特集 第38回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて ―明日から一歩を踏みだそう― 特別講演Ⅱ 地域包括ケアと総合リハビリテーション

特別講演Ⅱ
地域包括ケアと総合リハビリテーション

【講師】
三浦公嗣(厚生労働省老健局長)

【座長】
大川弥生((国研)産業技術総合研究所 ロボットイノベーション研究センター 招聘研究員)

要旨

 三浦公嗣老健局長は,1983年厚生労働省に入省,介護保険制度実施本部で制度づくりと具体的運用に取り組み,中心となって公的介護保険制度を作り上げてきた。氏は文部科学省(医学教育課長),農林水産省,厚生労働省技術総括審議官等を経て現職にある。またハーバード大学やジョンズ・ホプキンス大学の公衆衛生大学院への留学歴をもつ。以前から三浦局長は,様々な専門分野の人たちがリハビリテーションを実現すると強調し,参加レベルの向上のために活動を重視する種々の施策を取り入れてきた。本大会では「地域包括ケアと総合リハビリテーション」と題して特別講演をお願いした。(座長:大川弥生)

地域包括ケアの歴史とコンセプト

 介護保険制度の準備を始めた20年近く前,すでに「地域包括ケア」という言葉がありました。広島県御調町(みつぎちょう)(現,尾道市)の公立病院で院長をつとめておられた脳外科の先生が最初に使った言葉です。手術で病気を治したつもりが,気がつくと病院は手術後の患者さんで埋まっている。家に帰れていないということがわかって,これは大変なことと気づいた。結局自分は新しい病人を作ってきたという反省に立って,家に帰るために地域資源を開発し,これと病院を結びつけていく仕組みが大事と気づいた。それこそ「地域包括ケア」だということでした。
 地域包括ケアについて,厚生労働省が使ってきた英語名は「インテグレーテッド・コミュニティ・ケア」です。最近,「コミュニティ・ベースド・インテグレーテッド・ケア」にしてはどうかという提案がありました。コミュニティで統合的なサービスが提供されるのであり,コミュニティケアを統合するわけではない。「コミュニティ・ベースド」が重要という指摘は,私もそのとおりと思いました。
 御調町のその後の活動は著しいものがありました。「地域包括ケア」の後に,「寝たきりゼロ作戦」として,地域全体の健康水準を向上させる努力がされました。原動力は,もちろん「地域包括ケア」を思いついた先生だけでなく,それについてきた人々です。まず医療と保健を一体的に行うために,大きな資源を持つ病院を活用しようと,保健師が病院に移りました。さらに,その病院の事務長が代々の町長になってきました。町の文化が健康,地域包括ケアだったわけです。この長い歴史で磨かれてきた結果,最近,法律に地域包括ケアシステムが書き込まれました。法律に使われる言葉は厳密な定義が必要になります。同時に多くの人たちが耳慣れた,誤解のない言葉であることが重要です。まさに「地域包括ケアシステム」という言葉が認知された瞬間だったと思います。

総合リハビリテーションと地域包括ケア

 地域包括ケアシステムのバックボーンとして,障害のある人もない人も,若い人もお年寄りも,地域に住む人たちが中心となって医療,介護,その他のサービスを結びつけていく作業が重要です。各事業者は独自にサービスが展開でき,横の人たちと手をつながなくても生きていけますが,あえてそれらを結びつけて住民を中心とする大きな輪となることです。鍵は,各事業を展開している人に,仕事を通じて住民たちがより健康で幸せになってほしいと願う心が育ち,横につながって浸透していくことです。
 先ほど大川先生から総合リハビリテーションとは何かというお話をうかがい,自分が関わるクライアントと家族が,より幸せに健康になってほしいこと,これを言い換えると,「総合リハビリテーション」になると思いました。ですから「リハビリテーション」という言葉にこだわらず,目標指向的にいうならば,私がお話する地域包括ケアのコンセプトを中心とするさまざまな人々の営みは,「総合リハビリテーション」であると理解した次第です。

高齢化には地域差がある

 75歳以上の人口は,平成27年を100とした場合,1.4倍くらいまで増えるといわれています。沖縄県はかなり急速で高い程度の高齢化が見込まれていますが,急速という点では埼玉県の方が大きい。一方,山形県と島根県では,これから急増することはない。高齢化には地域差があるのです。島根県や山形県は高齢化の波をすでに受けていて,これ以上高齢化が進まない段階に入ろうとしている。一方,首都圏をはじめとする都市部ではこれから急速かつ巨大な波が押し寄せる。ファッションなどの一般的流行の波と違って,高齢化は地方で始まり急速に大都市に向かって動いている。地域差を抜きにして高齢者問題は考えにくい。愛知県では,名古屋市で今後,高齢化が進む一方,郡部の山間地域ではすでに人口減少に入りつつある。地域差は愛知県内でも見られます。
 それぞれの地域の高齢化はどの段階にあり,何をしていくのか考えていかないと十分対応できない。すなわちコミュニティ・ベースド・インテグレート・ケアが必要になると思います。

在宅医療と介護の連携が基本

 医療保険と介護保険について,実際は医療サービスに介護的要素はありますし,介護サービスにも医療的要素がありますので,サービス自体に着目してうまく提供していく必要があります。医療については,一番上に大学病院など高度な医療を提供する組織,その下に回復期や慢性期の病院があり,その下に在宅医療があると考えられている。しかし病気のない高齢者は稀です。慢性期でも生き生きと生活している。病気があっても活動的な生活をするために,在宅医療が重要になります。在宅医療で地域のニーズに対応するには,医師会の1~3割の医師が取り組めば何とかなるようです。熱心な先生と周囲で活動する先生,そして温かく見守る先生がいれば,一定の役割を果たすことができます。現在,在宅医療は,多くの医療関係者に理解を得られていると言えます。在宅医療というのは地域を病院にすることだ,道路が病棟廊下,訪問看護がナースステーションという意見がありますが,私は違うと思います。高齢者は,今晩何を食べようか,友達と話をしたい,孫の顔を見たい,など自己実現のために地域で生活している。健康は重要な条件ですけれど必須ではない。病気があっても孫の顔を見たい,おいしいものを食べたいという気持ちは変わらない。地域で生活する意味は,その人らしい生活の実現であり,それを医療や介護が応援するのです。地域を病院にするということは,病気の治療を人生の目標にすることです。健康のためだったら死んでもいいという変なことになる。人生の目標は,若い人もお年寄りも,障害の有無にかかわらず皆が持っています。これを在宅環境で支える医療や介護は最も高度で難しい。
 そこで,我々は在宅医療と介護の連携を市町村中心にして進めていきたいと考えています。従来,医療は都道府県が,介護は市町村が中心となってきた。これらを合わせて市町村がやるという大きな一歩を進めていくわけです。市町村は医療のノウハウを十分に持っているわけではありません。しかし,自分の市に市立病院があることを忘れている行政担当者もいて,市立病院の医療と介護サービスを結びつけることに思いが至らないこともあります。医療側,介護側の双方で意識改革を進めて,より緊密な連携をすることが重要です。

市町村レベルで地域資源の開発を

 地域資源が十分か,サービス間で情報が共有されているか,資質向上の仕組みはあるか,24時間365日提供できる基盤があるか等々,いずれも重要です。それぞれの要素を生かしながら在宅医療を進めていくことが求められている,これを平成30年度までにすべての自治体で組んでいく。急速に増える高齢者を抱えている地域ではこういう在宅医療や介護の取り組みが求められます。
 一方,既存の地域資源だけでは対応できない人もいます。高齢者の場合,手足の障害も認知症もある,しかも生活に困窮している。この場合,ケアマネージャー1人で対応するのは困難です。そこで,市町村で取り組んでいただきたいのが地域ケア会議です。これは2つのレベルの会議で構成されます。1つは,地域包括支援センターレベル,もう1つは市町村レベルです。地域包括支援センターレベルでの会議では,個別の事案の支援を行う。地域では対応が難しい事例への対応を,関係者,サービスを直接提供する人以外も含めてみんなで考える。方針が決まり対応できることになれば,同じような事例に,同じ手法,あるいはそのバリエーションで対応する。同時に,町に欠けているサービスは何か,対応するために必要なサービスは何か,そのために地域で資源を開発し政策を形成していくために市町村レベルの会議を行う。

利用者主体の地域包括ケア

 今後も地域の中での対応能力の向上は,高齢化を契機としてさらに進んでいきます。継続性・自己決定,そして自己資源の活用という高齢者三原則は(別に高齢者だからというわけではありませんが),そもそも介護保険の目的の中に書き込まれている重要なコンセプトだと思います。地域包括ケアシステムを作っていく基本は何かと言うと,この高齢者三原則と同じように,住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けるということです。
 地域包括ケアシステムを全国一色で作っていくというものではない。地域によって資源も,高齢化の状態も,子どもの数も違います。オリジナリティー豊かな地域包括ケアシステムを地域ごとに作っていくということが重要です。そのために,介護や医療の専門家が関与するけれども,住んでいる住民が,地域をどんな町にしたいのか,どうありたいのか,言葉だけではなくて,どのような社会として具体化していくのかが問われているわけです。 地域包括ケアシステムの中心は,あくまでも「人」であり,「人」が中心の仕組みをそれぞれの地域で考えていく必要があります。コンセプトの基本は,利用者主体であり,コミュニティを基盤とするものです。

高齢者のエンパワメントとリハビリテーションマネージメントの強化

 さらに重要なのは,エンパワメントです。障害のある高齢者ができないことを補っていくということだけでは済まない。どうすれば同じことができるか,右手の麻痺があってもどうすれば左手で食事がとれるのかがエンパワメントの具体例です。右手が動かないから食事を手伝うということでは必ずしもない。高齢者のリハビリテーションでは,ステップを踏んでリハビリテーションを目的から手段にかえていくことを今回の介護保険の報酬改定で行いました。リハビリテーションマネージメントを平成18年,私が老人保健課長のときに初めて導入しました。サービスマネージメントを最初に思いついたのは管理栄養士さんたちでした。自己実現のために栄養という観点からどう支援できるかということで栄養ケアマネージメントが18年の報酬改定で入りました。介護保険はリハビリテーション前置にもかかわらず,20分のサービスだけが消費されていくのではいけないという観点から,リハビリテーション前置の精神を行き渡らせるためにリハビリテーションマネージメントを導入しました。
 18年改定を終えて私は老人保健課を去り,昨年8年ぶりに帰ってきたらそういう概念が,弱くなっていましたので,今回の報酬改定でリハビリテーションマネージメントをしっかりやる仕組みをもう一度強化しました。肝心な点は,リハビリテーションをその他のサービスにも連動させるようにしたことです。事務仕事が多くなって申し訳ないのですが,リハビリテーションの位置づけは,単にリハビリテーションサービスにとどまることなく,高齢者の生活全般に影響を及ぼすものとして,今回改めて強化したわけです。

認知症は避けて通れない社会的課題

 今,高齢者の7人に1人は認知症です。10年後には5人に1人といわれています。MCIという認知機能の低下した状態の方々は恐らくそれと同じくらいいると思います。そうすると高齢者2~3人に1人が認知症ということになります。実際に経時的に見てみますと,2人に1人は人生のどこかで認知症になる。介護保険が始まるとき人生のどこかで2人に1人要介護になると言っていた。このように要介護状態と認知症問題というのは深い関係があると思います。2人に1人の認知症ということですから,一般の病気となります。つまり認知症を除いて何も考えられない。リハビリテーションサービスを利用される方の2人に1人,いや1人に1人が認知症のさまざまな症状や認知機能が低下している状態ということになります。
 昨年11月,認知症のサミットが日本で開催され,安倍総理が演説で,わが国の認知症施策を加速するための新たな戦略の策定を厚生労働大臣に指示すると言いました。そして,新たな戦略は厚生労働省だけでなく,政府一丸となって生活全体を支えることである。決して目の前にある認知症対策をするのではなくて,その生活を支えるために認知症施策を位置づけることになると思います。
 大事なことは,生活全体を支えるということです。厚生労働省だけでなく,介護とか医療だけではなくて,高齢者が生活するためのさまざまな課題があります。高齢者を支えるすべての局面で認知症に対するサービスの充実を図っていく。例えば,認知症の方を目当てにした詐欺事件,犯罪防止をどうやっていくのか。あるいは道路交通法が改正されて認知症の方が運転免許を取得できないという状況になったとき,公共交通機関をどう確保するか,国交省の仕事です。そういうことが各省に出てまいりました。12の省庁が協力して新オレンジプランと呼ばれる新しい認知症の対策を作りました。認知症の人の意思が尊重され,できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らしていける,こういうことを目標に今回の認知症の施策を7本立てにしたわけであります。
 中でも極めて重要なのは,普及啓発です。オレンジリングという輪を手につけていただく方がすごく増えてきています。これに熱心なのは,医療や介護の業界ではなくて,スーパーマーケットなど流通とか,銀行や信用組合の窓口の人など金融業界の人たちです。積極的に認知症の勉強をしています。先ほど申し上げたように,認知症とその予備軍が2人に1人,もしくは3人に1人という状態になったときに,彼らが買い物や銀行に来ることを考えると,ビジネスも認知症に対応できるように大きなシフト変換を迫られるわけです。例えば暴力や大声を出す,徘徊するなどさまざまな認知症の症状に対してどう対応するか。認知症の人がガンになったら,どうやって急性期病院で治療するか。入院後3日間手足を抑制したら認知症が進行してしまったという例もあります。急性期病院が認知症対策をできなくて,入院を断っていると,患者はほとんどいなくなってしまう時代になりつつあります。リハビリテーションも認知症の方々に対して十分なサービスをするには,リハビリテーションと認知症の専門家の十分な協力が必要になるでしょう。
 リハビリテーションを今回,介護保険の中で大きく位置づけました。リハビリテーションは生活全般を支えるという意義を強調していきたいと思っているからです。現場で活躍されている皆さま方には,高齢者のより一層のQOLの向上のためにご助力いただければ幸いです。


主題・副題:リハビリテーション研究 第166号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第166号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第45巻第4号(通巻166号) 48頁

発行月日:2016年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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