リハビリテーション研究(第95号) NO.6 lCIDH改正東京会議

〈海外リポート〉

 

lCIDH改正東京会議

日本社会事業大学教授 佐藤 久夫


 国際障害分類(ICIDH)改正東京会議は3月23~26日、新宿・戸山サンライズにおいて日本障害者リハビリテーション協会の協力、WHOの主催で開かれた。正式名称は「国際障害分類第2版ベータ1草案に村するフィールドテストの初期段階の結果を検討する会議(Meeting for the Review of the Initial Results of the Field Trials of the ICIDH-2 Beta-1 Draft)」である。いずれWHOから正式な報告文書が出されるが、運営の手伝いをした者の一人として印象的な点を紹介したい。
 なお、直後の27~28日には日本人向けのICIDHセミナーが安田火災記念財団と日本障害者リハビリテーション協会の共催で開かれ、ICIDH改正動向と各分野(リハ情報、政策、障害者運動、バラメディカル、精神障害者リハ)でのその活用状況の報告がなされた。日本からは上田敏氏と伊勢田堯氏が報告した。この報告書は安田火災記念財団から出される予定であり、希望者は筆者まで連絡してほしい。
 

lCIDH改正会議の性格

 改正会議は正式には1992年にはじまり、近年ほぼ毎年開かれている。改正版の決定は、国際疾病分類(ICD)の改正などと同しようにWHO総会の議決によらねばならないが、総会に提案するための素案の作成が必要であり、各国のICIDHに関するWHO協力センターの関係者やその他の専門家(障害当事者の国際組職である障害者インタナショナル(DPI)の代表者や国連の障害者統計担当者なども含む)の協力を待てWHOが開催している。つまり正式な議決機関の会議ではなく、専門家会議という性格のものである。ただし学会・研究会とも異なり、作業計画、作業組識の検討などにも多くの時間を使う。
 改正会議の参加者は、主催者であるWHO本部スタッフのほか、ICIDHに関するWHO協力センターとして認定されたオランダ、フランス、北米、北欧、オーストラリアの機関の関係者、および改正の重点事項とされている子どもの問題を取りあげる国際作業グループと精神保健問題を取りあげる国際作業グループのそれぞれの代表が中心で、発展途上国からも散発的な参加が見られた。日本からは1994年から筆者が参加してきた。1995年の会議からはDPI(障害者インタナショナル)の代表が参加している。
 年に1回のこの改正会議の間にWHOの担当者と各国の協力センター・作業グループ責任者が随時集まって協議している。
 

lCIDH改正作業の現段階

 1996年からは特に動きが急になり、コンピューターソフトの商品化に際して使われるアルファとベータの2段階のフィールドテストをICIDH-2の草案に対して行いつつある。従来からの関係者
による草案(アルファ草案)の吟味(アルファテスト)が1996年5月から1996年末まで行われ、この結果に基づいてICIDH-2ベータ1草案が1997年4月の合議でまとめられた。できるだけ多くのユーザーにこのベータ1草案を試してもらう「市場でのテスト」(ベータ1テスト)が1997年4月以降行われている。
 ベータテストは2つの段階に分かれており、現在進められているベータ1では基本的事項に関する合意がなされるかどうか、世界の言語・文化・社会に適用できるかどうかを主に検討している。具体的には、槻念モデルの図式や各次元の用語・定義が適切かどうか、分類の細かい項目とその説明がわかりやすいかどうか、翻訳可能かどうか、ある文化でタブーとなっている言葉はないか、などである。またベータ2テストでは、信頼性のテストや事例に当てはめてみたり、リハビリテーションや政策・統計などの実際的場面で活用してみるといった検討がなされる予定である。
 ベータ1テストは1997年4月から1998年12月末まで、ベータ2テストは1999年4月から12月までの予定である。
 

東京会議の参加者

 今回の東京会議の参加者は、オーストラリア、カナダ、フランス、日本、オランダ、スウェーデン、イギリス、アメリカ、中国、香港、インドネシア、イラン、韓国、マレーシア、タイ、ベトナム、フィリピン、スイスの18カ国、精神保健と子どもの2作業グループ、主催のWHOの他国連統計部、RI、DPI、アジア太平洋統計研修所、ユーナム(保険会社)の5機関から約70人であった。
 この会議ははじめてアジアで開かれたICIDH改正会議であり、日本以外に9つのアジアの国からの参加がはじめて得られたことが最大の特徴と思われる。従来の参加国の倍の数となったばかりでなく、すべて西洋社会で開催されてきた会議が東洋で行われ、世界の障害者の6割を占めるアジア諸国の参加がおそまきながら実現した。
 

会議の内容

 日本などいくつかの国からのフィールドテストの結果(中間結果)も報告され、いろいろな問題点の指摘もなされたが、全体的には改正草案の方向(肯定的な表現を使う、環境因子を重視する、病気の帰結だけを考えるのではなく老化などひろく健康状態・心身状態の関連を見ていくこと、等)が支持されているという印象であった。これはベータ1草案の準備自体を国際的な他力作業で進めてきたのだから当然ではある。しかし個別の報告内容には、後述のように認識の大きな違いが見られた。
 また次のような今後の重要課題が合意された。やさしいものにすること(文章も用語も)、解説パンフの作成、ホームページの充実、包括用語のあり方を検討すること(ディスエイブルメントかディスアビリティか)、概念図で個人因子を環境因子と並ぶ背景因子の一つとするかより強調して独立させるか、環境分類を第4の分類としてよつ重視するかどうか、環境因子に関する国際タスクフオースを形成するかどうかを予算を含めて検討すること、国際基準協会の基準や分類学の原則の視点からの見直し、悪用・誤用問題等の倫理問題の検討、ICIDH-2を基礎とするチェックリストとよりくわしいWHO-DASⅡ(障害査定票Ⅱ)の開発を進めること、障害の各要素に対応する介入方法の開発、など。
 今後のおもなスケジュールとして、9~10月に協力センター会議でベータ1テストの中間まとめとベータ2テストの項目の予備的検討、11月国連本部で助成団体を招いての資金集め会議、1999年1月頃協力センター会議でベータ1テストの総括とベータ2草案の原案作成、1999年4月頃改正会でベータ2草案の決定、同年内にベータ2テストの実施、2000年春に改正会議で最終案決定、5月WHO総合での決定(ICIDH-2の本巻)、が予定されている。
 

各種問題提起

 英語圏以外ではこれまでベータ1草案の翻訳に時間がとられて、日本を除くとベータ1テストの本格的実施はこれからという国が多かった。したがって準備レベルには大きな差があるが、報告の中からのおもな問題提起部分をまとめてみた。
 まず、3つのレベルを包括する用語として、ベータ1草案ではデイスエイブルメントを提案し、日本もこれを支持したが、多く国の報告がこれを否定してデイスアビリティにすべきだという。その理由をオーストラリアは、デイスアビリティをもつ人という表現が好まれているからだといい、カナダはデイスアブルメントは障害をその人の特徴だとみなす危険があると障害者が強く懸念しているという。
 ベータ1草案で提案されている概念モデル案についても意外にも批判が強い。これは、環境因子を図示し、各要素を双方向の矢印でつないだもので、1980年版が線形の医学モデルと批判されてきたことをふまえてのものであるが、スイスは、複雑なものを2次元の図で表現するのは困難である、障害プロセスの中心であるアイデンティティの要素が提案図には抜けている、という。カナダは、この図は複雑すぎること、これでもまだ線型的すぎること、結果・帰結の次元が図示されていないこと(参加・社会的不利の次元を際だたせよ)、環境が強調されておらず3つの次元との相互作用が不明確であること、「障害プロセス」の説明・記述に役立たないこと、個人因子の役割が不明確、教えにくいことをあげている。アメリカやカナダからいくつかの対案の図が提案されているが、要素の相互作用を円の交差として描いているものが多い。
 スイスから、リハビリテーションにしても社会参加にしても最も重要なのはその個人の強さであり、これを修飾要素に明確に入れるべきだ、との指摘もなされた。フランスからも同様に、障害者がそのデイスアビリティに対処するために発展させた能力や技術はどう評価するのか、盲人が暗いところで歩ける能力、誰かが近くにいることやそれが誰かを知る能力、色を感じる能力などをどう評価するか、という。
 フランスはまた、草案は多くの精神的インペアメントはその表現である活動の状態を通じて観察される、とするが、ICIDH-2の原理(機能障害から病気を判断できず、活動の制約から機能障害の種類を判定できないこと)から見て、活動の制約から機能障害を類推することは出来ないはずではないか、したがって精神機能は活動分類におかれるべきではないか、という。
 イギリスは、ICIDH-2は多くの目的に使われ、評価手段の基礎にもなるというが、そのためにはしっかりしたものでなければならないのに、ベータ1草案は「項目のリスト」と「分類」の混合物である、と批判する。
 日本からは、個人因子のリストがきわめて不十分であることなどが指摘された。
 

おわりに

 ベータ1草案についての今年末までのテスト結果の分析を経て、1999年春にはベータ2草案が作成される。1999年中にはそれを使ってより具体的な分野や事例への通用を試み、実行可能性、有益性、信頼性のテストが予定されている。日本を含むアジアからのインプットが期待されている。
 なお、ベータ1草案日本語仮訳はhttp://www.dinf.ne.jpまたはhttp://plaza6.mbn.or.jp/-jlmr/、WHOのICIDHサイトはhttp://www.who.ch/icidh、日本社会事業大学佐藤久夫のFAXは0424-92-6816(大学)である。


主題・副題:

リハビリテーション研究 第95号
 

掲載雑誌名:

ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第95号」
 

発行者・出版社:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
 

号数・頁数:

95号 19~21頁
 

発行月日:

西暦 1998年7月8日
 

文献に関する問い合わせ:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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