特集 第37回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて-当事者の「社会参加」向上と総合リハビリテーション- 講演Ⅱ 障害者をめぐる動向―障害者権利条約に焦点を当てて― 藤井 克徳

講演Ⅱ
障害者をめぐる動向
―障害者権利条約に焦点を当てて―

藤井 克徳
日本障害フォーラム幹事会議長

要旨

 2014年1月20日,日本において障害者権利条約(以下,権利条約)が批准された。過去をふり返り,また近未来を見渡して,障害分野における最も大きな出来事の一つと言えよう。ただし,歴史的な意味を有する批准であるが,これとて手段にすぎない。大切なことは,あくまでも障害のある人の暮らしや社会参加の水準の向上につながるかどうかである。そうみていくと,批准は一つの通過点に過ぎず,障害分野の飛躍的な発展への新たなスタート台とみるべきである。この時点で,あらためて権利条約の概要と批准までの経緯を回顧し,締約国としての義務ならびにそれへの民間団体の関わり方等について考えてみたい。同時に,リハビリテーション関係者として権利条約にいかに関わるべきか,これに関する関連条項についても言及したい。

はじめに

 本論に入る前に,一言触れておきたいことがある。それは,本研究大会の開催地(仙台市をはじめとする東北地方)と深く関係のある東日本大震災についてである。2011年3月11日の発生から数えて3年7カ月になるが,「障害からみた大震災」については,手つかずの課題や新たに顕在化している問題が数多くある。わけても看過できないのは,「障害のある人の死亡率が,住民全体の死亡率の2倍」の公的な検証が,未だ緒についていないことである。「2倍の死亡率」の事実については,各種の報道機関や一部の自治体から公表されているが,「なぜ2倍に及んだのか」「その背景に何があるのか」については全くと言っていいほど検証が進んでいない。本格的な検証については,一義的には国が成すべきである。しかし,日本障害フォーラム(JDF)などの再三にわたる要請にも関わらずその兆しはない。
 首都圏などの都市部や東南海エリアでの大震災の発生が取り沙汰されている中にあって,「2倍の死亡率」が教えるものは少なくない。自然災害などの極限状況はその社会の実相をあぶり出すとされているが,そうみていくと障害のある人の「2倍の死亡率」はこの国の実相と言っていいのかもしれない。平時や日常時から日本列島のそこかしこに「2倍の死亡率」「2倍の不利益」が潜んでいると言えよう。リハビリテーション関係者にあっても,「2倍の死亡率」「2倍の不利益」を直視する中に,リハビリテーション分野のさらなる進展を具体化していくための方向性やヒントがみえてくるのではなかろうか。

1. 歴史的な意味を持つ障害者権利条約の批准

 権利条約の制定の過程や概要については,既に本誌を含むさまざまな文献等で紹介されており,本講演では直近の関連動向である批准に焦点を当て,批准の意義や権利条約に関する今後の課題に重点を置くことにする。
 権利条約の日本での批准は,同条約が第61回国連総会において採択された2006年12月13日から数えて7年1カ月余を経た2014年1月20日であった。具体的には,1月20日に日本政府国連代表部(ニューヨーク)の吉川元偉大使が,日本政府作成の批准書を国連事務総長の代理であるビジャルパンド国連法務局条約課長に手渡したことをもって(正式には寄託と呼称),批准(締約)が成立したのである。国連加盟の193カ国中141番目(欧州連合を含む)の批准となった。発効は,権利条約の規定に基づいて(第45条 効力発生),批准から30日目に当たる2014年2月19日である。日本における一般的な意味での「批准記念日」は,2014年1月20日となる。
 直近の批准に至る関連動向を簡単にふり返っておく。2014年10月15日に閣議決定された「障害者の権利に関する条約の締結について承認を求めるの件(案)」は,衆院本会議(11月19日)ならびに参院本会議(12月4日)のそれぞれで全会一致で可決され,12月4日に成立となった。この間11月28日には,参院外交防衛委員会において「権利条約に関する参考人招致」が行われ,筆者を含むJDF等の関係者4人がいずれも批准を受け入れる立場で意見を陳述した。国会での批准承認案件の成立を受けて,2014年1月17日の閣議にて政府として批准書を決定し,先述したような国連への寄託が行われたのである。
 ここで想起しなければならないことがある。それは,2009年3月上旬(3月3日から5日にかけて)の権利条約をめぐる動きである。日本政府は早期批准の意向を固め,2009年3月上旬の時点で閣議了承を求めようとした。この動きを察知したJDFは,強力な拒絶の姿勢をとった。その理由は,「形式的な批准であってはならない。条約の水準を意識して最低限の関連法律の改正や新設が図られるべき」であった。結果的に,こうした考え方は,与党を含む主要政党や政府にも受け入れられた。そして,2009年末の障がい者制度改革推進本部の設置(2009年12月8日)ならびに障がい者制度改革推進会議の発足(第1回目は2010年1月12日)へとつながるのである。
 最初に政府が批准の意向を示した2009年3月上旬の頃と,今回の批准成立時とを比較すると,明らかに発展的な変化がみられる。まず掲げたいのは,障がい者制度改革推進会議の発足と審議の実体についてである。間違いなく,従来の障害分野に関する審議システムとは趣を異にし,障害分野を越えてこの国の政策審議のあり方そのものに新風を吹き込んだと言えよう。そこで取りまとめられた意見書とこれを後ろ盾としながらの関連法律の改正や制定は歴史的な産物と言って過言でない。
 ここで,あらためて障がい者制度改革推進会議の成果を確認しておきたい。最大の成果は,5つのタイトルでの意見書の取りまとめであり,具体的には①障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見 2010年6月7日),②障害者制度改革の推進のための第二次意見(2010年12月17日),③障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言―新法の制定を目指して―(2011年8月30日),④「障害を理由とする差別の禁止に関する法制」についての差別禁止部会の意見(2012年9月14日),⑤新「障害者基本計画」に関する障害者政策委員会の意見(2012年12月17日)である。
 これらの意見書に基づいて,条約の批准要件を満たすための関連法律の改正や制定へと向かうのである。そして,①障害者基本法の改正(2011年7月27日),②障害者自立支援法に代わる障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律の制定(2012年6月21日),③障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の制定(2013年6月19日),などがほぼ当初のスケジュール通り進行した。
 以上のような成果の上に,国会や政府のみならず,JDFを中心とする民間の間でも批准の気運が醸成されていった。くり返しになるが,批准をめぐる環境は以前とは大きく異なっていたのである。

2. 批准の意義と締約国としての義務

 冒頭の本稿趣旨でも触れたように,今般の権利条約の批准は日本の障害分野史における最大の出来事と言える。1981年の国際障害者年が日本の障害分野にもたらした影響はきわめて大きかったが,法的な効力を伴う権利条約の批准はその比ではない。ここで,あらためて権利条約の意義について考えてみたい。
 第一は,私たちの障害問題に関するこれまでの主張に確信を持たせてくれたことである。特に,障害関連団体の関係者の中には,一向に好転をみない現実に自らの主張や提案に自信を失いかけていた者も少なくない。権利条約と遭遇した多くの関係者は,「わが意を得たり」の心境にかられたに違いない。第二は,批准された権利条約が,障害関連法制の現実的な改革の拠り所になるということである。障害者差別解消法の制定などはその典型であり,間違いなく権利条約を追い風に生まれたのである。後述するように批准された権利条約の効力は測り知れず,今後の制度改革に向けて強力な助っ人になってくれるように思う。第三は,社会のあり方や今後の政策課題を考えていく上で,多くの関係者が合意できる近未来の目標になり得ることである。目標の共有は,改革を進めていく上での欠かすことのできない条件になるのである。
 次に,批准された権利条約の法的な効力についてみていきたい。憲法98条2項には「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は,これを誠実に遵守することを必要とする。」とある。これに関する一般的な解釈は,「批准(締結)した条約は,憲法の下位に,一般法律の上位に位置づけられる」とされている。注目すべきは,権利条約の法的な効力が一般法律の上位にあり,すべての障害関連法を拘束することになる。仮に,条約の水準に関連法律(関連制度)が追いついていないとすれば,条約の精神や内容に則して改めなければならなくなる。ただし,現実がどうかとなるとそれほど甘くはない。女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(女性差別撤廃条約)や児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)などの人権条約と国内法制との関係をみると,首を傾げたくなることが数多く見受けられる。「一般法律の上位」というのは,多分に建前の意味が少なくない。それでは条約違反が横行しているのかとなると,単純にそうとも言えない。いわゆる解釈という代物がものを言い,さまざまな分野で「どうにか条約をクリアしている」というのが行政府等の言い分なのである。こうみていくと,批准された条約に法的な効力が付与されることは間違いないが,それはたゆまない働きかけによって担保されるのだということを忘れてはならない。
 批准後にすぐさま問われるのが,権利条約に則っての義務である。その主要な内容を以下に掲げる。
 第一は,権利条約の履行状況を監視するための独立した機関を設置することである。これについては権利条約第33条2項で「この条約の実施を促進し,保護し,及び監視するための枠組み(適当な場合には,一又は二以上の独立した仕組みを含む。)を自国内において維持し,強化し,指定し,又は設置する。」と明記している。注目された監視機関については,日本の場合は障害者基本法第32条に基づく障害者政策委員会が担うことになった。また,権利条約の履行状況の監視については,政策委員会において「新障害者基本計画」(現行の計画は2013年度~2017年度)の進捗状況を通して行うとしている。独立性がどこまで発揮できるのか,また権利条約全体の履行状況について「新障害者基本計画」を通すのみでいいのかなど,既に疑問視や問題視する声が少なくない。
 第二は,権利条約の履行状況についての国連への報告書の提出義務である。権利条約第35条には,「各締約国は,この条約に基づく義務を履行するためにとった措置及びこれらの措置によりもたらされた進歩に関する包括的な報告を,この条約が自国について効力を生じた後二年以内に国際連合事務総長を通じて委員会に提出する。その後,締約国は,少なくとも四年ごとに……」とある。第1回目の報告書提出期限は2017年2月で,政府が作成義務を果たすことはもちろんのこと,障害関連団体によるパラレルレポート(政府報告書に対するチェックレポート)も重要となる。
 第三は,国連事務総長が招集する締約国会議への参加である。日本は,2014年の第7回締約国会議(6月10日~12日)が初参加となった。現状にあって毎年開催となるこの会議は,障害分野に関する各国の交流という点では格好の場であり,重視すべきである。重要なことは,政府代表団に必ずNGOの代表を加えることである。ちなみに,第7回締約国会議には私自身がJDFを代表して日本政府代表団顧問という肩書で参加した。

3. 条約に照らして問われる政策課題

 ここで,あらためて批准した権利条約に照らして,障害のある人をめぐる当座の政策課題について言及してみたい。なお,以下に掲げる政策課題については,関連する他の政策文書と有機的に連携することでより効果が期待できよう。具体的には,障害者自立支援法違憲訴訟に伴う基本合意文書(2010年1月7日締結)であり,障がい者制度改革推進会議が取りまとめた5タイトルの意見書はいずれも重要である。中でも,「骨格提言」と称されている「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言―新法の制定を目指して―(2011年8月30日)」は権利条約の各論版として特別の力を発揮することになろう。また,前述した通り,優れた政策文書があれば自動的に政策の改善が転がり込んでくるわけではない。条約等と現実との乖離を埋めるためのたゆまない働きかけがなければ本当の意味での政策の実現はないのだということもくり返し強調しておく。また,紙幅の都合で以下に掲げる政策課題が箇条書き程度になってしまうことを断わっておく。

①家族依存からの脱却(民法の家族制度,扶養義務制度の改正)
②「谷間の障害」問題の解消,「障害認定のあり方」の見直し(手帳制度を含む)
③本格的な所得保障制度の確立(障害基礎年金制度の改正)
④障害者差別解消法の具体化(基本方針・ガイドラインの策定,欠格条項の撤廃)
⑤社会的入院・社会的入所問題の解消(当座は病棟転換問題への対処)
⑥地域生活を支える社会資源の質と量の拡充
⑦ディーセント・ワーク(尊厳ある労働)の視点での就労支援策の拡充
⑧アクセシビリティー,ユニバーサルデザイン(情報・通信,建物・交通)政策の推進
⑨基礎データの集約・公表(当事者のニーズ・生活実態,海外データなどの把握)
⑩障害関連政策予算の確保(少なくともOECDでの分配率水準の平均値を)

4. 権利条約と総合リハビリテーション

 最後に,「権利条約と総合リハビリテーション」の観点で本研究会の参加者ならびにリハビリテーション関係者に付言しておきたい。まずは権利条約そのものの熟読と全体像の把握をしてほしい。重要になるのが,前述した通り採択(制定)までの経緯と内容面の特徴を押さえることである。加えて権利条約の誕生に深く関係している既存の人権条約や関連国際動向についても合わせみることを勧めたい。具体的には,経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(国際人権規約A規定),市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権規約B規定),女性差別撤廃条約,子どもの権利条約などで,さらには障害(障害者)に関する世界保健機関(WHO)での検討経緯や国際労働機関(ILO)での障害者の雇用・職業リハビリテーション関連の条約や勧告なども挙げられる。
 もう一つ掲げたいのは,権利条約にあるリハビリテーション関連の条文を押さえることである。第26条(ハビリテーション(適応のための技能の習得)及びリハビリテーション)の前段には,「締約国は,障害者が,最大限の自立並びに十分な身体的,精神的,社会的及び職業的な能力を達成し,及び維持し,並びに生活のあらゆる側面に完全に包容され,及び参加することを達成し,及び維持することを可能とするための効果的かつ適当な措置(障害者相互による支援を通じたものを含む。)をとる。このため,締約国は,特に,保健,雇用,教育及び社会に係るサービスの分野において,ハビリテーション及びリハビリテーションについての包括的なサービス及びプログラムを企画し,強化し,及び拡張する。」とあり,これからの実践上の重要な指針の一つにしてほしい。


主題・副題:リハビリテーション研究 第162号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第162号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第44巻第4号(通巻162号) 48頁

発行月日:2015年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

menu