特集 第38回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて ―明日から一歩を踏みだそう― 特別講演Ⅰ ソーシャルファーム―総合リハビリテーションとしての日本での展開― 炭谷 茂

特別講演Ⅰ
ソーシャルファーム
―総合リハビリテーションとしての日本での展開―

炭谷 茂
日本障害者リハビリテーション協会会長

要旨

 日本の障害者の就業率は,未だに低い。これを改善するためには,障害者の就業の場として現在ある公的な職場と一般企業に加え,ヨーロッパで発展しているソーシャルファームを用意することが必要である。ソーシャルファームは,障害者等が働く場を一般企業と同様なビジネス的手法で経営する組織である。イタリアが発祥地で,イギリス,ドイツ,フランス等に普及し,ヨーロッパではソーシャルインクルージョンの理念を具体化する有効な手段となっている。
 日本ではソーシャルファームジャパンが平成20年に設立されて,2,000社のソーシャルファーム設立を目標に活動されている。経営が成功するためには,障害者の特性に合致した仕事を作るなどキメの細かい工夫が求められる。

1.改善が進まない日本の障害者の状況

 日本の障害者の社会参加は,一向に進まない。就業率は,低迷している。特に精神障害者の就業率は,20%にも届かない。さらに,リーマンショックの時のように景気が悪くなると,真っ先に解雇されるのが障害者である。東日本大震災の時も同様だった。
 障害者への差別意識についても内閣府の調査では悪化している。
 障害者虐待も増大している。最近でも山口県下関市の知的障害者施設で職員による虐待事件が発覚し,社会の耳目を集めた。
 障害者だけではなく,社会的にハンディキャップを持っている難病患者,高齢者,ニートやひきこもりの若者,ホームレス,刑余者等も障害者と同様な状態に置かれている。

2.背景にあるのは最近の経済社会構造の激変

 このような状況は,以前からあったが,現在起こっている問題は,質と量両面において全く異なる。これらの問題の背景には,日本の経済・社会構造の激変があるからである。この変化は,次の3つに要約できる。
 第1は,日本の家族・親族,地域社会,企業の相互に助け合う機能の脆弱化である。日本社会では20~30年前から起こり始めている。そのために障害者など問題を抱える人は,社会から排除され,孤立している。
 第2は,最近日本経済は,好転の兆しがあるものの,所得格差が広がり,貧困者の増大,蓄積が起こっている。
 第3は,情報化社会の進展である。特に若い世代は,メールによって交流をするが,それだけに止まって,相手と向き合っての深い交流を避ける傾向にある。

3.ヨーロッパも類似の状況

 この3つの背景は,日本だけではなくてヨーロッパも同じである。このためヨーロッパは1990年代から障害者,貧困者,失業者,外国人等に対して社会的排除(ソーシャルエクスクルージョン)が生じはじめた。
 これに対して取られた政策は,社会的包摂政策(ソーシャルインクルージョン)である。現在,ヨーロッパをはじめ世界の社会福祉は,ソーシャルインクルージョンの理念に基づいて推進されている。しかし,日本ではなかなかこのソーシャルインクルージョンの理解が浸透しない状況にある。
 1990年代からフランス,イギリス,ドイツ,イタリア等のヨーロッパの国々では,社会的排除が進んでいったが,これは国家の危機であると認識された。そこで大統領や総理大臣等国の指導者が先頭に立ってこの問題と闘ってきた。しかし,日本ではそもそもこのような社会的排除が進んでいるという問題意識さえ薄かった。いわんや対策は,取られなかった。

4.ソーシャルインクルージョンを実現する方法

 日本において社会的排除の問題をどのようにして解決していくか。障害者や高齢者などの孤立化の問題も深刻である。このためにソーシャルインクルージョンを実現することが重要である。
 啓発活動も重要だが,根本的には一緒に働く,一緒に学ぶ,一緒に遊ぶ,一緒に生活することが必要である。
 社会的排除・孤立化があるから仕事がない,学べない,遊べない,一緒に暮らせない。逆に,一緒に働けないなどにより社会的排除や孤立化を増大させている。この悪循環を断ち切らない限り,この問題は解決しない。

5.第3の職場の必要性

 ここでは就労を中心に考察したい。日本には障害者の方々の働く職場は二種類ある。第1の職場は,公的な職場。昔の言葉で言えば授産施設,福祉工場,小規模作業所である。これらは非常に重要であるが,予算の関係上,整備数が不足している。働いても手当の額が少額である。
 第2の職場は,一般企業である。従業員数50名以上の企業は,従業員の2.0%について障害者を雇用しなければならないが,この基準を達成している企業は半分もいかない。
 第1の職場,第2の職場とも重要だが,これだけでは,障害者の需要を満たしきれない。障害者が政府の統計では700万人余であるが,国際的標準では障害者は人口の10%以上存在する。日本に当てはめると,1,000万人以上の障害者がいると推計される。
 そこで第3の職場である社会的企業が必要になる。第1の職場のように社会的な目的を有しているが,第2の職場のように,ビジネス的な手法でやる。できるだけ公的な支援を当てにしない。働く人が生きがいを感じるような仕事づくりをする。さらに住民も参加する。このような社会的企業が必要である。

6.ソーシャルファームへの期待

 社会的企業の一つとしてソーシャルファームがある。社会的企業にはコミュニティービジネスなど多種類あるが,その中の一つがソーシャルファームである。
 ソーシャルファームは,障害者が主たる対象であるが,それ以外に高齢者,難病患者,外国人,ホームレス,刑余者など幅広い人が対象になっている。重要なことは,一般の人と障害者等が対等で働くということである。
 ソーシャルファームは,1970年代からヨーロッパで発展してきたが,現在では1万社以上存在している。各国によって特色がある。
 北欧のフィンランドには2015年8月に調査を行なった。北欧と言っても,4か国,それぞれ特色がある。基本的には手厚い福祉国家だけれども,就労の重要性を福祉国家の中心に位置づけている。
 フィンランドで電機製品の部品を製造しているソーシャルファームを訪れた。製品の9割を輸出しており,品質管理が徹底している。働いている障害者にも通常の労働者と同程度の給料を払っていた。別の木工加工のソーシャルファームでは,木製のゲーム製品を製造していた。各国の特許を取り,日本にも輸出している。
 北欧の労働生産性は,世界トップクラスである。北欧4か国のような福祉国家は,労働生産性が悪いと直感的に思う人がいるが,国民1人当たりのGDPは,日本の2倍以上である。労働生産性は,福祉国家である北欧の方が相当に高いと言える。

7.日本での展開

 日本にもソーシャルファームの手法は,有益である。そこで7年ぐらい前から日本に2,000社の設立を目指す活動を開始した。2,000社という目標は,当時ヨーロッパには1万社存在したので,人口の比率で5分の1とした数値である。各市町村に1か所ずつ作っていけばいいという荒い目標で活動を開始した。2008年12月にソーシャルファームジャパンという組織を作って,私が理事長に就任している。
 幸い各地で関心が広がり,平成27年6月には滋賀県で「第3回ソーシャルファームジャパンサミット」を開催し,300名の参加者があった。三日月滋賀県知事も来賓として挨拶をいただいた。
 国の政策では,刑務所からの出所者の再犯防止のためソーシャルファームが有効だということで,犯罪予防対策の閣僚会議で決定された文書でソーシャルファームの活用が記載された。
 生活困窮者支援法で定められた中間就労の場としても,ソーシャルファームが活用できる。
 ところで日本におけるソーシャルファームは,次の3つに位置づけられる。  第1は,障害者等が生涯働く場所である。ソーシャルファームは,障害者の状況に応じた働き方が用意できる。労働時間,作業時間等の工夫ができる。障害者の尊厳を確実に確保することもできる。
 第2は,ソーシャルファームで生活のリズムを整え,体の調子を整え,技術を磨き,一般就労に移行するという中間的な施設としての位置づけである。
 第3は,ベンチャービジネスとしてソーシャルファームが発展していく方向である。夢の段階だが,東京株式市場の第1部に上場されることが起こっても良い。
 ベンチャービジネスというのは夢の夢であるが,それに近い動きをしているのは,北海道新得町の共働学舎である。恵まれた自然環境を活用してチーズ作りをしている。ここのチーズの品質は,日本でトップクラスである。フランスの大会でもグランプリに輝いている。かつて洞爺湖サミットでも使用されている。

8.ソーシャルファームを成功させる条件

 ソーシャルファームを経営するために克服すべき問題は何か。これまでバラ色のように述べたが,実際は大変難しい。

(1)障害者の特性に合致した仕事

 何を作るべきかがスタートになる。働く障害者の特性に合致しているものを作る。障害者の特性をうまく活用するということが重要である。
 ソーシャルファームではなくて一般企業であるが,北海道北広島市に環境開発工業という会社がある。もともとは自動車のオイルのリサイクルがメインの仕事であるが,家電を分解して有効な金属を取り出す事業も始めた。最初は健常者の人を使ったが,7割程度しか有効な金属が回収できなかった。ソーシャルワーカーに頼まれて,障害者を雇用すると,99%有効な金属が取れた。障害者は,丹念に仕事をするという特性に一致したのである。

(2)独自性のある製品・サービスを

 独自性のある物を製造することが成功する道である。競争に勝つためには,特許を取って他の企業が行なっていないことを行う。
 私も参加したが,富山県高岡市にアルハイテックという株式会社が発足した。身の回りには薬やチューインガムの包装紙,野菜ジュースの裏側に付着しているアルミ,アルミホイルなどたくさんある。家庭ごみの2割にはアルミニウムが含まれているが,世界のどこもこれは利用できず,焼却処分か,埋め立て処分にされている。これを利用する方法の研究を行なってきた。その結果,水を投入するだけで水素を発生させるとともに,重油,メタン,パルプなど100%有効な物質がとれるというプラントの開発に成功した。これは,障害者や高齢者でも簡単に操作できるプラントであるので,障害者や高齢者の仕事に使える。特許を取得しているが,世界で初めての事業である。

(3)労働集約的な事業も有利

 企業は,省力化することが市場競争で勝利する王道である。ソーシャルファームは,逆に企業が苦手とする労働集約的な事業を行なって成功することができる。障害者は,労働集約的な仕事を丹念にすることができる。例えば,有機農法では除草に相当の労働力が必要である。暑い時の除草作業は,重労働だけれども,ソーシャルファームでは可能である。

(4)皆で知恵を出し合う

 ソーシャルファームの設立の検討では,関心を有する人が集まり,皆で意見を出し合うと,いろいろなアイデアが沸いてくる。特に,企業を退職した人は,豊富な人脈を持ち,技術も持っているので,ソーシャルファームの一員に加われば,大きな力になる。ITの活用も必須であるが,企業の退職者には,得意な人がいる。

(5)販売の拡大

 福祉関係者は,販売が苦手である。ソーシャルファームジャパンでは,ロゴマークを作成して,ソーシャルファームジャパンが認定した製品等に付けている。前述した共働学舎の製造のチーズにも付けられている。
 また,国,地方自治体,CSRに熱心な企業,生活協同組合等による購入をしてもらう。ここではハート購入法が役に立つ。

(6)経営資金の確保

 ソーシャルファームの神髄は,公の金には頼らないことにある。しかし,実際は,大変難しい。特に立ち上がりの段階が苦しいので,ドイツのように国や地方自治体の援助があれば,比較的容易に設立することができる。現在ソーシャルファームに対する公の補助制度はないが,探せば,他の利用できる補助援助が見つかる。助成財団の支援制度もある。ソーシャルファームで金儲けをしようとしていると思われると,誰も協力しない。しかし,本当の志を示していけば,企業等の協力者が表れる。

(7)国際間の協力で

 ソーシャルファームジャパンは,イギリス,ドイツ,フィンランド,フランスなどと交流関係を持っている。2015年10月21日にはフィンランドでの調査報告を東京都新宿の戸山サンライズで開催した。

9.私がソーシャルファーム設立運動を行う理由

 最後に,なぜ私が,自分の時間とお金を投入してソーシャルファーム運動をやっているか述べたい。
 第1に,日本は,これからも福祉国家を志向しなければならないからである。しかし,20世紀型の福祉国家ではうまくいかない。低成長になって国の経済力が弱くなった一方,受益者が多くなっている。このため,みんなが社会のために貢献をする,参加する,働くということが必須である。これが21世紀型の福祉国家である。これによって人と人との結びつきができる。このためにソーシャルファームは,大変有効に機能する。
 第2に,最近大都市は元気があるが,地方は衰退が激しい。ソーシャルファームが町の活性化に役に立つことができる。
 最後に,何よりもこのような運動は,障害者の人権,人間としての尊厳性の確保のためである。社会的企業には障害者のために活動されているものがあるが,一部には障害者の人権の向上に中心を置いていないものがある。
 ソーシャルファームは,まさに障害者が人間として尊厳を持って生きることを支援することを基本にしている。これが少しでも疑われるものは,ソーシャルファームの資格はない。


主題・副題:リハビリテーション研究 第166号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第166号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第45巻第4号(通巻166号) 48頁

発行月日:2016年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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