特集 第35回総合リハビリテーション研究大会-総合リハビリテーションの新生をめざして(3) 分科会3 工学「支援機器の開発と地域リハビリテーション」

分科会3 工学「支援機器の開発と地域リハビリテーション」

【座長】
山内  繁((特非)支援技術開発機構) ○パネリストを兼ねる
松本 吉央((独)産業技術総合研究所知能システム研究部門 サービスロボティクス研究グループ) ○パネリストを兼ねる

【パネリスト】
諏訪  基(国立障害者リハビリテーションセンター研究所)
佐藤 史子(横浜市総合リハビリテーションセンター地域支援課)

要旨

 分科会3(工学)では,技術開発,給付制度,地域でのサービス,そして,支援機器の開発から利活用に至る包括的な課題の観点から,4名のパネリストを迎えて議論を行なった。支援機器が地域リハビリテーションにおいて真に役立つためには,利活用に至るプロセスに関わるステークホルダー(利害関係者)の協働が重要であることが示された。中でも,臨床評価と適合の重要性,および臨床の知見や経験の蓄積を技術開発に生かす仕組みの必要性が強調された。一方で,予算や人材などの課題も指摘され,関係者が日本全体を考え,課題解決に当たることが求められる。総合リハ研究大会における工学の分科会の継続も重要である。

(本文共・井上剛伸(国立障害者リハビリテーションセンター研究所))

1. はじめに

 分科会3(工学)では,「支援機器の開発と地域リハビリテーション」と題して,これまでの3年間の総括も含め,支援機器開発から地域での実用までの話題を提供し,総合的に議論することができた。開発に当たる工学分野の研究者・技術者,地域や臨床現場で支援機器サービスを担当する専門職を交えた議論により,問題意識を共有すること,さらにそれを解決するための今後の展開についてのまとめを行なった。

2. 生活支援技術に関する産総研の取り組み

松本 吉央

 本講演では,まずこれまでに産業技術総合研究所で研究開発されてきた以下の生活支援ロボットシステムが紹介された。

  • メンタルコミットメントロボットParo
  • 生活支援ロボットアーム RAPUDA
  • 排泄介護者支援ロボット トイレアシスト
  • 介護予防リハビリロボット たいぞう
  • コミュニケーション支援ロボット アクトロイドF
  • 障害者が自立して住みやすい住環境モデル

 これらの研究開発から実用化につながっているものはまだ少なく,開発の仕方に問題点があるものも多い。その理由としては,技術者目線での開発が多い,研究成果として論文を書かなければならないために新規性・技術的優位性にこだわるなどが挙げられた。またそれに加えて,機器のコストを負担するのは誰で,ロボットを使うことによるユーザのベネフィットが何であるかを開発当初から考えていないことも大きな問題であると指摘された。
 この問題点に対し,現在の産業技術総合研究所では,日常生活や介護業務を分析する研究が進められており,それらに基づいて支援ロボット・支援技術のコスト・ベネフィットを解析する試みについて紹介された。例えば,日常生活の記録(ライフログ)をとりICF(国際生活機能分類)に基づいて分析したり,介護施設での職員の業務のタイムスタディを行なったりすることで,日常生活のどこに困難があり,どんな技術やサービスで補完できるかを,客観的に理解する方法論の確立を目指している。具体的な例として,

  • 人の把持動作がどのように起きるか(どんなモノをどんな頻度で持つか)を調べることで,上肢に障害のあるユーザのための生活支援用ロボットアームに必要となる仕様(可搬重量等)を決める
  • 高齢者の社会参加を含む生活状態を分析し,何が生活の中での「うれしさ」につながっているかを分析し,必要な支援サービスを決める

 という2つの取り組みが示された。最後に,機器の開発を行う工学側からとして,以下の問題が提起がなされた。
1)なぜ日本では介護用リフトが普及しないのか?
2)日本の給付制度と海外(特にデンマークのように支援ロボットがすぐに給付対象になる国)では何が決定的に違うのか?
3)「施設から在宅へ」という流れは,支援機器のニーズにどのような変化をもたらすか?
4)介護ロボットが介護保険の対象になるために,工学の研究者・開発者は何をする必要があるか?

3. 支援機器の開発と実用化,普及における問題点

諏訪 基

3.1 支援機器・福祉用具の研究開発の予算等の現状

 支援機器・福祉用具の開発と普及を促進する目的で,1993年に「福祉用具法」(正式名称「福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律」)が制定・施行され今日に至っている。福祉用具法による研究開発助成事業の年間総額(NEDO事業分とテクノエイド予算の総計)は,10年前の6億円/年を最高に,近年では3割程度に縮小されてきている。このように,支援機器・福祉用具の研究開発への取り組みに対するモチベーションが低下傾向にある状態を改善するためには,開発から普及までの段階において実用化・普及を阻害している要因を解明する必要がある。

3.2 「生活支援技術革新ビジョン勉強会」での議論

 「生活支援技術革新ビジョン勉強会」では,支援機器・福祉用具の利用の現状の分析から始まり,研究開発や利活用,制度的な課題まで,多角的な観点から“支援機器技術イニシアティブ”戦略について議論が行われた。2007年9月下旬から2008年2月下旬まで9回にわたって各方面の専門家を招いて議論が行われた。議論の概要は,報告書「支援機器が拓く新たな可能性~我が国の支援機器の現状と課題~」として取りまとめられ,インターネットからもアクセス可能になっている1)。

3.3 ロードマップを描くための“井戸端会議”

 「“支援機器技術イニシアティブ”(支援技術を政策に反映させる戦略)を効果的に進めていくためには,利用者,開発者,事業者,現場の専門職,行政(福祉・教育・労働・産業政策等),各種学会などが有機的に連携して,研究・開発・普及のしやすい環境作りが必要」との指摘に対する具体的な取り組みが求められている。 現在,支援機器の開発から利活用に至るプロセスにおけるステークホルダー(利害関係者)による“井戸端会議”を進めている。
 “井戸端会議”の進め方はこれからの課題でもあるが,社会技術的手法などを参考に,“組織化された井戸端会議の進め方”を開発できるのではないかと考えている。要素還元論的なアプローチでは解決できなかった複雑な課題に対して,社会技術的なコンセンサスを形成し,個別の課題の解決方向を修正しつつロードマップを策定する方法論が近年開発されるようになってきている。その一つにこの10年ほどの間に,ヨーロッパを中心に開発されてきている「フォーサイト」がある。単なる技術予測という枠組みを超えて,「社会」と「技術」の双方を視野に入れた将来ビジョンを描出するのに適した手法として注目に値する。これらの手法を用いて,支援技術の利活用を促進するためのロードマップづくりを行なっている。

3.4 支援機器・福祉用具の研究開発におけるパラダイムシフト

 最近始まった支援機器・福祉用具の研究開発におけるパラダイムシフトを紹介する。「福祉用具法」による研究開発助成のための研究開発助成事業の事業費の縮小と応募件数の減少という現象が確認されている中で,開発・普及に対する公的資金による助成の検討が始められている。今までも阻害要因とその解決方策にさまざまな仮説が立てられてきているが,その中で,開発した機器の有効性に関する臨床評価の客観的データと適合技術の提供が,普及を促進する鍵ではないかとの議論がある。
 今後の課題として,研究開発助成事業や,その他の独立した施策等によって,支援機器・福祉用具の開発を行う際には,普及・市販に先立って臨床評価と適合技術の開発を奨励する環境を整備することが挙げられる。助成事業の場合は,それを義務付ける代わりに費用に関する支援を事業に含ませることが有効であると考える。

4. 支援機器の給付制度

山内 繁

4.1 補装具

 補装具の定義は,2005年の中間報告(厚生労働省告示528号)では,(1)身体の欠損又は損なわれた身体機能を補完,代替するもので,障害個別に対応して設計・加工されたもの,(2)身体に装着(装用)して日常生活又は就学・就労に用いるもので,同一製品を継続して使用するもの,(3)給付に際して専門的な知見(医師の判定書又は意見書)を要するものとされている。
 完成用部品は,義肢,装具,座位保持装置であり,価格は,基本価格+製作要素価格+完成用部品価格である。完成用部品については,部品のメーカ,型番,価格の表を作成しており,部品ごとに申請,審査のうえで指定されている。これには,工学的試験評価,フィールドテストの結果が必要である。

4.2 日常生活用具

 定義は,厚生労働省告示529号(2006)において,日常生活用具は,障害者等が安全かつ容易に使用できるもので,実用性が認められるもの,障害者等の日常生活上の困難を改善し,自立を支援し,かつ,社会参加を促進すると認められるもの,用具の製作,改良又は開発に当たって障害に関する専門的な知識や技術を要するもので,日常生活品として一般に普及していないものと定義されている。
 種目としては,介護・訓練支援用具,自立生活支援用具,在宅療養等支援用具,情報・意思疎通支援用具,排泄管理支援用具,居宅生活動作補助用具(住宅改修費)があり,参考例が示されている。種目,利用者負担は市町村が決定する。

4.3 介護保険

 介護保険による介護サービスには,居宅介護(予防)サービス―訪問介護,訪問看護,福祉用具貸与等,施設介護(予防)サービス―特養,老健施設,介護療養型医療施設,地域密着型介護(予防)サービス―夜間対応型訪問介護,認知症対応型通所介護等,支援―ケアプラン作成がある。
 介護保険福祉用具には,福祉用具貸与,購入,住宅改修がある。賃与種目は,車椅子,スロープ,車椅子付属品,歩行器,特殊寝台,歩行補助つえ,特殊寝台付属品,認知症老人徘徊感知機器,床ずれ予防用具,移動用リフト,体位変換器,自動排泄処理装置である。

4.4 海外の状況

 スウェーデンでは,給付の義務は県と市町村であり,県と市町村は独自の給付規則を作ることになっている。また,支援機器給付の責任分担がされており,市町村は日常生活,ケア・治療のための用具を扱っている。市町村のリハビリテーションユニットのOT,PTによる処方,訓練がされ,リハビリテーションプランに基づいている。県は,ヘルスケアセンターでは,判定,処方がされ,福祉機器センター(Technical Aid Center)では,相談,処方,適合,貸出,情報提供などが行われている。
 デンマークでは,利用者の個人対応の個別評価に基づいた給付基準が設けられ,給付のための基準(品目,価格等)については,県・市町村に大きな権限がある。在宅用機器給付の責任分担は,市町村では生活用品を扱い,県は給付に専門性が必要な場合に責任を担い,視覚障害者への眼鏡およびロービジョン補助器や義手,義足等を扱う。(なお,2007年の地方自治制度の改革によって上の区分は大幅に変更されていることがその後判明した。この点,上記説明はアップデートを必要とする。)
 アメリカは,給付制度は州,都市による違いが大きい。支援機器法(Assistive Technology Act)では,連邦政府が州に対して普及と情報提供のための予算を配分している。また,メディケアという連邦政府が管轄し,65歳以上の高齢者,障害者を対象とした医療保険(SSTax or monthly premium)とメディケイドという連邦政府の援助の下に州政府が管轄するプログラムがある。メディケイドは,主として低所得者を対象とし,州によって給付内容は異なるものである。

5. 支援機器の実用化,普及の取り組み ~横浜の地域・在宅リハの立場から~

佐藤 史子

 横浜市で実施されている支援機器の実用化,普及の取り組みについて,紹介する。

5.1 住環境整備事業

 目的は,自宅での生活を継続するための環境整備で,横浜市の単独事業として行なっている。対象者は,横浜市在住の障害児・者および高齢者,①身体障害者手帳1または2級の方が属する世帯,②知能指数35以下の方が属する世帯,③身体障害者手帳3級で,かつ知能指数50以下の方が属する世帯である。助成の対象は,環境整備,自立支援機器(段差解消機,階段昇降機,移動リフター,環境制御装置,コミュニケーション機器)である。助成の可否は,横浜リハの地域支援課で判定し,横浜市が決定する。
 位置付けは,在宅リハビリテーション事業の一環である。在宅リハビリテーション事業の内容としては,生活動作,介助方法の指導/環境整備/福祉用具・機器の紹介・適合評価・提供の訪問事業である。在宅リハビリテーションチームを組むことが特徴である。リハセンターからはPT,OT,SW,Dr.が訪問し,評価訪問として,ニーズ整理,評価,プラン立案をする。

5.2 臨床工学サービス事業

 目的は工学的知識または技術を用いて生活関連機器に関する相談,指導,設計,製作物の提供等のサービスを実施することで,対象者は横浜市総合リハビリテーションセンター利用者(含地域・在宅リハビリテーション事業の対象者)である。移動,移乗機器が多い。例として,座位保持装置,自動車の運転,電動イーゼル,スイッチ,子供の電動車椅子などがある。

5.3 共同研究・臨床評価システム

 背景としては,福祉機器の研究開発,地域リハビリテーションサービス,車椅子・シーティングクリニックを通して,直接利用者に接し,各種福祉機器の適合・選定作業を実施したことにある。企業が進める福祉機器の研究開発に対し,利用者個々のニーズに対応してきたセラピストや工学技師のノウハウを提供できる体制にしている。
 臨床評価は,試作および製品化された福祉機器を臨床的・工学的に評価すること,共同開発は,共同で福祉機器を開発・改良を行うこと,共同研究は,臨床評価を含む共同開発である。「試作品・製品を見てほしい」,「ご意見をいただきたい」という専門相談に,試作品・製品の特徴・操作説明,試乗など試用評価をし,PT,OT,工学技師が中心に臨床で利用する視点でアドバイスをする。

5.4 セラピスト,エンジニア合同開発チーム

 目的は,①臨床現場のニーズ整理の強化,②臨床のニーズに基づいた製品の提案,③臨床現場での製品の実効性の評価である。これからのプロジェクトであり,合同チームを作って,どうすれば製品になるのかを議論することを計画している。

6. まとめ

 各パネリストからの講演および質疑応答を通じて,ニーズの把握,技術開発,評価,製造,販売,適合,制度などの利活用に至るプロセスに関わるステークホルダーの協働が,支援機器が地域リハビリテーションにおいて,真に役立つために重要であることが示された。中でも,臨床評価と適合の重要性は強調されており,そこで得られる知見や経験の蓄積を,的確に技術開発につなげるための仕組みの構築が必要である。横浜市にて行われている医療と工学のチームアプローチは,一つの理想形であり,これらを他の地域へ移転していくことは有効な手段の一つである。しかし,予算や人材の問題など,課題も指摘されており,まだまだ工夫が必要である。いずれにしても,まだ構築段階にあることを認識しつつ,関係者が日本全体を考える視点で課題解決に当たることが求められる。

参考文献

1)厚労省社会・援護局,報告書“支援機器が拓く新たな可能性~我が国の支援機器の現状と課題~”,2008.http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/yogu/dl/kanousei.pd


主題・副題:リハビリテーション研究 第154号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第154号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第42巻第4号(通巻154号) 48頁

発行月日:2013年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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