視覚障害がある生徒のための「科学へジャンプ」のチャレンジ
鈴木昌和
視覚障害がある児童・生徒たちの教育に何らかの形で関わる人たちの中には「科学へジャンプ」という言葉を聞いたことがある人は少なくないと思います。そして、「科学へジャンプって何?」とか「なぜ、科学へジャンプなの?」とか、思っている人も多いと思います。ここでは、そうした質問に答えられるように書いてみたいと思います。
タイトルに書きましたように、「科学へジャンプ」とはチャレンジです。正確には、チャレンジしてほしいという願いを込めた活動と言った方が適切かもしれません。後で述べるように、当初は「科学」を前面に出して参加を呼びかけていましたが、現在はずっと広く、さまざまな願いを込めて、多くの人たちの関わる活動になっています。
その活動には、全国の視覚障害がある中学生・高校生に参加を呼びかけて、隔年で開催される3泊4日の合宿型のサマーキャンプと、毎年全国8か所で日帰りのイベントとして開催される地域版のキャンプがあり、毎年、多くの教師・大学教員・ボランティア・学生(2015年は総勢約700人)が関わる活動として定着してきています。その様子はホームページ http://www.jump2science.org/ で見ることができます。きれいな画面構成で多くの写真とともに具体的なプログラムや生徒の声などが掲載されていますので、ぜひ一度、ご覧いただきたいと思います。私たちはこのホームページにあるような、参加した生徒たちの生き生きとした表情や、「楽しかった」「また来たい」という言葉に支えられてこの活動を続けています。
科学へジャンプ・サマーキャンプ2015の参加者
サマーキャンプ
「科学へジャンプ」は、2008年のサマーキャンプからスタートしました。「視覚障害がある生徒のための科学へジャンプ・サマーキャンプ」として、全国の盲学校や視覚特別支援学校、あるいは普通校に通っている視覚障害がある中学生と高校生に参加を呼びかけて実施されました。その目的と背景は、報告書(http://www.sciaccess.net/JSSC2008/JSSC2008Report.pdf)の序文に記載されていますので、その一部を引用してみます。
「近年学生たちの理系離れが教育上の大きな問題のひとつになっているが、この問題は視覚障がい者のあいだでは一層深刻な状況にある。科学への興味は単に話だけでなく、実際に見て触って感動を味わうところから生まれてくるが、教育現場で視覚に障がいがある生徒たちにもそれを可能にするための環境は甚だ不十分な状況にあるのが現実である。」~中略~「こうした困難のため、本来は科学や工学に適性をもつ生徒たちが理系分野への進学をあきらめてしまう場合もあり、重度の視覚障がいをもつ生徒の間では理系分野への希望者は極端に少なくなっている。」~中略~「目が見えなくても、あきらめることなく科学への夢をはぐくんで果敢に挑戦して頂きたい。」
こうした願いをもって、第1回の科学へジャンプ・サマーキャンプは開催されました。そして、当初から視覚障害者同士やその支援に関わる人たちとの交流を培う場としての役割も目指して、視覚障害がある子どもたちの教育経験・支援経験の豊富な人たちの協力のもと、関連企業からの援助なども得て実施されました。最初のキャンプの応募者は31人で、選考の結果、参加者は18人(男10人、女8人)、全員点字使用者でした。2015年には第6回が開催され、最近は弱視の生徒も半分くらいいて、中学生と高校生の割合も同じくらいになっています。
次に、最近2回のプログラムからワークショップタイトルを分類して抜き出してみました。魅力的なタイトルが並んでいると思います。
最近のワークショップタイトル
ものつくり
- ラジオを作ろう
- ぶるぶる震える感光器を作ろう
自作ラジオ 「聞こえたよ」
ぶるぶる震える感光器を作る
理科
- 博物館を五感でたのしもう
- 網膜に像が映る仕組みを理解!
- 月の秘密に迫ろう
実験
- 気体の発生と性質
- 炭酸カルシウムに含まれる二酸化炭 素の量を実験で調べよう
水素を発生。こわごわマッチの火を近づけると「ポン」と音がする。視覚障害の生徒たちが大好きな実験のひとつ
IT
- タブレット端末を使いこなそう
- 音楽をプログラミングしよう
- 人工知能をプログラミングしよう
- 音の形を調べよう
- 地球の大きさを測る
音の形を調べる
人工知能をプログラミング
真剣な表情で挑む「大規模データ処理」
数学
- アルキメデスの墓に刻まれた球と円柱の不思議な関係
- 一筆書きを使って散歩道を見直そう
- 立方体を手の中から紙の上に広げ、紙の上から頭の中に組み立てる
- 統計的考え方で毎日を賢く暮らそう
模型で解き明かす球と円柱の不思議な関係
社会
- 身近な生活から社会をさぐる
もの作り体験やIT関係は生徒たちに人気が高く、また考えさせるワークショップが多いことなど、強調したい点はいくつもありますが、最も注目してほしい点は、毎回のプログラムに化学実験が含まれていることです。
視覚障害者が実験?
化学の実験では、色反応などが用いられるため、視覚障害者には化学実験は無理であると一般に考えられていると思います。「化学実験があるから、理学部や工学部で全盲の生徒は受験すら認めてもらえない」という時代が長く続きました(今はさすがに大学側に合理的配慮が求められ、そうしたことはないと信じています)。
しかし、筑波大学付属視覚特別支援学校では長年の教育の積み重ねの中で、感光器や独自に作った器具などを使って詳細な手順の指導案を作り、理科の教科書にあるすべての実験を視覚障害生徒でもできるカリキュラムを確立しています。地方の視覚特別支援学校や普通校に在籍する全盲の視覚障害生徒は、理科実験になると「記録係」などの役割になって、実際に実験に参加することがないことが多く、サマーキャンプや後述の地域版の科学へジャンプで体験する実験は、参加した視覚障害生徒に大きな喜びを与えていることが、事後のアンケートなどから分かります。
地域版科学へジャンプ
最初の科学へジャンプ・サマーキャンプが大きな反響を呼び、継続開催を求める声が上がるなか、2009年~2011年に科学技術振興機構(JST)の「地域の科学舎全国ネットワーク事業」の一つに採択され、科学へジャンプの全国ネットワーク化が実現しました。北海道、東北、関東、北陸、東海、関西、中四国、九州の8ブロックで視覚障害の児童・生徒たちが参加し、日帰りで他校の生徒たちと共に、午前・午後のワークショップに参加する催しを開催する体制が出来上がりました。
サマーキャンプ同様、地域版科学へジャンプも、「科学へジャンプ基金」への寄付金とそれぞれの実行委員の手弁当の尽力により、JSTの事業終了後も継続され、2015年度は全国8か所で、約260人の視覚障害児童生徒(小学校高学年から高校生まで)が参加しています。
視覚障害児童生徒の孤立化
地域版の説明のところで「他校の生徒と共に」と書いた部分が重要で、科学へジャンプがこのような大きな広がりになった理由がそこにあります。前述のホームページにある「科学へジャンプ基金」への寄付依頼文には、次のような下りがあります。
「日本では視覚障害のある生徒の数はかつてより少なくなっています。これは医学の進歩による大きな福音です。しかし、他方で視覚障害のある生徒たちの孤立化の問題が残りました。現在、日本の視覚特別支援学校や盲学校では生徒たちは共に学ぶ同学年の級友がいない場合が多く…」
実際、多くの盲学校や視覚特別支援学校では、広い教室の中に教師と生徒一人用の2組の机と椅子しかない光景がよく見られ、科学へジャンプで初めて他の生徒と共に学ぶ体験をする生徒も少なくありません。
サマーキャンプに参加したある生徒は、事後のアンケートで「サマーキャンプの最大の魅力は、人生の友と出会うことができることです」と書いています。同年代の、自分と同様に視覚障害がある「友」と出会うことは、生徒の自主性に大きな影響を与え、「サマーキャンプの直後から、子どもが見違えるように意欲的に物事に取り組むようになりました」と手紙をくれた保護者はこれまでに何人もいます。
現状では、保護者はインクルーシブ教育を選択するか、友達はいないけれど専門性に裏打ちされた視覚特別支援学校で学ばせるかという、つらい選択を迫られます。視覚障害がある生徒たちの置かれた過酷な現状といえます。「科学へジャンプ」が子どもたちや保護者、そして現場の先生たちからも強く支持されている背景に、こうした大きな問題が横たわっていることを私たちは直視する必要があるのではないでしょうか。
(すずきまさかず NPOサイエンス・アクセシビリティ・ネット代表、科学へジャンプ・全国ネットワーク代表)
出典
鈴木昌和.視覚障害がある生徒のための「科学へジャンプ」のチャレンジ.ノーマライゼーション.Vol.36, No.5, 2016.5, p.46-49. http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n418/index.html