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第1部 CBR
地域に根ざしたリハビリテーション~私たちの体験から~ 障害者の声

序論

調査の背景

障害者の生活の質(QOL)の向上の中核的戦略として、地域に根ざしたリハビリテーション(CBR)が国際的に提唱されて、20年以上が経過した。CBRは、国際的にはさまざまな国の政策課題の中に盛り込まれており、また、非政府組織(NGO)および国連機関においてはプログラム・アプローチの一つとして用いられている。運営方法に関するワークショップが開催されるとともに、CBRの実用性と実効性のモニタリングおよび評価を行うための特別な手段も考案されてきた。CBRプログラムの評価は、複数の国で行われている ― その大半は、サービス提供レベルに焦点を絞った定量的インパクト・アセスメント法を採用している。

CBR戦略については、国際非政府組織(国際NGO)のほか、障害に関する国連特別報告者とその専門家パネル(the UN Special Rapporteur on Disability and his Panel of Experts)も交えた議論が行われている。こうした議論において強調されているのは、「国連障害者の機会均等化に関する基準規則(the UN Standard Rules on the Equalization of Opportunities for Persons with Disabilities)」注釈11 によれば、障害者の市民的、政治的、経済的、社会的、文化的権利に影響を及ぼすすべての施策の立案および実施において、障害者は積極的な参加者でなければならないという点である。こうした議論ならびにこれまでに行われた評価に見られるギャップを踏まえ、SHIAとWHOは、CBR戦略の誕生から20年の今、そのインパクトを子どもと大人の双方を含めた障害者の視点から考察することは時宜を得たものであるとの結論に達した。

SHIAとWHOは、CBRプログラムが障害者のQOLに与えるインパクトを調査するための共同プロジェクトに着手した。調査は以下のようなステップから成る。

  • 調査に適したCBRプログラムを選定するための情報収集を行う。
  • 調査に参加する3ヶ国を決定する。
  • これら3ヶ国においてこれまでに行われたCBR評価から経験を推察する。
  • 障害者のQOLおよび認識の変化を調べるため、3ヶ国においてフィールド調査を行う。
  • CBRプログラムが実施されているコミュニティが行う内部アセスメント(self-assessment)を支援する。
  • CBRにおいて障害者の参加およびQOL向上がどのように促進・強化されるかに関する統合報告書(a consolidated report)および提言をまとめる。
  • 統合報告書の翻訳、出版、配布を行う。

CBRを理解する

CBRは、さまざまな機関やNGOによって解釈の異なる概念である。また、CBRの概念は徐々に発展を遂げており、「地域に根ざしたリハビリテーション」の意味をめぐって、時には大きな混乱もみられた。CBRは、コミュニティの障害者への初期のリハビリテーション・サービスを提供するための戦略としてスタートした。現在では、CBRとは障害者のQOL向上の要となるすべての分野を扱う多面的なコミュニティ開発プログラムであるとの理解がなされている。

ILO(国際労働機関)、UNESCO(国連教育科学文化機構)およびWHO(世界保健機関)によるジョイント・ポジション・ペーパー(1994年)

地域に根ざしたリハビリテーション(CBR)は、障害をもつすべての子どもおよび大人のリハビリテーション、機会均等化および社会統合に向けたコミュニティ開発における戦略の一つである。CBRは、障害者本人、その家族およびコミュニティ、ならびに適切な保健医療・教育・職業・社会サービスが一致協力することによって実施される。

1997年のアジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)文書「CBRを理解する(Understanding CBR)」では、CBRプログラムが立脚すべき基準として、以下のような結論が出されている注釈22

  1. すべての段階およびレベルにおいて障害者の参加が実現されるとともに、障害者は明確な意思決定の役割をもつ。
  2. 第一義的な目的は障害者のQOL向上である。これを実現するために、CBRプログラムは以下の点に重点を置く。
  • スティグマを排除するとともに、家族および社会における能力ある一員としての障害者への認識を高める。
  • 環境および既存のサービス提供システムを、障害者にとってアクセシブルなものにする。
  • あらゆる種別の障害者(肢体不自由、感覚障害、心理的障害、精神障害、ハンセン病、てんかんなど)を、それぞれに特有のニーズに応じて支援する。

同様の考え方は、国連機関によって出されたCBRに関する改訂版ジョイント・ポジション・ペーパー注釈33 にも反映されている。このポジション・ペーパーでは、人権およびコミュニティ参加の両面がさらに強調されている。CBRは、障害者の社会参加を阻むさまざまな要因に取り組むことによって障害者の機会均等および完全参加を達成するための戦略ととらえられている。「リハビリテーション」という言葉は、医学的かつ限定的過ぎると考えられており、もはやCBRの概念を反映するものではない。CBRとは、障害者が健康と福利(ウェル・ビーイング)を享受するとともに、教育、社会、文化、宗教、経済および政治の諸活動に完全参加する権利を促進するための戦略であると理解されている。アクセシブルでかつ人権に配慮した環境はあらゆる人の生活をゆとりあるものにするため、CBRはコミュニティのすべての住民にとってプラスになる。ポジション・ペーパーは、障害者を含むすべての市民の人権を重視するという意味で、「インクルーシブなコミュニティ」という表現を取り入れている。

ポジション・ペーパーはまた、「国連基準規則」を障害者の権利促進の重要なツールととらえている。個人レベルでも組織的なレベルでも、障害者が参加し、影響力をもつことが重要視され、CBRプログラムの立案、実施およびモニタリングを成功させるための必須条件であると考えられている。リハビリテーションは、障害者もしくはその権利擁護者が、その活動の制限要因を減少させるために必要なサービスに関する意思決定を行うプロセスの一つであると考えられている。

最後に、ポジション・ペーパーは、CBRプログラムの実施から得られた教訓を考察するとともに、CBRプログラムの持続可能性にとって以下の要因が不可欠であると結論づけている:

  • 人権アプローチに基づき、CBRプログラムに対するニーズを把握すること。
  • コミュニティがニーズに積極的に対応すること。
  • コミュニティ外部からリソースおよび支援が得られること。
  • DPOおよびNGOとの協力を含む、多部門にわたる連携。
  • コミュニティ・ワーカーが存在すること。
  • CBRを行政に組み込み、十分なリソース配分が行われること。

CBRプログラムの大半は、こうした必須条件のすべてが満たされているような環境で運営されているわけではない。より良い成果をあげるためには、戦略を見直すとともに、政府および市民社会のすべての部門・レベルにおけるコミットメントおよび連携を高める必要がある。

CBRのインパクトを分析する

CBRの概念は進化を遂げているため、インパクト・アセスメントを行うための標準的なモデルもしくはアプローチを見出すことは困難である。多くの場合、基礎研究が行われず、投入、プロセス、成果の指標も確立されていない。現在のところ、CBRプログラムの評価の大半は定量的調査によるものであり、プログラムに携わるスタッフやボランティアの側からみたサービスレベルの変化を測定したものである。しかし、本調査が意図しているのは、障害者自身の側からみたCBRプログラムのインパクトを考察することである。それは主として定性的調査であり、CBRプログラムに参加している障害者の視点から見たQOLの向上と、CBRのさまざまな取り組みの有益度に関する障害者の見解を分析するものである。本調査は、定性的参加型調査アプローチ法(qualitative participatory research approach [PRA] method)を用いている。

本調査は、さまざまなプログラムを、それらに特有の目的や戦略との関連において評価しようとしているのではない。本調査が試みているのはむしろ、さまざまな目的、構造および戦略をもつ複数のプログラムにおける障害者の体験を集積し、分析することである。本調査に参加した障害者の体験は以下の2つの方法によって分析された。

  • 障害者から見たQOLの向上を基準として
  • 障害者から見たCBRのさまざまな取り組みの有益度を基準として

生活の質(QOL)を分析する

QOLの定義および測定は、多くの研究のテーマとされてきた 注釈44 注釈55 注釈66 。その中には、QOLがどの程度主観的で文化や個人的なものの考え方と関連しているのかという議論もあれば、文化や一人ひとりの状況を超えてQOLを測定するためには客観的で一般的な指標をどの程度まで用いることが出来るのかといった議論もある。こうした研究を検討するまでもなく、QOLの指標の多くが主観的でなければならないこと、ならびにQOLは各個人の年齢、性格および個々の経験によって、それぞれ見方が異なることは明白であると思われる。

さらに、「機会均等と完全参加」は「国連基準規則」および他の多くの障害関係プログラムの全体的な目標であるが、その解釈は地域の文化規範や価値観に照らして行われる可能性があるため、これを測定することは容易ではない。たとえば、多くの先進国においては、独立した個人として自らの人生について自由に意思決定出来る立場を獲得すれば、人々は平等で参加が可能になる。アフリカおよびアジアの多くの農村地域では、家族やコミュニティにとって不可欠で貢献度の高い一員として、こうした家族やコミュニティの社会経済的発展に役割を果たすことができれば、人々は平等で参加可能となる。

ここで、QOLは果たして測定することが出来るのかという疑問が生まれてくる。IASSID(国際知的障害研究協会)がWHOに代わって作成した「合意文書(the Consensus Document)」5では、国際的な文献に登場した中核的な考え方が要約されるとともに、QOLをいかに理解し、測定すればよいかという点に関するフレームワークが示されている。これら中核的な考え方には、以下のようなものがある(両著者の解釈による):

ウェル・ビーイングの領域・・・QOLは、相互に関連する生活の諸側面の集合体として表現される。こうした諸側面は複数の領域に整理することが出来る。研究者はさまざまな分類方法を用いている。この合意文書では、ウェル・ビーイングの8つの領域が提案されている:

  • 情緒的ウェル・ビーイング
  • 人間関係
  • 物質的ウェル・ビーイング
  • 人間的成長
  • 身体的ウェル・ビーイング
  • 自己決定
  • 社会へのインクルージョン
  • 権利

人間相互間および人間内部の可変性・・・可変性とは、ウェル・ビーイングの領域が適応し、もしくは経験される度合いが、個人および文化集団によって異なるということである。良好なQOLの一例は、人によって異なる事柄を意味する。

個人的背景・・・人は、生活、労働、遊びという、その人にとって重要な背景と環境において最もよく理解される。環境は、個人的な利害やニーズに対応出来るよう柔軟性をもつべきである。投入は充実した生活を促進し、さらに高めていくことが出来るよう、人、場所および周囲の環境に向けていく必要がある。

一生を見据えた視点・・・QOLには一生を見据えた視点が含まれる。子ども時代に支援やサービスが与えられなかった場合、後年のQOLに影響を及ぼし、その結果、影響が蓄積する可能性がある。

全体論(holism)・・・これは、ウェル・ビーイングの領域はすべて相互に関連しているということである。ある個人の生活の特定の側面もしくは領域は、他の領域に劇的な影響を及ぼす場合がある。プログラムの計画にあたっては、こうした相互連関を慎重に考慮しなければならない。

価値観、選択権および個人的コントロール権・・・QOLではさまざまな価値体系が認識されるとともに、活動、介入および環境をめぐる選択権および個人的コントロール権が、自己イメージ、意欲、自己表現および健康に大きな意味をもつことが認識される。

認識・・・ある個人が自らのQOLをどのように認識しているかという点は重要である。正しい答えも誤った答えも存在しない。親、配偶者、あるいはサービス提供者の認識を考慮に入れることも時には重要である。しかし、こうした人々の認識は、本人の認識とかなり異なる場合があるという点に留意するべきである。したがって、これまでには自ら意思表示することができなかった知的障害者・児と直接コミュニケーションをとる方法を整備することが課題である。

自己イメージ・・・すべてのQOL関連プログラムは、個々人の自己イメージを高めるとともに、生活の個人的諸側面をコントロールする機会を拡大するようなエンパワメント志向の環境を提供することを目的としなければならない。

エンパワメント・・・QOLは、提供されるサービスおよび策定される介入に対して、サービス利用者が強いコントロール権をもつことを想定している。これを確実に実現するためには、綿密な検証によってプログラムおよび介入のコントロール権が誰にあるのかを見極める必要がある。

「合意文書」は、QOLの指標には客観的指標と主観的指標があると結論づけている。客観的指標は信頼性の高い観察が可能であり、たとえば、物質的達成度、人間の慣習の安定性[stability of human institutions]、社会的つながり (social connections)、人生における機会(life opportunities)などを測定することが出来る。こうした指標は定量的調査によって測定することが出来る。主観的指標は、個人の視点から把握、評価されたQOLをそのまま測定するとともに、個人がその人ならではの環境で生活する中で評価するようになった特定の側面を明らかにする。主観的指標は、定性的調査によって決定される。

本調査が試みているのは、CBRプログラムが行われた結果として障害者自身が体験したQOLの向上を考察することである。したがって本調査は、定性的、主観的指標に的を絞っている。データの分析および構造化の指針として、「IASSID合意文書」で示されたフレームワークを用いた。

情緒的ウェル・ビーイングおよび人間的成長

本調査では、これら2つのQOL領域を、障害者は以下のように表現、定義した。

自尊心・・・これには、情緒的ウェル・ビーイング、価値観、および人間的成長に対する認識が関係している。

エンパワメントおよび影響力・・・これには、個人的な状況に対する影響力とコントロール権、ならびに自らの権利を主張したり他者を支援したりする際に感じる自信のレベルに対する認識が関係している。

社会へのインクルージョンおよび人間関係

本調査では、これら2つのQOL領域を、障害者は以下のように表現、定義した。

社会へのインクルージョン・・・これには、社会への帰属と受容、諸関係の質と量、ならびにコミュニケーションに対する認識が関係している。

自己決定および物質的ウェル・ビーイング

本調査では、これら2つのQOL領域を、障害者は以下のように表現、定義した。

自立・・・これには、個人としての独立、ならびに自分自身と家族の生活維持に実践的、経済的に貢献出来る能力に対する認識が関係している。

身体的ウェル・ビーイング

本調査では、このQOL領域を、障害者は以下のように表現、定義した。

身体的ウェル・ビーイング・・・これには、身体の健康、ならびに医療、リハビリテーション、支援サービスへの満足度に対する認識が関係している。

権利

本調査では、このQOL領域を、障害者は以下のように表現、定義した。

社会への信頼と信用・・・これには、社会が障害者の人権に対して負っている責務を果たす熱意のレベルに対する認識が関係している。

「基準規則」を用いてCBRプログラムを分析する

「国連基準規則」では、障害者の機会均等と完全参加を促進するために各国が対処すべき分野が多数挙げられている。「基準規則」は、障害者のQOLに変革をもたらすための必須条件を多岐にわたって網羅していることから、「基準規則」を効果的に用いることによって、障害者の人権に関する政府(およびCBRプログラム)のプログラムの立案およびモニタリングを行うことが出来るだろう。しかし、「基準規則」遵守の度合いを定量的または定性的に評価するための一般的な方法論は未だ確立されていない。これまでに、各国の「国連基準規則」遵守状況を評価するものとして、主として3件の調査が行われている。

  • 国連特別報告者が行った調査で、「基準規則」の全般的な実施状況を考察している。全国連加盟国の政府およびDPOに対するアンケートが行われた。
  • WHOが国連特別報告者と共同で1999年に行った調査。全WHO加盟国政府およびWHO加盟国において障害分野で活動している600のNGOに対してアンケートを送付する方法がとられた。「障害者の機会均等化に関する基準規則」の22の規則のうち、以下の4規則に関する問題に焦点を絞った内容となっている:規則2「医療」、規則3「リハビリテーション」、規則4「支援サービス」、規則19「職員研修」。
  • デンマーク障害者団体協議会(DSI)が1995~1997年に行った調査。150カ国600のDPOに対するアンケートに基づき、指数が作成された。DPOは、各規則に関する自国政府の実績を1~6で段階評価するよう要請された。

これら3件の調査はいずれも、個々の規則に関する多くの質問項目に対して政府当局およびDPOから寄せられた主観的な回答が基礎となっている。これらの調査は、現在進行中の社会、人権面のプロセスがもたらす効果のモニタリングを行うための基礎として利用することが出来るだろう。

また、本調査の結果をさらに幅広い文脈で議論するためにも役立つと思われる。

「基準規則」は障害者のQOL向上のための前提条件を多岐にわたって網羅していることから、CBRプログラムのさまざまな取り組みの有益度に関するインタビュー対象者の考えを考察、整理する際の参考手引きとして利用された。「基準規則」の以下の規則群については、調査対象となったCBRプログラムが特に力を入れて取り組んでいた分野であったことから、具体的な言及がなされた。

意識向上・・・これには、偏見の除去、さまざまな障害に関する知識の増進、ならびにインクルーシブな社会環境の構築を目的としたあらゆる施策が含まれる。

医療・・・これには、早期介入および治療へのアクセスが含まれる。

リハビリテーションおよび支援サービス・・・これには、障害者が身体的、感覚的、知的、社会的な面で最適なレベルに到達することを可能にするとともに、機能的な制限による喪失もしくは欠如を補う道具、サービスおよび補助具を提供するための施策が含まれる。

教育・・・これには、基礎教育および識字能力へのアクセスが含まれる。

所得保障および社会保障・・・これには、雇用、職業訓練、ならびに融資制度が含まれる。

政府およびコミュニティのコミットメント・・・これには、政府当局およびコミュニティが障害者に対して果たすべき責務を遂行するための施策が含まれる。たとえば、責任の認識、政策および計画の採用、法律、リソース配分、調整および研修、その他である。

DPOへの支援・・・これには、障害者が自ら自助グループや権利擁護グループを結成するためのエンパワメント、こうした組織が広くは開発問題、とりわけ障害問題にかかわっていけるようにするための能力開発、ならびにこうした組織が重要な関係者であるという認識が含まれる。

また、ここに掲げた規則群には、前述した1997年のESCAP文書「CBRを理解する」の中でCBRプログラムにとって不可欠であると確認された大半の構成要素および部門も反映されている。