リハビリテーション研究(第95号) NO.2 視点「ろう者と「リハビリテーション」」

ろう者と「リハビリテーション」

安藤 豊喜


 「リハビリテーション」を広辞苑で見ると「治療段階を終えた疾病・外傷による身体障害者に対して医学的・心理学的な指導や職業を施し、社会復帰をはかること」となっています。しかし、これは狭義の定義であって、広義の理念としては、治療・訓練というような技術的な面だけでなく、障害者の社会への「完全参加と平等」を可能とする教育的、社会的な条件等を含めて、障害者が尊厳をもって生きていくための総合的な整備を行うことにあるといえます。このような高邁な理念のもとに、障害者の教育や職業、そして生活現状を直視し、物理的、制度的、社会的なバリアをなくす手立てを講じていけば、障害者の社会的な自立のありようも大きく進展すると考えます。
 従来、「リハビリテーション」とは、運動機能面を中心として考えられ、それは身辺自立に目標がおかれていました。ところが聴覚・言語に障害を有するろう者は、一部の肢体に障害を有する重複障害者を除いて運動機能に障害がないために、「リハビリテーション」に直接的な関わりのない存在でありました。ろう者が求める手話通訳制度や、耳が聞こえない者、言葉が話せない者を絶対欠格者として免許取得から除外している法規の改正要求をこの「リハビリテーション」の一環として認識すべきであると考えます。手話通訳制度は、ろう者の介護の手段として考えられ、時によっては高齢者介護のホームヘルパーと同列で論じられることがあります。手話は基本的には「言語」として位置づけられるものであり、身体的、身辺的な介護とは別に論じられるべきものです。どちらかというと精神的な領域に属するものであり、手話通訳者の派遣がホームヘルパーと同様に「有料化」の次元で考える傾向が出ていることを憂えるものです。
 我が国の障害者福祉や社会保障の歴史を見ると、「慈善・保護」がその基調になっており、機会平等・社会資源の整備という障害者側の訴えがなかなか実現せず、関係する専門家もこの現状を容認してきた歴史があるように思います。障害者問題は障害者本人に視点が当てられ、本人や家族の努力で「障害を克服する」行為が美談としてもてはやされた時代もありましたし、いまだにその名残は残っており、「リハビリテーション」の基本的な理解もこの域を出ない感じがします。
 今、「リハビリテーション」が目指さねばならないものは、制度的・社会的な障壁をなくすための具体的な施策です。ろう者の立場からいうと、臨床検査技師法・薬剤師法・歯科衛生士法・医師法・道路交通法などの国家試験受験を締め出している法律の存在がどれほどろう者の人間としての尊厳を踏みにじる行為であるかを認識し、改正への提言を積極的に行うべきであると考えます。高齢化社会のなかで、障害者問題は国民のすべてが身近に体験し、受け入れていかねばならなくなっています。今こそ「リハビリテーション」の理念と目標の大衆化が切実に求められていると確信するものです。

(財団法人全日本ろうあ連盟理事長)

主題・副題:

リハビリテーション研究 第95号
 

掲載雑誌名:

ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第95号」
 

発行者・出版社:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
 

号数・頁数:

95号 1頁
 

発行月日:

西暦 1998年7月8日
 

文献に関する問い合わせ:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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