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東日本大震災聴覚障害者救援中央本部の活動

東日本大震災聴覚障害者救援中央本部
本部長 石野 富志三郎

大震災の翌日に救援体制を確立

 あの未曽有の東日本大震災から2年が経ち、震災当初と比べると被災地も落ち着きを取り戻しつつあるように見える。しかし、今なお支援を必要とする被災聴覚障害者が多く残されている。 

 東日本大震災が発生したその時、私はちょうど東京の地下鉄銀座線に乗り合わせていた。全日本ろうあ連盟(以下、連盟)事務局長、次長と共にJDF代表者会議に出席するため会場に向かう途中だった。激しい揺れに緊張感が走るなか、車内アナウンスを次長の通訳で知り状況が分かり少し安心したが、一方でろう者が一人で電車に乗っていたら、何の情報も得られずに不安で恐怖すら感じたのではないかと思った。

 連盟はたまたま震災翌日の理事会を急遽「震災救援対策会議」に変更し、対応策等検討し方針を確認した。

 まずは、全国手話通訳問題研究会(以下、全通研)と協力し、連盟は加盟団体に、全通研は支部にとそれぞれ被害状況の情報収集に努めた。今回の震災が地震・津波・原発の複合災害と共に、広域であることから連盟・全通研に日本手話通訳士協会(以下、士協会)を加わえた三団体で「東日本大震災聴覚障害者救援中央本部(以下、中央本部)」を立ち上げ、発生1週間後の3月18日に「東日本大震災聴覚障害者救援中央本部」第1回会議を開催した。会議にはオブザーバーとして内閣府・文部科学省・厚生労働省からの出席もあり、全体で協力団体12団体を含む計38人が出席した。

東日本大震災聴覚障害者救援中央本部第1回会議

 会議冒頭に黙祷を行い、私は挨拶で「阪神・淡路大震災に比べ規模も範囲も非常に大きく、福島の第一原発事故の影響による避難地域も拡大している。一般市民にも情報が十分行き渡らない中、まして聴覚障害者には情報が全くない状態。新たな支援方法の検討が必要」と述べた。会議では各担当からの報告を踏まえ、当面の具体的活動について協議し、下記を確認した。(「組織図」参照)

東日本大震災聴覚障害者救援中央本部組織図テキスト

【支援活動】

① 支援対象を東日本大震災で被害を受けた聴覚障害児・者、手話関係者、要約筆記者等とし、広く義援金を募る。

② 当面の支援対象地域は、岩手県、宮城県、福島県とする。栃木県、茨城県、千葉県等の関東地域は、関東ろう連盟で支援する。

③ 現地調査を行い、具体的な支援方法を決める。

④ 被災聴覚障害者に必要な情報を収集し、連盟のホームページに掲載する。

⑤ 避難所にCS障害者放送統一機構の受信機を設置し、手話・字幕付き放送「目で聴くテレビ」が視聴できるように行政等に要望する。

⑥ 被災者・支援者のメンタルケアのため、聴覚障害者のメンタルケア専門家を派遣する。

 この後、さらに聴覚障害関係の全国団体に呼びかけ連携を要請した結果、協力団体は15団体になり、ここに救援協力体制が確立した。

 また、被災地での救援活動が主となるため、特に被害が甚大だった岩手、宮城、福島に連盟の加盟団体を中心に「現地救援本部」を立ち上げ、現地・中央一体となって被災聴覚障害者等への支援にあたった。

 併せて、全国各都道府県に「地域救援本部」の設置を促し、義援金への協力や県外避難者への支援等、全国各地で聴覚障害関係団体が一丸となって支援を始めた。活動資金は連盟と全通研で運用する「災害救援基金」250万円余を当面の資金とし、被災者への支援金として義援金募金を全国に呼びかけた。また、被災県の現地救援本部の活動は日本財団より助成を得て実施した。

行政・メディア等への情報保障の要請

 聴覚障害者にとって命に関わる情報保障について、震災発生当初より行政・メディア等に次のように要請した。

◆3月12日

  • NHKに震災報道に関する聴覚障害者への情報保障を緊急要望。
  • 東京電力の記者会見に手話通訳の配置を要望・実現。
  • 経済産業省、気象庁の発表に手話通訳・字幕付与を要望。

◆3月14日

 厚生労働省と協議し、全国自治体に手話通訳者・要約筆記者・ろうあ者相談員の公的派遣を要請→3月30日に厚生労働省より各自治体に要請文書を発信。

◆3月16日

 内閣府広報室と首相官邸での記者会見に手話通訳配置を協議し実現する。

◆5月11日

 日本民間放送連盟会長と会談。ニュースに手話・字幕の付与、および官邸記者会見のニュース映像に手話通訳挿入を要望。

◆10月

 民主党・自民党・公明党等の震災関係障害者団体ヒアリング会議に以下要望を提出。

  • 避難所にいる聴覚障害者を、避難所所在地の自治体のコミュニケーション支援事業および相談支援事業の対象者とすること。
  • 避難所にいる聴覚障害者には、他の避難者と同等の情報が提供されるよう配慮すること。
  • 避難所でのテレビ視聴には聴覚障害者用情報受信装置を設置し、CS障害者放送統一機構の聴覚障害者向け放送が視聴出来るようにすること。
  • 首相官邸での記者会見に手話通訳者が配置され、インターネット配信で手話通訳を通して情報を得られる。しかし、テレビニュースでは手話通訳者はカットされる。ニュース放映時も手話通訳を画面に出すようにすること。

ニュースに手話・字幕の付与、および官邸記者会見のニュース映像に手話通訳挿入

手話通訳者・ろうあ者相談員等の公的派遣

 阪神・淡路大震災の救援活動から、被災地における聴覚障害者への支援には手話通訳者が不可欠であり、全国の設置手話通訳者の公的派遣が必須であることを厚生労働省に要請した。3月30日付厚生労働省通達により各都道府県・指定都市・中核都市に、手話通訳者・ろうあ者相談員等の派遣を要請する文書「視聴覚障害者等への避難所等における情報・コミュニケーション支援に関する手話通訳者等の派遣について」が通知され、ここに初めて公的派遣が実現した。

手話通訳者・ろうあ者相談員等の公的派遣

 全国の自治体から厚生労働省に登録された手話通訳者等の名簿を基に、被災県からの要請に合わせて中央本部がコーディネートし手話通訳者等を派遣した。

 被災に係る罹災証明、保険や障害者手帳・免許・ローン等の手続き、医療、就労、暮らし全般のコミュニケーション・相談等の支援に携わった。最終的には全国29都道府県178人の派遣可能職員の登録があり、宮城県、福島県からの派遣要請に応じて、手話通訳者等を21都道府県から延べ76名を被災地に派遣した。派遣期間は2011年4月5日~2011年6月30日で実施。

手話通訳者・ろうあ者相談員等の公的派遣

手話通訳者・ろうあ者相談員等の公的派遣

支援活動

① 義援金支援

 海外を含めて全国から義援金1,380件73,996,302円が集まった(2012年9月18日現在)

 この義援金は被災地および東京や新潟、また沖縄など県外に避難した被災聴覚障害者および手話関係者も含めて1,679人に45,120,000円を支援した。

 併せて、放射能汚染除去支援として、福島県立聾学校に子どもたちが安全に安心してプール授業が受けられるよう、プールサイド保護マット、プール清掃用ロボット等を寄贈した。これで児童・生徒が直接プールサイドのコンクリートに触れることなく授業が出来るようになった。また、茨城県立霞ヶ浦聾学校には、校庭の樹木の剪定や落葉等の集塵用機器を寄贈し、子どもたちが校庭で遊べるように支援した。

② 広報活動

 中央本部のホームページ(連盟ホームページ内)を開設。被災地の情報や聴覚障害者への支援に必要な情報を掲載。併せて国際サイトを立ち上げ、海外に向けて聴覚障害者の被災状況を発信した。

③ 物資・メンタルケア支援

震災発生当初より「現地救援本部」を通して物資支援をおこない、自転車・布団など生活に必要な物資を届けた。併せて「手話ホッと祭り」等、被災した聴覚障害者の心のケアに配慮した企画を立て、「現地救援本部」と共に実施した。

岩手県・福島県における被災聴覚障害者実態調査

 阪神・淡路大震災では連盟および地元ろう団体の強い要望で、神戸市において名簿開示が実現し、当時兵庫県の安否確認は最終的に1,626名まで集約できた。

 今回は個人情報保護の観点から、県や市町村から安否確認に必要な身体障害者手帳所持者の名簿が開示されない中、中央本部と「現地救援本部」は震災発生当初より何度も岩手・宮城・福島の各県に交渉し、手帳所持者への調査方法を模索した。結果、まず岩手県で聴覚障害者情報提供施設の協力を得て、被害の大きい沿岸部の手帳を所持する聴覚障害者への調査が実現した。一次調査はアンケート用紙を「現地救援本部」が作成し、それを県が手帳所持者に郵送、回答は「現地救援本部」宛に返送する方法とした。アンケートで相談希望の有無を問い、希望者には二次調査の訪問調査を実施。この二次調査も県職員と「現地救援本部」関係者が一緒に訪問し相談を行った。同様の方法で福島県も実態調査を実施した。

 両県の調査結果からは、被災情報や行政手続き、医療福祉サービスの情報入手やコミュニケーションに課題を抱え、地域・集団の中で孤立する傾向が分かった。今回の調査を今後の支援活動に活かしていくことが課題となる。なお、宮城県においては中央本部とは別に県独自での調査を実施した。

初動・安否確認マニュアル・手話通訳者等派遣調整マニュアルの作成

 厚生労働省の委託により手話通訳者等の公的派遣事業と併せて、「聴覚障害者災害時初動・安否確認マニュアル」と「手話通訳者等派遣調整マニュアル」を作成した。

 「初動・安否確認マニュアル」は、初動対応として聴覚障害者の防災・災害対策、現地救援本部の設置とその体制・役割、安否確認の方法等をまとめた。「手話通訳者等派遣調整マニュアル」は派遣体制や派遣事務所機能、派遣調整に関わるマニュアルを作成した。なお、このマニュアルは連盟ホームページに掲載している。

 また、連盟は赤い羽根の助成事業で「災害関連標準手話ハンドブック」を作成し、全国の自治体等に配布するとともに、連盟ホームページに掲載している。

 今後の災害に備え、マニュアル等を参考に、各地域では聴覚障害者団体を中心に防災対策を進めている。

災害死亡ゼロをめざして

 震災の影響で会社が倒産し失業を余儀なくされた方、自宅待機のまま収入が途切れた方、自営再開のメドが立たない方等が多くいる。メンタルケアを含めて被災者への支援体制の不十分さは、聴覚障害者の暮らしにその深刻さを増している。

 このような状況の中、一時は中止を考えた第62回東北ろうあ者大会が2011年10月に岩手県盛岡市で開催された。目標を越える741人が参加し被災地の仲間に声をかけ、涙を流しながら抱き合い無事を喜ぶ姿が見られた。大会では「震災復興支援大会宣言」を満場一致で承認し、東北の気持ちがひとつにまとまった。

 NHK「福祉ネットワーク」取材班は「東日本大震災における障害者の死亡率は、被災総人口に対する死亡率の2倍にのぼる。」という調査結果を発表した。

 今後、同規模の震災がいつどこで起きても不思議ではない。悲しい事態を繰り返さないよう、障害者の実態を徹底的に検証し、規模の大小に関わらず災害時の障害者死亡ゼロを目標に活動することが、残された私たちの使命と考える。

聴覚障害者救援活動の主な特徴

 中央本部が行った主な支援活動は次のように整理できる。

① 連盟・全通研・士協会の三団体による中央本部に15の協力団体、政府から内閣府、厚生労働省、文部科学省が参画しての救援活動。

② 首相官邸の記者会見に手話通訳がつく。

③ 厚生労働省と連携しての手話通訳者・ろうあ者相談員等の公的派遣の実現。

④ 岩手、福島における官民一体の実態調査。

⑤ CS障害者放送『目で聴くテレビ』で地震発生後30分以内に緊急災害放送を配信。

⑥ 物資支援や医療メンタル支援など組織をあげての支援活動。

⑦ 義援金募金活動、国内外からの支援。

⑧ 海外への情報発信。海外から多くのメッセージと募金が寄せられた。 

⑨ 災害時の情報アクセス・コミュニケーション保障の不充分さに対する支援活動。情報・コミュニケーション法の制定を求める声が高まる。

課題と対応

中央本部の活動を通して今回の震災での課題とその対応策を下記に提起する。

1. 安否確認に際しての身体障害者手帳所持者名簿の開示

(1) 災害時に行政等の公的機関だけで被災障害者を支援することは、現実不可能であることが今回の震災で立証された。個人情報保護法を改正し、支援団体特に障害当事者を主体とする支援団体への手帳所持者名簿の開示を法制化すること。

(2) 「災害時要援護者制度」には限界がある。地域社協や民生委員だけでは障害者支援に対応しきれない。名簿開示団体に障害当事者団体を加えるよう国から自治体に働きかけること。また今回の震災において制度の有効性を検証し、対策の見直しを周知徹底すること。

2. 情報保障への取り組み

(1) 災害発生時の緊急情報発信

① 消防庁が推進する「全国瞬時警報システム(J-アラート)」は字幕付与ができない。字幕が付く新たなシステムを構築する必要がある。

② 防災無線の音声を字幕化する機器を聴覚障害者用に貸与する自治体がある。国としてこの機器を全国に普及する措置を講ずること。

(2) 災害発生時の情報保障

① テレビへの字幕・手話通訳の挿入をより一層推進すること。

② 官邸記者会見のテレビニュースには、話し手のみでなく手話通訳付の映像を放映すること。

③ NHKによる無償でのCS障害者放送統一機構への画像提供。

3. 平常時の取り組みの重要性

 手話通訳者、要約筆記者、盲ろう通訳介助者、聴覚障害者相談員の設置・派遣の制度化。国の復興予算に障害者対策を特定して予算化すること。

4. 被災障害者の生活を支える相談支援の充実と予算の確保。

 聴覚障害者には手話で相談できる相談員の配置が必要である。

5. 被災地における障害者の就労促進に係る具体的施策の構築。

6. 障害当事者団体等が支援活動を行う際の支援活動助成制度の構築。

7. 国、都道府県、市町村で復興計画を策定する際の、障害当事者団体の参画。

8. 全自治体による障害者の被災状況の調査、および障害者に関する防災マニュアル・ガイドラインの作成。また作成に当たっての障害当事者の参画。

9. 政府の全ての連絡先公表に、FAX番号併記の義務付け。

長期的支援を見据えて

 東日本大震災では県・市町村におけるコミュニケーション支援事業、とりわけ聴覚障害者情報提供施設(以下、情報提供施設)設置の必要性が認識され、厚生労働省の全国課長会議でも強調された。中央本部は今年2月に開催した総括会議で、長期的な支援体制づくりを検討し、情報提供施設等社会資源の拡充を緊急の課題として行政に要請していくことを確認した。

 その一方、震災後2年が経過した今でも困難な状況にある子どもたちがいる。福島県立聾学校や茨城県立聾学校の子どもたちは、原発事故の放射線により校庭での体育の授業や部活動が制限され、暑い夏の季節でもプールも思うようには使用できない状況にあった。このような状況を少しでも改善し、子どもたちが安心して学校生活が送れるよう支援を引き続き行っている。

 東日本大震災が情報アクセスやコミュニケーションを保障する法整備を目ざした「We Love コミュニケーション」大運動を行っている最中にあったこと。岩手県から震災前の9日に発送された1,120筆の署名用紙が3月17日に事務所に届いた。花巻市、大船渡市、陸前高田市、宮古市、釜石市など新聞やテレビでたびたび見る津波で被災した市町村の名前が記載されていた。この尊い署名を大切にし、署名された方々の思いを何としてでも実現したい、そういう想いを強く持った。

聴覚障害者情報提供施設設置の署名

聴覚障害者情報提供施設設置の署名