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「共生のまち」ガイド

第4章 まちづくりの推進体制

1 福祉のまちづくりの展開と組織の動向

はじめに、福祉のまちづくりがどのように展開され、組織がどのように関わったかを、福祉のまちづくりの歴史を通して概観します。
 福祉のまちづくりは、1969(昭44)年に宮城県仙台市で一人の障害者と一人のボランティアの出会いから始まりました。当時、障害者は施設の中で生活を送ることがいわば当然のように考えていましたが、この話し合いのなかで、施設の充実も大事なことかもしれないが、ごく普通に一人の人間として家庭や社会で生活できる場つくりこそが本来の姿であるべきである、その場つくりができていないから、多くの障害者が施設の中で生活せざるをえないのではないか、という結論を得ました。その後、この動きは、障害者団体、ボランティアグループ、市民団体等の協力を得てしだいに大きな運動体となり、1971(昭46)年に「福祉のまちづくり市民の集い」を発足させ、車いすでも利用できるトイレ、スロープなどを市に要請しました。この要請を受けた市側は、その意義を十分に理解して、市内のいくつかの場所を障害者が利用しやすいように改造を行ったのです。あとで聞くところによれば、市側はかなり早い段階で障害者団体の活動を知っていたようですが、活動の重要性を十分に認識したいがために、運動体が成熟するのを待ち、そしてそれを受けた形で改造を行ったために運動はさらに盛り上がりをみせた、という側面もあるとのことでした。この方法は、現在では必ずしも正しい選択ではないかもしれませんが、結果から判断すれば、仙台市の行政の判断は当を得ていたといえます。ともかくも、福祉のまちづくりは障害者自身が最も身近な問題としてとらえたことが大きな運動体になって、これを行政側がうまく受け止めた、という事実があります。
 昭和40年代の後半には全国各地で同様の運動が展開されました。しかし、そのなかで、特徴のある動きが東京都下町田市でありました。町田市では、行政と市民が協力してまちづくりが進められたのです。これは、町田市が東京都内に勤めるサラリーマンのベッドタウンとしての新興都市であるがために、市民の「地元」への帰属意識が余りにも低いことに市長が熟慮し、専門家グループと市民による市民懇談会を構成し、市民生活に関するさまざまな問題を話し合いました。そのなかに福祉のまちづくりの問題研究会が設けられたのです。ここでは市内福祉事業関係者、福祉団体、主婦、医師、関係職員などが集まって多角度的に意見交換をしました。このような動きを踏まえて動きだした町田市の「福祉のまちづくり」は全国的に有名になり、その後いくつもの暫心的な施策を実行に移し、今日に至るまで全国の「福祉のまちづくり」の先導的役割を果たしてきています。これは、行政と市民の協力が非常にうまくいった成果である、と考えられます。
 その後は、1973(昭48)年の「身体障害者福祉モデル都市事業」の実施以来、1979(昭54)年の「障害者福祉都市事業」、1986(昭61)年の「障害者の住みよいまちづくり事業」、1990(平2)年の「住みよい福祉のまちづくり事業」、1993(平5)年の「障害者や高齢者にやさしいまちづくり推進事業」とほぼ連続してまちづくり事業が展開されるようになってきましたが、これは、まさに行政主導型のまちづくり、と考えられます。このような行政主導型は、最近、建設省や運輸省のまちづくり施策とあいまって、ますますその傾向を強めているように感じます。
 以上示したように、福祉のまちづくりの展開のなかで、いくつかの推進組織体系がみえてきました。全体としては、しだいに行政との関わりの度合いを深めていった経緯が読み取れます。しかし、これまでのまちづくり事業の評価を行いますと、良否のポイントは推進体制をどのように考えるか、にあることがわかってきました。そこで、本章は、まちづくりの推進体制のあり方についてまとめてみました。


2 行政内組織の体制づくり

(1)行政内組織の体制づくり

仙台市は、障害者団体の要望すなわち利用者の意見の集約、言い替えれば、生活のニーズに根ざした意見の集約だったといえます。町田市の場合は、行政と市民がお互いに協力し合った結果としての集約だからこそ、利用者の意見が組み込まれていたのです。しかし、行政施策として最初に実施された「身体障害者福祉モデル都市事業」では、厚生省が事業全体の枠組みを示唆したわけですから、自治体が十分な準備をしなくても事業進行させるにはそれほどの困難はなかったかと思われます。しかし、このような進め方は市民の意見が組み入れられる余地はしだいに少なくなり、事業が形骸化していく危険性をもっているといえます。さらに問題なのは、行政内の連携体制の不十分さがこれに輪をかけることになります。
 当時の役所内の「福祉のまちづくり」に対する理解度はほとんどなく、福祉の問題は福祉課が担当すればよい、という考えが主流を占めていました。しかし、このような対応をした自治体では事業の実効が上がりませんでした。一方、少ないながらも、建設課、住宅課、道路課をはじめとする福祉のまちづくりに関連する関連担当課の連絡調整機能をもった自治体は、比較的実効が上がったとされています。しかし、最も効果を上げたのは、役所内の連絡会に留まらず、これに市民や福祉関係事業者・学識経験者・社会福祉協議会などを含めた幅広い組織を創って、多くの意見を集約した自治体であったことが調査でわかっています。
 このようにみてみますと、まず行政組織内の協力・連携は、この事業を推進していく上で最も重要なごとのように思えます。しかし、これは「言うは易し、行うは難し」のようです。日本障害者リハビリテーション協会がまとめた「福祉のまちづくり総点検レポート」によりますと、
・福祉関係部局以外では「福祉のまちづくり」をなかなか実感として認識することができないため、まず、職務を区別することなく事業に対する共通の理解を得ること

  • 部課を超えての実務関係者の話し合い、調整・連携は難しいことが多いので、関係部局を統括する上部部局を設置すべきである
  • 縄張り主義の縦割行政を廃し、おのおのが信頼ある協力関係をもって仕事をすることが大切
  • 情報の共有化を図り、相互の理解を深め、新しい都市形成感を常に意識するべきである
  • 各課の事業との整合性、情報交換が大切
  • 定例的な意見交換が必要

といった意見や要望が担当者から出されています。
 また、福祉のまちづくり運動は、さきに述べた厚生省、建設省や運輸省などが実施しようとしている事業が軌道に乗れば成功、といった性質のものではなく、他のさまざまなまちづくりの事業との連携があって初めて障害者や高齢者に利用しやすい福祉のまちづくりとなります。例えば、放置自転車や街中の野放図の立てかけ看板の始末は、障害者の移動問題と大いに関係がありますし、同時に交通安全や街の美観との問題とも関連があります。となると、他の部課との連携は本当に重要なこととなるのです。

(2) 推進協議会の設置

 

すでに、福祉のまちづくりを具体的に推進するには、できる限り多くの市民の参加が望ましいと記しましたが、これについて最も良い方法は、行政内もしくはこれから述べる社会福祉協議会内に「推進協議会」を設置することです。協議会の構成メンバーは、行政内では福祉課をはじめとする関連各課ができるだけ多く参加するようにします。民間からは学識経験者、高齢者関係団体、障害者関係団体、ボランティア団体、商工関係(ホテル・金融・大規模店舗等)団体、地域内に関係する交通事業者関係、建設・建築関係、通信関係、福祉関係、医師会・歯科医師会等それこそ各界の代表者が参加できるような仕組みをつくります。報道関係者に参加をしてもらって、活動を広く市民の皆さんに広報してもらうことも大切です。
 ただ、問題は委員の構成人数が多くなると、会合を何回も開催することと実質的な話し合いをすることが難しくなります。そこで、協議会にはまた小委員会を構成して実質的な話し合いをできるようにし、行政内には幹事会を構成し実務的な作業を推進することが必要となります。


3 社会福祉協議会の役割

多くの場合、行政が中心になって福祉のまちづくりを推進していきますが、時として行政の委託を受けて社会福祉協議会が実質的に福祉のまちづくりを推進していく場合もあります。社会福祉協議会は民間(社会福祉法人)でありながら、財政的に行政の援助を受けていること、行政からの出向者もいる場合があること、また既に行政の委託事業を行っているなど行政とのつながりが大きく、しかも行政組織以上に民間との接点をもちやすいことが理由がと思います。そんなことを考えると、市民と共に福祉のまちづくり運動を推進するには、最もふさわしい団体と思われます。障害者自身が行う福祉のまちづくり運動、市民を巻き込む福祉のまちづくり運動などは、社会福祉協議会が支援をすることによって地域に根付かせていきやすいのです。ただ、福祉のまちづくりに関する具体的な施策を企画・実施するには行政に理解を求めなければなりませんので、時期と時間を多少必要とするでしょう。


4 障害者団体のまちづくり

最初に記したように、福祉のまちづくりの最初の動きは障害者自身からの「自分たちも街の中を車いすで歩いてみたい」という素朴な考えから始まったものです。そして、全国各地で障害者生活圏拡大運動が展開され、一方で、「車いす市民全国集会」といった横断的な活動を熱心に展開したからこそ、現在の福祉のまちづくりがあるのです。このことは忘れてはなりません。現実に福祉のまちづくりをよくやっているな、と思わせる地域には必ずといってよいほど障害者団体の積極的な活動があるのです。そんな視点から福祉のまちづくりは、障害者・高齢者サイドのまちづくりに対する高いポテンシャルがあればあるほど、この運動は盛り上がってくるのです。まず、障害者団体でこのような動きが出てきたときには、支援できるような体制づくりを考えてください。ある時はボランティアが必要でしょうし、ある時は資金的な応援が必要でしょう。またある時は話を聴いて貰いたい、という時もあるはずです。まず耳を傾けてください。そして協力できることは何か、を考えてください。
 一方、障害者団体は、当事者としてこの問題に積極的に取り組むべきだと思います。福祉のまちづくりは行政が政策的に推進してくれるから自分たちは活動しなくてもよい、と思われる方もおられるようですが、日本の現状からみると、それはまだちょっと早いのではないか、と思います。現在の福祉のまちづくりは、「ひとにやさしいまちづくり」と称してすべての市民の「公共の福祉」を願った考え方に移行しつつありますが、その場合に市民の代表は、いままでどおり、これまでのまちづくりで最も不便・不自由を被っている障害者の皆さんであることはいうまでもありません。その当事者の要望や意見が反映されてこそ市民と行政が一緒になって作り上げた真のまちづくりであります。
 まだ法律としての拘束力が十分でなく、自治体の申請によって福祉のまちづくり施策を実施している現段階では、障害者の皆さんの強い要望があるからこそ、施策を推進しようという気持ちが動くのです。


5 市民参加のまちづくり

福祉のまちづくりが成功するかしないかは、市民がどれだけ積極的にかつ継続的にこの運動に協力するかがポイント、といわれています。しかし、単に福祉のまちづくりに協力をしてください、といったお願いでは不十分です。現在の物理的環境では自分が高齢者になったときとても住みにくいとわかっていても、いざ具体的な行動を伴う場面になると、参加者は意外に少ないのです。多くの市民は、自分を取り巻く生活環境はもう既成の環境であって、それを自分たちの手で変えようなどとは、一回たりとて考えたことがない人たちが大部分だと思ってください。
 しかし、諦めてはいけません。作戦が必要なのです。まず、そのような人たちには、自分たちのまちの生活環境整備といったもっと大きな視点でとらえなおすところから始めたらどうでしょうか。仕掛け方はいろいろあるでしょう。それぞれの地域で対策を講じるのがよいのですが、例えば、はじめに自分が住むまちの歴史を知るために、そこに古くから居住する高齢者に、地域に伝わる伝説・民話の類や昔のまちの状況を聞くなり、まちに関わる思い出を聞くなりして古き良き時代を今のまちに重ね合わせます。そして、まちの構造に関心をもってもらうようにして今のまちの良い面、便利な面を聞きながら不便なこと、住みにくいことを調べていき、問題解決に向けて参加者の意見を集約します。そんなときにまちを利用する市民の中には高齢者や障害者もいることを意識させ問題解決に当たることが自然ではないでしょうか。このようなアプローチは子どもまでもが参加できる楽しい方法なのです。
 次回は、東京都世田谷区で市民参加型のまちづくり「ふれあいのあるまちづくり定例会」の全体記録です。これは、もともとは、行政側が企画したものですが、中心は学識経験者と市民とが定期的に会合を開きそこで出てきた問題を行政側にぶつけたり、行政側から問題提起をしてもらって定例会で話し合ったりの形をとりました。そこで話し合われた結果、梅丘地区の道路が、公衆電話→中学校の正門や塀などが一体的に整備され、すべての市民にとって快適な場所となったことです。
 市民参加は仕掛けが重要である一方で、積極的な市民団体の動きもあります。その代表的な例は、商店街の皆さんが快適なまちづくり、買物をしやすいまちづくりを主体的に企画し、実行に移すことかと思います。後ほど例を挙げますが、このような動きに対して行政が福祉のまちづくりと連携させて積極的に支援をすることにより、さらに広く市民に受け入れられるのではないでしょうか。

年表1982-1986 ふれあいのあるまちづくり 定例会記録
年表1982-1986 ふれあいのあるまちづくり 定例会記録


6 企業の協力

いままで市民という言葉を何気なく使ってきましたが、ここでいう市民とは単にその市に居住をしている人だけではなく、その市に通勤をしている人、通学をしている人、あるいはその市を単に通過している人などすべてを含む、というのがまちづくりの定義では一般になされ、それなりの権利を有することになります。しかし、逆の見方をすれば、市内にある企業は、福祉のまちづくりとは無縁ではありません。
 これまで企業は経済効率第一を掲げて進んできましたが、最近は高齢社会の影響や社会全体のゆとりの考え方の影響もあってか、企業はボランティア休暇を認めたり、あるいは退職後の第二の人生に対してのアドバイスを考えるなど少しずつ変わってきました。今年の2月頃、ある外資系の企業で、義理チョコ合戦を止めてそのお金を盲導犬を育成する団体に寄付をしたところ、その団体は、盲導犬をつれて企業に出かけ、盲導犬の行動を披露した、といったような内容の記事を目にしました。福祉のまちづくりもその延長線上でとらえるべき問題ではないでしょうか。
 障害者雇用促進法で障害者の雇用率が決められていますが、これを達成するには当然何人かの障害者が就業しているはずです。まちづくりは企業の中からすることもできます。しかし、外に出て市民の構成人員の一人としてまちづくりに参加することも大切なことなのではないでしょうか。

【参考文献
1 調一興、野村歓「障害者の生活と福祉」光生館、1984
2 福祉のまちづくり事業評価研究会「福祉のまちづくり総点検レポート」(財)日本障害者リハビリテーション協会、1991
3 世田谷区「ふれあいのあるまちづくりテクニカルレポート」、1988


主題・副題:「共生のまち」ガイド 57頁~63頁