特集 第34回総合リハビリテーション研究大会-総合リハビリテーションの新生をめざして(2) 記念講演2 総合リハビリテーションの新生 ―当事者中心の「全人間的復権」をめざして― 上田 敏

記念講演2 総合リハビリテーションの新生 ―当事者中心の「全人間的復権」をめざして―

上田 敏
(日本障害者リハビリテーション協会顧問/元東京大学教授)

要旨

 「全人間的復権」としてのリハビリテーションの理念について考察し,国際的動向をも踏まえて,総合リハビリテーションの組織と連携のあり方を考えた。障害当事者・家族・コミュニティーはリハビリテーションの対象でも実施主体でもあり,当然総合リハビリテーション組織の中心である。教育,医学,社会,職業の伝統的な分野は依然として重要であるが,一般医療,介護,工学,行政,インフォーマルサービス,ピアサポートなどの多様な新しいサービスも必要となる。つづけて,「縦の連携」と「横の連携」の両者の重要性,「分立的分業」から「協業」への脱却の必要,障害当事者の「自己決定」を尊重しつつ,「当事者の最良の利益」の実現のために適切な助言・支援をする専門家の役割,そしてその中で問題解決能力・自己決定能力の向上をはかる専門家の責任について論じた。

RIとは

 RIは,障害者やリハビリテーションを必要とする人々の生活の質を向上するために活動する障害者,サービス提供者,学者,専門職および政府機関からなる,90年の歴史を誇る,世界的なネットワーク組織である。
 RIの各国加盟団体は,全国的あるいは地域的なニーズに応え,高度な専門技術を提供している。日本の加盟団体は,(公財)日本障害者リハビリテーション協会(注:1963年加盟)と(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(注:1981年加盟)で,RIの中心的なメンバーとして多大な貢献をしていただいていることに対して,この場を借りてお礼を申し上げたい。
 加盟団体が100カ国以上に上ることから,RIは,地域の事情を十分踏まえて,広範囲の人権問題に対処することができる。加盟団体が効果的に活動できるよう支援するため,RIは地域会議,ワークショップ,研修会を開催したり,情報共有のための刊行物を毎月発行している。
 RIには,人権と障害分野で指導的な専門家から構成される,教育,医療,組織運営,レクリエーション・余暇・スポーツ,社会,工学・アクセシビリティ,労働および雇用問題に関する専門委員会がある。これらの専門委員会を通してRIは,加盟団体が国際基準に沿った質の高いプログラムやサービスを実施するのに必要な,専門技術とリーダーシップを提供している。

第1部 「リハビリテーション」についての共通認識を

<その本来の意味と語源・歴史的用法>

 「リハビリテーション」はしばしば「機能回復訓練」と思われているが,その本来の意味は「権利・名誉・尊厳の回復」である。
 語源的には,「リ」は「再び」,「ハビリス」とは「人間にふさわしい」「人間に適した」であり,リハビリテーションとは「再び人間にふさわしい状態にすること」である。
 歴史的には,ヨーロッパ中世では,「身分・地位の回復」「破門の取り消し」などの意味で用いられ,近代には「名誉回復」「権利の回復(復権)」「無実の罪の取り消し」などが加わり,現代には「犯罪者の社会復帰」,一旦失脚した政治家の「政界復帰」などが加わった。一般用語であり,決して医学用語ではない。
 歴史的な用法で著名な例は,「ジャンヌ・ダルクのリハビリテーション」である。ジャンヌ・ダルクは,1431年に宗教裁判で「異端」の宣告を受け,破門され,火あぶりの刑に処せられたが,25年後の1456年に再び宗教裁判が行われ,「異端」という無実の罪が取り消され,さらに破門が取り消された。このやり直し裁判のことをフランス史では「リハビリテーション裁判」(「復権裁判」)と呼んでいる。

<障害のある人の「全人間的復権」>その他のRI活動

 障害のある人のリハビリテーションが始まってからは100年に満たない。1917年,第一次世界大戦中のアメリカの陸軍病院に「身体再建及びリハビリテーション部門」が開設 されたのが最初であるが,この場合でも「リハビリテーション」は社会復帰,職業復帰の意味であった。
 こういう長い歴史を踏まえて考えると,「リハビリテーション」とは障害のある人の「全人間的復権」,すなわち,障害(生活機能低下)のために,人間らしく生きることが困難になった人の,「人間らしく生きる権利の回復」である。
 このように,リハビリテーションの理念に初めから「権利性」の思想があったことは,非常に重要である。障害者の権利が重視される時代にとって,リハビリテーションの理念はますます重要な意味を持つようになっているのである。

<全人間的復権を実現する総合リハビリテーション>

 このような真のリハビリテーションは,医学,教育,その他の個別分野だけで実現できるものではなく,専門家だけで達成できるものでもない。やはり当事者を中心とした多く の分野・多くの職種の総合的・持続的な協力と連携で初めて実現できるものであり,それを「総合リハビリテーション」と呼んでいるのである。

第2部 総合リハビリテーションに関する国際的動向

 総合リハビリテーションに関する現在の思想的立脚点をよりよく理解するために,過去半世紀にわたる国連とWHO(世界保健機関)の文書のうち,5つを取り上げて分析した。
 前年の研究大会シンポジウムへの報告と重複するので,詳細は「リハビリテーション研究」No.146「シンポジウム1:総合リハビリテーションの新生」(pp.6-8)を参照されたい。

第3部 総合リハビリテーションの組織と連携

<総合リハビリテーションの組織>

 次に,総合リハビリテーションの組織について考えたい。
 障害のある人本人(障害当事者)はリハビリテーションの対象でもあり,実施主体でもある立場から,当然総合リハビリテーションのネットワークの中心にこなければならない。さらに家族や環境(住宅などの身近な環境,地域社会,等)も同様である。障害当事者と家族,環境はほぼ一体の中心的なものとして考えていくべきである。
 教育,医学,社会,職業という伝統的な分野は依然として重要であり,一層強化していく必要があるが,さまざまな新しいサービスも必要となる。一般医療,介護,工学,行政などの分野が重要な役割をもってきている。さらに,「インフォーマルサービス」(NPO,あるいは一部営利企業が行うさまざまなサービス)にも役立つものが少なくない。さらにピアサポート(障害者相互の支援)が重要な要素として入ってくる。
 これらの分野はバラバラにではなく,すべてが一体となって連携していかなければならない。

<「縦の連携」と「横の連携」>

 連携の仕方には,「縦の連携」と「横の連携」とがある。縦とは,時間軸に沿った「経時的」なもの,横とは同じ時点において協力する「同時的」なものである。これは両方とも必要であるが,これまでは,縦の連携は割によく行われてきたが,横の連携は不十分であったと思われる。
 縦の連携は,たとえば,障害のある子どもが特別支援学校を卒業する半年くらい前から,職業リハビリテーションとの緊密な協力で進路指導をし,進路を決めるということが非常に大きな仕事である。成人の中途障害の場合には,医学的なリハビリテーションが終了した場合に職業リハビリテーションに紹介することが行われている。高齢者の場合には,医学的リハビリテーションが終了した時点で介護サービスにバトンタッチされる。
 ただ,こういう場合,単なるバトンタッチに終わってしまって,前のサービスとの縁が切れてしまうという問題がある。もちろん縁が切れて当たり前の場合もあろう。しかし例えば,医学的リハビリテーションから職業リハビリテーションへの紹介の場合などには,完全に仕上げてからバトンタッチするよりも,むしろ8割方仕上がったところでバトンタッチして,しばらくは,職業リハビリテーションと医学的リハビリテーションを一緒にやっていった方がいいと思う場合でも,制度的に壁があってそれができないことが多い。
 横の連携とは,同時進行的に複数のサービスを行うことで,本人の貴重な時間を節約することができ,早く社会復帰・職業復帰ができる。たとえば,成人の中途障害の場合に,医学的リハビリテーションが開始したときから職業リハビリテーションと協力できないか,ということである。
 しかし,これには弊害のおそれもある。たとえば,制度が変わって,医学的リハビリテーションが始まって間もない頃でも,将来の職業復帰の可能性に立って,職業リハビリテーション・カウンセラーに,たとえば週1回,病院に来て相談にのってもらえることが実現した場合,医学リハビリテーションの方の「職業に関しては全部職業リハビリテーションの責任だから,我々は考えなくていい」という,「無責任」の弊害である。
 同時並行的な連携には,両方とも一生懸命に考えて協力するのか,役割分担してしまって「あっちがやるからこっちは考えなくていい」というものなのかという,「質」の問題を考えないといけないのである。
 この例に即して考えると,二つの条件が重要と考えられる。一つは医学的リハビリテーションのあり方の問題で,職業復帰や就労に深い関心を持ち,そして今やっている医学的リハビリテーションが最終的に職業復帰や就労の質を高めるのに役立つのだという意識を持って,またそうなるように,一層深く取り組んでいくことである。
 第二は,制度的な壁がなくなることである。
 このような二つの条件を作っていく必要があり,これは他の分野間の連携の場合も同様である。

<「分立的分業」から「協業」へ>

 連携において重要なのは,連携するすべての分野が共通した目標を持つことである。この目標とは,その人に即した,きわめて具体的で詳細なものでなければならない。
 しかし「分立的分業」の場合には,①連携する全分野に共通する具体的な目標がなく,各分野が別々の目標をもち,しかもそれらも決まり文句的・抽象的な目標(「在宅での生き甲斐のある生活」,「職業復帰」 など)にとどまりがちである。
 ②また「分立的分業」では,自分の分野の責任範囲(「なわばり」)を自己限定し,重複領域・境界領域に手を出さない。その結果,非効率な結果しかあがらず,「サービスの谷間」も生じる(が「見えない」し,「見ようとしない」)。
 一方,「協業」では,①全分野に共通する具体的な「目標」(「この人が,どこで,どのような(人間らしい)生活・人生を築くのか」)を,連携に立って創り,協力して実現する。そして,②「なわばり」にとらわれず,自己の技術が役立つ場には喜んで提供する,のである。

<「協業」の進め方>

 「協業」の進め方は次のようである。
1)共通の「目標」を共同で確定:生活機能向上の「予後予測」に立って,以下の目標を共同で決めていく。これには専門家の共同だけでなく,当事者・家族との共同が不可欠である。
 ①「参加」レベルの目標(これがもっとも重要):どこ(自宅,会社〔同職場,別職場,別会社〕,など)で,どういう役割を果たすのか(仕事内容,主婦の仕事内容,など)。
 ②「活動」レベルの目標:①の参加の「具体像」として必要な各種の活動
 ③必要あれば「心身機能・構造」レベルの目標
2)以上の目標の達成のためのプログラムを共同で作成し,確認する。
3)そのプログラムを「なわばり別」でなく,フレキシブルな「役割分担」で実行する。
4)これらすべてを障害当事者との「インフォームド・コーペレーション」(インフォームドコンセントを更に徹底させた,情報共有と自己決定尊重に立った持続的な協力)によって行う。具体的には,目標(特に参加の目標)の候補(実現可能な選択肢)を最低3つ提示し,当事者に熟慮の上で選択してもらう。また目標の達成のためのプログラムには当事者の同意を得る。
5)「目標,特に参加レベルの目標が達成できたか」の確認と反省までを全参加者(当事者を含む)で行う。
 以上が「目標指向的アプローチ」に立った「総合リハビリテーション」の実践である。

<「分立的分業」と「協業」のちがい>

 「分立的分業」と「協業」の差を別な角度から見たのが図1である。このA,B,C,Dは異なる分野,あるいは同一分野内の異なる職種を示す。
 分立的分業では,各分野の境界(「なわばり」)がはっきりしている。それに対し協業では,A,B,C,D,E,の各分野が重なり合っており,一見重複してムダが多いように見える。
 しかしこれは上から見るからであって,横から見ると,まったく別である。分立的分業は依然としてバラバラだが,協業の方は,領域は重なっていても,果たしている役割はまったく違っていて,各分野・職種が独自の役割を果たしていてムダはないのである。

図1 「分立的分業」から「協業」へ

第4部 当事者の自己決定と専門家の役割

<自己決定をどうとらえるか>

 今,「障害当事者の自己決定」が非常に強調されてきている。しかし専門家の一部には,それをどう受け止めたらいいかについて戸惑いがある。
 つまり,「『専門家が何でも決めていたのがいけない』というのはわかる。」しかし,「それなら今度は,当事者が何でも決めるのか?」「では,専門家の役割は?」という戸惑いである。
 しかしこのような「二者択一」は間違いである。
 大事なのは,「最終決定はあくまで当事者が行う。それが当事者の権利でもあり,責任でもある。ただし,決定に到る過程で,『当事者の最良の利益』が実現できるよう,適切な助言・支援をするのが専門家の役割である」ということである。専門家は,それができるよう,研鑽が必要なのである。

<問題解決能力から自己決定能力へ>

 リハビリテーションは一種の学習過程であり,問題解決法を学習する。それは歩行などの基礎的な能力にはじまって,職業その他の社会的な役割を果たすための各種の能力に及ぶ。その積み重ねの中で,新しい問題に対して,自力で問題を解決する能力も養われる。当事者自身が自分で工夫し,一部専門家の力を借りて問題を解決するのである。そういう「問題解決能力」を意識的に高めていくようなプログラムを今後一層工夫すべきである。そして,そのような問題解決能力の増大にともなって「自己決定能力」も向上する。
 自己決定は自己決定権に基づいている。しかし,さまざまな権利の中で,自己決定権には独特の特色がある。他の多くの権利は,国家(憲法・法律),社会,地域の他の住民,要するに他人が認めることで,効力が発生し,行使できることが多い。しかし自己決定権ばかりはそうではない。自己決定には自己決定能力が必要である。自己決定能力が伴わなければ適切な自己決定はできず,望ましい結果は得られない。これは障害のある人だけでなく,すべての人間がそうなのである。
 障害当事者と専門家との関係では,専門家は当事者の自己決定権を絶対的に尊重し,同時に自己決定能力が高まるように支援する責任がある。
 これは当事者の自己決定能力が低いからではない。当事者は,障害を持つことによって,普通の人が経験しないで済むような特別の困難に直面しているからである。当事者は,普通の人が必要とするよりも,より高い(より特別な範囲の)自己決定能力を必要としているのである。
 リハビリテーションの過程におけるインフォームド・コーペレーション(情報共有に立った持続的な協力)の中核は,「実現可能な複数の選択肢を専門家の責任で提出して,それを本人が選ぶ」ことである。このような持続的な協力それ自体が,当事者の自己決定能力を高めることに役立つ。
 本当にそのような支援ができるように,自分たちの能力・技能を高めていくということが専門家にとっての非常に大きな課題である。
 この点で,総合リハビリテーション専門家の責任は非常に重い。しかし,そのような努力が成果を結べば,やりがいも非常に大きいのである。


主題・副題:リハビリテーション研究 第150号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第150号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第41巻第4号(通巻150号) 48頁

発行月日:2012年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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