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高齢者の運転適性に関する研究(2)

NO.5

4 考察

 高齢ドライバーに対する運転ぶりの調査結果を考察すると、運転態度の基底となる性格やパーソナリティが加齢とともにどのように変容するかが明らかになっていればよいわけであるが、この予測は極めて困難なことで、ほとんど研究調査がすすめられていない。
 古くから年寄りの頑固さとか、涙もろさなどと言うように、若い時の性癖が尖鋭化する人、あるいは、角がとれて円熟する人など様々な人がいると言われてきた。しかし、これらは永年にわたる人生経験からの主観的意見や客観的観察を織り込んだ生活の知恵とも言うべき範囲内のことで、この問題を本格的に心理学的な立場から追求した知見は極めて少ないのである。
 性格特性の面から運転ぶりと交通事故との関連を取りあげた自動車事故対策センターの深沢伸幸(1986)の最近の調査研究は注目に値するものである。彼は333名の職業運転者(うち無事故ドライバー群134名、事故ドライバー群89名)を調査対象として選びだし、彼等に自分自身の性格を自己評価させ、あわせて所属事業所の運行管理者に同じく彼等の性格を評価してもらって、その結果を集計・整理し、図8の通りのグラフとなったことを報告している。

管理者評価、自己評価の一覧のグラフ

図8 管理者評価、自己評価の一覧

すなわち、自己評価では無事故ドライバーは「お人よし、心配性、神経質、注意深い、陽気」の5項目が上位5番目までの自己イメージで、事故者グループでは「お人よし、すなお、陽気、神経質、心配性」となっている。
 また、管理者の無事故ドライバーに対するイメージは「協調性がある、お人よし、自分を抑えられる、慎重、すなお」であるが、事故ドライバーに対しては「自分本位、うっかりしやすい、お人よし、協調性がある、興奮しやすい」となっている。
 したがって、無事故ドライバーは自分自身の性格面についての長所、短所を客観的に評価しているが、事故ドラィバーの多くは長所を強く意識して強調するが、欠点や短所についての意識が少ないと言うことができよう。
 また、管理者からみて、事故ドライバー群は一般的に自分本位、情緒不安定」、衝動的で興奮しやすいが、無事故ドライバー群は自分を抑えて、慎重、注意深く、き帳面と自己抑制的な特性が強調されていた。
 以上を要約すると、一般的に高齢ドライバーの運転ぶりは、好意的な言い方をすれば慎重、その裏をかえして表現するならば躊躇(ためらい)すなわち「ぐずぐず運転」ということで、これは加齢に伴なって自我の働きが萎縮し、統合力が弱まってくるためと考えられ、精神健康mental health感の低下ということと深くつながっている。
 したがって、高齢者と一口に言っても、個々人の余命すなわち心身構造の内質の充実と空洞化のレベルとも深く関連しあっている問題であると判断される。
 それでは、この高齢ドライバーの「ぐずぐず運転」あるいは躊躇運転の原因となるのはどのようなものであると考えられるであろうか。我々は前回の報告で高齢ドライバーの重複作業反応、速度見越反応、および、追従動作反応(処置判断動作)を計測記録して、分析検討した結果、①67歳を一つの区切りとして、環境刺激に対する反応や動作の誤りが加齢によって増加し、task performanceの質が低下する傾向が顕著に示されたこと、②重複作業課題を与えた時の選択反応時間は70歳以上の高齢者で遅延する傾向がみられたこと、③加齢によって速度見越反応時間は短縮するが、70歳以上になると逆に著しく遅延ないしは停滞反応を示す者もみられ、両極に分化する傾向がうかがわれたこと、などの結果を得た(森、1986)。
 今回の調査結果を前回の結論とを比較してみると、前回の結論の中の①の「67歳を一つの区切りとして」あるいは②の「70歳以上の高齢者で遅延する傾向」ということは、今回の調査した安全運転態度や危険感受性の結果から明らかにされた70歳以上群で換算値1の比率が増加するということにも認められることである。また、③の「速度見越反応は70歳以上になると……両極に分化する」という両極化傾向も今回の研究において示されている。しかし、こうした単一の指標ではなく、これらを組み合わせた安全運転態度と危険感受性の関係を見ると、必ずしも70歳以上の高齢者の方が60歳代の高齢者と比べて悪くなっているとは言えず、全体としては平均的な運転ぶりを示してはいるが、しかしながら安全運転の心構えあるいは危険感受性の一方が極端に低下し、逆に他方には気を使っている傾向があること、そして、このことが高齢ドライバーの「ぐずぐず運転」や躊躇運転の原因である可能性が示唆される。
 老いとは自然に誰でもが体験する生物学的な現象であるといえる。しかし、老いを自覚し、受け入れるということは心理学的な現象であり自己のありようを認識するということである。今日、老人とは何歳からかという年齢的な定義は必ずしも明確ではなく、60歳を境界としたり、65歳を境界としたり、あるいは、70歳を境界としたりというように様々である。学問的な定義でも様々であるから、一般にはなおさらのこと、まして、自分が60歳になったからといって、自分を老人であると考える人は多くはない。ましてや、累々と続く日常生活の中で、自分を老人だからとして、これまでの行動のパターンを変容させることは少ない。通常は何らかの思いも寄らないような疾病やでき事に出合わない限り、自分の日常生活上の行動パターンを変化させることはないであろう。
 今回の結果を見ると、自動車運転という日常生活の中での日常的な課題に対しても、こうした傾向が見られる。自分の運転ぶりの自己評価や安全運転に関する検査のような評価の項目に対して自分が日頃取っている行動と照し合わせるとき、その行動が日常的なものであるが故に老いの自覚が比較的素直に反映されるとするならば、70歳を境にして、安全運転態度と危険感受性の関係がそれ以前よりも良好になる傾向は頷けるものであろう。つまり、老化を自覚し、日常行動にその自覚を反映するようになるのは、70歳という年齢を過ぎてからであると考えることができる。そのように考えるならば、今回の調査で示された65~69歳群における安全運転態度、危険感受性、あるいは両者の関係が低下する傾向は理解できることであり、一方、70歳以上群で両者の関係がやや改善することは老いの自覚が安全運転態度あるいは危険感受性といった形で、運転行動の中に反映されていると考えることができよう。
 ところで、前回も指摘したように、適性検査を実施するからには、その判定結果にもとづく指導・助言をおこなってはじめてその意義が認められる。例えば、今回実施した安全運転自己診断のように、その結果が実施した本人にフィードバックされることは重要なことなのである。そうすることによって、自分の持つ傾向や特性を理解し、修正することができるからである。
 危険感受性テストの開発の過程で、この検査で得られた結果を活用し、事故防止に役立てた事業所がある。A社は東京都内の車両台数約80台、従業員約180名の企業で、同社の昭和52年から56年の事故発生件数は、労使双方の努力にもかかわらず図9の通りで、年間ほぼ100件であった。この会社に所属する運転者80名に「自分自身の日頃の運転ぶり、性格等」の自分自身を評価するアンケート調査を実施し、次いで10名程度のグループで危険感受性検査をおこない、検査後に討議を行なったところ、図10に示すように事故は最近5ヵ年間の平均件数よりも自分自身を振り返る機会を持つだけでも約30%減少し、検査および討議実施後には約50%減少し、検査実施1ヵ月後にもこの効果は持続されたという(深沢、1984)。

最近5ヵ年間の事故発生件数(A社)の棒グラフ

図9 最近5ヵ年間の事故発生件数(A社)

月別の事故発生件数(A社)の棒グラフ

(1)▼は「自分自身の日頃の運転ぶり、特性等」について、自分自身を評価するアンケート調査を実施した時を示す。
(2)▼は危険感受性テストを実施した時を示す。

図10 月別の事故発生件数(A社)

 危険感受性検査の図版は静止している図で、しかも10秒間提示されており、2枚目も同様で、合計20秒間同様の場面が見られたのであるが、実際の運転場面では一瞬のできごとでしかない。しかし、このような検査でも交通の状況を十分に把握できなかったという事実は、この検査を受けたA社の運転者の感想からも窺い知ることができる。例えば、ある運転者は次のような感想を述べている。「テスト写真をよく見たつもりでも意外と見落していることが多いのに気づき、自分の注意力のないことがわかった。安全に対する配慮が悪いのも、見落しが原因かとも考えている。他の人と比べ、危険感受性が悪いと思った。」
 このように職業ドライバーにおいても見落しが起こりえるということを運転者自身が理解しえたこと、および、集団討護により危険に対する構えや備えについて、他の者と比較でき、そこから安全運転に対する意欲が生まれてきたと言える。
 現在、高齢者に対しては、高齢者であるが故に検査を受ける機会はあっても、指導・助言を受けるような機会は特別に設定されてはいない。しかしながら、交通事故の防止という観点に立って見たとき、高齢者に限らず、すべての人々にこうした指導・助言の機会を提供することが必要であろう。
 ましてや、今日問題になっているごとく、高齢化社会や核家族化社会を迎える中で、高齢者といえども自動車の運転から逃れることはできないし、また避けるべきでもない。
 今回実施した危険感受性検査は、前回に実施した重複作業反応、速度見越し反応、追従動作反応のような、いわゆるtask performanceを見る検査とは異なるものである。前回の検査が認知-反応ということを問題にしているのに対し、今回の検査は単なる運動能力や情報判断能力ではなく、①情報を自ら求め、認知すること、②認知した情報を過去の体験に照して処理すること、③処理に基づき判断を下だすことなどを通して、通常行なっている自分の行動を明らかにすることを目的としている。従って、既に述べたように、driving performanceの客観的事実を調べるためには、実際に走行中の行動を分析的に観察・記録して検討することが最も良い方法であるが、それに変わるpaper testとしては、今回使用した危険感受性テストはより具体的な場面での反応を得ることができるものと言えよう。
 運転行動とは、言うまでもなく単なる運動能力や断片的な情報の判断ではなく、感覚-知覚-認知-判断-運転行動といった、いわば自我の統合力の産物であるといえよう。従って、単なる反射的な反応には良好な成績を示しても、安全態度や危険感受性が劣るために事故をおこす若年層のドライバーもいれば、反応はのんびりでも、安全態度や危険感受性が良好な老人のドライバーもいるということになる。身体運動的な反応は加齢に伴なって低下しても、安全に対する心構えを持ち、交通の状況を良く見て運転するという基本が保てれば、大きな事故をおこすことは防ぐことができるであろう。


主題・副題:
高齢者の運転適性に関する研究(2) 75~78頁

著者名:
森 二三男

掲載雑誌名:
高齢者問題研究

発行者・出版社:
北海道高齢者問題研究協会

巻数・頁数:
No.3巻 65~78頁

発行月日:
西暦 1987年 

登録する文献の種類:
(1)研究論文(雑誌掲載)

情報の分野:
(1)社会福祉

キーワード:

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