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高齢者の運転適性に関する研究(1)

NO.4

4 考察

 加歳による目、耳などの感覚や知覚機能および手、足、全身の運動・動作機能の衰えは外界刺激に対する応答速度の低下と誤動作の面に直截にあらわれる。とくに知覚的な注意配分性の狭隘化、記銘、把持力の蓑退と円滑、的確な判断動作の喪失により自覚的また他覚的にも青壮年期に比べると情報処理機能が低減し運転操作に支障をきたすようになってくるのである。
 人間の身体機能の加齢変化には尾部一頭部勾配の原理がはたらいていることを示唆する多くの知見が報告*3されていて、筋力の低下は脚、背、掌、指先の順にすすむと指摘されている。いわゆる「老いは足から来る』というところであろう。
 ところで自動車の運転はかならずしも筋肉活動を主体とする行動とは言えないがそうかと言って精神活動のウエイトが高い行動でもなく、その中間的な神経・感覚的負担の多い行動である。したがって運転適性の考察はこの点に着目し人間の心理・生理的メカニズムにおける知覚・認知機能と運動・動作機能のバランス、アンバランスの面からの安全性を検討することが第一義的手順となるであろう。
 本研究は横断的に被験者の反応計測値を記録しこれを集計整理して年齢グループごとの機能差を分析し、加齢変化を考察しようとするのである。したがってその差異は近似的に縦断的変化を反映した値であるとして以下に考察をすすめてゆくことにする。
 そこで第一に加齢に伴なって重複作業反応および処置判断動作にエラーがふえるということは高齢者のtask performanceが質的に低下してゆくことを示唆し、同時に67歳以上の高齢段階から速度見越反応時間が短縮と延伸の両極に分化して目標達成行動にあせりの傾向が顕著にあらわれる高齢者と、達成行動に蹟跨ないしは停滞の傾向があらわれてくる場合とがみられることが分った。
 このことは運転走行中、目的地への到着を急いでスピードをあげるに伴ない誤動作の危険度が増大しているにもかかわらず、注意配分性の狭隘化、機敏性の喪失を自覚せずに事故をひき起こす結果となりやすい場合と、もう一つは通常の走行ぺースについてゆけなくなってきているドライバーが高齢者のなかに含まれているため、いわゆる車の流れを無視したマイペースの漫然運転になってしまう場合があることを示唆している。
 この研究に使用した機器を運転適性検査機器としてバッテリーを組んで運輸事業に従事しているバス、タクシーならびにトラック乗務員の適性診断をおこない、指導助言の資料として活用している自動車事故対策センターが東京、大阪、名古屋地方の約45,000名にのぼる受診者を対象として調査した結果*4重複作業反応については図-21の年齢別構成の比率グラフが、また速度見越反応については図-22さらに処置判断については図-23のグラフの通りであることを報告、発表している。

重複作業反応の年齢別構成比の帯グラフ

図-21 重複作業反応の年齢別構成比

 換算値[1]は4,831名、[2]は7,302名、[3]は8,228名、[4]は19,359名、[5]は4,781名である。
 動作の正確さについて劣る[1][2]の多い年齢群は、70歳以上が65%、次いで60代群が53%と多い。誤反応のない群[5]は、20代群が16%と多く、次いで30代の14%である。

速度見越反応の年齢別構成比の帯グラフ

図-22 速度見越反応の年齢別構成比

換算値[1]は6,094名、[2]は18,462名、[5]は19,945名である。
 判断、動作のタイミングの劣る年齢群を換算値[1][2]でみると、尚早、準尚早及び遅延、準遅冊に相当する反応時間の多い年齢群は、70歳以上群の66%、60代の65%が顕著で、次いで40代群の56%である。

処置判断の年齢別構成比の帯グラフ

図-23 処置判断の年齢別構成比

換算値[1]は1,339名、[2]は4,176名、[3]は15,459名、[4]は9,973、[5]は13,554名である。
 動作の円滑さについての誤数の多い年齢群を[1][2]でみると、70歳以上群が36%と多く、次いで60代が21%で、若年にしたがい順次、少なくなっている。
 誤数の早計の少ない年齢群[5]をみると、20代詳が40%、次いで20歳以下が37%、30代群は36%である。

総合判定値の年齢別構成比の帯グラフ

図-24 総合判定値の年齢別構成比

 判定は「イ」は2,258名、「ロ」は3,876名、「ハ」は20,730名、「ニ」は13,002名、「ホ」は4,635名である。
 換算値[1]が2個以上の判定値の「ホ」の多い年齢は、70歳以上の35%、次いで60代群の21%、20歳以下の20%が顕著である。
 換算値[1]が1個の判定値「ニ」の多い年齢は、20歳以下の41%、次いで20代群の34%、70歳以上の31%の順である。
 換算値[2,3,4又は5]で2が1個以上の判定値「ハ」は、30代群が49%と多く、次いで40代群が48%、50代群が45%の順である。
 換算値が[3,4、又は5]で、3が2個以上の判定値「ロ」は、30代群が10%、40代及び50代群が9%である。
 換算値が[3,4、又は5]で、3我1個以下の判定値「イ」は、40代群が6%、30代及び20代群が5%である。

 いずれの判定値についても1,2の多い年齢群が70歳以上、次いで60歳代となっているのは本研究の結果と一致している。また総合判定値の年齢別構成比のグラフについても、換算値や評価の方法に多少の相違はあるものの本研究に近似する結果が得られているとみてよいであろう。
 職業運転者として加齢とともに豊かな経験者としての模範的な走行ぶりをしているであろうと想像される運輸関係のドライパーであってさえ、高齢者ほど焦燥傾向に加えて誤動作の増加がめだち始めるということは適性の自己理解にもとづく運転走行の自戒が必要な年齢段階に到達しているということの証左と考えるべきである。
 ここで仮に交通の危険度をパーセントで示し、これを縦軸にとり横軸に年齢を目盛って適性検査の結果から年齢別の交通危険度特性を示すグラフを描いて摸式的に表わすと図-25の通りとなる。

年齢別危険度曲線のグラフ

図-25 年齢別危険度曲線

 すなわち25歳ごろからドライバーは安定した運転ぶりで走行するようになって50歳の後半ないし60歳の前半までは安定した運転行動で走行するようになっているが、70歳の年齢に達すると再び危険度が大きくなりU字型カーブを示すわけで、これはIQと交通事故率との関係を示す曲線に極めて近似している点に興味深いものがある。
 ところでわれわれはSST(Six Selection Test)と呼ぶ運転遭陸検査用紙を考案して、試用研究をすすめてきた。*5.6これによって調べた結果、作業量および質の両面ともにすぐれている青年層と40歳代の中年層とのあいだで既にtask performanceの相異がみられ、図-26に示すとおり平均作業曲線で5字ほどの差があることが分った。また質的側面の指標となる総誤脱数についても図-27の(b)に示すとおり加齢に伴なってエラーの増大が明瞭にあらわれてくることが分るのである。

年代別平均作業曲線のグラフ

図-26 年代別平均作業曲線

年齢とSSTの関係のグラフ

図-27 年齢とSSTの関係

 このように単純な作業課題の遂行過程においてでさえも明らかな加齢影響をみることができるわけで、素朴な作業心理学的適性概念から考察するなら、これまでの3種目の適性検査バッテリーから運転適性を判定し、これにもとづいて安全指導、助言の資料とすることは説得力があると判断してよいのかもしれない。
 しかし、高齢化社会と併進しつつあるモータリゼーション社会における生活能力、とくにハンディキャップの視点から高齢者の人格特性を含む論議をすすめなけれぱ、重要な問題点を見失うことになりかねないであろう。
 したがって近い将来における次の研究課題としては、この問題をとりあげて検討することを考えている。
 さてつぎに加齢と運転の関係から高齢者にとって問題となることは、薄明、薄暮時における歩行者第の動静不注意や作号、標識の見おとし、見逃しなどによる交通事故を惹きおこしやすい視覚機能の問題がある。
 高齢者の夜間における運転走行はとくに危険度が高くなると言われるが、たとえば対向者のヘッドライトによる眩惑からの回復力のおくれや動体速度の認知不良などの視機能の低下は安全運転を妨げる要因となることは説明する迄もないことである。
 この点を検討した鈴村(1983*7)は、65歳以上を危険度の限界年齢としているが、なお運転は可能であるという意味から要注意年齢と呼び上限年齢を72歳と推定している。
 こうした身体機能の衰えをカバーする方法としては適切な眼鏡の使用、車のパックミラーとりつけ位置を工夫してより見やすい状態を補強すること、あるいは走行環境たとえば道路の安全施設設備の物理的条件を改善して明るく見やすい状態にするというような対策を実行することによってかなり効果が期待されるであろう。
 これまでの考察により心身機能の面から高齢者の運転適性はかなり低劣化して安全性が失われているかの如き印象を与えがちであったけれども、そうしたネガティブな考えかたは否定すべきであることをここで力説しておきたい。
 むしろ年齢の面からみると過去数年ないし20年ほど前から現在までの交通事故は30歳以下の年齢層のドライバーに問題が多いのであって、その意味では将来をも含んで高齢運転者はむしろ優良運転者の範躊に含まれると考えてよいであろう。
 昨年筆者は9月に開催された第9回国際人間工学会に運転適性と安全カウセリングをめぐるシンポジウムのメンバーとして出席参加した時、南カリフォルニア大学のM.H.Jones教授がかなり多数の高齢運転者の長期にわたる衝突事故を調査したデータをまとめた図-28にもとづき、「アメリカでは従来から高齢ドライバーの交通安全性が低いという通説ないしは偏見があるけれども、
 (1)若年ドライバーに比べると衝突事故は極端に少ない。
 (2)ハイウェイ問題の大部分は30歳以下の男性ドライバーにある。
 という2点から高齢者の運転に否定的な見解は誤りであ*8」と強調していたのが、いまなお鮮明な記憶として残っていることを記して考察を終えることにしたい。

出生年代の違う男性ドライパーの衝突事故調べの折れ線グラフ

図-28 出生年代の違う男性ドライパーの衝突事故調べ

*3 西村 純一、起位の安定域の加齢変化、雇用職業研究所紀要、No22

*4 適性診断研究開発室編著、昭和59年、運送事業用
   自動車運転者の年齢と適性の変化について、自動車事故対策センター研究報告書No5

*5 森二三男、田中正雄、昭54、パフォーマンス・テストによる遺性判定について、第15回交通科学研究協議会資料。

*6 森二三男、田中正雄、昭59,SST型パフォーマンス・テストに関する研究、北海道自動拡短期大学研究紀要、第11号。

*7 鈴村昭弘ほか、1983、高齢者の運転行動と安全対策、IATSS Review,Vol.9,No5。

*8 M.H.Jones ann R.C.peck,1985,Are the elderly poor drivers?
Ergonomics International 85, 301から303.


主題・副題:
高齢者の運転適性に関する研究(1) 101~106頁

著者名:
森 二三男

掲載雑誌名:
高齢者問題研究

発行者・出版社:
北海道高齢者問題研究協会

巻数・頁数:
No.2巻 93~107頁

発行月日:
西暦 1986年 3月

登録する文献の種類:
(1)研究論文(雑誌掲載)

情報の分野:
(1)社会福祉

キーワード:

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