特集 第34回総合リハビリテーション研究大会-総合リハビリテーションの新生をめざして(2) シンポジウム1 総合リハビリテーションと障害者制度改革

シンポジウム1 総合リハビリテーションと障害者制度改革

【コーディネーター】
藤井 克徳(日本障害フォーラム(JDF)幹事会議長/第34回総合リハビリテーション研究大会実行委員長)

【シンポジスト】
阿部 一彦((福)日本身体障害者団体連合会理事/被災障害者を支援するみやぎの会代表)
大川 弥生((独)国立長寿医療研究センター研究所生活機能賦活研究部部長)
尾上 浩二((特)DPI日本会議事務局長)
清原 慶子(三鷹市長)
久松 三二((財)全日本ろうあ連盟事務局長)

要旨

 午前中に行われたモンスバッケンRI会長と上田敏先生による2つの記念講演を受ける形で,シンポジウム1は「総合リハビリテーションと障害者制度改革」を主題に論議がなされた。
 冒頭で,コーディネーターより4点にわたって論点が提起された。1点目は,「東日本大震災と障害分野」についてで,わけても障害ゆえの被害をどう捉えるかである。先刻,NHKの福祉ネットワーク取材班による調査で障害者の死亡率が総人口の死亡率の約2倍と発表された(月刊ノーマライゼーション2011年11月号に詳述)。その背景に何があるのか,そこには自然災害という天災に加えて政策上の不備を伴う人災の要素が重なるのではという推測が成り立つが,この辺を論及することであった。2つ目は,この国の障害者に関する政策水準をどうみるかである。障害者権利条約(以下,権利条約)をはじめとする種々の国際規範と比較して,また各団体などが実施している実態調査に照らして,できる限り客観的に評価を加えてもらうことにした。
 論点の3つ目は,これが本シンポジウムの主柱となるが,佳境に入っている障害者制度改革について論じ合うことであった。成果が確認できる点と難航している点とがあるが,2010年1月から本格化した障がい者制度改革推進会議(以下,推進会議)の今日までをどうみるか,率直な中間評価を行うことであった。4つ目は,権利条約の批准要件を含む当面の政策課題は何か,政策課題に加えて総合リハビリテーションの視点を重ねての実践課題をあげてもらうことであった。
 なお,本稿にあっては,4時間近いシンポジウムを網羅することは到底難しく,論点1の「東日本大震災と障害分野」ならびに論点3の「推進会議の中間評価」に焦点を当てることにした。また,筆者の文責で発言内容の中核部分のみの記述になっていることを予め断っておく。

(本文共・藤井克徳)

■東日本大震災と障害分野

藤井:早速,論点の1つ目である「東日本大震災と障害分野」について発言してもらいます。

阿部:宮城県下の被災実態を中心に報告します。まず取り上げたいのはNHKによる調査結果で,それによると主要被災地帯(岩手,宮城,福島の27市町村が調査対象)での総人口の死亡率が1.03%,これに対して障害者の手帳所持者(身体障害者手帳,療育手帳,精神障害者保健福祉手帳)の死亡率が2.06%と実に2倍になっています。宮城県内の障害者の死亡率を詳しく見ていくと,女川町で13.88%(総人口の死亡率7.01%),石巻市で7.47%(総人口の死亡率1.96%)となっています。他の市町村も同じ傾向ですが,特徴点は明らかに障害者の死亡率が高いということです。
 宮城県においては,いち早く日本障害フォーラム(JDF)を主体とする支援センターと県内の主要団体による「被災障害者を支援するみやぎの会」が設置され,両者の連携で支援活動が展開されました。以下の3点は,両者のこれまでの支援活動から得られた資料や情報を基にした報告です。1点目は,被災したことにより生活上の困窮度が増し,支援サービスを必要とする障害者が着実に増えていることです。問題は,これに対応する人的・物的な社会資源が圧倒的に不足していることです。2点目は,一般避難所に障害者がほとんど存在していなかったことです。どこに居るのか,いろいろと推測できますが,そこには深刻な問題が横たわっていると思います。3点目は,仮設住宅をめぐる問題です。まず問題になるのが,応急仮設住宅の完成を待つことができずに,みなし仮設住宅(一般の賃貸住宅など)に入居せざるを得なかったことです。この場合は,いわゆる個人情報保護問題にぶつかり,支援に必要な連絡を取れないという事態が起きています。また新築の仮設住宅にあってもバリアフリー対応型が少なく,中心街からの遠距離問題を含めてこちらも深刻な問題が顕在化しています。さらに追い打ちをかけているのが,国と県,市町村の疎通性がよくないこともあって,適時に修繕や改築ができないことあるいはできにくいことです。
 いずれにしても,「障害ゆえの問題」は明白であり,正確な実態把握という点で,国と県,市町村の連携による,記憶が薄れないうちの早い段階での公的な検証作業が求められます。

尾上:原発事故を抱える福島県はまだまだ震災は進行形にあり,他の被災地帯にあっても復旧・復興の途中段階にあって,この時点で震災問題を総括することは難しいように思います。ただし,震災から半年だからこそみえてきた問題点,また復興段階に入っているこの時点で軽視してはいけない事柄がいくつかあり,これらを中心に意見を述べます。
 1つ目は,権利条約において「障害とは社会的障壁との相互作用によってもたらされる」とする社会モデルの視点が明示されましたが,震災を社会的障壁が最も苛烈に現われるものの一つと捉えるべきだと思います。この視点を堅持することで「障害者と復興政策」に当たり,社会政策からのアプローチの必要性がより明確になると思います。
 2つ目は,16年前の阪神・淡路大震災の経験や教訓があまりにも活かされていないということです。災害時要援護者名簿作成の政策化や福祉避難所の設置を含む避難所の改善など,それなりに関係法制の整備が図られてきましたが,障害者の立場に立ってその有効性を問うた時,率直に言って全体としては本質的な改善になっていないように思います。
 3つ目は,これも阪神・淡路大震災との比較になりますが,安否確認を含めて,行政による障害者の実態把握がほとんど進んでいないということです。たしかに震災規模の広域性や甚大さは比較にならないかもしれませんが,それにしても未だに被害実態が明らかにされない無策ぶりなどは疑問が残ります。そもそも,障害者の安否確認や震災後の生活実態の把握の第一義的な責任主体が自治体を中心に行政の側にあるのだという姿勢をもっと強く持ってほしいと思います。
 4つ目は,復興政策の基本視点として,原状に復旧すればいいのではとする考え方から脱却することです。なぜならば,原状そのものが障害者には住みづらかったからです。単に元に戻すのではなく,新たにインクルーシブ思想を根付かせてほしいのです。具体的には,復興政策に当たり,その土台の一角に権利条約を位置付けるのも一策ではないでしょうか。

清原:私が市長を務めている東京都三鷹市においても,被災地ほどではないにしろ,初めて震度5弱という地震に見舞われました。障害分野に限ってみていきますと,作業所等に通所していた人たちはスタッフの支援もあって大きなトラブルはありませんでした。しかし,在宅の障害者,とりわけ一人暮らしの障害者の多くは情報から隔絶し,不安感は想像に絶するものがあったように思います。このことは高齢者も同様でした。
 ふり返って思うことの一つは,普段の訓練が功を奏したことです。三鷹市の庁舎で全体として冷静に行動できたこと,また鉄道の停止に伴い大量の帰宅困難者が出る中で小学校や保育園が長時間に亘って子どもたちの安全を確保できたなどはそれによるところが大きいと思います。今一つは,自力で避難することが困難な障害者に対する被災時支援の難しさです。個人情報保護の課題とも向き合いながら,行政の力だけでは難しい支援や救援を住民全体でカバーするシステムをどうつくっていくか,この点の重要さを痛感しています。三鷹市では,私が市長になって以降ですが地域ケアネットワークという住民組織づくりを進めており,また平成20年度から災害時要援護者支援事業を開始していますが,改めて再検討が必要になっているように思います。
 阪神・淡路大震災の後でしたが,1995年に当時の郵政省の中に「障害者の情報バリアフリーに関する研究会」が設けられました。私はここでの取りまとめ役を依頼され,まさに震災時における「障害者と情報」をメインテーマの一つとして研究を行ないました。この後に日本障害者協議会の情報通信委員長を務めることになりますが,これらの経験を通して災害時に障害者にいかに正確な情報を届けることができるか,また障害の種別ごとに情報保障の内容や方法が変わるのだということを学びました。このことは今般の大震災でも問われたことであり,引き続き重要な政策課題になると思います。
 三鷹市で進めている地域ケアネットワークづくりも災害時要援護者支援事業も,総合リハビリテーションの視点が大切になります。リハビリテーションには個人を尊重する復権の思想が込められ,総合リハビリテーションには諸分野の連携が求められ,震災時にこそこの考え方がベースに据えられるべきです。

久松:大震災が発生したあの時間に,私はろうあ連盟の石野理事長と職員(健聴者)の3人で地下鉄に乗っていました。電車はすぐに停止しましたが,停止後も大きな揺れが長く続きました。乗客は一斉にこわばった顔になりました。私自身はそれほど緊張しませんでした。それより停電による不安の方が先だったのです。もし停電になれば,真っ暗闇となり手話が見えなくなるわけで,深い地下でこのことが起こることを恐れたのです。幸い私たちは地下鉄から出ることができましたが,あの1時間足らずの経験でもとてつもない不安感に陥ったのですから,被災地での長期間の停電や暗闇生活がいかばかりであったかは想像に絶するものがあります。
 震災直後から主要な被災地帯に入っていますが,ろうあ者の人たちから異口同音に言われることがあります。それは,地震が起こった時の行動で,「テレビを守った」「テレビを抱え込んだ」ということでした。ろうあ者にとっての最大かつ速報性のある情報源はテレビであり,これが壊れるというのは情報の入手という点で致命的になります。しかし,テレビは守ったものの停電が続き,3日後,4日後にやっと被害の全貌を知ることができたというのが東北に住むろうあ者の実態でした。
 ろうあ連盟が中心となりながら,聴覚障害者を対象とした救援のための対策本部を先ずは中央と被災3県に設けました。現在では,東日本大震災の救援だけではなく,今後の震災に備えるという意味を含めてほとんどの県で地域本部が立ち上がっています。中央本部の役割の一つは国との折衝ですが,この間の成果を2点紹介しておきます。
 1点目は,経費面を含めて厚労省の責任で全国から自治体を通して手話通訳者,要約筆記者,ろうあ者相談員を募り,被災地に派遣したことです。阪神・淡路大震災時に国の対応が全くなかったことと比べれば大きな前進です。2点目は,首相官邸からの大震災に関する重要な報道,とくに原発事故に関する総理や官房長官の会見や談話に手話通訳者が配置されたことです。障害を持たない市民とリアルタイムで情報を共有できたのですからとても重要なことでした。今後の情報保障政策のあり方という観点からも,大きな実績になったと思います。

大川:とくに被害が甚大であった,そしてこの先も長期に関わっていこうと思っている宮城県南三陸町への関わりを中心に報告します。
 まず実態についてですが,ここに挙げたのは震災後2カ月時点での調査結果です。特定のエリアの事例とはいえ,そこにはさまざまな課題や問題点が浮き彫りになっています。調査対象は避難所で生活する65歳以上の要介護認定を受けていず,障害関係の制度利用もない高齢者で,平日の昼間に避難所にいた全例(141名)を調査しました。その結果,41.8%にADLが低下し,12.8%に介護が必要になっています。こうした「活動」レベルの障害が出現する傾向は,新潟県中越地震の時にも現れていました。
 その原因は,決して病気やケガではなく,また避難所生活や仮設住宅に入ったことが主因ではありません。原因は,災害以降に生活が不活発になってしまったこと,すなわち「生活不活発病」なのです。なお,この調査は,調査に終わらせることなく,困難が出現した人を早期に発見して必要な手を打つこと,またコミュニティー全体としてどのような対策が必要かを明らかにすることを最初から目的にしていました。
 ここでポイントになるのが,本人の生活上の不自由さや社会生活上の困難,課題を「参加」,「活動」,「心身機能」という国際生活機能分類(ICF)の3つの生活機能のレベルで捉えることの大切さです。これによって複雑な様々な問題や課題が整理できます。このことを通して見えてくるのは,本人の家庭生活や社会生活での役割の喪失であり,楽しみが減っているという「参加」レベルの低下です。実は,ここに生活不活発病を予防し改善するヒントがあるのです。一般的には心身機能が落ちたのだからその回復に力を注げばと考えがちです。そうではなく,「参加」レベルへの働きかけが大事になるのです。
 もう一つ強調しておきたいのが,生活不活発病の予防や改善に当たって重要なのが,「地域」というキーワードです。仮設住宅の中のみで考えるのではなく,あくまでも地域全体の中に仮設住宅を位置付けることであり,地域社会に備わる大きな力と結び付けていくことが重要です。

■制度改革の中間評価

藤井:次に障害者制度改革のこれまでをどうみるか,つまり推進会議や総合福祉部会の中間評価に話を移したいと思います。政権交代と深く関わって設置された推進会議は,その初仕事として障害者基本法の改正を実現し(2011年8月5日付で改正法が交付),障害者自立支援法に替わる総合福祉法の制定へ向けての骨格提言が取りまとめられました(同8月30日)。シンポジストの中にはこうした動きに直接関わっている方,外部から関心をもって見守っている方といらっしゃいますが,それぞれの立場で忌憚のない意見をお願いします。

清原:推進会議の構成員の一員としてこれまでの感想を述べさせていただきますが,結論から言って本当に素晴らしいと思います。それは,障害当事者の実質参加が図られていることであり,構成員全員が課題や問題提起を準備し,論議を重ねたうえで折り合ってきたからに他なりません。私は市長が本務で時間のやりくりが大変なのですが,多少の遅刻や早退はありましたが,できる限り出席することを優先させてきました。その理由は,市長では私しか構成員がいなかったこと,つまり市長の立場で意見を反映させたかったのです。何よりも,推進会議自体に魅力があり,実際にも勉強になる点が多く積極的に出席したという次第です。
 最初の推進会議の成果は,障害者基本法の改正を実現したことです。改正障害者基本法の評価をもって,このコーナーの見解としたいと思います。評価できる点としては,「社会的障壁」の概念を明確にしたうえで,障害者の定義を改訂したことです。いわゆる社会モデルに軸足が置かれることになりました。このことは,自治体を含めて,今後の障害関連政策に効果的な影響をもたらすのではないでしょうか。合わせて,「合理的な配慮」という考え方が明示され,インクルーシブ社会やバリアフリー社会への方向付けが明確にされたという点でも大きな意義があるように思います。
 一方で,改正障害者基本法には「可能な限り」という文言が何箇所か出てきます。この表現は,努力規定的な意味で拘束力がありません。個人的には残念な気がします。ただし,市長という立場に立つと少し考えが変わります。「ねばならない」というよりは,努力目標的な方が行政的には現実的であり,やりやすい感じがします。もう一つ重要なことは,障害者福祉で自治体間の格差を減らすにはナショナルミニマムという考え方が必要となりますが,改正障害者基本法はそのベースになり得るということです。推進会議は地方行政にもいいお手本になるもので,とくに新設の障害者政策委員会には期待したいと思います。

尾上:中間評価ということですが,推進会議の下に設置された総合福祉部会が取りまとめた「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言」(以下,骨格提言)を中心に述べたいと思います。その前に,改正障害者基本法についても触れておきます。
 改正障害者基本法の評価は,条文のチェックと合わせて国会審議での確認答弁を押さえておくことが大切です。いくつもありますが,例えば先ほど清原市長が言われていた「可能な限り」ですが,「できる限り努力する」というのではなく「最大限その方向で取り組む」という確認を細野豪志内閣府担当大臣等から引き出しています。同じく,「障害者」の定義に関わって(第2条),条文中の「継続的」という解釈について,「周期的,断続的の意味を含む」と確認しましたが,これは難病による障害など,いわゆる谷間の障害問題を解決していくうえで大切な意味を持つことになります。
 もう一つ言いたいのは,障害者政策委員会の新設であり,それが地方行政にも広がる可能性が出てきたことです。推進会議の実績を地方にも押し広げてほしいと思います。
 次に,総合福祉部会についてですが,何と言っても55人の構成員の総意で骨格提言をまとめあげた意味は大きいと思います。もちろん内容も相当な水準にありますが,誰一人として欠けることなくまとまったことの価値と威力は快挙と言っていいのではないでしょうか。
 ぜひとも骨格提言の全文を読んでほしいと思いますが,ここでは「はじめに」の中の「障害者総合福祉法がめざすべき6つのポイント」を紹介します。具体的には,①障害のない市民との平等と公平,②谷間や空白の解消,③格差の是正,④放置できない社会問題の解決,⑤本人のニーズにあった支援サービス,⑥安定した予算の確保,の6点です。中でも第1点目の「障害のない市民との平等と公平」は,権利条約でも貫かれている視点であり,きちんと押さえるべきです。骨格提言の先行きは険しい道のりが予想されますが,ここまでの経緯はそれなりに評価できると思います。

大川:総合リハビリテーションという観点から2点述べたいと思います。1点目は,推進会議の論議をみていて気になるのがリハビリテーションの視点が抜け落ちていることです。周知の通り,権利条約の第26条には総合リハビリテーションという意味を込めた「ハビリテーション及びリハビリテーション」と題する内容があります。国際的な規範や潮流を重視している推進会議であり,とするならばリハビリテーションの視点がもっと反映されてもいいのではないでしょうか。リハビリテーションには,理念面でも技術面でも歴史的な蓄積があります。とくに理念面については,今こそ有効かと思います。
 リハビリテーションの視点を軽視しがちな背景には,自虐的な言い方になるかもしれませんが,リハビリテーションに対する失望感のようなものがあるかもしれません。推進会議への注文と,私たちリハビリテーション関係者の反省,双方の努力が求められるように思います。
 2点目は,専門家との連携をもっと積極的に進めることです。推進会議の特徴の一つは,障害当事者の皆さんが中心になって論議をリードしていることであり,これはこれでこの国では画期的なこととして高く評価したいと思います。次のステップとして,障害当事者のために働きたい,役に立ちたいという専門家といかにタイアップしていくか,これによってもっと分厚い論議が可能になるように思います。言い換えれば,専門家を活用するのであり,論議の機会を多く設けながら切磋琢磨の関係を築くことが重要です。それぞれの専門分野には知見や技術面の蓄えがあり,これを活用しない手はないように思います。障害当事者のみなさんからの「専門家はこうあるべきだ」とする正面からのリクエストがあれば,必ずや誠実に応えてくれるはずであり,その刺激が専門家の発展につながっていくのです。本日のシンポジストは,推進会議の有力な構成員でもあり,ぜひともリハビリテーションの視点について再考いただければと思います。

阿部:推進会議にしても,総合福祉部会にしても,その審議のすべてがウェブ上で公開されていることはご存知かと思います。このような形での情報提供は,地方の立場からすれば非常に有効です。1回当たりの審議時間が4時間もしくはそれ以上に及び,そのすべてをとなると難しいかもしれませんが,必要部分を視聴するだけでも貴重な情報源となります。同時に,ウェブを視聴しながら思うことは,推進会議や総合福祉部会のすごさです。論議の量もさることながら,現実的な成果に結びついているところがいいと思います。
 さて,推進会議の中間評価ということですが,改正障害者基本法で明記された障害者政策委員会を通して考えてみたいと思います。とくに注目したいのは障害者政策委員会が法定化されたことです。推進会議もおそらくはこれに吸収されていくのだと思いますが,この先の重点的な障害者政策の立案にかけがえのない役割を果たしてくれると思います。ただし,残念なのは,国と都道府県ならびに政令指定都市までは必置になりましたが,市町村については努力規定に終わっていることです。市町村間での障害者施策格差の温床になりかねず,早い時期の設置義務を期待します。
 制度改革については,骨格提言を含めて大きな動きになりつつありますが,ここで思うことがあります。それは,制度の運用の問題です。ハード面としての制度の改革は進展していますが,ソフト面としてのそれを担う人材や組織がどうかということです。地方の立場で考えると,決定的になるのが次の3点です。1点目は,コーディネーターの質と量,具体的には社会福祉士や精神保健福祉士などのソーシャルワーカーの体制を整備することです。2点目は,現行で言えば障害者自立支援協議会になりますが,官民が協力しての柔軟性を備えた施策や実践を調整したり,推進していく組織実体の充実が求められます。3点目は,障害当事者運動の活発化です。地方や地域で並行してこれらに備えていくことが,制度改革を裏打ちすることになるのだと思います。

久松:推進会議の最初の大きな仕事となった改正障害者基本法の評価から入ります。結論から言えば,半歩後退,一歩前進,こう言いたいと思います。後退というのは,障害者基本法の改正に向けて取りまとめた推進会議の第二次意見がかなり削られたという意味です。前進というのは,何と言っても言語に手話が含まれることを明記したこと,また基本原則の規定にコミュニケーションや情報に関する条項が新設されたのも評価できます。とりわけ,言語と手話の関係についての明文化は歴史的な意味があろうかと思います。第二次意見を取りまとめる過程では,内閣府の官僚から「言語に手話を含むことは100%無理である」と言われていました。その後の懸命なロビー活動と皆さんの支援が功を奏し,それが障がい者制度改革推進本部の副本部長でもある枝野幸男官房長官(当時)の英断を引き出し,改正法律案を承認するための推進本部会議が開かれる直前で「言語に手話を含む」が決定されたのです。
 この「言語に手話を含む」の意味は計り知れないものがあります。私たち聴覚障害者は,理念法としての障害者基本法だけではなく,言語やコミュニケーション,情報に関する実体法を制定していきたいと考えています。具体的には,情報アクセスに関する法律,コミュニケーション保障に関する法律,手話言語に関する法律等です。ところが,日本という国は言語に関しては優しくなく,閉鎖的で,言語やコミュニケーションに関する新法となるとハードルがとても高くなることが予想されます。そうした中で,基本法において「言語に手話を含む」としたことは,国民啓発という面からも大きな意味があり,同時に先ほどあげた実体法を制定するための法的な根拠になるのです。
 もう一言いっておきたいのは,これはこれから実体法を準備していく過程でも問われると思いますが,障害当事者と専門家という二分法的な発想についての違和感です。両者の呼称にも疑問があり,もっと新たな発想と新たな関係を構築していくべきではないでしょうか。

■おわりに

 シンポジウムの最後に,記念講演をいただいた二人の演者にコメントを求めた。これらを略記して本稿を閉じることにする。先ずモンスバッケンRI会長からは,①ジェンダーの分野では先進国であるノルウェーも障害の分野はまだまだ課題が多く,今日のシンポジウムは多くの共通点を感じ,また多くの点で参考になった。②そのうえで,障害の定義,縦割り行政の弊害,自治体間格差,障害当事者と専門家との関係,これらはノルウェーでも重点的な課題であり,両国での深化と発展を期待したい。③さらに障害分野と高齢分野に言及し,世界的な傾向だと思うが,ほとんど運動のない高齢分野に運動の強い障害分野から刺激してほしい。できるならば,障害分野と高齢分野が連携して大きな力で社会に向かっていってほしい,とあった。
 上田敏先生からのコメントは,①改正障害者基本法においてリハビリテーションの位置付けがあまりに不十分である。第二章第14条に「リハビリテーション」と出てくるが,そこでの意味は医学的リハビリテーションという狭義の用いられ方になっている。②しかし,法律全体としては,教育や療育,職業,住宅,交通や情報のバリアフリーなど随所にリハビリテーションの個別分野が登場している。問題はこれらをトータルに保障しようという総合リハビリテーションの視点が欠けていることである。③こうした状況に留まっているのはリハビリテーション分野の努力が不十分なのかもしれない。本研究大会も34回を重ねているがまだまだ非力である。④とはいえ,推進会議は明らかに新たな方向への踏み出しであり,リハビリテーション分野もこれに連携していく必要がある。「あきらめない」という視点を強調しておきたい,であった。


主題・副題:リハビリテーション研究 第150号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第150号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第41巻第4号(通巻150号) 48頁

発行月日:2012年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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