハビリテーションの直接援助活動

 地域リハビリテーションにおいて、制度上ある程度確立している直接援助活動をモデルとして示す(図2)。

図2 地域リハビリテーションの直接援助活動

図2 地域リハビリテーションの直接援助活動

 直接援助活動は、大きく4つのカテゴリーに分類することが可能である。すなわち訪問サービス、通所サービス、ショートステイサービス、テクニカルエイドサービスである。これに付け加えることがあれば、在宅ケアマネジメントサービスである。これらのサービスは、保健・医療・福祉にまたがっており、提供する組織が異なるため連携が重要であると、長年いわれ続けているものである。

1) 訪問サービス

 保健の分野では、老人保健事業として保健婦が中心となって実践される訪問指導がある。医療では医師の往診と訪問診療、看護婦の訪問看護、OT・PTによる訪問リハビリテーション、この他に栄養士や薬剤師による訪問サービスがある。

 福祉の分野では、ホームヘルパーによる家事援助と身体介護が代表的訪問サービスである。

2) 通所サービス

 保健では通所機能訓練事業、医療では外来通院にて行う外来リハビリテーション、診療所や病院の老人デイケア、老人保健施設のデイケア、福祉ではデイサービスがあげられる。

3) ショートステイサービス

 医療では老人保健施設で、福祉では特別養護老人ホームにて行われている。

4) テクニカルエイドサービス

 制度的には、身体障害者福祉法による補装具(義肢・装具・車椅子)の支給サービス、高齢者に対する日常生活用具給付サービス、家屋改造費助成や貸し付け制度がある。

5) 在宅ケアマネジメント

 制度としては確立してはいないが、最も近いサービス機関は今のところ、在宅介護支援センターであろう。

5.直接援助活動の問題点と公的介護保険

 まず第一に、これらの各種サービスがそれぞれの役割を十分に果たすことが期待されるが、残念ながら数々の問題点が浮かび上がってきている。

 訪問サービスでは、第一に医師の訪問が伸び悩んでいる点が挙げられる。訪問看護ステーションの急速な増設とともに訪問件数が急増しているものの、看護婦の訪問は、ホームヘルパーとの役割分担が明確にされていない。訪問リハビリテーションの訪問件数は、看護の50分の1程度にすぎず、極めてわずかでしかない。

 通所サービスでは、機能訓練事業とデイケア、デイサービスの相違が明確でなく、急速に増加したデイケアがデイサービスの役割を侵害しているという非難も聞かれる。本来重度な例ほど多くのサービスを必要とするであろうが、軽度な例にサービスが占領されてしまい、重度な例はサービスが受けられなくなる傾向もあり懸念されている。

 ショートステイサービスに関しては、各施設が入所機能の充実を図るあまり、ショートステイを軽視する傾向にあり、ショートステイを経験すると状態が悪化すると敬遠する家族もいる。

 医療サービスはアクセスが良好であるが、これに反して、福祉サービスはアクセスが十分でなく、サービス頻度等が制限されることが多い。また緊急事態に対応するシステムがいまだ確立されていないため、生活の維持に対する不安感により結局在宅を断念する例もある。さらに医療機関入院中に十分なリハビリテーションが提供されずに在宅へと移行してしまう例が多く、本来の在宅維時期のリハビリテーションを行うことよりも回復期のリハビリテーションを提供せざるを得ないという悲鳴も上がっている。さらに各地域によりサービス提供の差は拡大しており、その地域格差はますます増大していく傾向にあるなど、問題点をあげれば枚挙に暇がない。

 これらの問題を整理して考えると、第一に在宅へ移行する以前に対応すべきことを在宅へと持ち越しているため生じる問題、第二に在宅における各種サービスの役割分担と整合性が明確でないため生じる問題、第三に急速に進む高齢化にサービス供給が追いつかないため生じる問題、第四にケアマネジメントの未成熟により生ずる問題の4つに集約することができる。

 以上の問題点が公的介護保険の創設により解決されるであろうか。

 まず第一の問題である、在宅へ移行する以前に十分なリハビリテーションが提供されていない点については、公的介護保険では対応できない。介護保険適応以前の医療によるリハビリテーションのシステムが整備されなければ解決されない。リハビリテーション前置主義、つまり介護保険適応以前に十分なリハビリテーションが提供されていることが重要となってくると考えられるが、現状のリハビリテーション医療体制では全く不十分なことはいうまでもない。

 かつて、リハビリテーション医療は医療機関における赤字部門の代名詞であった。診療報酬が低かったため、土地も人件費も廉価な温泉保養地でリハビリテーション病院を運営するのが主流であった。しかしこの数年の診療報酬制度の追い風により、必ずしもリハビリテーション医療は赤字とはいえなくなってきている。したがって急性期・回復期のリハビリテーションは今後充実してくるものと考えられる。ただし、多くの医療機関にはリハビリテーションに関する理念・システム・技術の集積が乏しいために、まだ時間がかかるであろう。そのために、筆者はリハビリテーション専門病床群制度の創設を主張しているが、その具体的見通しは立っていないのが現状である(図3)。

図3 リハビリテーションの時期別分類と流れ 

図3 リハビリテーションの時期別分類と流れ

期間の平均値

急性期 発症~平均1カ月
回復期   ~平均6カ月
維持期 6カ月以降

ただし、重症頭部外傷・頸髄損傷・重症クモ膜下出血等はこの限りではない。
また、回復期は入院だけでなく外来も含む。

 第二の問題、各種在宅支援サービスの役割分担と整合性の確立は整備されるであろうか。今まで保健・医療・福祉はそれぞれの制度に縛られながらサービスの提供を行ってきたが、介護保険創設によりその縦割りの制度は緩和されるだろう。第一に今までの福祉における措置は消え、要介護認定がサービス提供の基盤となる。この要介護認定はモデル事業が終了しているが、現在数々の問題点が指摘されているようである。しかし、おそらくどのような認定制度ができたとしても、すべての人が納得できる完成された認定制度の作成は、困難かもしれない。常に修正を加えながらより良い認定制度を構築していくしかないと思われる。

 またこの認定制度は措置と変わりがないのではという見解もあるが、少なくとも現状のように、軽度例にサービス提供が優先され、重度例が取り残される傾向には歯止めがかかるだろう。軽度例のみを対象としていれば経営的に破綻する可能性が大きいからである。しかし、公的介護保険施行時にこの整備が十分に行われているかといえば、不安は残る。特に通所サービスのデイケアとデイサービスの役割分担にいまだ見通しは立っていない。さらに仮に役割を明確にした場合、どちらのサービス供給量も適正に確保されるのかどうか疑問である。この点は、第三の問題で基盤整備とも関連した問題であり、サービス供給が不十分な状況では保険制度は成立し難いのである。おそらく新ゴールドプランの見直しもあり得るだろう。

 第四の問題、ケアマネジメントはさらに大きな問題となるだろう。ケアマネジメントは、適切なサービスの提供とそのコストの両方をマネジメントすることや、高齢者の自立を促進する方向にマネジメントすることが要求されるからである。重介護となった方が介護サービスが豊富に受けられるため、自立の道があえて抑制される可能性も否定はできない。この点の解決も、現在のところまだ見えていない状況である。

6.おわりに

 こうして考えると、公的介護保険が魔法の水のように必ずしも問題解決につながるとはいえないようである。今までの長い期間施設収容型で対応してきた我が国に、公的介護保険の創設によって突然良質の在宅ケアが普及するとは考えにくい。北欧では、「在宅か、施設か」についての議論と実践に長い時間を要し、その結果、在宅ケアを優先する結論に達した歴史がある。我が国における在宅ケアの取り組みは最近のことであり、今まで医療施設や福祉施設の専門スタッフが在宅ケアに積極的であったとはいえない。我が国では、地域にまるでテナントのように存在する施設が多く、地域住民もしくは地域自体と融合する施設は稀であったのである。その専門スタッフが介護保険制度創設と同時に急に変化するとは考え難い。

 筆者はつくづく、保健・医療・福祉の体制は、その国の文化と密接に関連しているものであると思う。セルフケアを追求する文化、自立を促進する文化は、我が国では未成熟な状態である。したがって、地域リハビリテーションという戦略を強力に推進する必要性が生まれ、その戦術である各種のケアが成熟していくことが重要となる。それには、地域リハビリテーションの理念を持った専門職をはじめとする多くの人々が、介護保険創設までに実践に裏付けられた数々の議論を積み上げることこそ必要である。もちろん地域住民の一人ひとりが障害をもつことや高齢になることを、家族や自分自身の問題として捉えるようになることはさらに重要である。そのようなノーマライゼーションの文化を築き上げるための経済的バックアップシステムが公的介護保険制度の創設であり、この機会を生かし、なんとしても地域住民や地域社会が変容する第一歩としたいものである。

〈文献〉 略

近森病院 リハビリテーション科長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1997年5月(第91号)32頁~38頁

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