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幼児の集団指導-新しい療育の実践-

第5章 言語発達と集団指導

はじめに

日本肢体不自由児協会中央療育相談所で行われている集団指導に、言語治療士が指導者チームの一員として加わるようになったのは昭和45年4月からである。その後毎年1回行われている「幼児集団指導研修会」に向けて、その年に参加していた言語治療士がその時点での主要な活動をテキストの言語領域にまとめることが続いて、昭和52年までの7巻のテキストに収められている。その総計14名の言語治療士が集団指導のリーダーチームのメンバーに支えられ、お茶の水女子大学田口恒夫教授および言語障害研究室の方々の応援のもとに進めてきた活動が、この「言語発達と集団指導」を語る「原典」である。
本章の標題「言語発達と集団指導」は、一般言語発達、つまり言語の正常発達の様相や言語発達遅滞という言語病理学的分類に基づいた障害のタイプに関する治療法としての集団指導について述べることを意図するものではない。意図することは人間のことばの発達をどのようにとらえ、どのようにかかわることが、言語臨床家という人と人とのコミュニケーションの発展に貢献する役割を要請されている職種に携わる者にとって必要かということを、集団指導という活動の中での考察を通して提起することにある。そして本書「新しい療育の実践」を分担するこの本章において、言語治療士という新しい種類の臨床家の養成が試み始められた時代に修業をし、職場に出かけ、その中で行われている活動に出会って9年間、要請される役割を担いながら、そこに残してきたものの意味を考えることは、本書の実践的役割に基礎的な視点を提供できるように思われる。そこでまず変遷の過程を整理してみよう。

1 集団指導における言語臨床の変遷

 1) 先駆的活動

障害児教育の歴史をひもとくまでもなく“障害者”の存在は忌みきらわれて抹殺されたり、哀れみの対象として慈善をほどこされたり、あるいは劣等な者として隔離されたりする時代を経て、医学的治療や特殊教育の対象とされたり人としての権利の認識が広まるにつれ公教育や保育の対象としてとらえられるまでに至っている。
しかしこの過程で、治療教育・療育分野においてなされた配慮は、対象の特殊な面、すなわち障害にのみそそがれており、また障害児は、除去軽減されねばならない障害という否定されるべき状態をもつ存在とみなされている。そして障害児の生活の第一義的目的が障害を軽減することに置かれ、そうすることによってのみ社会生活に参加することができると考えられていた。
言語治療の分野においても、それは例外ではない。社会復帰にはことばも大切であるという認識と、脳性マヒの子どものことばが主として神経筋運動の障害からくるものという知見から、運動機能障害の軽減を目指す訓練(たとえば、噛むこと、吸うこと、吹くことの練習)が広まったという。そしてそのような訓練は、障害の早期発見と早期訓練により効果が期待されると考えられ、就学前幼児の通園指導が開始される時期を迎えていた。

 2) 訓練から遊びへ

花上(高橋)、伊東、松田、中田によりまとめられた第一巻(1)の活動は、障害の除去・軽減を目的とする訓練が生活の大半を占めるような障害児へのかかわりをやめ、子どもとしての生活を基盤にし、その中心である遊びを重視する姿勢が基調になっている。子どもの主たる活動としての「遊び」に示される子どもの自発的行為に着眼し、それが人の(指導者の)かかわり方においてもたらされる面を技法としてとり出すことを学び、35の指導技法に整理している。そして自発性を出発点とする人間の発達の過程を「言語活動の木」として描いている。さらに遊びの場において展開されている子どものコミュニケーションの様相から、言語行動が話しことばという道具的側面のほかに、聞き手、話し手という人的側面、伝えられる内容の側面から成ることに気づき、治療者として3つの側面の同時的発達をはかることが必要だと述べている。これについては高橋がこの章の後に〔付〕として詳しく述べている。
言語治療士の集団指導への参加は、当時の療育界に接した新人の疑問を出発点に、素朴で新鮮な直観と行動力から始まったといえるが、言語臨床の分野に重要で、基本的な問題を提起したと考えられる。

 3) 集団指導のメンバーへ

松岡(2)、浅野(3)、中台(4)による第二巻、目良(5)、中台(6)、杉山(7)、神(8)、小野、浅野による第三巻、浅野、中台、杉山、村元による第四巻(9)においては言語治療士が集団指導の基礎的理論と技法を身につけ、集団の指導者の機能的役割を果たしつつ、実践的充実がはかられた経過が示されている。一回の活動の開始から終結に至るまでの技法の連続的な展開(2)(3)(4)、対人的(5)および言語的相互交渉を誘う技法(6)(7)(8)の展開、指導者の機能的役割分化による活動の展開(9)が示され、指導者の発することばの状況づくりに果たす役割が指摘されている。また役割行為、場面設定など集団指導の技法が言語活動の促進に有効なことが述べられている。

 4) 集団指導における発達的アプローチヘ

五巻(5)、六巻(6)の時期は言語の分野において言語治療から言語臨床へと転換を示した時期と対応する。言語発達の臨床1(10)、2(11)が出版され一つの画期的なアプローチが提唱された。対人関係を重視し、特定の人との愛着関係を基盤的条件に置くアプローチであり、同時に(人為的)集団への参加が発達へ負の影響をもたらすことが指摘されている。
第五巻では村田(12)、上遠野(13)、中田(14)の事例研究が行われている。個々の子どもの発達的課題に集団活動への参加の意味や効果が検討されている。第六巻では中田(15)、上遠野(16)、南条(17)が各々個の発達を集団の発展の過程と対応させてとらえようとする試みがまとめられている。
対象の幼少化傾向、重度・多様化傾向に集団指導の原理や体制を適応する工夫が試みられた時期でもある。専門領域間で発達の節を中心に相対的な役割分化も形成され始めてきている。

 5) コミュニケーションの指導へ

南条、上遠野、中田によりまとめられた第七巻(18)では、集団状況を発達の場としてとらえコミュニケーション行動の発達に必要な状況をつくるための、集団の発達的評価の試みとその指導技法を示している。同時期に言語領域におけるカリキュラムの作製も行われた。集団の活動の発展からもたらされる個の発達の過程が示されている(本書p.112参照)。

  • 従来の言語の道具的側面だけでなく、人的側面、内容的側面の同時的発達が目指される指導であり、
  • 現在の関係の発展がその場にいる子ども各々に人と出会ったり、ことばや行為によるやりとりを促進する活動につながり
  • 同時にそれが言語発達につながる

ことを意味してコミュニケーション行動ということばが使われている。

2 集団指導における言語臨床の特色

これまでの変遷を経て、形づくちれてきたものを特色としてまとめてみよう。

 1) 基本的立場について

 (1) 言語病理学における立場
集団指導の基本的立場を、これまでの言語病理学における基本的立場と対比させて述べてみよう。
子どものことばの発達を考える時、これまでは次のような前提に基づいていたように思われる。

  • コミュニケーションが円滑に行われるためには、その人の住む社会で大部分のおとなによって使われている任意の慣用化された記号体系である話しことばの習得が必要条件であり
  • このことばは、発達的に獲得されるものであり
  • また人間にとって伝達、思考、情緒および自我表現の重要な機能をもつ。
  • その習得および使用に関する障害は、上述の機能を果たせず、またコミュニケーションに参加するための必要条件に欠ける故に問題となり
  • その問題は同時に話し自身の感じ方や話し手をとりまく周囲の人の態度と相互に作用し合い、問題の性質、大きさを左右する(19)。

 そして、これらに対する治療の方向、目標としては、問題の縮小、すなわち話しことばの習得、使用に関する障害自体の除去、軽減および作用因としての本人とまわりの人の態度の改菩である。
これは話し手という個に着目して進められる立場ということができる。ここでは、障害の有無、障害の程度の軽重によって分けられる方向と、障害を無くする軽減するという名のもとに一方向的な目標が追求され、その目標に達するまで障害者としている、すなわち、人としての存在を否定される状態がつくられやすいという問題をもっている。

 2) 集団指導における立場

これに対して集団指導においては次のような前提に基づいている。

  • コミュニケーションは言語能力が獲得されてから開始されるものではなく、人の存在する場においていつからでも展開しうるし、いつでも行われている。
  • コミュニケーションの方法は、その場において人と共有しうる性質をもつものであることが必要であるが、話しことばに限られてはいない。
  • 複数の人が存在するコミュニケーションの場においては、各々の人の関心、状態、能力などの条件の違いは当然であり、またそこに成立する人と人との関係も多様である。
  • ここではコミュニケーションの場に在る人が、どの人も各々参加しうるような活動状況をつくること、共有しうるコミュニケーションの方法や内容を開発しながら、人と人との相互関係を発展させることが目指され、それが治療と呼ばれる。
  • ここではことばの発達は目標というより、関係の発展の途上においてもたらされる一つの結果と考えられている。
  • そして伝達、思考、情緒、自我表現という諸しことばに備わる機能も、関係の発展の経過で個において成立するものであり、ことばの有無にかかわらずもたらされうる。
  • したがって、ここでの治療の方向は、障害自体および障害をもつ人に対処してなされることではない。子どもとそのまわりの人との間に成立している関係に働きかけてその関係の発展をもたらすことが治療として目指されている。これはその人の言語能力という個から出発するのではなく、話し手間き手など言語活動における人と人とに成立している関係を中心において進められる指導である。そこでは、人と人との多様な関係のどこからどの方向へも展開することができ、たとえば治療者と治療を受ける人という関係に固定されず、治療の場においても人として、存在することができるという利点をもつ。また生活の発展に役立つ治療や生活の発展が治療的意味をもつ方向につながりやすい。
 3) 言語の関係的側面について

ことばは人間の身体から産出されていることから、物的性質に規定されているのであるが、同時に人間の表出する行為の一形態として関係的側面をもっている。人と人とのコミュニケーション活動を成り立たせているのは、話し手の話す能力のみではなく、聞き手という相手の人の存在および話し手と聞き手の間に成立している関係が重要な意味をもつ。

  • 親-子、きょうだい、夫-妻、友人、同僚、上役-部下、師-弟子、容-店員など相手と結んでいる関係で変わる面がある(役割)。
  • 同一の相手に対しても、どんな場面で話すかによって話し方も内容も変わる。子どもが家で泣き出した時と、音楽会場の時、同僚との仕事中と休み時間の会話、親子の日常場面と社会的場面での会話など(場面)。
  • また同じ状況、同じ役割関係にある人でもどのようなかかわり方をしているかによっても異なる(かかわり方)。話すことに精一杯でまわりが見えない(内在的)、相手の反応に即しながら話す(内接的)、相手と相談しながら話す(接在的)、相手に命ずるように話す(外接的)、相手におかまいなく話す(外在的)
  • また相手の行為のどの過程に関して述べるかという違いもある(過程性)。相手の行為の目的に関して作用するものとしては「映画へ行こう」「私にちょうだい」等がある。相手の行為の経過に関しては、たとえば子どもの洗濯をする行為に合わせて「ジャブジャブ」、坂道を登る時に「ヨイショ」と声をかける等である。行為の結果に関しては、ままごとで差し出されたお菓子を受け取りながら、「おいしいね」。聞かせてくれたお話に対して「おもしろいね」などがある。

・心理劇的役割

  • 怪獣になって「ウォー」とうなっている子どもに、「もっと大きい声で」と監督的役割、「まいった、逃げろ」と演者的役割や「ウォー、強いんだぞ」と子どものつもりを伝える補助自我的役割、「出てきた、おもしろいなあ」と観客的役割など役割によって異なる受けとめ方がある。いくつか集団指導の基盤となる関係学の用語に対応させて、(本書p.39参照)

ことばの関係的側面を述べたが、ことばがどの関係においてどんな意味をもち、関係の変化によって意味の転換がどのようにもたらされるかを知ることは、指導にとって重要である。

 4) 治療法の性質

集団指導の指導者としては、眼前に展開されている子どもの活動のどこにどのように働きかけて発展をはかることができるかについて知らなければならない。上述した関係的側面に基づき場面設定に関する技法、役割取得、賦与の技法、かかわり方、過程のどこを促進するかを考えるなど、言語領域においても様々の技法が開発されてきている。
これらは障害の原因を想定して治療法を導き出す病気への対処の仕方とは異なる。また教育保育分野における目標が先行して進められる指導とも異なり、さらに子どもの活動に即して進められる指導とも異なっている。子どもの活動と指導者の側の治療的意図を統合して展開しうる指導技法である。

 5) 集団指導における集団について

これまで述べてきたように、集団指導の基本的立場は関係の発展にある。この原理は複数の子どもや指導者から成る集団においても、通常個人指導と呼ばれる母と子と指導者から成る集団においても、あるいはいく組かの母子が合同している集団においても展開する。相手が一人であっても、そこに成立している関係を基に進められるのであれば集団指導であり、逆に“子ども集団”のように多数の人がいても、その場の関係の発展が目指されているのでなければ集団指導とはいいがたい。すなわち、ここでの集団は人の集まり自体を示すのではなく、関係の展開する場を意味している。このことは集団を発達の場として位置づけていても、多様で豊富な刺激をもたらす場として意味づけたり団体生活の規律の習得、生活習慣の自立に価値を置く立場とは区別されるし、また個と個のぶつかり合いから生ずる対立、矛盾をはかる立場や、自然発生的な群れとしての集団とも異なる。
集団への参加に関して言語臨床の分野から提起されている警告(10)(11)は、乳児段階の母親との信頼、依存、愛着関係の形成、確立期にある子どもに人との間を切断して規律や習慣形成という物的関係のみが強化されたり、まわりの人や物からの働きかけを安定して受けとめられず不安状態にある子どもに、多様で予測のつかない大量の刺激の場を用意したり、葛藤、矛盾状態を作ることによる不安、緊張を強めて自己領域の縮小をもたらすことに対してなされていると考えられる。
集団指導においては、母親という特定の人との間における安心、信頼、依存、愛着関係は、関係の発展の過程で関係を担う両者にもたらされるものと考え、また今成立している母子の愛着関係を出発点にして重視しながら、関係全体の発展をはかることが進められている。さらに子どもと指導者で展開する活動の場においても、各々の子が安定できる領域の設定や、指導者チームにおいて、母親の接し方を集団の役割機能として位置づけるなどにより、言語発達の原理を生かした指導が進められている。

3 言語発達指導の実践

つぎに集団指導において展開された言語領域の指導を紹介してみよう。前項の特色で述べた技法を中心に整理したものである。(1)では参加してている子どもの集団の特性に対応する技法の展開、(2)では言語領域の個別的な課題を関係の展開において解決する技法が述べられている。

 1) 集団指導におけるコミュニケーション行動の発達とその指導 *)

当所の1976年度通園部門の、3~6歳の子どもを対象として行われた集団指導から関連する指導技法を紹介する。
 (1) グループA
<特性>
自己との関係:まだ母親と未分化であるが、指導者が補助的にかかわることによって、集団の中で安定できる。
人との関係:人の動きに気づき、物や指導者を媒介に人とかかわることができる。
物との関係:目立つ物・自分の好きな物との間で、活動が持続しやすい。
状況へのかかわり方:状況を分化してとらえられていない。その場での活動を楽しむ。
<言語活動のねらい>
自己が安定できる状況の中で、行為に伴う声やことばを媒介に、相手の行為やことばに気づく体験をしながら、対人的役割行為がとれるようにする。
<技法>
① 自己の安定する場を、人と共有する場面を作ることによって、子どもが人に気づきやすくなる技法。
たとえば、指導者の、全員がトランポリンに乗った時に「ユーラ、エーラ」と言いながら、揺らす行為がある。
各々、自己安定的な、共通力動体験をしながら、一緒に揺れている人に気づいていく。
② 行動を言語化することによって、活動を高め、していることをはっきりさせる技法。
たとえば、各自いすにすわり、指導者と共に「ゴットン、ゴットン」と言いながら、電車ごっこをして、目的地へ向かって行く。
行動を言語化することで、自分のしていることが、はっきりしてくる。自分も声を出していくなかで、目的へ向かう活動が高まっていく。
③ 高い所など、空間領域を拡大し、子どもが人に気づきやすくなる技法。
たとえば、子どもと指導者が坂の上(歩行訓練用スロープ)にいる。指導者が坂下の子どもに「オーイ」と呼びかける。子どもも、高い所から人を見て、自分も声を出してみる。
新しい空間体験から、人に気づきやすくなる。また自分も、高い所から人に呼びかけたい気持ちが高まって、人へ働きかける気持ちが育っていく。
④ 新しい物に出会う時に、みんなで、それを動かしたり、その動きを表現したりする活動を通して、新しい物に気づきすくする技法。
たとえば、どんぐりをころがしてみて、「あら、コロコロコロ……」とか「こんなの(と、手で形を作ってみる)」と言いながら、見て楽しむという場面がある。
新しい物に出会う時、それを動かしてみたり、その変化を表現したりすることで、物に気づいてく。
⑤ 子どもが気づきやすい動きを、指導者がすることによって、子どもの自発的な働きかけを促す技法。
たとえば、ボールを集めてかごに入れている。指導者がそれを取りに来ては、驚きを表現して戻るということを繰り返すうちに、人に取りに来てもらいたい期待が育って、自分から「オー!」と呼ぶようになった。
自分の活動にかかわる人に気づき、その人との間に期待が育つ。自分の活動がはっきりしてくる。自分で人に要求を表現する方法に気づくということがみられる。
⑥ 子どもの役割への期待を、指導者がことばで表すことによって、子どもにその役割を気づかせる技法。
たとえば、遊園地の受付の係りをしながら、「お答さん来ないねー」と指導者がそばにいて言うと、そのことばで、前方から近づいてくる人に気づき、「アー!」と知らせるという場面がある。
人のことばに誘われて、状況およびそこでの自分の役割に、気づくことができる。

*) この項は上遠野待子、南条恵薬子、中岡雅子;集団指導におけるコミュニケーション行動め発達とその指導、1976年、第21回肢体不自由児療育研究大会、発表原稿の一部を加筆訂正したものである。

 (2) グループB
<特性>
自己との関係:集団の場において、自分の好きなこと、したいことなど、自分のつもりが成立している。
人との関係:周りの子どもの存在には気づいているが、自発的に働きかけることはしない。自分の要求を指導者に伝えたり、自分の気持ちに即してくれる指導者の動きは気づきやすい。
物との関係:集団活動の中で、目立つものには気づきやすく、近寄って行く。
物の用途やその使い方を知っている。
状況へのかかわり方:現在展開されている活動を楽しむが、行為の結果についての予測や見通しはもっていない。
<言語活動のねらい>
自分の活動領域を確立・充実しながら、物を媒介として、人に働きかけたり、人からの働きかけを受けとめたりする体験を通して、子どもの伝達の対象や内容を広げる。
<技法>
① 活動の生活場面化による、子どもの表現活動を促進する技法。
指導者が、子どもの動きや関心を示している物を、生活場面に使われる動きや物に見たてる。たとえば、食べている・寝ている・おふろに入るなど。
子どもになじみのことばが多く、日常生活での行為を展開しながら、表現活動が高まりやすくなっていく。
② 出会い場面の設定による、子どもの人とのやりとりを促進する技法。
たとえば、活動のひとつの場を、お店に見たて、売る品を用意する。店の品や売り声にひかれて子どもが来る。
子どもに、売る人・買う人の役割が分化し、品物の選択・受け渡し、お金の受け渡し、などの、人とのやりとりが展開し、相手にむけてことばを発する機会が増していく。
③ 伝達用具の設置による、子どもの自発的伝達行為促進の技法。
たとえば、活動がいくつかの場に分かれて展開している時、おもちゃの電話、ジャンピングバーニーなど、場をつなぐ遊具を2つの領域に置く。
子どもが電話をかけ、受け手からの応答を得て表現活動が活動が活発になっていく。対象を意識して話す、伝達内容を考えるなど目的的な言語活動が展開されていく。
④ フープの立体空間規定性を利用して、子どもに伝達内容への関心を育てる技法。
たとえば、製作活動の過程で、各々今している活動に埋没している状態のとき、注意をひきやすいフープをTVに見たて、TVの中で次の行程を知らせる。自発的に見たり聞いたりしながら、自分の今している行為の先を予測して、活動する体験が育っていく。
⑤ あてっこ遊びによる、子どもの話す人と聞く人の役割分化を促進する技法。
たとえば、遠足の様子を話し合っている場で、個々に話し出し、他の話を聞いていないとき、「何に乗ったかあててごらん」と、1人ずつ、集りの中央で、乗物を動作や声で示し、他の人があてる。
やってみる、あてる役割をとりながら、人に話す、人の話を聞く体験が育っていく。

 (3) グループC
<特性>
自己との関係:集団の場において、状況の変化に即して、自己を変化させて、ふるまう。
人との関係:相手の役割をとらえ、役割にあった働きかけをしたり、状況全体に働きかけることができる。
物との関係:物を創造的・構成的に使うことができる。
状況へのかかわり方:自分のしたいことを、先の予測・見通しとの関係で発展させていくことができる。
<言語活動のねらい>
多様な役割体験をしながら、子どもの創造的な表現活動を促進する。
状況操作の方法としてのことばの使い方を知る。
<技法>
① 活動領域全体を見る場面を設定して、子どもに活動の動機を成立させる技法。
たとえば、自分のしたいことが見つからない時に、「お山の上にのぼってみよう」と誘う。指導者のことばかけをきっかけにしスロープを登って行く。お山の上から「~が見えるね」「~ちゃんのお家が見える」など、物や他の人の動きをはっきりとらえることをきっかけとして、活動の動機が成立しやすくなる。
② 連絡機能を持つ場面の設定によって、子どもからの集団全体への働きかけを促進する技法。
たとえば、指導者が郵便局あるいはテレビ局という場面を設定する。指導者は子どもからのニュースを受け、手紙あるいはニュース、広告で伝えることによって、全体に知らせたいという子どもからの活動を促進させたり、メッセージを受けとる期待を育てたりする。交流活動が、状況全体に展開されていく。
③ 自己の活動を集団場面に投影することにより、子どもの集団の構造や発展の経過を統合してふるまとうことを促す技法。
たとえば、店や家などの3つの場面が同時に展開されてきて、これから町内のみんなでバス旅行をするという場面がある。イスを並べてバスにみたて、その中で、「右に見えますのが~屋さんで、あれが○○ちゃんのお家です」という、バスガイド(指導者)の説明をする。そこで、子どもは、自分の活動が集団場面に投影され、集団の中に位置づき、活動の軌跡があきらかにされる。それによってバスから降りた後も役割を継続し、他の人との交流が活発に展開されていく。
④ 役割連担の場面設定をしながら、子どもの、全体状況を変化させる体験を育てる技法。
たとえば、指導者が野球場という場面を設定すると、役割を子どもの方から自発的に連担しながらとっていく。子どもは、役割にあったことばを全体にむけて話すことで、状況が変化する体験をしていく。
⑤ 新しいものに触れたり、見たり、人のイメージ表現を聞いたりしながら、自分のイメージを広げて、自由に表現する技法。
たとえば、みんなでほおずきを見て、袋(がく)の中に何が入っているかを、さわってみて、感じたことを言いあう。そして、袋の中の実を出す時に「洋服をぬがせようか」とか、実を、「顔みたいね」と、物を人にみたてながら、イメージを広げていく。
みんなで、見る・聞く・話すという活動を活発化していく。

 2) 集団指導における対人行為を促すかかわり方*)
-間題解決場面において-

母子間の愛着関係が成立し発展していながら、ことばの発達の伸び悩みや対人行動上に特徴を示す子どもがいる。対人行為の促進やことばの発達を妨げていると考えられる幾つかの問題について、その問題が集団指導場面において、どのようにとらえられ、位置づけられて解決していったかを、K君を例にして考察する。

*) この項は、上遠野待子;集団指導における対人行為を促すかかわり方。幼児集団指導 Vol.6、1976.pp.104~111の一部を転載したものである。

 (1) 人との距離、接近に対する不安へのかかわり方
<内容>
人が近づくことで自己が不安定になり、遊びの充実がなされないまま、次から次へと遊びを変えたり、うろうろしている子どもに対しての指導である。
(例)
① K男:かごに入ったミニチュアの食べものを持って来て円台のところにすわる。かごから全部出して、食べものを出したり入れたりしている。繰り返しやる。
指導者:「お野菜ください」と言いながらK男のそばに近づく。
K男:「ヒュー」(ピッチの高い、力の入った声)と声を出しながら、来るなというしぐさでバイバイをして、円台の所から、かごを持って昇降スロープの踊り場に移動して行く。そこで繰り返し出したり入れたりをしはじめる。
② しばらく後、指導者がK男に近づこうとする。
K男:「ダダダダ」と声を出しながら来るなという動作でバイバイをしている。
指導者:「いやなの」「来ては困るの」「じゃ、ここにいよう」と昇降スロープの階段の下にすわる。K男は踊り場で継続して繰り返し遊んでいる。
階段の下にすわりK男と同じミニチュアの食べ物を円筒の中に入れたり出したりしている。そばに、ダックボールも用意してある。
③ K男:階段の下の指導者を時々チラッと見る。
④ K男:自分から階段を降りていって、指導者のところからミニチュアの食べものを取って、もとの所にもどる。出したり入れたり繰り返しやる。
指導者:「アヒルさんにもくださいな」とダックボールで床をトントン鳴らす。
K男:繰り返し続ける。
指導者:円筒を2つとダックボールを持ってK男のそばへ行く。K男のそばに円筒を置く。
⑤ K男:2つの円筒にミニチュアの食べものを入れる。
指導者:「アヒルさん、こっち」とダックボールを一方の円筒に入れる。
K男:筒をのぞく。
指導者:筒をのぞく(顔と顔が接近するほどに人がいても平気)。
K男と指導者:ミニチュアの食べもの、かご、円筒、ダックボールで遊びが展開されて行く。
<考察>
①の段階で指導者の接近を拒否して場所を変えていることから、人が接近したことで不安レベルが高められたことがわかる。
②のところで子どもと人との接近距離を見てみると、指導者は子どもが許容した位置まで接近してかかわっている。
③~⑤では、指導者は、子どもに対してでなく物(子どもの関心のあるもの、共通性のある物)に対して働きかけ、子どもには指導者自身の活動を見やすい状態にしておく。物と指導者との間に入りやすい状況を作ることにより、子どもが不安を感じずに接近しやりとりを始めることをねらいとしているかかわり方であると言える。
 (2) 人との対面を避ける子どもへのかかわり方
<内容>
K男が行こうとしている方向に歩いている途中、人がK男に向かって歩いて来る。K男は目的の場所へ、その人との対面を避けるようにして、途中から遠まわりして行くという行動が見られた。対人場面や人と対面的に接する状況において、気持ちが不安になったり、避けようとしたりする傾向がある子どもに対する指導である。
(例1)
K男:昇降スロープの階段側から登って行く。人(子どもの時もあり、指導者の時もある)がスロープの側から登って行く。
K男:人と出会った所で泣く。
指導者:「私、すべりに来たのよ」とすぐスロープをすべって行ってしまう。またスロープを登って来て、すぐ向きをかえてすべって行ってしまう。
K男:踊り場のところに落ち着いて遊びをしはじめる。
(例2)
K男:ミニチュアの食べものをかごから出したり入れたりしている。
指導者:K男の今、遊んでいる遊具に関連するような遊具を車に積んで、郵便屋さんのように届けに行く。「ハイ」と渡し、すぐ、もとの所にもどって来る。また遊具を積んでK男の前に「ハイ」と手渡し、循環的に円を描くようにしてかかわる。何度もしているうちに、運んで来る指導者に身をのり出すようにしてくる。K男のそばにいる指導者が、「来るかなあ、来るかなあ」と言ってあげると、より期待している様子が見られた。
(例3)
K男:小さい窓がたくさんついているついたてのところで窓を開けたり閉めたりしている。
指導者:反対側にいて、K男が窓を明けた時、瞬間的に顔をかくしたり、K男が窓から顔を出して来た時に「バイバイ」と窓を閉めたりする。
K男:窓を開けたり閉めたりしながら、反対側の指導者に向かって顔を出したり引っ込めたりするようになり、人とのやりとりを楽しむようになる。
(例4)
K男:人の動きや物の使われ方を、遠くからじーっと見ている。
指導者:K男の好きな箱車を引っぱってK男のところに来る。K男を乗せて、集団内の各コーナー間をぐるぐる回って歩く。出会った子どもや指導者たちに「こんにちは」「バイバイ」と言ってはすぐ通りぬける。
K男:箱車に乗りながら、他の子どもや指導者の動きをじーっと見ていて、自分の方からバイバイをする。
<考察>
例2の郵便屋さんのように循環的な動きでかかわることにより、子どもの方から人が来るのを期待して待つようになる事実から、自発的に人に向かって来る行為を誘うような指導者の動きの意味が認められる。
例3の窓のたくさんついたついたては、窓の開け閉めで瞬間的に人の顔が見えなくなったり、人の顔を見るのがいやになった時には、いつでも自分の方で窓を閉めることができるという良さがある。
例1~4のいずれも、子どもと人との対面が瞬間的であることで、対面場面における不安レベルをさげる方法と言える。指導者は、無理に働きかけたり、話しかけたりすると、よけいに引っ込んでしまう子どもにおいては、対面的な関係を一時的にそらし、指導者自身の自発活動を(子どもと瞬間的、継続的に対面場面を持ちながら)発展させ、子どもの気持ちが、人にむかって来た先で出会うことによって対人関係を促進させていると言える。


主題・副題:幼児の集団指導-新しい療育の実践- 153頁~169頁