音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

幼児の集団指導-新しい療育の実践-

第1部 子どもの発達の理解

-医療と教育と福祉の接点-

第1章 子どもの発達についての理解

-特に脳性マヒ児を中心に-

はじめに

心と身体に障害がある子どもを取り扱う場合、その子どもの能力を開発進展させるためには、健常の子どもの発達を十分に理解すると共に、子どもの発達を妨げている本質を深くわきまえる必要がある。著者の専門分野からは、健常児の身体的発達、特に姿勢、運動機能の面に焦点をあてて述べ、後に脳性マヒ(CP という)児について言及したい。

1 健常児の姿勢・運動発達と周囲のかかわりあい

(1) 在胎おおむね40週で出生した子どもは、体重が約3kg前後で、脳の重さは体重の約10分の1といわれている。
背臥位では四肢を対称的に屈曲し、自動運動はほとんどない。手は握りしめている。母と子のかかわりは、哺乳とおむつ交換、入浴などで、そのほかの時は眠っている(新生児期)。
(2) 2か月児、背臥位で頭を側方に向け、時々非対称性緊張性頸反射*)(as.T.N.R.)のパターンをとる。下肢は伸ばして交互に足けりをする。手は少し開くようになる。哺34乳時母を見つめ、動く物を追って見る。母親の話しかけに微笑をうかべ、そして、母があやすと笑い、声を出す。
腹臥位にすると顔を上げる。初期起立反応が消えて起立不能の段階が始まる。
(3) 3か月児、背臥位で上肢のasT.W.R。のパターンが少なくなり、両下肢は外旋し、股関節を多少伸展する。両下肢とも交互に足けりをする。手はほとんど開いていて、触れると握るし、ガラガラで遊ぶ。自分の手を見つめる。腹臥位では頭を上げ顔を90度ぐらいまでに上げるし、両肘から先の前腕に体重をかけられる。支えて座らせると頸をまっすぐにできる。
背中は丸くしているが、立たせるとわずかに体重を支える。
(4) 4か月児、体重は生まれた時の2倍以上になる。背臥位で頭はまっすぐ上を向き、両手を真ん中で動かし、両下肢は対称的に屈曲して外転(外に開く)位をとっている。両下肢を伸ばすか、両膝を曲げる。背中を弓なりにする。腹臥位では頭と胸を床から離し、両下肢を伸ばして泳ぎのような姿勢をとる。
背臥位から引き起こすと頭はわずか後方に残り、体をゆすると頭がぐらつく。坐位で背中の丸みが少なくなり、頸はまっすぐになっている。生まれてからあったモロー反応*)がなくなり、ランドウ反応**)が始まる。手指の把握反射はなくなり、手は物をひったくったり、着物を引っ張ったりする。
(5) 5か月児、背臥位で足を口のところへやり足指で遊ぶ。起こしてもらうよう両腕を出す。さらに足で支え膝を曲げて腰を上げる。物を口に入れ、両手を使うし、小指側で物をつかむ。腹臥位で前腕に体重をかけ、さらに肘を伸ばし両手で支え、片方の前腕で支えて他の手で玩具をとろうとする。転がって背臥位になる。坐位へ引き起こそうとすると頭は後ろに残らない。坐位へ引き上げると自分で頭を上げ、伸ばした下肢をもち上げる。asT.N.R.はほとんどなくなり、迷路性立ち直り反応や視性立ち直り反応が現れて強くなる。その結果頭をまっすぐにする。
(6) 6か月児、背臥位から転がって腹臥位になる。腹臥位では片手で体重を支える。坐位は支えなしで少しの間保持できる。両手を前に出して座っていられる。身体を前に倒すと、上肢を保護的に前に出すパラシュート反応***)が出てくる。物を片手から反対の手に持ちかえることができるようになり、ビスケットなどを自分で食べられる。頸の立ち直り反応が変わって、体幹に働く体幹の立ち直り反応がでてくる。
6か月で脳の重量は、生まれたときの2倍になる。
(7) 8か月児、背臥位を好まず、寝返りしたり、座ったりする。腹臥位から坐位になるし、腹はいで後ろへ進み、さらに上肢で前へ腹ばい移動をする。支えなしで座り安定してくる。
つかまって立とうとするようになり、手指のつまみ動作は未熟である。その後母指と示指を向き合わせてつまみ、示指でさわり、物を離すことができるようになり、両手または片手の動作をする。
(8) 10か月児、背臥位で両下肢を開いて伸展位をとり、足を外がえしにする。腹臥位では手と膝をついて四つばい位をとり、体を前後にゆずる。四つばいで一歩進む。足のうらをついて高ばいをする。坐位で上半身をねじり、物を拾うしバランスを失わない。後方への保護伸展反応がでる。立位で片足を上げ、家具につかまって歩きだす。手指の機能は、玩具を入れたり出したりし、玩具を拾わせるために落としてみる。上手に指先でつまみ、示指を伸ばして突く。指を伸ばしても手首は伸展位をとり手の甲をあげていられる。物をつかむとき指を大きく開いていたが、1歳ごろには物の大きさにあわせて指を広げる。
姿勢反応として、腹臥位、背臥位、坐位で平衡反応が現れ、立位でも始まってくる。臥位から坐位になるのに、完全に寝返りをしないで座れる。
(9) 12か月児、片手をひかれて歩く。
13か月児、少しの間独りで立っている。
15か月児、2~3歩、歩いては転ぶ、動いている自動車を眺めて喜び、絵をなでたり、クレヨンでなぐり描きをする。
以上、健常児の生まれてから主として乳児期までの身体的運動発達面をゲセルらの業績から紹介した。要するに新生児期には、屈曲位のパターンをとり次第に伸展パターンに変わり、3か月児に頸がすわり、物を握り始め、6か月で寝返り、7か月で座れるようになる。坐位では視界が広くなり、手指の機能も人間特有のつまみ動作が可能となる。9~10か月では、四つばい位、四つばい移動を始め、つかまって立ち上がり立位をとるようになり、1歳前後には立位をとり、上肢は自由に使えるようになる。
人間の運動機能の発達は、中枢神経系の成熟と極めて密接な関係がある。大脳皮質にある脳細胞数は、生まれた時に約140億という一定数を備えているが、その後に細胞からでる神経線維は髄鞘化して神経としての機能を営むようになる。髄鞘化は脳幹と小脳が早く、前頭葉、側頭葉が遅いといわれている。神経細胞と神経線維からできているニューロンの成熟は、3~4歳ぐらいまでが著しく、感覚~運動系が早い。7~8歳になると脳の重量は成人脳の90%に達する。
身体運動機能の発達も粗大運動に関しては、6~7歳で完成に近づいてくる。その後運動動作の速度、正確さ、耐久力、協調性、巧緻性などは、学習・訓練によって進展する。
乳児期の発達にかかわる外界からの刺激は、母親の子どもに対する取り扱いが主体であり、家族の接触、隣人とのふれあいなどがある。さらに音の出る動く玩具やテレビが、耳や目に刺激を与える。母親と子どものかかわりは、極めて力動的で、子どもが泣けば母親が近づいてあやし、抱きあげて体をゆずり、子どもが笑えば、母親が話しかけるなどの繰り返しが続いている。物を握れるようになれば、玩具を与えて一緒に振り回すことを教え、子どもがひとりでできるのをみて母は喜び、子どもの頭をなでる。
このように母と子のやりとりが続き、行動範囲の拡大と共に、幼児期から友達遊びが展開してくる。
ところが生まれつき心身に障害のある子どもは、一人の個体としての成長発達がかたよっているばかりでなく、母親をはじめ周囲の人の接し方も健常児とは異なっている点に問題がある。
生まれながらにして、心・身に障害のある子どもは、種々の状態があるが、運動機能障害と最も関係が深く量的にも質的にも問題が多い脳性マヒ(Cerebral Palsy:CP)について話をすすめる。

  *) 非対称性緊張性頸反射(Asymmetric Tonic Neck Reflex)背臥位で子どもの頭を側方に回旋すると、顔の向いた方の伸筋緊張が高まり、後頭側の屈筋緊張が高まる。その結果顔面側の上肢が伸び、後頭側の上肢が曲がる状態がよくみられる。
  *) モロー反応、子どもの頭を支えて垂直位をとらせ、急に後方へ倒すと、両上肢を開いて上げる。しばらくして両上肢を胸の上で曲げる。
 **) ランドウ反応、子どもの胸の下に手を当て宙づりにすると、頭を上げ体幹をまっすぐにし、さらに下肢を伸ばすようになる。
***) パラシュート反応、子どもを坐位から前へ倒すと両上肢を前方に出す。これを前方パラシュート反応という。左右に倒すと上肢を左右に出すのを側方パラシュート反応といい、いずれも保護伸展反応である。

2 脳性マヒの概念とそのとらえ方

脳性マヒとは、医学的に、①発育途上の脳に、②非進行性の病変が発生し、その結果主として、③中枢性の運動障害を生じたものを総称するものである。
①発育途上とはいつまでをいうのか、意見の分かれるところで、母親の胎内にいる時期、分娩周辺期はもちろんのことであるが、生まれてから新生児期までとする意見と、乳幼児期をも含むという意見がある。現在日本では、厚生省脳性マヒ研究班(昭和43年班長、高津忠夫)の定義づけにより新生児期までとする考え方が取り上げられている。②非進行性の病変とは、脳腫瘍や脳の退行変性疾患など進行性のものを除いている。③中枢性の運動障害とは、筋肉の緊張(トーヌス)の異常、すなわち固くつっぱるとか極めてぐにゃぐにゃの状態があり、さらに姿勢反射の発達異常と自動的随意運動のおくれがみられる。
脳性マヒには主な運動障害のほかに、知能低下、てんかんけいれん発作、話し言葉の障害、視覚障害、知覚障害、聴力障害などを伴うことがあり、その一部もしくは全部を合併することがある。したがって運動障害のほかに種々の随伴障害がある場合には、単なる肢体不自由児ではなく、重複障害児としてとらえることが望ましい。
また別の視点からは、脳性マヒという状態であっても、その子どもは成長発達をしていく存在であり、しかも脳の病変は進行しないという事実がある。脳性マヒの原因となった脳の原病巣の範囲と程度はさまざまであっても、それは進行しないで子どもが成長を続けるという点が、脳性マヒ児の一つの特徴といえる。したがって脳性マヒ児を、現在病気にかかっている子どもと考えるより脳性マヒという状態をもちながら成長していく一人の子どもとしてとらえ、その子どもの発達に必要なニードに対応することが必要となる。
要約すれば、脳性マヒをもっている子どもに必要な発達の課題を考え、それを解決する方法を見い出していかねばならない。

3 脳性マヒ児の臨床症状と発達

脳性マヒ児の主な症状は、前にも述べたように、中枢神経系損傷症状とそれによる運動障害であるが、子どもの成長発達により変化してくる。たとえば乳児脳性マヒと学齢児脳性マヒでは、外見上の症状が変わり、学齢期以後ではほぼ固定的になってくる。

 1) 神経症状による病型分類

乳児初期では神経症状も判然とせず、明確な分類は困難であるが、乳児後期から幼児初期には特有な症状が著明になり、その神経症状によって次のように分類されている。

 (1) 痙直(痙縮)型、SPASTIC TYPE

特定の筋群に痙直性マヒがあり、随意運動が円滑に行われない一群をいう。
痙直性とは、伸張反射が異常に高まった状態であり、筋群が伸長されると反射的に収縮する。たとえば背臥位で、足を急に足の甲の方へ曲げるとふくらはぎの筋(腓腹筋とひらめ筋)が伸ばされるが、その筋が反射的に収縮するので、それが検者の手に抵抗として感ずる。また膝のところをもって股関節をあらかじめ曲げておいて急に股を開くと、股内転筋の痙直性があれば、股を開く検者の手に抵抗がある。
痙直性マヒは、主として下肢に多いが、上肢の肘屈筋、前腕回内筋(手のひらを下にむける筋)などにも見られる。
痙直型は、侵されている四肢の部位により、①片マヒ(一上肢と同側下肢)、②両側マヒ(両下肢が重く両上肢が軽い)、③四肢マヒ(上肢と下肢とも同様に重い)などと分けられている。

 (2) アテトーゼ型、ATHETOTIC TYPE

乳児後期から随意運動が現れるころに、目的動作をしようとすると、不随意的な運動を伴う一群をいう。乳児期には、一般に筋緊張が低下していることが多い。不随意運動は上肢、特に手、指にみられ、顔面筋にも現れることがある。運動障害としては、上肢に重く下肢に軽いと述べられているが、体幹にも障害があり、起立歩行不能のケースも多い。

 (3) 失調型、ATAXIC TYPE

平衡感覚の障害が主で、立位がとれるころになっても両足を開いてバランスをとり、歩行は不安定で倒れやすい。筋緊張は、長く低下している。比較的まれな症例である。

 (4) 固縮(強剛)型、RIGID TYPE

四肢に固縮性があるもので、固縮性とは、四肢を曲げても伸ばしても鉛管を曲げるような一様の抵抗があるものをいう。四肢マヒで機能障害も重いが、極めてまれな存在である。

 2) 病型分類と随伴障害

定型的な病型について上に述べたが、痙直型とアテトーゼ型とが、脳性マヒの大部分と占める。
脳性マヒ児を一人の子どもとしてとらえるとき、運動障害のほかに合併する随伴障害の存在を重視しなければならないが、病型との関連が深いので、これについて述べる。

 (1) 痙直型の随伴障害

痙直型では、知能低下、てんかんけいれん、視覚障害、知覚(立体覚や二点識別)などの随伴障害を伴うことが多い。したがってこれらの有無もしくは程度を把握することが必要である。

 (2) アテトーゼ型の随伴障害

話し言葉の障害がまず第一にあげられる。話そうと努力しているが、言葉として聞きとり難い点である。一部には聴力障害があって言語のでないものもいる。
知的には高いものと低いものがいるが、発表能力に欠けるので、慎重な評価を要する。

 3) 成長発達による症状の変化

痙直型では、乳幼児から学齢になるにつれ痙直性の範囲と程度が変わってくるように思われる。また乳児後期から痙直性のために関節の動きを制限する拘縮・変形という状態が発生してくる。たとえば、尖足といって足関節の背屈(足の甲の方へ曲げること)が制限され、立って歩くときには、踵をつけないで足先だけで歩くようになる。
両下肢マヒでは、股関節が次第に亜脱臼の傾向に進むことがある。拘縮や変形は、機能の低下につながるので、重大な問題といえる。
さらにてんかんけいれん発作は、5~6歳になると発現してくることが多いといわれている。
アテトーゼ型では、学齢期のころに心身の刺激に対して鋭敏に反応し、筋緊張が急に高まり、疼痛を訴え、一時的に機能が低下することがある。たとえば母親の病気、あるいは学校の宿題の負担などで、筋緊張が高まり、また子ども自身の病気ー感冒や扁桃炎などで全身のつっぱりが強くなることがある。
一般にアテトーゼ型は、変動的な傾向がみられる。
その他の病型に関しては、少数なので省略する。

4 脳性マヒ児の発達とニーズ

脳性マヒ児の身体的成長発達を促進しようとするとき、まず第一に必要なことは、現在目前にいる脳性マヒ児の身体的状態の把握であり、正しい客観的評価により、その子どものニーズが発見される。

 1) 身体的評価
 (1) 体重と栄養

一般に脳性マヒ児は、早産・未熟児が多く、生下時の体重が少ない。さらに哺乳力の低下があり、吸う、飲みこむ機能が劣るようで、十分な栄養・水分の摂取が困難である。
これに反し発汗が多く水分の損失があり、睡眠も刺激の感受性が高いために妨げられがちであり、代謝の消費が多く、必要量の取りこみが少ないというアンバランスが危倶される。脳性マヒ児の皮下脂肪は少なく、皮膚はたるんでいることがよくある。
要するに生まれたときから身体発育にハンディがあり、それを取り戻すことが難しいことが多い。脳性マヒ児に接したら、体重と皮下脂肪の程度は、留意すべきであろう。

 (2) 運動機能とその発達段階

脳性マヒ児は、中枢神経系の損傷により、健常児の発達段階より遅れていることが大きな特徴であるが、その程度はまちまちである。病型分類については後に述べるが、一般にアテトーゼ型の方が、原始・姿勢反射の異常が多く、頸のすわり、坐位保持能力の獲得が、痙直型よりも遅れている、
第1節で述べた健常児の運動発達段階が、一つの指標となり、脳性マヒ児の暦年(月)齢に応じて、健常児の発達段階に近づけることが、一つのニードとなる。

 (3) 感覚系

子どもの身体的発達と深い関連のある目(視覚)、耳(聴覚)など外界の刺激を受けとめる受容器に異常がないかどうかを観察する。

 2) 精神的評価

脳性マヒ児の知的発達段階を、乳幼児期において正確に評価することは困難であるが、母親や家族に対する反応、玩具に示す興味などから類推することができる。幼児後期になれば専門家の判定により発達指数(D.Q.)や知能指数(I.Q.)としてとらえられる。
知的発達段階を知ることは、適切な指導の方法を見い出すために必要であり、レッテル貼りのためではない。

 3) てんかんけいれん、早期発見

脳性マヒ児の一部には、てんかんけいれん発作を起こし、これを反復しているうちに知能低下性格異常などをきたすことがある。発作を起こす以前に早く発見する方法として、脳波検査があり、小児神経科医の診断で、潜在性てんかんを見つけ予防的治療をすることができる。
以上のように脳性マヒ児の心身両面にわたる評価の後に、正しい治療指導計画がたてられるが、一定期間治療指導をしては再び評価をし、治療と評価の繰り返しにより、脳性マヒ児の新しいニードが発見される。

5 脳性マヒ児発達促進の課題

たとえ脳性マヒという状態があっても、一人の子どもとして心身の発達を促進し、社会に生きていくことができるように、その子どものあらゆるニードに対応し、援助の手だてを実践することが、主要な課題となる。

 1) 乳児脳性マヒの発蓬課題

最近、脳性マヒの早期発見とそれに続く早期療育の必要性が叫ばれ、次第に普及しつつある。
これは脳の可塑性も豊かな乳児期の治療が、中枢神経系の発達にも寄与し、運動機能の発達に良い結果をもたらすと考えられているからである。この治療法はボバースらの提唱している神経発達学的方法(Neuro Developmental Treatment)であり、ボイタの反射性寝返り(Reflex Umdrehen)と反射性はいはい(Reflex Keriehen)を主軸とするものがある。これらは理学療法のなかの運動療法として位置づけられているが、ボイタの方法は、自我意識のいまだ発達していない乳児前期の生物学的存在に近い時期に一つの方法として適当であろうと考えられる。運動療法の詳細は割愛する。
一方健常乳児の2~3か月児にみられる動く物を目で見て追視するとか、音のする方へ向こうとする運動を誘発することが重要である。
これは目(視覚)、耳(聴覚)などの感覚系と運動系との統合ともみられる。
ところが、乳児期に脳性マヒという診断を受けた母親のショックは大きく、病気の子どもとしてのとらえ方が始まり、病院回りに疲れ果て、子どもに対する罪障感や責任感が一杯で、母親としてのあるべき方向を見失ってしまう。
脳性マヒという子どもの問題よりむしろ母親の方に大きな難問が横たわり、これを解決することが、大きな課題といえる。とくに乳児期における母親の精神的負担は、子どもを子どもとして取り扱うことを忘れ、母と子のやりとりが乏しくなり、適切な心身の刺激が少なくなって、子どもの発達に重大な障害をきたすことになる。これらを取り除くことが、脳性マヒ乳児の療育であり、単に子ども自身に対する運動療法という治療のみでは解決し得ない点である。
脳性マヒ児個人については、運動機能のみならず、前に述べた栄養、睡眠などの問題が、身体的発達の基礎条件であり、これらの状態に注意しなければならない。栄養や睡眠などが良い状態かどうかのバロメーターは、体重の増加であり、体重測定は大きな意義がある。脳性マヒ児の多くは未熟児の状態で生まれ、その後の栄養摂取などにも問題があり、体重が標準よりどのくらい少ないかを認識して運動量を考慮しなければならない。
また脳性マヒ児個人の保健衛生上の配慮として、上気道感染などの予防に留意しなければならない。感冒から直ちに肺炎などになりやすいことはしぱしばであり、時には生命の危険にも陥ることがある。身体的不調は心身の発達を阻害する重大な因子となり、特にアテトーゼ型では、呼吸機能の低下もあるので、十分に注意しなければならない。
乳児脳性マヒの発達課題としての要点は、適切な理学療法のほかに、基本的な心身の育児が基礎であり、併発しやすい感染症の予防に留意し、身体運動機能的には「頸のすわり」という運動発達段階の第一歩を獲得したいものである。
乳児脳性マヒの頸のすわりを獲得するには、ボイタの治療法が有効のように思われるが、てんかんけいれんがあるとか、栄養の極めて悪い場合には、よい適応とは考えられない。
他の方法として迷路性立ち直り反応や視性立ち直り反応の促進として、他動的に頸を左右に回旋するとか、玩具を注視させながら子ども自身が頸を回旋するよう指導する方法がよいと思われる。また腹臥位で音のする玩具を見せるよう頭を上げるようにすることもよい。この際屈曲パターンになり股関節が屈曲して殿部があがる傾向があれば、殿部を軽くおさえるか、砂袋をおいて固定する。両上肢を伸ばし肘を支持することも、頸を伸展し頭をあげやすくする。

 2) 幼児脳性マヒの発達課題

1~2歳になると、全く他動的に背臥位で寝ている状態から、坐位をとり、寝返りをしたり、臥位から坐位になろうとするような動きが始まる。しかしながら健常児の発達段階に比べれば、程度の差はあるにしても遅れていることが多い。他人の指示に反応して動く状態から、重度・重複障害の場合には随意性が乏しく、反応を示さないことがある。
このような時期の運動発達促進には、ボバースの治擦手技をとり入れることが望ましい。
理論的には一定の月齢には消失すべき原始・姿勢反射を抑制し、あわせて当然出現すべき高次の姿勢反射を誘発促進することである。
前にも述べた姿勢・運動発達の進展とさらに姿勢反射の発達過程を熟知しなければならない。
また姿勢や運動の個体発生的な進展過程は、脊椎動物の低次から高次の系統発生的な進歩も参考になる。たとえば、子どもがはって前進し、四つばい移動を始め、次に立って2本足でよちよち歩くようになる進歩は、爬虫類、両生類、四足獣、類人猿などの進化のあとに類似している。手指の機能の進歩過程の初めは、猿の手指機能に似ている点がある。2本足で歩けることは、手指が体重支持から解放され、独自の機能を獲得したことになる。
いままで述べできたことは、・脳性マヒ幼児を身体的発達の視点から眺めた面であるが、幼児期になれば人や物(玩具・遊具)との接触を求めてくる。これらが子どもとしての発達の培地になる。人との交流では、親とのやりとりのほかに、友達との接触を喜ぶようになり、玩具を眺めている段階から、自らの手でいじってみるようになる。友達との遊びといっても、身体的運動機能の差から、同等に遊べない時に、同じ仲間の遊びを眺めていたり、多少その場面に参加しようと意欲をみせる。そして近づこうとして寝返りとか、いざりとか、四つばいなどで移動する。
また興味のある玩具に対して、手をのばして取りこれをもて遊ぶ。このようにして目と手の協調性が発達してくる。
絵本や玩具での遊びでは、子どもと物とのかかわり方が多いが、玩具を媒体としてほかの子どもとの遊びが展開されてくる。
健常の子どもは、自分で歩いていって仲間を求め、または好きな物を探し求めることができる。ところが脳性マヒ幼児の多くは、歩けないので行動半径が狭く、友達も玩具なども与えられたもののみしか接触することができない。このため接触経験の制約からくる知識経験の乏しさが生まれてきて、これが将来に犬きく影響すると思われる。
幼児脳性マヒの療育として強調したいことは、身体的機能の発達という側面と表裏一体にある精神的発達の糧である友達との遊びや玩具の与え方が極めて重要であることの認識といえる。
脳性マヒ児をもつ母親は、専門家(PT、OT、STなど)のサービスを積極的に求めようとするが、友達遊びや玩具などに配慮を示すことが少ない。
10数年前に熟練したPTの個人訓練のみを主体とした通所治療を幼児脳性マヒに実施したところ、母親は熱心に通ってくるが、幼児脳性マヒは余り喜々としていない傾向を察知した。
また一方整肢療護園母子入園における幼児脳性マヒの意欲的参加は、朝のグループ保育の時間であることを経験している。
昭和40年日本肢体不自由児協会に通園部門を開設するにあたり機能訓練と保育の時間を設定したところ、子どもの方が積極的参加の意欲を示し、カレンダーをみては進んで「幼稚園」に行くんだという態度に変わってきた。
以来訓練と保育の統合を考え、45年より人間関係学の理論に基づく集団活動の方法を取り入れ、さらに個人指導訓練を加味した個と集団の中における幼児脳性マヒの発達をねらいとする実践を続けてきた。
この理論と方法については、45年以後毎年の集団指導の研修会において、協会通園部門職員により発表したとおりである。
これら通園児のなかで、学齢に達したもののうち一部は、地域の普通学校に入学をすすめ、また学齢以前では近くの幼稚園あるいは保育所へ移るよう指導し、そこで順応している。それには担任教師や保母の理解と、理解を得るための情報連絡が必要であり、医療的側面での援助を要する。
最近の世論として混合保育とか統合教育という考え方があるが、障害をもっている子どもには、保育や教育のほかに、障害を改善するという重要なニードのあることを忘れてはならない。特に幼児期では、子どもの神経機能的発達の潜在的能力があり、発達促進の手だてが必要である。
したがって、健常の子どもと共に生活する混合保育や統合教育のなかでも、個別的に身体機能の発達を促進する手段として、具体的にPT、OT、STなどのサービスを、子どもの生活の中に取り入れなければならない。そして子どもの成長につれ、ニードが変わってくるのでそのサービスも力動的に変転すべきである。

 3) 幼児脳性マヒの日常生活動作

朝起きてから夜寝るまでの身辺処理動作のなかで、幼児脳性マヒが自立できない主な理由として、次のことが考えられる。①身体的機能の障害が重い。②過保護的な扱いの結果自ら行った経験がない。③知的レベルが低く自分でやろうとする意欲がでない。たとえば、物を握ったり放したり、手が口にとどくことができるのに、食事をとることができないのは、親が養ってあげている結果である。食事動作はまず第一に確立することができる。普通の食器では難しい場合に、握りやすいスプーン、固定したお皿で、食物がこぼれないような縁のあるものを用い、スプーンを口に入れる時に介助してあげ、次第に援助の手を控えていく。
更衣動作は、前開きのゆったりしたものの脱衣から始める。着衣は不自由な方の子から袖を通し、または前後に印をつけてかぶることを教える。このような動作に必要な上肢の動きは、玩具などを通じて指導する。
排泄は、尿意、便意を伝えることから始まるが、母親は病気のため尿を教えないものと思いこみ、おむつを当てている例が多い。時間的排尿から始め、おむつを取ってしまえば、言葉でいえなくとも多くはサインなどで教えるようになる。
日常生活動作には、移動(歩行)のほかに食事、更衣、排泄、洗面整容、入浴、言葉や書字による意思疎通などがある。
一般に脳性マヒ児の日常生活動作確立については、養護学校在学生徒の場合概ね6~9歳ぐらいで可能となる調査結果がある(昭39高橋)。
したがって学齢前の幼児期に、日常生活動作獲得の基礎をつくる必要がある。

まとめ

最近わが国においても、脳性マヒ児の早期発見と治療ならびに早期療育の必要性が叫ばれ、その実践が普及しつつある。
脳性マヒ児はその病因が非進行性であっても、早期治療ですべての問題が解決するとは限らず、多少の障害をもって社会に生きていく存在である。
たとえ障害があっても、一人の子どもとして生きていく上に必要なことは、われわれが脳性マヒ児の発達課題を正しくとらえ、全人的な発達を援助し、これを保障することであろう。
このような考えにもとづいて、脳性マヒ児、特に幼児期に接する人々に、脳性マヒ児の発達を促進する方法を述べた。

(五味 重春)


主題・副題:幼児の集団指導-新しい療育の実践- 2頁~16頁