特集 第35回総合リハビリテーション研究大会-総合リハビリテーションの新生をめざして(3) シンポジウム1「総合リハビリテーションの視点から災害を考える ―東日本大震災での実態把握にもとづいて―」

シンポジウム1「総合リハビリテーションの視点から災害を考える ―東日本大震災での実態把握にもとづいて―」

【コーディネーター】
大川 弥生((独)国立長寿医療研究センター研究所生活機能賦活研究部部長) ○シンポジストを兼ねる

【シンポジスト】
海老沢 真(NHK文化福祉番組部)
西澤  心(ワークショップほのぼの屋)
丹羽  登(文科省初等中等教育局研究特別支援教育課)

要旨

 「災害時とは,平常時の体制の優れた点も問題点も,共に顕著に現れる時」と位置づけ,「災害に関して得られた知見を,平常時の総合リハビリテーション(以下リハ)の取り組みにも生かす」ことを目的としたシンポジウムの3回目である。今年は,各演者の東日本大震災での実態把握にもとづいて論じた。
 海老沢氏は報道関係者の立場から取材内容をも含めて,西澤氏は職業リハの立場から,丹羽氏は教育リハの立場から,大川は生活機能実態把握と生活機能低下予防・向上の現場活動から述べた。
 また最近の動向として,中央防災会議専門調査会報告書で打ち出された「防げたはずの生活機能低下」およびこれまでの要援護者対策よりも広い「特別な配慮が必要な人」の考え方について紹介した。

(本文共・大川弥生)

 「災害時とは,平常時の体制の優れた点も問題点も,共に顕著に現れる時」と位置づけ,「災害に関して得られた知見を,平常時の総合リハビリテーションの取り組みにも生かす」ことを目的とした本シンポジウムは,3回目を迎えた。
 1回目(第33回研究大会)では,これまでの状況についての共通認識と今後の課題を主としたが,その後東日本大震災が発生し,昨年の2回目(第34回大会)は,東日本大震災での現地での取り組みに立って今後の課題を明らかにした。
 今年は4人の演者が東日本大震災での実態把握にもとづいて論じるとともに,最近の生活機能低下者(障害者・児等)への災害時における対応への考え方の変化を示す動向として,中央防災会議「地方都市等における地震防災のあり方に関する専門調査会報告」での「特別な配慮が必要な人」について紹介した。

[最近の動向]“preventable death”に加えて“preventable disability”の予防・改善を-「特別な配慮が必要な人」の重要性

大川 弥生

 新潟県中越地震(2004年)以来,東日本大震災までの大災害で明らかになった課題をふまえた今後の災害時対策について,2010年からの検討を経て,中央防災会議「地方都市等における地震防災のあり方に関する専門調査会」報告書が2012年3月にまとめられた。これは,地震以外の災害でも共通した考え方とされている。(http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/toshibu_jishin/report.pdf)
 この中で,阪神・淡路大震災以来,震災時支援として強調されてきた「防げていた死亡」(preventable death)の予防に加えて,今後「防げたはずの生活機能低下」(preventable disability)の予防を新たな課題として認識する必要性が指摘された。
 またその予防にも関連して「特別な配慮が必要な人」についての共通認識が必要であることも指摘された。これは従来の「災害時要援護者」よりも広い概念であり,配慮・支援の内容も,避難の支援や福祉避難所等を中心とした「要援護者対策」よりも広い。その特徴は,1)「配慮すべき内容」と関連付けて「配慮すべき人」を明らかにした,2)「配慮すべき内容」の基本的な考え方を「健康状態」と「生活機能」の両面から整理した,3)災害前から配慮が必要だった人だけでなく「予防」の観点からの配慮が必要とした点にある。なお,その内容は筆者が従来提案してきたもの(表)と同じである。

表 特別な配慮が必要な人
-「健康状態」と「生活機能」の両面から-(大川)

A.健康状態について配慮が必要な状態

Ⅰ.災害発生前から,健康状態上管理が必要な場合

  • 病気のある人(生命維持に直結する機器<人工呼吸器,人工透析,在宅酸素療法等>が必要 薬物治療中 食事療法中 運動療法中等)
  • 妊婦
  • 新生児,乳児
  • 環境管理が必要な人(頸髄損傷で体温調整が困難な人,アレルギー疾患・素因のある場合等) 等

Ⅱ-1.災害でケガをした場合

Ⅱ-2.災害を契機に新たな疾患が発生,顕在化した場合

  • PTSD
  • アルコール依存症 等

Ⅲ.災害を契機とした疾患出現の「予防」が必要な場合

  • 生活不活発病のリスクが高い人
  • 高齢者(予備力が低下している) 等

B.生活機能面について配慮が必要な状態

Ⅰ.日常生活活動低下

1.介護を受けている場合

2.「限定的自立」の場合(自宅など日常の生活範囲でのみ自立)

Ⅱ.要素的活動低下※

1.コミュニケーションに困難のある場合
(視覚障害,聴覚障害,失語症,知的障害,認知症,高次脳機能障害等)

2.判断能力に困難のある場合
(知的障害,精神障害,認知症,高次脳機能障害等)

3.集団行動の遂行に困難がある場合:パニックを生じる,騒ぐ,同じペースで行動できない等
(精神障害,発達障害,知的障害,認知症,高次脳機能障害等)

4.移動に困難のある場合:歩行や立ちしゃがみ困難等
(足のまひ等)

5.腕,手に不自由がある場合

6.耐久性が低い場合
(呼吸器障害,心臓疾患,慢性疾患,体力低下等)

障害者の「避難」と「避難後」

海老沢 真

 NHKの福祉番組担当グループでは,震災直後の3月14日から,高齢者・障害者に関わる情報に特化した番組を放送してきた。障害者・高齢者といった個別のケアが必要な人たちの存在はともすれば忘れられがちであり,「普通の」被災生活すら送れない,そんな現実と向き合いながら取材を続けてきた中で垣間見えた実情を報告する。
1)避難できなかった障害者:障害者の被害の取材を2011年4月に開始したが,当初は市町村の行政もそれどころではなく,データがそろったのは2012年9月になった。結果は,津波被害を受けた30市町村で,一般の死亡率0.78%に対し,障害者手帳所持者は1.43%と約2倍だった。
2)課題が残る「災害時要援護者」の避難支援:国は2005年以来「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」を定め,市町村に要援護者名簿の作成や個別避難計画の策定を促していた。全国に先駆けて取り組んでいた石巻市八幡町(350世帯,人口約900人,市中心部に近い住宅地)では,震災発生時点の登録要援護者17人のうち,計画通りに支援者が駆けつけて避難できたのは4件にとどまった。ただ亡くなった方は2人であり,他の多くは支援者以外の近隣住民の支援や家族,ヘルパーなどの支援で生き延びていた。現状の要援護者対策だけでは避難支援は不十分であり,支援者以外の住民や福祉サービスとも連携した重層的な支援ネットワークの構築と,最大規模を想定した避難シミュレーションが必要ではないか。
3)避難所・福祉避難所・仮設住宅の課題:避難所にいられない,という声は取材の中で繰り返し耳にした。福祉避難所も当初は数が少なく,たどり着いても帰る先がなく,家族がバラバラになる悲劇もあった。仮設住宅もバリアだらけとか,トイレが使えないため入れないという声もあった。
4)移動できない:仮設住宅への入居が進み,避難所が閉鎖された頃から,移動の問題が大きくなってきた。公共交通機関が破壊され,家族やコミュニティもバラバラになる中で,自力で車が運転できない障害者・高齢者の日々の通院・通所・買い物にも困難が生ずるようになっていた。今後,災害復興住宅の建設が進んだとしても果たして解決できる問題なのか,懸念が残る。
 これら避難や避難所,仮設住宅など問題は阪神大震災以来,指摘されていた課題である。だが今回,多くの犠牲を払った過去の教訓が十分に活かされたかといえば,疑問を抱かざるを得ない。

職業リハビリテーションの実態

西澤 心

 2011年9月実施の福島県下の福祉的就労系事業所全178カ所での障害者の「はたらく」実態調査の116カ所(65.1%)の回答で,東日本大震災における職業リハビリテーションの実態が極めて厳しい状況と今後の課題が明らかになった。
 震災以前の福島県の民間企業等の障害者の雇用は,国内でも下位(民間企業39位,教育委員会46位)に位置し,福祉的就労系事業所の経営主体も社会福祉法人に比べ経営的に不安定なNPO法人が半数を超え,工賃倍増5カ年計画対象施設の平均工賃(2009年)も10,977円(全国39位)であった。
 本調査内では死傷者はなかったものの,建物等々の被害に加え浜通り・中通り地域の経済活動全般の停止により86カ所(74.1%)が一次閉所を余儀なくされた。原発事故で圏外避難や移転を余儀なくされ,相双圏域では閉所日数は平均93.5日(全体の平均23.4日)に及び,その間は福祉的就労の障害者は雇用契約がないため無給となった。再開しても多くの企業が撤退したため下請けの仕事がストップ,また相双地域では避難者が多く,また放射能汚染の風評被害も含め県外でも食品などは全く売れなくなった。仕事自体の激減と製品の売り上げが激減したことで工賃も激減し,8月度の平均工賃額は震災前の平均14,983円の支給が-8,130円の6,807円(45.6%)まで下がった。
 南相馬では,食品製造販売や店舗での販売では売上が得られないことから6つの障害者事業所(南相馬ファクトリー)が連携しシンボルグッズとしての缶バッチの製作販売や,様々な支援や独自の努力で1年半が経過した現在,震災前工賃の約80~90%まで回復するなど明るい兆しも見え始めているものの他分野に比べ圧倒的に遅れている。
 平時における障害者の働く脆弱な環境(非雇用)はひとたび非常時になれば劣悪な状況に変化してしまい,非雇用では「職業リハビリテーション」にはなり得ないことは明白である。障害者の「総合リハビリテーション」のためには平時における環境因子の底上げ,とりわけサービス・制度・政策での環境因子を増大させることが急務である。

教育リハビリテーションの立場から
―特別支援学校での実態把握をふまえて―

丹羽 登

 文部科学省は被災三県の全ての幼・小・中・高・特別支援学校に対して調査を実施した。それによると,地震の揺れによる死亡・行方不明者のあった学校は0校であった。学校関連の死者は654人で,そのうち宮城県は459人である。多くの学校では迅速な避難が行われたため,学校内で被害に遭った子どもは少ないという学校が多かったが,一部では想定以上の津波のため避難が遅れ,多くの犠牲者を出した学校もあった。また当日は卒業式のあった中学校や特別支援学校があったことなどにより,通常時に比べ自宅にいた子どもが多く,自宅や帰宅中に震災に遭った子どもが多くいた。
 地震発生時に恐怖と不安でパニック状態になったと回答した特別支援学校は15%と少なく,避難訓練等での経験を生かして,子どもの障害の特性に応じた避難が行われたことが良かったのだと思われる。また,学校にいる子どもの安全確保だけでなく,自宅や帰宅途中の子どもの安否確認等も重要なことである。特別支援学校では,電話だけでなくメールや,自宅訪問するなどして安否確認が行われた。しかし広域の通学区域内を訪問して確認するのは容易なことではない。そのため可能な限りの複数の連絡手段を確保しておくことが重要である。特に,被災三県の特別支援学校の半数で帰宅困難な子どもがいたことから,保護者等と連絡をとれる体制を作ることが必要である。
 震災後に,学校を使用できなくなった,または自宅で生活することができなくなった等の理由で,震災前とは別の学校で学習した子どもは,小学校だけで約14,000人であるが,特別支援学校は小・中・高等部で152人と少ない。また,その多くは福島県内の子どもであり,特に避難指示区域にある福島県立富岡養護学校の子どもたちは県内10校の特別支援学校内に分教室を設置して,そこで授業を受けた(現在は別の特別支援学校内に仮設校舎を設置)。しかし,岩手県と宮城県の特別支援学校の子どもは別の学校に通うことは少なかった。
 このような文部科学省の調査や全国特別支援学校長会震災等対策委員会が実施したアンケート調査等から,①震災時等の避難やその後の対応等マニュアルの作成,②帰宅困難な子どもに対応できる施設・設備の整備(保護者との複数の連絡方法の確保を含む),③特別支援学校の福祉避難所としての指定やそのための整備(非常食や飲料水,医療機器用の電源等),④子ども一人の時に被害に遭った場合への対応(障害の特性,必要な支援等を記載したカードの持参等),⑤個々の必要医療情報等を伝える方法(救急医療情報キット等)の整備,などが課題として見えてきた。
 文部科学省では明らかになった課題を含めた「学校防災マニュアル(地震・津波被害)作成の手引き」をまとめた(http://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/anzen/1323513.htm)。

災害時支援の新たな課題:“防げたはずの生活機能低下”―ICFにもとづく生活機能調査から―

大川 弥生

 災害時支援の新たな課題である「防げたはずの生活機能低下」の主要な原因としての生活不活発病について,2004年の新潟県中越地震以来これまで,様々な災害で報告してきたが,残念ながら東日本大震災でも同時多発を許してしまった。この生活不活発病による生活機能低下は,震災発生後1年半以上の現時点でも今後新たに発生する可能性があり,その予防・改善は差し迫った課題である。しかもこのような,生活不活発病による生活機能低下は,災害時のみの問題ではなく,平常時にも起こりうるし,現に起こっている。これは,高齢者,要介護者,障害のある人に適した総合リハのあり方を考える上で重要な観点である。

災害時の生活機能低下の同時多発:
1)早期発生:発災1カ月に仙台市で昼間避難所にいた高齢者の62.7%に歩行・ADLの低下が認められた。また発災2カ月後の南三陸町でも41.8%に同様の低下がみられ,主な原因はともに生活不活発病であった。
2)発災7カ月目に宮城県南三陸町で,全町民のICF(国際生活機能分類,WHO)にもとづく生活機能の把握を行なった(回収12,652人,回収率83.9%,高齢者回収率90.1%)。その結果,例えば非要介護認定高齢者3,331人の23.9%で歩行が低下したまま回復していなかった。調査時の住居による違いも大きく,仮設住宅者での低下が最も著しかったが,自宅生活者でも低下が見られた。歩行以外にも多くの「活動」・「参加」の低下が見られた。震災前からの要介護認定者及び障害者(谷間の障害も含む)では,低下は一層著しかった。
 この低下の原因として,生活不活発病が最も大きいことはこれまでの災害時と同様であった。
3)岩手県大槌町と山田町でも同様の調査を行い,同程度もしくはそれ以上の低下を認めた。

生活機能低下対策:以上に対する対策は,県・市・町等の自治体等やボランティア団体を含む各種団体と協力して取り組んできた。具体的対策の基本は,ICFの「相互作用的・統合モデル」に立ち,「参加」向上を図ることである。


主題・副題:リハビリテーション研究 第154号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第154号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第42巻第4号(通巻154号) 48頁

発行月日:2013年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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