特集 第38回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて ―明日から一歩を踏みだそう― 講演 障害者をめぐる動向 国内動向 藤井 克徳

講演
障害者をめぐる動向 国内動向

藤井 克徳
NPO法人日本障害者協議会代表

要旨

 課題山積の障害関連政策にあたって,最新の関連動向について三点に絞って考察を加える。一点目は,障害者権利条約(以下,権利条約)の政府報告書についてである。政府報告書のあるべき姿を明確にした上で,明らかになった政府原案を含めて関連動向を紹介する。二点目は,2016年4月からの施行を控えた障害を理由とした差別の解消の推進に関する法律(以下,障害者差別解消法)についてである。施行に先立っての政府ならびに地方公共団体,事業者(民間),障害関連団体それぞれの課題を紹介し,差別禁止関連の条例づくりについても触れる。三点目は,障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(以下,障害者総合支援法)の見直しを中心とする動きについてである。同時に,急浮上しつつある財政抑制政策についても紹介する。

はじめに

 日本の障害分野は,2014年1月20日の権利条約の批准をもって,新たな段階に移行したと言えよう(発効は同年2月19日)。ただし,障害分野が独りわが道を行くことは考えられず,本講演の前の松井亮輔さんの講演テーマである「国際関連」や時々の社会や経済,政治等の動きに,絶えず影響されることを押さえておかなければならない。このことから言えば,折角の権利条約の批准という追い風にありながら,国内の経済ならびに財政優先の政策基調は,障害分野を含む社会保障政策全体からみて,少なくとも好ましい状況とは言えない。現局面を端的に言い表せば「追い風と逆風との同居状態」であり,逆風が増しつつあると言ってよかろう。この間動きのあった障害関連政策の大半は,権利条約が意識され,外見上はそれなりの体裁を保っている。しかし,本当の意味で権利条約が踏襲されているかとなると,それに同調する者は少なくとも障害関連団体のリーダー層には少なかろう。政策の実質化に向けての第一義的な責任が,立法府や行政府にあることは言うまでもないが,それに委ねるだけで期待通りの結果を得ることは考えられにくい。権利条約を最大限に活かしながら,障害関連団体による社会や政治に対する強力な働きかけが必須となる。
 こうした状況認識を踏まえ,本講演(本稿)では,「障害者権利条約政府報告書」ならびに「障害者差別解消法施行準備」に重点を置いた記述とする。なお,講演時から脱稿までにはタイムラグがあり,講演後の動向についても加筆することとした。

1.権利条約の政府報告書ならびにパラレルレポートの作成

 権利条約の批准ならびに発効が成った今,権利条約に関する最大の関心事は履行の実質化であり,当座の注目点は履行状況が問われる日本政府としての初の報告書(以下,政府報告書)がいかに作成されるかである。公的で国際的な文書となる政府報告書は,日本政府の条約への向き合い方,すなわち条約に対する本気度が試されることになろう。
 政府報告書のあり方をその根拠となる権利条約第35条に照らしてみると,国連への提出は締約国の義務であり,1回目の提出期限は2016年2月となる。具体的には,①批准後に取った措置とそれによってもたらされた進歩(成果)を明示,②国連による作成指針の活用,③作成過程での障害当事者参加の実質化,④条約の履行が順調でない場合の要因の明確化,などの諸点に基づくものでなければならない。また,条約全体の文脈からみて,内容面ではとくに「他の者との平等を基礎として」の視点,すなわち暮らしぶりを中心に障害のない市民との比較が問われることになろう。
 なお,国連は,条約上での明文化はないものの,政府報告書の審査にあたって,当該国からのパラレルレポート(政府報告書に対する民間団体からのカウンターレポート)の同時提出を認めている。これらは,国連での条約制定過程で繰り返された「私たち抜きに私たちのことを決めないで」の精神の反映と言えよう。
 日本における政府報告書の作成方法は,政府が策定した「障害者基本計画」(現行計画の期間は,2013年度~2017年度)の実施状況を通じて行うとしている。一方,基本計画の監視は内閣府の下に設置されている障害者政策委員会の所管とされ(障害者基本法第32条),したがって政府報告書の作成に際しては障害者政策委員会でのチェックや論議は欠かせない。具体的には外務省が取りまとめ役となり,各省庁に対して基本計画の該当箇所の報告を求め,政府の決定前に政策委員会の審議に付すということになる。こうした考え方に基づいて,2015年9月24日開催の第26回障害者政策委員会で最初の素案が示された(障害者の権利に関する条約 第1回日本政府報告(日本語仮訳))。素案段階での印象であるが,前述の観点からみてきわめて不十分と言わざるを得ない。端的に言えば,関連する現行法制の羅列に過ぎない。
 こうした状況にあって,民間団体作成のパラレルレポートの重要さが増すことになろう。障害関連団体としてどう対処するか,同じく法曹界(主には弁護士グループ)がどのような立場をとるか,現段階でこれらについては明確になっていない。いずれにしても関係団体間の連携や役割分担は必須であり,パラレルレポート作成の強力な推進体制を確立していかなければならない。なお,国連障害者権利委員会での日本の報告書の審議の見通しであるが,2015年9月現在で,政府報告書提出国84か国中,審査が終了した国は33か国に過ぎない(批准は160か国)。このままでは,日本の報告書が審査の俎上に上るのは2019年もしくは2020年と見込まれる。パラレルレポートの作成時間に余裕がある一方で,審査までに余りに時間がかかり過ぎるとする意見が少なくない。パラレルレポートの作成にエネルギーを傾注するのと合わせて,国連の審査体制の促進や改善についても国の内外の関連機関・団体と連携して働きかけを強化していかなければならない。

2.障害者差別解消法の施行を目前に控えて

 障害者差別解消法は,2013年6月19日に成立し,3年間弱の準備期間を経て2016年4月より施行となる。法案段階で不十分さがあったことは周知のとおりであるが,施行を目前に控えた現段階で重要なことは,政省令の充実を中心に運用面での最大限の効果をめざすことである。国,地方公共団体,事業者(民間),障害関連団体等のそれぞれで役割と課題があるように思う。共通する課題は,障害者差別解消法の存在と概要の社会への周知である。残念ながら,施行目前の今にして周知度はきわめて低いと言わざるを得ない。
 まず国がなすべきことであるが,基幹的なものとして「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」(行政機関等が講ずべき障害を理由とする差別を解消するための措置に関する基本的な事項,事業者が講ずべき障害を理由とする差別を解消するための措置に関する基本的な事項等)の制定義務があげられる(第6条)。同じく義務規定として,これに基づく国家公務員等(独立行政法人の職員服務)や民間の事業者を対象とした差別解消に関するガイドラインの策定があり,具体的には「国等職員対応要領」(第9条)ならびに事業者向けの「対応指針」(第11条)の作成という形で既に政府での決定をみている。すべての省庁が関係し,同じ省庁であっても部署によっての対応となっており,基本部分が類似している一方で省庁間,部署間の特徴や温度差もみられる。
 地方公共団体においても,国と同様に地方公務員等(地方独立行政法人の職員服務)に対する「地方公共団体等職員対応要領」の作成が求められる。ただし,地方分権の建前から努力規定に終わっている(第10条)。もう一つ重要なのは,「障害者差別解消支援地域協議会」についてである(第17条)。これは地方公共団体の機関であり,構成メンバーには,地方公共団体の関連機関の代表と合わせて,NPO等の団体代表や学識経験者も加われるとし,庶務は地方公共団体が担うとしている。その機能は,「障害者からの相談及び当該相談に係る事例を踏まえた障害を理由とする差別を解消するための取組に関する協議を行うものとする」とある(第18条)。残念ながら設置義務ではないために,設置がどこまで進むかは不透明である。障害者差別解消法が実質化していくためには,当協議会の設置の促進と機能の拡充がきわめて重要になる。
 事業者にあっては,国による「対応指針」を基に個々の企業や法人の定款・規則の改廃が必要となる。また,障害関連団体にあっては,「対応要領」「対応指針」の順守を求めるとともに,事業者への啓発や定款・規則の改廃の働き掛けが重要となろう。
 障害者差別解消法の実質化と合わせて大事なのが,「差別禁止」「差別解消」に関する条例の制定である。2015年9月現在で北海道,岩手県,茨城県,千葉県,富山県,奈良県,京都府,長崎県,熊本県,鹿児島県,沖縄県,さいたま市,八王子市,別府市の14自治体で制定が図られている。障害者差別解消法を裏打ちするためにも,制定の伸長を期待したい。なお,法の施行を前にして既に効力が散見される。名古屋市などにおいて,来年度(2016年度)から精神障害者の市営地下鉄・バスの運賃に他の障害同様に割引制度が導入されることになったが,その理由として施行間近の障害者差別解消法をあげている(障害種別間の格差是正)。

3.障害者総合支援法の改正など他の関連動向

 上記以外の関連する政策動向としては,障害者総合支援法や障害者虐待防止法の定時見直し,精神障害分野の課題(いわゆる病棟転換問題,JRを中心とする公共交通機関の割引制度の他障害との同等化など),難病政策の拡充(難病範囲の拡大と療費軽減,福祉サービス範囲のあり方等)等があげられる。また,「障害分野からみた東日本大震災のその後」や「戦後70年と障害者」については,引き続きあるいはこの時期だからこそ向き合う必要があろう(講演当日は「ナチスドイツ下での障害者」に言及しているが,本稿では紙幅の都合で割愛する)。
 さしあたって,障害分野全体として注目を集めているのは,次期通常国会での改正が見込まれる障害者総合支援法の見直し作業である。ただし,並行して矢継ぎ早に出されている財政健全化に関する建議(2015年6月1日)や経済財政と改革の基本方向2015(いわゆる骨太方針,6月30日),「誰もが支えあう地域の構築に向けた福祉サービスの実現」(厚労省,9月17日),財政制度等審議会財政制度分科会会議資料(10月9日)などの政府全体の財政抑制政策などを合わせみると,見直しの行方は悲観的にならざるを得ない。「他の者(いわゆる一般市民)との平等」からかけ離れの目立つ障害分野であり,画一的な財政抑制政策には承服できない。障害者総合支援法の見直しに際して羅針盤とすべきは,①権利条約,②障害者自立支援法違憲訴訟の和解に伴う基本合意文書,③障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言(骨格提言)である。
 以上,国内の関連動向を概観してきたが,この時期の日本の障害分野は,徹底して権利条約の実質化を意識すべきであることをくりかえし強調して稿を閉じる。


主題・副題:リハビリテーション研究 第166号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第166号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第45巻第4号(通巻166号) 48頁

発行月日:2016年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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