リハビリテーション研究(第95号) NO.3 介護保険と介護システム

■特集■

 

介護保険と介護システム

厚生省老人保健福祉局介護保険制度施行準備室厚生事務官 林 俊宏

 

1 はじめに

 今日、高齢化の進展に伴い、高齢者介護の問題が社会全体にとって、また国民一人ひとりにとって大きな問題となっている。介護を必要とする状態になっても自立した生活を送り、人生の最期まで人間としての尊厳を全うできるようにすることは国民の願いであり、こうした社会が実現できる新たな社会的な支援システムの確立が求められている。
 21世紀に向けた高齢者介護システムのあり方については、平成6年7月に学識経験者による高齢者介護・自立支援システム研究会において検討が開始され、同年12月に「新たな高齢者介護システムの構築を目指して」と題する報告が取りまとめられた。この報告を踏まえ、平成7年2月から、厚生大臣の諮問機関である老人保健福祉審議会に検討の場が移され、以降議論が重ねられ、厚生省は、平成8年6月に介護保険制度案大綱を同審議会に諮問し、答申を得た。また、当該答申を踏まえ、同年夏には与党に検討の場が移り、市町村をはじめとした幅広い関係者の意見を踏まえ、修正事項が取りまとめられた。
 厚生省では、これらの答申や修正事項を踏まえて策定した介護保険法案を同年11月に第139回臨時国会に提出し、法案は1年余にわたる国会審議を経て、平成9年12月9日、第141回臨時国会において可決成立され、同年12月17日をもって公布されたところである。介護保険制度が実施に移されるのは平成12年4月1日であり、厚生省においては、今後、医療保険福祉審議会の意見を踏まえつつ、必要な政省令等について順次検討のうえ制定することとしている。
 本稿では、介護保険制度の創設の背景について触れたのち、介護保険制度の概要について簡単に解説する。
 

2 介護保険制度創設の背景

1.高齢者介護をめぐる状況

 現在、以下に述べるような要因により、高齢者介護の問題が社会全体にとって、また国民一人ひとりにとって大きな問題となっている。
 

 (1) 長寿・高齢化の進展

 戦後、経済成長により国民の生活水準は向上し、衛生水準の向上や医学・医療技術の進歩も相まって、我が国の平均寿命は著しく伸長した。平成7年には男76.38年、女82.85年にまで伸長し、文字通り世界の最長寿国となっている。平成9年1月に公表された「日本の将来推計人口」の中位推計によれば、65歳以上人口の割合は今後も上昇し続け、約半世紀後には約3人に1人が65歳以上という、超高齢社会が到来することが予測されている。
 

 (2) 高齢化の進展に伴う要介護高齢者の増加

 高齢者の増加、特に75歳以上の後期高齢者の増加により、介護を必要とする寝たきりや痴呆の高齢考が急速に増えることが見込まれている。現在、介護の必要な高齢者は200万人以上にのぽっており、これが平成12年には280万人、25年後の平成37年には520万人に増加することが予測されている。かつての平均寿命の短かった時代とは異なり、今日のような長寿社会では、介護の問題は決して特別のことでも、限られた人のことでもなく、国民の誰にでも起こりうるものとなってきている。
 

 (3) 高齢化の進展に伴う介護の長期化・重度化

 統計資料によれば、3年以上寝たきりの高齢者が、全体の53%と半数近くに達し、約4分の3の者について1年以上寝たきりの期間が続いている。また、65歳以上で亡くなった方の平均寝たきり期間は、約8.5か月という調査結果も出ている。
 

 (4) 家族の介護機能の低下

 65歳以上の高齢者の子との同居率は、1975年には68%であったものが、1994年には55.3%にまで低下してきている。また、近年高齢者単独世帯の増加が著しく、高齢者の4割は高齢者単独か夫婦同士で暮らしているのが現状であり、家族の介護機能の低下は著しいものと考えられる。
 

 (5) 家族にとっての介護問題

 実際に介護をしている者の状況を調べると、約5割は60歳以上の高齢者となっており、高齢者が高齢者を介護するという状況は、すでに現実のものとなっている。家族が身体的にも精神的にも大きな負担を負っている場合がしばしば見られ、家族はまさに「介護疲れ」の状態にあり、家族間の人間関係そのものが損なわれるような状況も見られる。
 

 (6) 社会にとっての介護問題

 今日、家族介護のために、働き盛りの人たちが、退職、転職、休職等を余儀なくされ、それまでの社会生活から離脱せざるを得ないようなことが増えており、本人や家族はもちろんのこと、企業や社会全体にとっても大きな損失となっている。また、介護を女性に依存することは、女性就業の促進にブレーキをかける可能性もあり、今後労働力人口の減少が予想される中で、将来の労働市場に大きな制約要因となってくるおそれがあるものと考えられる。
 

2.現行制度の問題点

 前述したように、介護は老後の最大の不安要因となっているが、高齢者介護に関する現行の制度は、老人福祉と老人保健制度に分立しており、両制度で利用手続きや利用者負担が不均衡であり、総合的なサービス利用ができないほか、以下のような問題点が指摘されている。
 

 (1) 老人福祉制度

  1. 市町村がサービスの種類、提供機関を決めるため、利用者がサービスの選択をすることができない。
  2. 公費を財源とする福祉の措置制度は、行政処分として行政機関がサービスを決定するため、利用者自らによるサービス選択がしにくいという制約があり、また、所得調査が必要なため、利用に当たって心理的抵抗感が伴うといった問題が見られる。
  3. 市町村が直接あるいは委託により提供するサービスが基本であるため、競争原理が働かず、サービス内容が画一的になりがちである。
  4. 本人と扶養義務者の収入に応じた利用者負担(応能負担)となるため、利用者負担が中高所得階層にとって重い負担となっている。

 

 (2) 老人保健制度

  1. 福祉サービスの基盤整備が不十分である一方、利用者負担が中高所得層にとって入院の方が低いことなどから、介護を理由とする一般病院への長期入院の問題の原因となっている。(入院の場合、特別養護老人ホームや老人保健施設に比ベコストが高く、非効率なサービスのあり方となっている)
  2. 治療を目的とする病院では、スタッフや生活環境の面で、介護を要する者が長期に療養する場としての体制が不十分である。

 

3.介護保険制度創設のねらい

 前述したような現行制度の抱える問題点を解決するため、福祉と医療に分立している現行制度を再編成し、社会保険方式を導入することによって、保健・医療・福祉にわたる介護サービスについて、同様の利用手続き、利用者負担で、利用者の選択により総合的に利用できる利用者本位の仕組みを構築することにある。
 また、従来は、市町村自らまたはその委託を受けた者に限られてきた福祉サービスの提供主体を広く多様な主体に拡げることにより、サービスの質の向上と、地域の実情に応じた介護サービス基盤の拡充を図ろうとするものである。さらに、社会保険方式とすることにより、給付と負担の関係について、国民の負担の理解を得ながら、今後増加が見込まれる介護費用を、国民の共同連帯の理念に基づき、社会的に支えていこうとするものである。
 

3 介護保険制度の概要

 制度の概要は、右のとおりとなっている。(図1)
 

図1 介護保険制度の概要

サービス提供機関
在宅サービス
◇訪問介護(ホームヘルプ)
◇訪問入浴
◇訪問看護
◇訪問リハビリテーション
◇日帰りリハビリテーション
 (デイケア)
◇居宅療養管理指導(医師・歯科
 医師による)訪問診療など
◇日帰り介護(デイサービス)
◇短期入所生活介護
 (ショートステイ)
◇短期入所療養介護
 (ショートステイ)
◇痴呆対応型共同生活介護(痴呆
 性老人のグループホーム)
◇有料老人ホーム等における介護
◇福祉用具の貸与・購入費の支給
◇住宅改修費の支給
 (手すり、段差の解消など)

介護保険施設
◇介護老人福祉施設
 (特別養護老人ホーム)
◇介護老人保健施設
 (老人保健施設)
◇介護療養型医療施設
・療養型病床群
・老人痴呆疾患療養病棟
・介護力強化病院(施行後3年間)

図1 介護保険制度の概要

 (1) 保険者

 介護保険の保険者は、国民に最も身近な行政単位である市町村としている。その上で、国、都道府県、医療保険者、年金保険者が布町村を重層的に支え合う制度とする。
 

 (2) 被保険者の範囲

 被保険者は40歳以上の者とし、65歳以上の第1号被保険者と40歳以上65歳未満の医療保険加入者である第2号被保険者との2つに区分している。これは、65歳以上の高齢者と、40歳から65歳未満の者では要介護の発生率が異なるほか、保険料の算定の考え方や徴収の方法が異なることによる。両者の相違点は、表1のとおりである。

表1 介護保険制度の概要
第1号被保険者 第2号被保険者
対象者 65歳以上の者  40歳以上65歳末満の医療保険
加入者
受給権者 ・要介護者(寝たきり・痴呆)
・要支援者(虚弱)
 左のうち、初老期痴呆、脳血管
障害等の老化に起因する疾病に
よるもの(※)
保険料負担 市町村が徴収  医療保険者が医療保険料とし
て徴収し、納付金として一括して
納付
課賦・徴収方法 ・所得段階別定額保険料
 (低所得者の負担軽減)
・年金額一定額以上は年金
 天引それ以外は普通徴収
・健保:標準報酬*介護保険料率
     (事業主負担あり)
・国保:所得割、均等割等に按分
     (国庫負担あり)
(※)若年障害者については、当面、障害者プランに基づき公費により、総合的、
計画的に介護サービス等を提供することにより対応。

 

 (3) 利用手続き

 要介護状態にある被保険者(要介護者)、または要介護状態となるおそれがある状態にある被保険者(要支援者)に対し保険給付が行われる。その場合、要介護状態等の給付が受けられる状態にあるかどうか、また、その介護の必要の程度を確認するために、市町村により要介護認定等が行われる。
 このため、市町村は保健・医療・福祉の学識経験者からなる介護認定審査会を設置し、被保険者の心身の状況調査及びかかりつけ医の意見に基づき、合議により審査会において審査判定を行い、審査判定結果により認定を行うこととなる。この際の要介護認定基準は全国一律に客観的に定めることとなっており、要介護認定等の手続きについては、平成8年度から試行的事業を実施しており、当該結果を踏まえて必要な修正等を行う予定である。
 なお、要介護度区分に応じて在宅の場合の支給限度額や施設の給付額が設定されることとなる。
 

 (4) 保険給付の内容

 要介護者については、在宅・施設両面にわたる多様なサービス等を給付することとし、要支援者に対しては、要介護状態の発生の予防という観点から、在宅のサービス等を給付することとする。
 また、介護保険では、利用者が自らの意志に基づいて利用するサービスを選択し決定することが基本となる。この場合、そうした利用者の決定を支援する仕組みとして、専門家(居宅介護支援事業者)が介護サービス計画(ケアプラン)を策定して、サービス事業者等との調整を行うサービスを導入している。(表2)

表2 介護保険から給付される介護サービス一覧
在宅サービス 施設サービス
要介護者 訪問介護、訪問入浴、
訪問、通所リハビリテーシヨン、
訪問看護、居宅療養管理指導、
日帰り介護、短期入所介護、
痴呆対応型共同生活介護、
有料老人ホーム等における介護、
福祉用具の貸与・購入費の支給、
住宅改修費(手すり、段差解消等)の支給
介護老人福祉施設
[特別養護老人ホーム]
介護老人保健施設
介護療養型医療施設
・療養型病床群
・老人性痴呆疾患療養病棟
・介護力強化病院(施行後3年間)
要支援者 同上(痴呆対応型共同生活介護を除く。) ---
(※)当面現金給付は行わない。家族介護は、短期入所介護の利用枠の拡大等で支援

 

 (5) 利用者負担

 利用者負担については、サービスを利用する者としない者との負担の公平、サービス利用についてのコスト意識の喚起等の観点から、1割の定率負担が設けられている。また、施設入所の食費負担については、医療保険と同様、在宅で生活している要介護者との負担の公平を図るため、標準負担額(平均的な家計において負担する費用に相当する額)について利用者の負担とする。
 なお、1割負担が高額になる場合、高額介護サービス費により負担上限を設定する。
 

 (6) 保険料

 65歳以上の第1号被保険者については、市町村ごとに所得段階に応じた定額保険料が設定される。また、40歳から64歳までの第2号被保険者については、それぞれ加入する医療保険制度に基づき保険料が設定される。これを医療保険者が一般の医療保険料と一括して徴収し、全国でプールした上で、各市町村に交付する仕組みとしている。
 

 (7) 公費負担

 介護保険の総給付費の2分の1を公費負担とすることとしている。公費のうち、国、都道府県、市町村の負担割合は、2:1:1(それぞれ総給付費の25%、12.5%、12.5%)とする。
 

 (8) 市町村への支援

 財政面の支援としては、
 (ア) 要介護認定等に係る事務経費の1/2相当額を国が交付
 (イ) 都道府県に財政安定化基金を置き、給付費増や保険料未納による保険財政の赤字を一時的にカバーするための資金の貸与・交付を行う仕組みを設ける
 (ウ) 総給付費の5%に相当する国費負担額を、第1号被保険者の保険料負担の格差を是正するために市町村に交付する調整交付金に充てることとしている。
 また、事務実施の面については、市町村は、介護認定審査会の共同設置が可能であるほか、都道府県が介護認定審査会の共同設置の支援を行ったり、市町村の委託を受けて審査判定業務を行うことが可能な仕組みとしている。
 

 (9) 基盤整備

 介護保険制度を円滑に実施するためには、その施行に向け、介護サービス基盤の整備を着実に進めていくことが必要不可欠な前提である。このため、全国の地方自治体が必要なサービスの需要を踏まえて作成した老人保健福祉計画の集大成である「新・高齢者保健福祉推進十か年戦略(新ゴールドプラン)」に基づき、引き続き着実な基盤整備を推進することとしている。
 介護保険制度の導入後は、国が策定した基本指針に基づき、市町村、都道府県がそれぞれ市町村介護保険事業計画、都道府県介護保険事業支援計画を策定し、介護サービス基盤の整備を計画的に推進することとしている。
 

 (10) 施行と検討

 平成12年度から、在宅に関する給付と施設に関する給付を同時に実施する。
 なお、法律施行の推移や状況変化、あるいは社会経済情勢等を踏まえ、被保険者の範囲、保険給付の水準・内容、保険料の負担のあり方を含め介護保険制度全般について、制度施行後5年を目途として、必要な見直しを行うこととしている。
 

4 おわりに

 平成12年度からの制度の施行に向け、制度を運営するにあたっての基準等については、医療保険福祉審議会の場で審議することとなっており、平成10年3月には、介護支援専門員の省令について諮問答申いただいたところであり、現在、サービス事業者や施設の指定基準や介護報酬こついての議論をしていただいているところである。
 審議会の審議の状況については公開を原則とするとともに、関係者をはじめ国民の方々の制度へのご理解、ご協力を求める努力を続けることにより、本制度への移行が円滑に進むよう、今後とも努めてまいりたい。


主題・副題:

リハビリテーション研究 第95号
 

掲載雑誌名:

ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第95号」
 

発行者・出版社:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
 

号数・頁数:

95号 2~7頁
 

発行月日:

西暦 1998年7月8日
 

文献に関する問い合わせ:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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