第1部 CBR
地域に根ざしたリハビリテーション~私たちの体験から~ 障害者の声
調査方法の検討
本調査は多くのステップおよび調査方法の検討を必要とするプロセスであった。詳細は後述するが、以下のような点が含まれる:調査対象となるCBRプログラムの選定、調査研究および過去の評価の検討、データ収集方法の選択、インタビュー対象者の選定、知識を深めるための調査グループの活用、インタビューの計画、ならびにデータの分析である。最後に、調査の限界についても考察する。
調査対象となるCBRプログラムの選定
本調査の対象として適切なプログラムの選定の基礎とするため、現行のCBRプログラム、調査および評価を網羅したリストが、ウプサラ大学(Uppsala University)によって作成された 8 。適切なプログラムの選定基準は以下のとおりである。
- 地理的に多様な地域が選ばれるべきである。
- さまざまなアプローチが示されるべきである(たとえば、NGOによる運営、政府による運営など)
- CBRの複数の部門が示されるべきである(たとえば、教育、リハビリテーション、所得創出、その他)
- さまざまな障害種別が示されるべきである。
- 子どもと大人の双方が示されるべきである。
- プログラムはジェンダーの視点を備えているべきである。
- プログラムにはDPO、親および障害者本人の参加が含まれるべきである。
- プログラムはSHIAおよびWHOに十分把握されており、アクセスが容易であるべきである。
本調査の対象国として選定されたのは、ガーナ、ガイアナおよびネパールの3ヶ国である。これら3ヶ国が選定されたのは、選定基準を満たしているからである。特に、CBRに対する異なるアプローチが示されている。
- ガーナのCBRプログラムは国のプログラムであり、政府主導で運営は社会福祉省である。当初より、国連機関および北欧のDPOが支援を行ってきた。近年、全国規模および地域のDPOへの支援および設立が、CBRプログラムの重要な役割となっている。ガーナでは、政府の取り組みと並行して、視覚障害者協会(the Association of the Blind)が独自のCBRプロジェクトを実施している。
- ガイアナでは、特にCBRを目的として設立されたNGOによって、CBRの概念が導入された。障害児とその親が、CBRプログラムの主なターゲット・グループである。
- ネパールでは、SHIAおよび女性児童社会福祉省(the Nepalese Ministry of Women, Children and Social Welfare)の支援を受けた全国規模のDPOの一つが実施するプロジェクトとして、CBRは主導され、運営されている。以前に行われていたプログラムがSHIAおよびスウェーデンろう者協会(the Swedish Association of the Deaf)の支援を受けていたこともあり、手話訓練はこのCBRプログラムの重要な役割となっている。このほかにも、いくつかのCBRプログラムがある ― そのすべてが異なるNGOによって実施されている。あるNGOは、ネパールに全国CBR研修センター(National CBR Training Centre)を設立するまでになった。
調査研究および過去の評価の検証
証拠の収集、QOLの測定、ならびにCBRプログラムのさまざまな取り組みの有益度の評価に効果的な手法を発見するため、膨大な机上調査が行われた。
- 障害者自身からみたCBRのインパクトに関する過去の評価
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11 から得られた情報の研究。
- ガーナ、ガイアナおよびネパールの3つのCBRプログラムの年次報告およびモニタリング報告の研究。
- 1999年にWHOが国連特別報告者と共同で、全WHO加盟国政府およびWHO加盟国において障害分野で活動している600のNGOに対してアンケートを送付することによって得られたデータの研究。「障害者の機会均等化に関する基準規則」の22の規則のうち、以下の4規則に関する問題に焦点を絞った内容となっている:規則2「医療」、規則3「リハビリテーション」、規則4「支援サービス」、規則19「職員研修」。
- 定性的調査において参加型調査アプローチ(PRA)法を用いた事例の研究(後述参照)。
- 「生活の質(QOL)」に関する研究および文献の研究。これによって、証拠を体系化するために採用可能なカテゴリーを構築する(12ページに示したとおり)。
- CBRプログラムの取り組みを体系化するために採用可能なフレームワークの研究。たとえば、「基準規則」やCBR評価ガイドラインなどである。
データ収集方法の選択
生活や生活状況の変化にCBRがもたらすインパクトを障害者とその家族がどのように認識しているのかを判定するためには、当事者が調査に積極的に参加する方法を見出すことが必要であった。最良の選択肢としてPRAモデルが選択された。その理由は以下のとおりである。
- 参加型調査は、対話の場で研究者と参加者を一つにまとめ、そこで両者の知識と認識が深まる
12 。これは関係者全員の学びのプロセスであり、一部の人々が他の人々に関する情報を蓄積するためのプロセスではない。調査のプロセスにおいて、地域住民と専門の研究者は対等な立場にある ― 両者は研究者であると同時に学習者でもある
13 。
- 参加型調査においては、参加者はすべて、共同研究者であると同時に研究対象者でもある。したがって、共同調査は教育、人間的成長、社会的行為の一形態でもある
14 。参加型調査は、具体的な問題に対処するための行動を通して調査プロセス(社会調査)を教育的働きに統合するという3面的活動である
15 。
- 参加型調査の目標は、集められた情報から政治的もしくは社会的変革を引き出すことである。このプロセスで得られた知識は、社会変革に向けた行動に直ちに転換することが出来る。問題の定義づけ、情報収集、ならびに情報から生じうる行動に関する決定のプロセスを、地域住民がコントロールする。
PRAの方法論に基づき、本調査は以下のように実施された。
調査は2000年にガーナおよびガイアナで、2001年にネパールで行われた。SHIAとWHOの代表者が、「CBRのインパクト・アセスメント(Impact assessment of CBR)」と題されたプロジェクトを、各国の省庁、国際NGO、DPOに紹介した。この導入部分を経て、各国3つのコミュニティでアセスメントが実施された。コミュニティの選定は、地理的、人口統計学的にさまざまな様相を示すよう、各CBRプログラムの運営者によって行われた。
各コミュニティで、CBRプログラムにかかわっている障害者(場合によってはその親も)が調査への参加を要請された。参加者は、まず研究者を交えた調査グループとして集まり、調査の目的および計画について議論し、共通理解を深め、同意した。その後、SHIA/WHOの研究者が参加者一人ひとりと面接し、掘り下げたインタビューを行った。研究者は、コミュニティを去る前に調査グループと再び会合をもち、調査結果の総括と議論、新たなコメントの提示と反省を行い、互いに学びあった。その結果、明らかとなったいくつかの問題を解決するために行動を起こすことを決めた調査グループもあった。
インタビュー対象者の選定
詳細なインタビューは、33名に対して行われた。うち12名が親、7名が男性障害者、14名が女性障害者であった。全員が3年以上CBRプログラムにかかわっていた。これら33名の障害種別は、肢体不自由者16名、聴覚障害者またはろう者8名、知的障害者6名、視覚障害者3名である 16 。親がインタビューを受けた場合、子どもも同席し、少数の例では進んで発言もした。しかし、求められたのは主として親の見解であり、子ども自身の見解を把握するためには、補足的な調査が必要であろう。
インタビュー対象者の選定は、CBRプログラムの地元スタッフによって行われた。選ばれた対象者はCBRプログラムに対して肯定的な考えをもっていると思われる人々であると想定出来る。本調査が試みているのは、QOLがいかに変化したか、また、そうした変化をもたらすものとして、どのような取り組みがもっとも有益かを明らかにすることであるため、成功事例をスターティング・ポイントとすることは不可欠であった。したがって、インタビュー対象者の選定にプラスのバイアスがあることは、問題とはならなかった。
これら33名の意見は、障害者全体の状況をどの程度代表しているのだろうか? 3つのCBRプログラムに関してこれまでに行われた評価から得られる結論は、CBRプログラムの利益を享受している障害者の数は依然として少ないということである。プログラムが実施されたコミュニティは、ガーナのように政府の支援を得たプログラムであっても、数が限られている。CBRプログラムの実施対象となったコミュニティであっても、そこでは多くの障害者が発見されず、ターゲットにもなっていない。ネパールでの評価によれば、いくつかのコミュニティでは、対象となった障害者は40%に満たないことが明らかになっている。このように接触が限られている理由は未だ十分に把握されていないが、重度・複合障害者は「困難を極める」と見なされる場合が多い。もう一つの理由は、熱意の欠如、もしくは外観や社会経済的地位を原因とする差別にあると思われる。
このように、33名のインタビュー対象者は、調査対象国の障害者全体を代表するものではない。しかし、彼らが語った成功および失望の体験談は非常に似通っているため、私たちはそこから、さまざまな種別の障害者のQOLにCBRが与えるインパクトをより深く理解するとともに、CBRプログラムの中でどの取り組みがもっとも成果をあげているかについて何らかのヒントを得ることが出来る。
知識を深めるための調査グループの活用
個別インタビューに加えて、各国3つのコミュニティすべてにおいて調査グループ ― 計9グループが編成された。調査グループは、個別インタビュー対象者、コミュニティの他の障害者、家族、DPOの地域代表者で構成された。これら調査グループに対するグループインタビューは、SHIA/WHOの研究者がコミュニティに到着した後に1回、コミュニティを離れる前に1回と、計2回実施された。ガーナでは、全国規模のDPOとのグループインタビューも3回行われた。
1回目のインタビューでは、調査の概要ならびに自由回答式インタビューの指針についての議論が行われた。参加者は、地域のCBRプログラム、自身の体験、価値観に関する文化的、社会的知識ついて、情報を提供した。2回目のインタビューは協力関係構築の場となり、参加者は新たなテーマや問題点を提起した。グループインタビューでは、さらに80名の障害者と親が対象となり、意見が記録された。
インタビューの構成
インタビューはテープ録音され、文字に起こされた。自由回答式インタビューの指針が用いられ、その中には以下の分野に関する質問が含まれている:
- CBRの結果として、あなたの生活はどのように変化しましたか?
- CBRがコミュニティにもたらした変化の中でもっとも重要なものは何ですか?
- CBRによって、あなたは保健サービス、リハビリテーション、補助具、補助機器にアクセスしやすくなりましたか?
- CBRはあなたの教育の向上に役立ちましたか? それはどのようにですか?
- CBRはあなたの自己信頼・自立および所得創出に役立ちましたか? それはどのようにですか?
- CBRの結果として、あなたのコミュニケーション能力や家族・コミュニティへの個人的参加は向上しましたか?
- あなたは政府の政策立案や計画に影響を与えることができましたか?
- CBRはDPOの役割にどのような影響を及ぼしましたか?
- あなたは将来についてどのように考えていますか?
インタビューは1~2時間の話し合いという形で実施され、グループインタビューは2時間を超えることも少なくなかった。合計約150時間に及ぶインタビューのテープ録音が、データとして分析された。研究者とインタビュー対象者とのやりとりを通訳するため、外部の通訳者が雇われた。ろう者のインタビューには手話通訳者が雇われたが、うち2人のケースでは、使用している手話が独自のものであったため、例外的に母親と夫が通訳した。
個別インタビューはすべてインタビュー対象者の家で行われ、研究者は対象者の家庭や学校、その他の場所での何らかの日常的活動に参加した。
データを分析する
個人およびグループの発言は文字に起こされ、以下の点にしたがって分類された。
- インタビュー対象者が言及したQOL領域
- インタビュー対象者が言及した特定のタイプのCBRの取り組み
発言は本調査の証拠として用いられるとともに、障害者とその親からみたCBRプログラムのインパクトに関する結論を導き出すための基礎となっている。3ヶ国すべてのコミュニティから得られた発言が同じ証拠を示している場合は、特定のQOL領域への影響に関して、また、さまざまなCBRプログラムの取り組みがもたらすインパクトに関して、結論が導き出された。少数のケースながら、発言が異なる意見を証拠として示している場合には、その点が結論に反映された。
本調査の結論の正当性を確認するため、過去の評価において障害者の認識として報告された調査結果との比較が行われた。過去の調査結果は非常に似通っていたため、こうした比較を行うことによって本調査の結論はさらに補強された。
調査の限界
本調査は試験的調査としての性質をもっており、CBRプログラムのインパクトに関する障害者の認識の評価を目的としているため、定性的調査法を採用することが決定された。定性的調査の特性を考えると、調査結果を大雑把に一般化することは厳に慎まねばならない。しかし、CBRプログラムの背景や組織が異なっているにもかかわらず、また、政治的、文化的背景が異なっているにもかかわらず、インタビュー対象者から得られた回答がかなりの共通点を示していることから、一般的な結論を導き出すことはやはり可能であろう。
本調査の限界としては、以下の点が挙げられる。
- 外国人が訪問先のコミュニティで、インタビュー対象者との間に信頼関係を築くことが困難であること。このことは、真実性を欠いた回答につながった可能性がある。しかし一方で、インタビューの多くは、おおらかさや忌憚のなさが垣間見られる。インタビュー対象者の中には、研究者を活用してCBRプログラムの指揮に批判的なメッセージを送った例さえあった。
- PRA調査においては、自分の感情、考え方、提案によってインタビュー対象者に影響を与えないことが困難であること。
- 地元の言語との翻訳の正確性を証明することが困難であること。
- 現在のところ、結論の妥当性を実証する確認調査は行われていない。当初の計画では、調査グループでフィードバック討論を行うとともに、より多くの障害者およびCBRプログラムの参加を得て補足的な定量的調査を実施することになっていた。しかし、研究者の健康上の問題が深刻であったことから、この部分は調査から除外された。
- Jennische B, List of existing CBR programmes, studies and evaluations. Uppsala University, 2000 (本稿の「付録」参照)。
- Krefting L, Krefting D, Evaluation report NDA/NHR/SHIA CBR program in Nepal, December 1998.
- O'Toole B, Participatory evaluation, Ghana community-based rehabilitation program. Government of Ghana/NAD/SHIA/UNDP, April 1996.
- Miles J, Pierre L, Offering hope, an evaluation of the Guyana CBR program. AIFO, July 1994.
- Brown LD, Organizing participatory research: interfaces for joint inquiry and organizational change. Journal of Occupational Behaviour, 1983.
- Couto R, Participatory research. Methodology and Critique, Clinical Sociological Review, 1987.
- Reason P, Human inquiry in action. Thousand Oaks, CA: Sage Publications, 1988.
- Hall B, Research, commitment and action: the role of participatory research. International Review of Education, 1984.
- 本調査では、聴覚障害とろうとの区別をしていない。補聴器は入手困難な場合が多いため、聴覚障害者とろう者は、コミュニケーション技術、社会的技能、学力を身につけるために手話環境が必要であるという点で、一致したニーズを表明している。