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幼児の集団指導-新しい療育の実践-

第4章 運動発達と集団指導

はじめに

肢体不自由児と呼ばれる子どもたちのもつ運動能力、身体機能はきわめて多様で、個々の子どもによってさまざまな状態が見られる。この子どもたちは医療や訓練の場では、その原因や障害の特性から、脳性マヒ、精神運動発達遅滞、骨・筋系疾患等として診断され、それぞれの状態に応じ、その可能性を助長するための治療、訓練(指導)が必要とされている。
いわゆる脳性マヒ、精神運動発達遅滞の機能訓練の基本原則は、正常な運動発達段階(頭を上げる~寝返り~坐位~四つばい~立位~歩行、物に手を届かせる~握る~離す~つまむ~巧総動作など)に基礎をおくものである。現在、運動発達を促進する有効な方法として、主として脳性マヒ児に対する早期療育において種々の方法が試みられている。その実践にあたって、ひとりひとりの子どもの状態(症状)に応じた方法が適切な時期に与えられることが強調されている。
一方、肢体不自由児の“子ども”としての発達を目ざす立場では、運動発達を子どもの全体発達における一側面としてとらえることが強調される。本章は、肢体不自由児と呼ばれる子どもたちの、集団的なかかわりの場における、身体機能の発達の基本的なとらえ方、指導の具体的な展開の仕方などを明らかにしようとするものである。したがって、訓練の実際的な手技(テクニック)の詳細には触れず、この部分については<付>の項に日常生活における介助者の留意点としてしるすにとどめた。

1 運動発達指導の基本的考え方

 1) 運動発達を子どもの発達における3つの側面からとらえる

 子どもの全体的発達を考える際の1つの視点として、身体的側面、心理的側面、社会的側面からのとらえ方がある。子どもの動きをこの3つの側面からみると、動いた結果やその状態、方法(可能なまたは不可能な)等に注目する見方(身体的側面)、動機・目的・興味等と関連づけてとらえる見方(心理的側面)、さらには活動の場面とのかかわりにおいて動きの変化をとらえる見方(社会的側面)ができる。一般に、“動作”とは、何か事を行う際の身体の動きを指している。また、“行為”は、明らかな目的概念、動機を有する意志的動作を指すもので、すべての動作を含むものとされている。動き、動作、行為の概念は、さきにあげた3つの側面からのとらえ方と対応させると、ほぼ次のように考えられる。“動き(運動)”は主として身体的側面からのとらえ方、“動作”は身体的・心理的側面、“行為”は3つの側面を同時にとらえたものというように。
ここでは、全体的発達が目指される指導(集団指導)において、子どもの動きを“動作”あるいは“行為”としてとらえ、その発達を援助しようとする立場をとるものである(ここで使う動作〈または動作活動〉とは、便宜上“対象の存在する目的を有する動き”を意味するものとし、“行為”のレベルを含めた概念として用いる。)

図4-1 子どもの発達における3つの側面
「図4-1 子どもの発達における3つの側面」の図

 2) 動作活動の変化、発展はかかわりの場においてもたらされる

 運動発達とは「関係的存在としての個」の存在の仕方の発展過程(後述、p.133)において、個が外の世界に働きかける時の運動機能の変化、発達の過程としてとらえることができる。
運動は個の内部に成立するもう1つの過程-感覚-と相即的に関連し合っている。この感覚、運動という2つの機能によって人は外界をとらえ、働きかけ、外界を自己にとって意味あるものとして変化させることができる。個の身体を媒介とした運動機能の「獲得」と自己の発達的「変革」(適応)のもたらされる過程を動作(及び行為)の獲得の過程として図4-2に示してある。

図4-2 動作の獲得過程
「図4-2 動作の獲得過程」の図
感覚、運動は個の内的成熟と環境の働きによって有効にびつき、調節され、さらに、より協調的なものとなっていく。段階的にみれば新生児期に占めていた反射的動きは次第に消失し、自律的・調節的な動きにおき代えられ、随意的・目的的・協調的なものへと変化していくのである。正常発達における生後12か月ごろまでの感覚、運動相互の関係を、発達に関する文献を手がかりにまとめたものが表4-1である。

表4-1 乳児の運動発達
「表4-1 乳児の運動発達」の図
参考文献
①エリコニン、駒林邦男訳「ソピエト児童心理学」明治図書 1975
②三宅廉、黒丸正市郎「新生児」NHK出版 1975
③キスチャコフスカヤ、坂本市郎訳「0才児の運動の発達」新読書社 1974
④A.ゲゼル、依田新他訳「乳幼児の発達と指導」家政教育社 1974
⑤M.フィオレンティノ、小池文英訳「脳性麻痺の反射検査」医歯薬出版 1966
⑥津村真、磯部景子「乳幼児精神発達診断法0~3才まで」大日本図書 1971

一方、集団指導のような、人間発達の基本的なかかわり(自分と物、友だち)が典型的に用意されているような状況における動作の発達は、3つの段階でとらえられる。第1は他の子どもと共通の体験、楽しい体験を積む中で望ましい動作を習得する段階(機能の獲得)、第2は獲得された動作を活動の場で主体的に発揮することによって動作の発展がもたらされる段階(機能の更新)、第3はどのような状況においても自己の機能を生かすことが可能となる段階(機能の実用化)である。動作の習得、更新、実用化は「人」「物」「状況」に自己が主体的にかかわる場においてもたらされるものであり、同時にかかわり方の変化、発展を可能にするものとしてとらえることができる。

 3) 運動機能の実用化は役割行為の発展によってもたらされる

 個々の子どもが、そこで展開されている集団活動に何らかの形でかかわっている時、そこにはいろいろな段階(状態)での在り方が観察される。たとえば、人に抱かれて体をゆらされていることが楽しい子ども、興味を引かれた遊具を一生懸命動かしている子ども、人とのやりとりの中で生き生きとした表情を示す子ども、決められたルールを守ることで友達との活動を一層充実させている子ども、などである。一方、身体的側面での“動き”は同じでも、子どもの今いる状況における役割のとり方によって、その動きのもつ意味が全く異なるレベルでとらえられる場合もある。肘を伸ばしたまま肩関節を曲げる運動(上肢の挙上)は、高い所にある物に手を伸ばす際に、また、名前を呼ばれて返事をする時に、あるいは電車ごっこでふみきりの役割を担っている子どもの合図として使われているというように。
子どもの動きを、状況への参加の仕方、そこでのふるまい方としてさきに述べた3つの側面からとらえると、次の5つの役割行為としてみることができる。
a 自己身体的役割行為--生命の維持、生理的活動
b 心理行為的役割行為--身体的、心理的在り方
c 対人関係的役割行為--心理的、社会的在り方
d 場面構成的役割行為--身体的、社会的在り方
e 社会地位的役割行為--身体的、心理的、社会的在り方
3つの側面からの、どの役割行為をもとれることが子どもの発達において大切であるが、特に身体的側面からのアプローチは、主として身体的側面をおさえながら、心理的・社会的側面の発達を目指す方向ですすめられることが望まれる。いわゆる機能訓練は、主としてaやbの役割行為が伸ばされる指導といえるが、目的としてはどの役割行為をもとれることが運動機能の実用化につながるものであろう。

図4-3 役割行為--動機能の実用化の方向--
「図4-3 役割行為-動機能の実用化の方向-」の図

4) 発達を「関係的存在としての個」の存在の仕方の発展過程としてとらえる

 子どもの運動発達を3つの側面--身体的、心理的、社会的--からとらえることの重要性については先に述べた。乳児の身体的発達に関して、この3者がどのように関係しあいながらすすめられていくのかということは、特に運動発達を促すことを目的に指導の展開をはかる私たちの関心をよびおこすテーマである。
子どもの“全体的発達をとらえる”という立場からは、乳幼児期の子どもの存在そのものが、子どもをとりまく周囲の人や物との関係につつまれ支えられて成長、発達していくことに特色があることは重ねて認識されなければならない。「個」の発達をこのような「関係的存在」としての個の、存在の仕方の発展過程としてとらえると、乳児の運動発達の段階はどのような特色をもつものであろうか(表4-1 乳児の運動発達参照)。

 (1) 自己活動が促進される段階

乳児は、乳児をとりまく人や物との関係において生存している。乳児は、空腹になると泣き、音に対しては体金体で反応をする。手を口に近づけ、背臥位(あおむけ)でときどき左右に首の向きを変え、足を対称的に伸展させる。泣いている時抱き上げるとしずまる。人の顔をじっと見つめる(注視のはじまり)など。また生理的要求にしたがって活動している。自分のまわりの「物」には気づきにくい(新生児~)。
「自己活動が促進される段階」の図
図4-4-a 自己活動が促進される段階

 (2) 物が分化しはじめる段階

首がすわる。腹臥位(はらばい)で顔を上げつづけ、寝返りを始める。人との関係では、あやされると声を出して笑う。未知の人に対してむずかる(母親の声と他の人の声を聞きわける)。人に向かって声を出すなど自己活動が促進される。物との関係では、頬にふれたものを取ろうとして、手を動かす。ガラガラをつかむ。ガラガラを振ってみる。両手で口にもっていく。遊具をみると動きが活発になるなど、また、音の方に頭と目を同時に向けるようになる。人から与えられた物や音に気づいて見る、聞く、触れるなど物との関係への通路が開かれ始める(2か月~)。
「物が分化しはじめる段階」の図
図4-4-b 物が分化しはじめる段階

 (3) 外界の物が認識される段階

坐位が安定し、ひとりで座って遊ぶ、四つばいで移動をする、物につかまって立ったりしゃがんだりする、つたい歩きを始めるなど動きが活発になってくる。人との関係では、自己と人、自己と物との関係が分化し始める。要求があると声を出して注意をひいたり、母親の“いけません”に反応し手をひっこめ親の顔を見る。遊具をとられると不快を示す。またさかんにおしゃべりをし(喃語)身ぶりをまねするようになってくる。物との関係では、目標に手を伸ばす、一方の手にもっていた遊具をもちかえる。母指と示指でつまむ(pinch)。びんのふたを開閉できるようになる。物の機能に即した使い方を覚える。両手でコップを自分でもって飲み、さじで食べようとするなどの動作がでてくる(6か月~)。
「外界の物が認識される段階」の図
図4-4-c 外界の物が認識される段階

 (4) 外界とのかかわり領域が拡大される段階

座った位置から立ち上がり、2~3歩、歩き始め、まもなく外にも出て歩くようになる。自己と人と物との関係が分化する。ことばは2~3語いう、絵本をさかんに読んでもらいたがる、簡単な手伝いをする(「新聞をもってきてちょうだい」など)。困難なことに出合うと助けを求める。また、ひとりで移動できることで、外界との関係領域(かかわり)が広がり、目的志向活動が展開されていく。物との関係では、積木を2つ重ねる、鉛筆でぐるぐるまるをかく、お菓子の包みを取って食べる、コップからコップヘ水を移すなど、物に直接触れることが多く体験され、物のもつ特性や機能を知り活用していく(12か月~)。
「外界とのかかわり領域が拡大される段階」の図
図4-4-d 外界とのかかわり領域が拡大される段階

2 運動発達指導の展開

 1) 個別指導と集団指導

 障害をもつ子どもの運動発達促進へのアプローチは、個別指導が主として行われているが、身体的側面ばかりでなく、心理的・社会的各側面もふまえて指導を進めていくことの重要性を強調する立場からは、集団指導の方法が同時に重視されねばならない。この両者は、二者択一的でなく、どちらも、子どもにとって必要な発達の場面状況である。
個別指導においてなされるべきことは、子どもの身体的発達、特に、運動発達の発達段階を把握して(評価)、指導の方針を決定し(治療計画)、具体的な実践(訓練)へと進めていくプロセスが一貫してなされることである。同時に必要なことは、母親への指導である。五味重春は「母親に対して、CP児をどのように育てるかを指導すべきである。その育て方の中に専門的治療の手技が具体的にとり入れられることが望ましい*)」と述べている。母親は、子どもにとってもよき理解者であると同時に、家庭においては、よき指導者(訓練者)であり、とりわけ、子どもの身体的発達に即して、子どもへの接し方(かかわり方)も次第に変化していくことのできる「即して変わる」態度が要望される。このような態度は、単なる訓練技術の習得ということではなく、母親が子どもとともに指導の場面にいて、指導のプロセスを体験して、初めてつくられるものである。また、個別指導において、運動機能の獲得が目的という課題があったとしても、対人関係状況の設定は、子どもの全体的発達にとって重要である。このことは、よく遊びをとり入れた訓練などといわれること以上に深い意味をもつ。たとえば、“膝歩き”というねらいが指導者にあるとき、ボールをころがして膝歩きで取って来させる場合と、向こうに受け取る人がいて、子どもがそのことに気づいて、その人にボールをあげたい気持ちが育ち、膝歩きでボールをもっていく、という2つの状況は、動作の習得としての結果は同じでも、異なった意味をもつ。後者の動作は自分と物と人がいることにより促進され、自発的な動作によって自律的な運動を発達させている。このような体験は深く蓄積され、自発的に外界を探索、開発していく子どもの態度をつちかうであろう。指導者は子どもと共にかかわり合いながら、その子どもの潜在能力が引き出されるように援助し、運動機能がのぞましい方法で使われるような指導を行うことができなければならない。
次に、集団指導において運動機能の発展する特色は、自己の運動能力が、周囲との関係において促進されることにある。人や物の活動、およびそれらが複合して展開する状況の中で、それらが自己に意味あるものとして取り入れられ、ためされ、自己も参加して変化をつくりだす体験がつみ重ねられて、その結果、複合的な機能が獲得されやすいといえよう。また、集団状況は、ひとつの社会的場面の縮図でもあり、自己の身体機能を日常生活の中で十分発揮(実用化)することのできる機会でもある。いいかえれば、自己や物や人のかかわりあう現実的な状況の中で、身体機能を総体的に活かしていく実習の場である。これは、子ども自身が、機能を“自分のもの”とし、広い意味でADLの確立の方向がめざされる。一般にいわれるように、“やらせるとできるが、それを実際に使っていない”“機能的にはできるはずだが、実用的に使えない、状況に合った使い方ができない”“自分でやらずに手伝ってもらいたがる”というようなことの解決のためには、子どもが自分のもっている機能を有効に発揮しうる集団的状況を、意図的、段階的に設定していくことが必要であろう。
集団状況における運動発達の促進は、2つの側面においてめだってとらえられる。ひとつは、集団において、他の人との共通の体験をすることにより新しい動作を習得する側面(獲得)と、他は、自己のもつ正しい動作を集団状況において自主的に発揮することで、行為が自律化し、実用化される側面(変革)である。これらは、集団指導のより豊富な活動内容と、ダイナミックな集団発達の諸技術によりもたらされる。

 2) 治療訓練場面の3つの機能

 自発的活動-遊び-を通して、子どもたちは多くの感覚運動体験を積み、この積み重ねが知覚・運動発達面での質・量的変化を可能にするといわれている。これらの発達を目ざす意図的な活動の場-指導場面-の設定に際して、大切な要素が3つ考えられる。第1は指導の具体的目標であり、第2は活動の内容、第3はそこに参加する者の役割のとり方である。

表4-2 個別指導、集団指導において育つもの

指導面 子どもに育つもの
身体機能 <子どもと物との関係に働きかける>
(1)身体各部への部分分析的、重点的指導が可能
(2)個々の子どもに即した指導が行いやすい
・物の機能に即した操作、応用
・対象物への認識(大きさ、形、色、重さ、位置、数)
・自己の身体に対する認識
個別指導(基本動作) 集団指導(複合動作)
<子どもと人との関係に働きかける>
(1)子どもとのコミュニケーションを通じての指導
(2)行為の動機が成立しやすい
・人との共通体験から、自発的に行為し、模倣する
・相手との対応の中で動く
状況 <状況に働きかける>
(1)実用性の評価、指導
(2)子どもの全体像を把握しやすい
・状況に応じて動く(速度、方向、規則)
・行為の独自性、多様性、他との行為の比較、自己評価、行為の修正
・動作面での問題の自己解決能力、新しい方法、自分に適した方法の習得
・想像的、抽象的観念

治療訓練場面における動作活動の発展は、そこに参加する人、物、および成立する状況に規定されてもたらされるものであり、それにはかかわり方の発展をもたらすものとしての視点ともいうべきものが必要とされる。指簿の目的は、個々の子どもの身体機能的な状態をとらえてのぞましい方向に導くことと同時に、子どもと周囲との関係をとらえて、たとえば、遊具などにより具体的に行為化、形象化していく活動-動作-の発展をめざすことにおかれる。すなわち、それは周囲との関係における役割のとり方ということもできる。それを可能にする活動、および主としてその活動において目標とされる動作課題は、表4-3に示してある。そこには段階的に発達してゆく方向が示されてあり、これは指導計画をたてる上でのひとつの手がかりとして役立つと考えられる。

表4-3 役割行為活動と動作目標

役割行為 活動 動作目標
自己身体的 体の動きを活発にする活動 ・受身的な感覚体験
・意志を伴わない(反射的)動き
心理行為的 働きかけを育てる活動 ・自発的な動作体験
・随意的動き
対人関係的 人とのつながりを伸ばす活動 ・力動的動作体験
・多様な動き
場面構成的 場面をつくり出す活動 ・協調的動作体験
・構成的動き
社会地位的 社会のきまりを体験する活動 ・実用的動作体験
・操作的動き

図4-5 指導場面の3つの機能

身体機能の発達 ======== (1)指導目標
(2)活動内容
動作活動の発展
自発性を高める ========
                              ↑
実用化をうながす ←======= (3)役割のとり方

「図4-5 指導場面の3つの機能」の図
 *) 五味重春「脳性まひ児のリハビリテーション」医学書院、1976、p.40


主題・副題:幼児の集団指導-新しい療育の実践- 128頁~138頁