特集 第37回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて-当事者の「社会参加」向上と総合リハビリテーション- 講演Ⅰ 障害者をめぐる動向―ポスト2015年開発アジェンダを中心に― 松井 亮輔

講演Ⅰ
障害者をめぐる動向
―ポスト2015年開発アジェンダを中心に―

松井 亮輔
法政大学名誉教授

要旨

 極度の貧困と飢餓の撲滅や初等教育の完全普及等の実現を目標とした「ミレニアム開発目標(MDGs)」が2015年で終了するが,それらの目標の達成が十分できていないことなどから,2016年以降も引き続いてこれらの地球的課題に取り組むべく,MDGsにかわる,「ポスト2015持続可能な開発目標(SDGs)」づくりが,国際,地域および国内レベルで精力的に進められている。
 MDGsでは焦点が当てられていなかった障害および障害者について,SDGsでは分野横断的課題として取り上げられている。その課題解決に向けて,障害分野関係者は先導的な役割を担う必要がある。

はじめに

 昨年金沢で行われた第36回総合リハビリテーション研究大会では,「障害者をめぐる国際動向」として,障害者権利条約の経緯と批准に向けての動き,国連ミレニアム開発目標(MDGs),世界保健機関(WHO)などの国連専門機関による取り組み,および新アジア太平洋障害者の十年とその政策ガイドラインである,インチョン戦略をめぐる動きについて紹介させていただいた。今回は,2015年に最終年を迎えるMDGs以降の国際的な取り組みとしてその輪郭が明らかになってきた,ポスト2015開発アジェンダとしての持続可能な開発目標(SDGs)を中心に,取り上げることとしたい。

1. 国連ミレニアム開発目標(MDGs)の成果と残された課題

 MGDsとは,2015年までに国際社会が開発分野において達成すべき,次の8つの目標(2000年9月に開催された国連ミレニアムサミットで採択された国連ミレニアム宣言をベースに策定されたもの),21のターゲットおよび60の指標から構成される。これらの目標は,1990年を基準年とし,2015年が達成期間である。

(1)目標

目標1:極度の貧困と飢餓の撲滅

○ 1日1ドル未満で生活する人口の割合を半減する。

○ 飢餓に苦しむ人口の割合を半減する。

目標2:初等教育の完全普及の達成

○ すべての子どもが男女の区別なく初等教育の全課程を修了できるようにする。

目標3:ジェンダー平等推進と女性の地位向上

目標4:乳幼児死亡率の削減

目標5:妊産婦の健康の改善

目標6:HIV/エイズ,マラリア,その他の疾病の蔓延の防止

目標7:環境の持続可能性の確保

目標8:開発のためのグローバルなパートナーシップの推進

(2)改善されたこと

○ 世界全体では,極度の貧困の半減を達成。

○ 世界の飢餓人口は,半減達成の見通し。

○ 不就学児の総数は,約半減など。

(3)積み残された課題

○ アジアにおいては,中国やインドなどでの経済成長により,マクロ指標は改善。しかし,最貧国とその他の国の経済格差および国内の地域間や社会・所得階層間での格差は拡大。

○ 2011年にWHOと世界銀行が公表した,「障害に関する世界報告書」によれば,障害者は,世界人口の約15%を占め,その約80%は途上国に住み,貧困者のかなりの部分を占めているにもかかわらず,MGDsには障害や障害者は明確には位置づけられていない。MDGsの目標達成には,開発に障害の視点を含む取り組みが不可欠として,その見直しが求められてきた。2013年9月の国連総会で開催された「障害と開発に関するハイレベル会合」の成果文書では,ポスト2015年開発アジェンダに障害を含めることが提案されている。

2. ポスト2015年開発アジェンダの策定プロセス

 2012年6月,リオデジャネイロで開催された国連持続可能な開発会議(リオ+20)では,環境保全に配慮した開発の重要性を確認。そのために,「持続可能な開発目標」(SDGs)をつくり,それをポスト2015年開発アジェンダに入れることを決定した。
 2013年3月には,SDGsを検討するための政府間オープン・ワーキング・グループ(OWG)が設置される一方,2013年8月には,持続可能な開発のためのファイナンシング戦略に関する政府間委員会(ファイナンス委員会)が設置されている。
 2014年7月19日には,OWGがSDGsに関する報告書を作成。これは,ファイナンス委員会により2014年8月に作成された報告書と合わせ,2014年9月の国連総会に提出された。2014年12月4日には国連事務総長が,2つの報告書をベースに統合報告書「2030年までに尊厳を実現する道筋―貧困に終止符をうち,あらゆる人びとの生活を変え,地球を守るために」を公表している。今後,それをベースに行われる政府間交渉で策定される成果文書が,2015年9月の国連サミットに諮られ,決定されることになる。
 SDGsで日本政府が重視しているのは,①国際保健外交戦略としての,質の高い基礎的なヘルスケアサービスへのアクセス等を含む,「ユニバーサル・ヘルス・カバラッジ」(UHC)達成に向けての取り組み支援,および②2015年3月14日~18日に仙台で開催される第3回国連防災国際会議で見直しが行われる,「兵庫行動枠組」(2005年兵庫県で開催された第2回国連防災国際会議で採択されたもの)に関連して,開発のあらゆる側面に防災の視点を反映すべく,防災の主流化を目指すことである。

3. 政府間オープン・ワーキング・グループ(OWG)が策定したポスト2015年持続可能な開発目標(SDGs)案

 同案は,前文(18),17の目標および169のターゲットから構成される。そのうち,障害または障害者について明示されているのは,前文の4および17,目標4,8,10,11および17を合わせ7つのターゲットである。それらの目標は,次の通りである。

〇目標4:すべての人にインクルーシブで,公正かつ良質な教育を確保し,生涯学習の機会を促進する。

ターゲット4.5 2030年までに教育上のジェンダー間の格差を解消し,障害者,原住民および脆弱状況にある子どもを含む,脆弱者に対してあらゆるレベルの教育および職業訓練への平等なアクセスを確保する。

ターゲット4.a 子ども,障害,ジェンダーに配慮した教育施設をつくり,改良するとともに,すべての人にとって安全,非暴力かつインクルーシブで効果的な学習環境を提供する。

〇目標8:持続したインクルーシブで,持続可能な経済成長,すべての人にとって生産的な完全雇用およびディーセントワークを提供する。

ターゲット8.5 2030年までに若年者および障害者を含む,すべての男女に生産的な完全雇用およびディーセントワーク,ならびに同じ価値の労働について同一報酬を達成する。

〇目標10:国内および国家間の不平等を減らす。

ターゲット10.2 2030年までに年齢,性,障害,人種,民族,出自,信仰あるいは経済的その他の地位にかかわらず,すべての人をエンパワーし,社会的,経済的,政治的インクルージョンを促進する。

〇目標11:都市および居住地をインクルーシブ,安全かつレジリエント(強靭)で,持続可能にする。

ターゲット11.2 脆弱な状況にある人,女性,子ども,障害者および高齢者のニーズにとりわけ留意して,特に公共交通機関を拡充することにより,道路の安全を改善することで,すべての人に安全,手頃,アクセシブルで,持続可能な公共交通システムを提供する。

ターゲット11.7 2030年までに,特に女性,子ども,高齢者および障害者に安全かつインクルーシブで,アクセシブルな公共緑地へのユニバーサルなアクセスを提供する。

〇目標17:実施の手段を強化し,持続可能な開発のためのグローバルなパートナーシップを再活性化する。

ターゲット17.18 2020年までに収入,ジェンダー,年齢,人種,民族,移住上の地位,障害,地理的位置および国の状況に関連した,その他の特性別の良質で,タイムリーかつ信頼のおけるデータの入手可能性を著しく増やすために,後発途上国および小島嶼開発途上国(SIDS)を含む,開発途上国の能力構築支援を強化する。

4. ファイナンス委員会での議論の焦点

 SDGsの実施に必要な資金を確保するために,途上国に「開発効果の向上を図るため,途上国自らがガバナンスを強化し,主体的に解決に取り組む努力や途上国内の資源の動員が必要」といった自助努力を求める一方,自助努力では解決できない課題について,国際協力による取り組みを進めるため,次のような提案が議論されている。

(1)2005年9月に開かれた世界サミットで採択された成果文書で国際公約となった,「2015年までにODAの対国民総所得(GNI)比0.7%目標」を達成すること(日本のその比率は,0.1%台にとどまっている)。

(2)国際連帯税の創設

 現在,フランスや韓国など10カ国が国際連帯税として,「航空券連帯税」(利用者一人当たり3~5ドル)を航空機利用者から徴収している。その税収は,主にエイズ,結核,マラリアなどの感染症の治療薬などを提供するUNTAID(ユニットエイド・国際医薬品ファシリティ)の原資となっているという(同連帯税で意図されているのは,大量の国際的な航空移動により感染症が地球規模で拡大するおそれがあることから,その拡大を食い止めるための感染症対策の強化支援など)。

5. 世界保健機関(WHO)総会で採択された世界障害行動計画(2014~2021)

 2014年のWHO総会で採択された世界障害行動計画は,2011年にWHOと世界銀行が共同で作成した「障害に関する世界報告書」,障害者権利条約および2013年9月の国連総会「障害と開発に関するハイレベル会合」で採択された成果文書を踏まえて,策定されたものである。
 同行動計画は,ビジョン,ゴール,目標,指導原則およびアプローチから構成される。その主な目的は,次の通り。

(1)保健サービスとプログラムへのアクセス上の障壁を取り除くとともに,改善すること。

(2)リハビリテーション,ハビリテーション,支援機器,援助・支援サービスおよびコミュニティ・ベースド・リハビリテーション(CBR)を強化・拡充すること。

(3)障害および障害と関連サービスについての支援研究に関する適切かつ国際比較ができるデータの収集を強化すること。

 なお,同行動計画では,(注)としてCBRについて,次のように,規定している。「障害者とその家族をエンパワーできる総合的かつ多分野連携アプローチに基づき,コミュニティレベルで人権と開発目的を実現するための,実践的方法論を提供するもの」。 WHOでは,CBRを推進するため,CBRガイドラインの策定とCBRネットワークの構築を行なっている。
 ガイドラインは,1980年代はじめから30年間にわたる実践を踏まえ,CBRに対する共通の理解とアプローチを提供するもの。その主な目的は,①(WHO・ILO・UNESCOによる)CBRジョイント・ポジション・ペーパーおよび障害者権利条約に即したCBRプログラムの開発・強化方法に関する指針の提供。②特に貧困削減を目的とした開発への取り組みに障害を組み込む助けとなる,地域に根ざしたインクルーシブな開発戦略としてのCBRの促進。③保健,教育,生計および社会の各部門へのアクセスを促進することによって,障害者とその家族の基本的なニーズを満たし,生活の質の向上を図るための,関係者に対する支援。④開発と意思決定プロセスへのインクルージョンと参加を促進することにより,障害者とその家族のエンパワメントを促進するよう関係者を促すこと。
 このガイドラインに沿った取り組みを進めるため,CBR世界ネットワークやCBRアジア太平洋ネットワークなど,世界レベル,地域レベルおよび国レベルのネットワーク組織がつくられ,定期的な会議などが行われている。
 2015年9月1~3日には東京・京王プラザホテルにおいて,CBRアジア太平洋ネットワーク(事務局は,バンコクにあるアジア太平洋障害者センター(APCD)),日本障害者リハビリテーション協会および障害分野NGO連絡会(JANNET)との共催で,「コミュニティベースのインクルーシブ開発(CBID)を通しての貧困削減と持続可能な開発目標(SDGs)」をテーマとする第3回アジア太平洋CBR会議が計画されている。

6. ユネスコの「すべての人のための教育」(EFA)への取り組み

 2014年5月12~14日,オマーン・マスカットで開催された「すべての人の教育世界会議」(GEM)で採択された「2014年GEM最終声明―マスカット協定」は,ビジョン,原則およびポスト2015年教育アジェンダの範囲から構成される。
 その全体のゴールと世界的ターゲットとして,「2030年までにすべての人のための公平かつインクルーシブで良質な教育および生涯学習を確保すること」,そのためのターゲット2として,「すべての女子および男子,特にジェンダーの平等ともっとも周辺化された人びとに留意した,少なくとも9年の無料で良質な義務基礎教育を修了すること」などが掲げられている。
 この最終声明は,2015年5月に韓国政府が主催する,「2015年世界教育フォーラム」で承認される予定。それは,2015年9月に開かれる国連サミットで採択されるポスト2015年開発アジェンダに,その必須部分として組み込まれることになる。

おわりに

 政府間オープン・ワーキング・グレープ(OWG)により策定されたポスト2015年持続可能な開発目標(SDGs)案には,前述したように,前文で2カ所,5つの目標の7つのターゲットで障害または障害者が明記されているが,この策定過程に参加した各国政府関係者の中には,障害者を含め,特定のグループをリストアップすることについては,そのリストからもれるグループが出かねないことを理由に,「すべての人のための」(for all)といった包括的な表現で統一すべきという意見を強く主張する人が少なくない。それらの関係者の意見によれば,前文で「すべての人」にはどのようなグループが含まれるかについて詳細にリストアップし,目標やターゲットでは,特定のグループについては一切言及しないということになる。もしそういった意見が通れば,ミレニアム開発目標(MDGs)と同様なことが繰り返されかねないことが危惧される。
 そうした動きを阻止し,ポスト2015年開発アジェンダに障害や障害者がきちんと位置づけられるようにするには,どの目標のどのターゲットに障害または障害者についてどのように言及すべきか,その理由も含め,同アジェンダをめぐるこれからの交渉に参加する各国政府関係者の理解が得られるよう,積極的に働きかけるとともに,同アジェンダに関わる多分野にわたる市民社会団体関係者などを巻き込んでの運動を国内外で展開するため,その連携を強化することが不可欠と思われる。


主題・副題:リハビリテーション研究 第162号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第162号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第44巻第4号(通巻162号) 48頁

発行月日:2015年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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