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第2章 インクルーシブ教育:それは何を意味するのか?

本報告書の作成に当たり、私たちはインクルーシブ教育の定義の有用性について議論した。インクルーシブ教育の理想像がどのようなものかを説明する必要があると主張する者もあれば、実生活においてインクルーシブ教育の実例があったとしても、私たちが掲げる理想に沿う例はごくわずかしかないため、人々が経験する現実からはるかにかけ離れたイメージを提示してしまう可能性があり、結果的に本来の目的を果たせなくなってしまうと主張する者もあった。

私たちが収集したカントリープロフィールからは、世界各国の政府が、インクルーシブ教育という概念に多種多様な意味を持たせていることが明らかになった。1つの国の中でも、インクルーシブ教育が意味するものの理解が、州や市、あるいは学校によっても異なる可能性がある。本報告書では、インクルーシブ教育は以下の両方を意味するものとする。

  • すべての子どもたちを受け入れ、すべての子どもたちに効果的にサービスを提供する教育制度への、ハイレベルのパラダイムシフトの構想
  • 障害のある生徒が、障害のない兄弟姉妹および同級生とともに、成功するために必要な支援を受けながら、普通学校および普通学級に参加できるようにする、明確な義務付け

UNESCOは2006年にインクルーシブ教育について以下のように記している。

「学習、文化および地域社会におけるインクルーシブな実践、教育における排除と教育からの排除の軽減により、すべての学習者の多様なニーズに注目し、かつそれに対応していくプロセス。これには、通学適齢期のすべての子どもを対象とした共通のビジョンと、すべての子どもを教育することは、普通教育制度の責務であるという確信をもって、教育内容、教育方法、組織体制および戦略を変革し修正していくことが伴う。」(2006年UNESCO)

サラマンカの枠組みでは、特別な教育的ニーズのある子どもたちを、個々の学習者のニーズに対応することにより普通教育に受け入れる戦略として、インクルーシブ教育に重点的に取り組んでいる。

「インクルーシブ教育」は、特別な教育的ニーズのある児童・青年を、大多数の児童を対象とした教育制度に受け入れることを意味している。(中略)インクルーシブな学校は、生徒の学習スタイルと学習速度の違いに配慮し、適切なカリキュラム、組織体制、教育戦略、リソースの活用および地域社会との連携により、すべての人に質の高い教育を保障しながら、生徒の多様なニーズを認め、これに対応しなければならない。(UNESCO-サラマンカ宣言 1994年)

インクルーシブ教育に関するこれらの記述は、障害児のニーズを明らかにする上で役立った。この結果、多くの国で、普通教育制度の中で障害児を支援する革新的かつ進歩的な取り組みが多数実施されることとなった。

しかし、このような動きに影を落としている政策もある。そこでは「インクルーシブ教育」から単に障害児に教育を施すことへと焦点が移され、「インクルージョン」という要素は二の次で、障害のある生徒への教育が、分離特殊教育プログラムとして実施され続けている。これらのイニシアティブの中には、それまで排除されていた子どもたちの一部が教育を受けられるようになり、役に立ったものもあったが、サラマンカ宣言の構想とは必要以上に食い違っており、場合によってはそれをひどく損なうものであった。

たとえば、UNESCOの質の高い教育に関する「万人のための教育」グローバルモニタリングレポート(GMR)(2005年)では、教育から排除される危険がもっとも高い人々に注目することを試みた。

「多くの学習者が直面するさまざまな不都合を無視した画一的な改革モデルは失敗するであろう。HIV/AIDSにかかっている人々、非常事態にある人々、障害者および児童労働者に対する教育的アプローチへの支援を強化しなければならない。」

多くの教育制度ではこれを、不利な立場にあるグループのそれぞれに別々の解決策が必要であるという意味に解釈した。ここでは、真の課題は既存の学校制度をインクルーシブにすることであり、またそれによって子どもたちの多種多様なニーズに対応できるようにすることであるとは明記されていない。

もう1つの残念な事実として、学校からの排除を解決しようとする数多くの善意の取り組みにおいて、障害児に対する配慮が非常に軽視されてきたことがあげられる(例『不就学児童:初等教育からの排除を評価する(Children-Out-of-School: Measuring Exclusion from Primary Education)』UNICEF/UNESCO統計研究所2005年)。また、教育制度における「インクルーシブ教育」の原則の開発と促進というニーズへの取り組みもなかった。具体的な例として、2008年UNESCO国際教育会議「インクルーシブ教育:未来への道」があげられる。この会議の背景説明資料はサラマンカモデルに基づいていた。しかし、全体会議では障害への言及はほとんどなく、このテーマは2、3の同時セッションにゆだねられたが、そこでもほとんどの会議参加者に注目されることはなかった。

インクルーシブな学校、効果的な学校

障害のある生徒のためのインクルーシブ教育の実現に使用される戦略は、学校改善の取り組み全般と明確に関連している。同じ戦略が、さまざまな学習困難を抱える子どもたちに利益をもたらすと同時に、学級内のすべての子どもたちに対する教育の質を高めることもできるからだ。インクルージョンを成功させるために必要な条件は、学校全体の改善と、すべての子どもたちのハイレベルな成績にも貢献するということは、広く認められている。インクルーシブ教育のモデルと実践にはさまざまな種類がある。次第に多様化する児童・生徒のニーズに合わせて、これらの実践の利用も増えている。

最終的に私たちは、インクルーシブ教育の意味を説明することは、インクルージョンに向けた進展の指標を設定する手段として有用であると結論づけた。体験談を語ってくれた家族は、私たちが直面している課題は、もはや政府にインクルーシブ教育が正しい行動であると受け入れてもらうことではなく、むしろインクルーシブ教育とはどうあるべきかについて合意してもらうことであると述べた。

新たに採択された障害者の権利条約の第24条について検討している本報告書の第7章では、この発言の根拠が示されている。障害者の権利条約は、インクルージョンを権利として保障しており、さらに、障害のある生徒が必要とする個別支援を受ける権利も保障している。

インクルーシブ教育に関して私たちが耳にした批判の多くは、学校がこれらの基準を1つしか満たしていないことから発していた。それは、障害児が健常児とともに教育されるか、あるいは、個別支援を受けるかのいずれかで、この2つが同時に満たされていることはない場合が多かった。

現在、障害者とその家族の国際的な組織の間では、インクルーシブ教育の定義に関して何の合意もない。「インクルーシブ教育」という言葉は、それを障害者に必要な個別支援を否定する脅威と見る一部の支援者によって、しばしば「危険信号」と見なされている。これは、特に盲者、ろう者および盲ろう者の問題であり、彼らの多くは分離学級・分離学校で集団学習する機会を望んでいる。一方IIの会員の間では、そもそも個別のニーズに集団の場でもっとも適切に対応できるものなのかという議論もある。いずれにせよ、個別支援をインクルーシブな場で提供することは可能であり、多くの地域ではそれが実際に行われていることを明らかにすることが重要である。

障害者の権利条約の協議に参加した障害者団体は、インクルーシブ教育は普通教育制度の一部であり、個別のニーズに対応するが、盲、ろうである生徒、あるいは盲ろうの生徒の場合、また一部の難聴障害のある生徒については、ときには集団で教育を受けることもあることを意味するとの合意に達した。

障害者インターナショナル(DPI)の指針では、ろう、盲の生徒、あるいは盲ろうの生徒が、分離教育を受ける可能性を認めている。世界盲人連合(WBU)の指針では、分離学校を1つの選択肢とすることを要求している。世界ろう連盟(WFD)の指針では、「同級生および教員との有意義なかかわりが常時あるわけではなく、単に普通学校に籍を置くだけのインクルージョンは、排除に等しい」と述べている。

国際育成会連盟は、障害者の権利条約の文言が私たちの立場と一致していると解釈する。それは、すべての障害児には、インクルーシブな選択肢を選択できる権利があるとする立場である。第5章の事例に見られるように、教育制度においてこれは、生徒の障害の有無に関係なく、基本的には常に障害のない同級生のいる通常学級に、進んで生徒を受け入れ、必要な支援を提供できるようにしなければならないということである。

障害者の権利条約は分離学級や分離学校の提供を「違法」とはしていないということで私たちは同意しているが、そのような選択肢は好ましくなく、また世界の大半においては経済的に実行不可能であると信じている。現在就学していない膨大な人数の障害のある児童・青年のことを考えれば、彼らを教育するために分離教育制度を構築することは経済的に不可能であると私たちは確信している。唯一実現可能な解決策は、彼らについては普通学校に参加させ、学校についてはすべての生徒のニーズに対応できるよう設計し、運営することである。

インクルージョン・インターナショナルのインクルーシブ教育に関する指針
2006年11月採択

障害者権利条約では、完全参加の目標を促進し、すべての児童が必要な支援を受けながら普通学校に通う権利を保障している。

インクルーシブ教育では、学校がすべての特別なニーズを満たす適応措置を講じて、すべての生徒を受け入られるように、学校に対する支援を提供しなければならない。

インクルージョン・インターナショナルは、効果的なインクルーシブ教育には、以下の原則を尊重する普通学校制度が必要であると考えている。

  • 非差別
  • アクセシビリティ
  • 学習および指導への柔軟かつ代替的なアプローチによる、特別なニーズに対する配慮
  • 均等な水準
  • 参加
  • 障害関連のニーズを満たすための支援
  • 就労対策

障害者インターナショナルのインクルージョン教育に関するポジションペーパー

DPIは、多数の国で障害者の生活に好ましい変化をもたらしてきたインクルーシブ教育政策の実施に勇気づけられている。

DPIは、インクルーシブな社会の実現を望むならば、このようなインクルージョンが障害児と健常児の両方に利益をもたらすことができるように、障害児をできるだけ早い機会に学校に統合することが不可欠であると認識している。障害者教育では、以下を確保しなければならない。

  • 「別の」学校での分離教育をしないこと
  • 生涯学習の原則を認めた質の高い教育
  • 各学習者がその可能性を最大限発揮できるよう、あらゆる才能を開発すること
  • 各学習者の障害に起因する個別のニーズへの配慮

DPIは、教育を受けたいと望むすべての人にとって、その能力にかかわらず、教育はアクセシブルでなければならないと信じている。障害者は、この件に関して選択の余地もなく、社会的にも教育的にも主流から隔離されてしまうのではなく、一般の児童・生徒と統合される選択肢を与えられるべきである。ろう、盲、あるいは盲ろうの生徒は、学習を容易にするために、障害別に集団で教育を受けてもよいが、その場合でも、社会のすべての局面に統合されなければならない。2005年5月19日

共同教育政策声明からの抜粋

世界盲人連合および国際視覚障害者教育協議会(ICEPVI)(2003年)は、

各国政府に以下を促す:

  1. 盲児童および青年に対する教育サービスは、盲でない児童および青年に教育サービスを提供している行政組織と同じ組織の担当とすること
  2. 統合学校、インクルーシブな学校あるいは特殊学校のプログラムに参加している視覚障害のあるすべての児童および青年とその教師が、次のような必要な機器、教材、および支援サービスを利用できるよう保障すること
    • 点字図書、大活字本、その他のアクセシブルなフォーマット
    • 視覚補助具(必要な者に対して)
  3. 特殊学校を含む幅広い教育選択肢の中での高品質および高水準な教育の提供

ろう児の教育の権利
世界ろう連盟の方針書(2007年7月)からの抜粋

WFDはろう児が「母語」として手話を完全に習得する権利と、家庭や地域社会で使用されている言語を学ぶ権利とを支持する。

聴覚障害のある学習者の完全参加とは、完全に支援的で、手話を使用する、生徒中心の環境を意味する。これにより学習者は、そのすべての教育的、社会的かつ情緒的可能性を発達させることができるようになる。

同級生および教員との有意義なかかわりが常時あるわけではなく、単に普通学校に籍を置くだけのインクルージョンは、ろうの学習者を教育および社会から排除することに等しい。

学校の課題は、障害のある生徒を受け入れ、その個別のニーズに対応し、「すべての」生徒に質の高い教育を施すことである。障害のある生徒とその家族の声を通して、本報告書では、この課題に対処する方法をいくつか提案する。

コラム

市民社会団体および地域のグループは、インクルーシブ教育に向けて努力し続けている。この一例が、児童・青年、学校および各国政府が教育におけるインクルージョンを実現するための戦略目標を明らかにしたインクルージョン・ヨーロッパのポジションペーパーである。1


1http://www.inclusion-europe.org/documents/Education_Position_Paper_final.pdf.