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報告「イタリアのインクルーシブ教育の実際」

青木千枝子
音楽療法士
2011年12月6日

目次

1.はじめに

2.イタリアの障害者制度:障害のある子どもの教育と学校教育の権利

3.中学におけるインクルーシブ教育の実際

4.医療・教育・福祉の連携

5.教会の役割

6.所見

1.はじめに

イタリアで、子育てをしながら、ある中学に出会い、衝撃を受けました。イタリアでは、幼稚園から大学まで、インクルーシブ教育が行なわれていますが、この中学の取り組みに感動し、もっと知りたいと強く思うようになりました。

イタリアに留学してから、私の人生は大きく変化しました。目的は、声楽の技術を磨くことでした。本場イタリアでオペラを勉強し、声楽を追求する上で、正しく表現する方法、つまり正しいテクニックが如何に重要であるかがわかりました。私は往年の名歌手達の“声”に憧れ、呼吸法や発声法を現在でも追及しています。彼らは自由自在に声をあやつり、歌を表現しています。それでは表現とは何でしょうか? 最初に、言葉の持つ意味を充分に理解することが必要です。例えば日本人が無意識に日本歌曲を歌うように、イタリア語など外国語も同様の域に達しなければなりません。

それでは声楽とは何か?声の技術と言葉の勉強だけでいいのか? 音楽全体の持つ意義は何か?私は声楽を通じて音楽を広く考えるようになり、常に疑問を持つようになりました。

さて、音楽の国イタリアでの体験は、それまでの自分の閉鎖的な考えに衝撃を与え、大きな変化をもたらしました。つまり歌唱、または音楽をするという行為は決して特別な行為であってはいけない、毎日普通に自然に生活しながら音楽に接することが大切だ、ということに気が付くようになりました。

音楽は生活と共存していますが、時々私達はそれに気が付かない場合があります。それまで必死に声楽を勉強していた私は、やはりそれに気が付きませんでした。確かに音楽は、生活に不可欠です。学校において、そして家ではテレビやラジオ、さらにCD・演劇・オペラ・ミュージカル・コンサート・体操・ダンス・遊びの中で、常に音楽は存在します。最近はインターネットの普及やアイポッドなどの携帯音楽プレーヤーなどにより、大量の曲を聴くことが可能になり、地下鉄や電車などの交通機関において長時間聴いている姿が日常的に見られます。よく観察してみると、彼らは音楽を聴きながら目を閉じていたり、何気なく足を動かしていたりします。中には音楽を聴きながら、本を読んだり、歩いたり、ジョギングしたりする人もいます。

音楽と生活を考えた場合、生活の中で自然に入ってくる音、学校の授業で習う曲、母親や祖母が歌っていた曲など、人それぞれに思い出の音楽があると思います。音楽を聴くと記憶が蘇ってきたり、癒されたり、元気になるなど生活が改善したりします。この偉大なる力(エネルギー)の可能性を知り、信じるようになりました。

出産後、私と音楽の関係の中に子どもが深く入り込んできました。これは私自身にとって、自然の成り行きでした。声楽を勉強していく過程で、子どもと関わり合いながら、今まで気がつかなかった最も大切なもの「心」を子どもが教えてくれました。偉大なる力というのは、「こころ」ではないかと感じています。音楽は、人間の心を直撃し、感動を与え、深く記憶に残ります。

ところで、冒頭に述べました中学の話に戻ります。私自身音楽を勉強してきましたので、この中学の音楽教育に魅力を感じました。特にイタリアで音楽療法と出会った私は、この学校で障害のある子どもを教えている音楽の先生方の指導内容や指導法に高い関心を持ちました。この中学全体を調査し、取り組みを知れば知るほど、インクルーシブ教育の大切さを感じるようになりました。

障害のある子どもが通常学校で生活したり、学習できる環境が整えられているのは、法律によって学校教育や教育の権利が保障されているからです。この法律によると、インクルーシブ教育の概念は、障害のある子どものニーズによって学校教育が保障されているのみならず、子どもの能力を学習・身体・社会・情緒・感覚の各方面から観察し、支援し、さらにそれらの能力を発展させていくものです。

また、障害のある子どもが安心して学校生活や家庭生活ができるよう、医療・教育・福祉の連携も保障されている支援の実際も報告したいと思います。最後に、教会の実際の取り組みに関しても、報告します。カトリックの総本山バチカン市国があるイタリアの宗教が、学校の授業の中に組み込まれています。長い歴史から培われた伝統と習慣で築き上げられた生活が、現在も営まれています。中学同様、この教会の役割に関心を持ちましたが、通常学校におけるインクルーシブ教育のような環境が、学校以外で行なわれていることに驚きました。こういう現状を知れば知るほど、イタリア国民の思考の根底にカトリックが深く根づいているのではないかと強く感じています。

2.イタリアの障害者制度:障害のある子どもの教育と学校教育の権利

イタリアでは、障害のある子どものみを対象とした学校は完全に廃止され、障害の有無に関わらず、通常学校に就学することにより、国で全ての子どもの教育を保障しています。また、学校を選択する権利が保護者にあります。

イタリアでは、法律第104号「障害者の支援・社会統合・諸権利」が1992年2月5日に制定されました。この法律は広範囲に渡って記されていますが、この中の第12・13条に、「障害のある子どもの教育と学校教育の権利」が含まれ、幼稚園から大学まで全ての学校教育段階で、インクルーシブ教育が保障されています。ここでは、法律に記されている最も重要な証明書に関して紹介します。

「障害のある生徒の証明書」は、家族が就学のために準備する証明書で、障害の認定書と機能診断書の2種類です。入学の際、通常学校の学校長にこの証明書を提出し、支援教員など、個人のニーズに応じたインクルーシブ教育を申請することができます。

要するに、イタリアのインクルーシブ教育を支える制度的な仕組みとして、障害の認定、機能診断書、機能プロフィール、個別教育計画書の4つの枠組みが上げられます。

障害の認定とは、保健省管轄の地域保健機関により認定業務が行われており、社会保障保険公社により保障されます。

機能診断とは、1992年制定、法律第104号第12・13条に保障されているように、子どもの障害の種類や程度及び症状などを記入し、身体・精神的な機能を分析した診断書で、就学のための最初の証明書です。これは、障害に関する専門医、児童・思春期精神神経科医、リハビリを担当するセラピスト、国家資格を持つ臨床心理士など、様々な分野の専門家により作成されます。

機能診断書は、各州の規定の用紙があるので、それに従って作成され、次の項目と、下記に示されている全ての機能を検査し、記述します。

a)氏名・生年月日
b)家族に関する情報;構成、家族の健康状態、家族の職業、住宅環境など

機能診断は、次の項目が必要です。

1)既往症・病理学上の診断
2)障害に関する専門医による医学的な診断、または臨床心理士(国家資格)による診断が必要です。

さらに、次に示す各機能の特徴を考慮しなければなりません。

a) 知能
b) 行動・社会性(情緒・対人関係)
c) 言語
d) 感覚機能'(視力・聴覚)
e) 動作・運動
f) 精神神経
g) 自立心(個人・社会的)

機能プロフィール
1994年2月24日制定の法律では、次の内容が記されています。機能診断の次の段階の証明書として、機能プロフィールがあります。通常学校入学後、短期間(6ヶ月間)、または中期間(2年間)における、障害のある生徒が所有している能力の成長の成果を優先的に示します。機能プロフィールは、障害に関する専門医・セラピスト、学校における担任教員・支援教員などにより作成されます。これは、下記の各項目に関して、直接的な観察にもとづく報告を、生徒の家族の協力により分析して記述します。

機能プロフィールは、次の事項を含むことが必要です。

  • 生徒の機能診断
  • 短期間または中期間における、下記に示す各機能に関しての生徒の成長分析
    1. 知能
    2. 行動・社会性(情緒・対人関係)
    3. コミュニケーション
    4. 言語
    5. 感覚機能(視力・聴力)
    6. 動作・運動
    7. 精神神経
    8. 自立心(個人・社会的)
    9. 学習

機能プロフィールの評価に関しては、幼稚園2年生の終了、小学校4年・中学校2年・高校2年と4年の各終了時に行ないます。また、更新に関しては、幼稚園・小学校・中学校2年が終了する際、高校の中間時に実施されなければなりません。(*)

*注:
イタリアの各学校種ごとの修業年限は次の通りです。
幼稚園:3年
小学校:5年
中学校:3年
高校:5年(2年+3年)
大学:5年
義務教育は、小学校・中学・高校2年までの10年間とされています。
ただし、高校卒業資格は、5年間終了後、卒業試験に合格した際に得られます。

個別教育計画書は、1992年制定、法律第104号第12条の第1項から第4項により、教育と学校教育の権利を実行するため、障害のある子どもの一定期間における状態を観察して作成します。
1項) 0才から3才までの障害のある子どもは、保育所に入ることが保障されている。
2項) 障害のある子ども・障害者は、幼稚園及び全ての学校教育において、また大学においての学校教育の権利も保障されている。
3項) インクルーシブ教育は、障害者の学習・コミュニケーション・対人関係・社会性に関して発展させるという目標がある。
4項) 教育と学校教育の権利は、学習の困難、または障害から生じるその他の困難によって阻止されることはない。

個別教育計画書は、医療関係・教育心理士・ソーシャルワーカー・家族の協力により、担任教員・支援教員・支援員により作成される書類です。評価に関しては、3ヶ月ごとに実施しなければなりません。

第12条第5項によると、「障害のある子どもの機能診断書・機能プロフィール・個別教育計画書は、保護者・医療関係・各段階の学校・教員・支援教員の協力、教育省が定めた教育心理専門家の参加の上、作成されます。プロフィールは、身体的・精神的・社会的・情緒的な特徴を示し、障害による学習の困難、そして回復の可能性を支援し、啓発します。さらに、障害のある子どもの文化的能力に関して強化し、尊重しながら発展させていきます。」

特別な教育ニーズを持つ子どもに対して、個別に必要な教育を施し、インクルーシブ教育を保障することにより、通常学校での学習活動への参加や集団生活を平等に保障しています。障害のある子どもの支援はもちろんのこと、インクルーシブ教育により、個人に応じた生活学習能力向上を保障している最も重要な内容です。

さらに、市・県・州が、学校・地域保健機関などと共に、各機関の資金拠出・提供可能なサービスに関して、規定した公的契約としてのプログラム協定があり、教育との連携を確実なものにしています。

3.中学におけるインクルーシブ教育の実際

これから、実際の調査によるある中学の報告をさせていただきます。この学校は、国立中学、1学年3クラスで3学年まで、各学級平均人数25名ですが、障害のある生徒が数名在籍しています、特にインクルーシブ教育に力を入れ積極的な取り組みをしています。入学前の説明会やオープンスクールにより、学校の教育方針、主にインクルーシブ教育の説明と理解を保護者に求めています。

学習内容・試験

障害が認定されている生徒の中で、身体・知的・学習・視覚など異なる障害のある生徒が各クラスに在籍しています。その他、外国人で障害のある生徒や、障害が認定されていない生徒で、両親離婚などによる心理的に問題をかかえている生徒なども少なくありません。障害のある生徒のニーズにより、登下校の時間・欠席・授業時間など柔軟に配慮しています。通常、障害のある生徒は、病院の通院、リハビリなどに通っているので、遅れて学校へ来たり、授業の途中で早退したりすることが配慮されており、生徒の健康的・心理的な管理を優先しています。

必修教科は、国語、数学、理科、イタリア・世界地理、イタリア史、2外国語( 英語・仏語 )、美術、技術、体育、宗教(カトリック)、音楽、楽器です。学習内容に関しては、やはり障害のある生徒の個別教育計画にもとづいています。各生徒のニーズに合った内容で、軽度の生徒には、授業内容を支援教員が簡単にまとめ、それを個別に指導します。重度の生徒に関しては、家庭や医療と連携しながら、個別指導を中心にしています。試験内容も個別に準備され、時期も他の生徒の試験期間に特に合わせることなく、チャンスを何回も与えるようにしています。通常の成績評価は10段階ですが、試験の点数や評価に関しては、各生徒の目標に合わせて配慮しています。

音楽教育(授業・活動・発表会)

ここでは、この中学の最大の特色であります音楽教育に関して紹介します。

障害の有無に関係なく、学校生徒全員が週一回の個人レッスンを受けています。楽器は、ピアノ・バイオリン・ギター・フルート・クラリネットの5つです。入学後、障害のある生徒を含めた中学1年生全員に対して、一学期間、音楽に必要な読譜やリズム・音程などを実践するソルフェージュ指導が行われます。楽器の経験に関しては様々で、全く経験がない生徒から音楽院に通うような生徒もいます。教員は、生徒一人ひとりの能力を認識し、個人に合った教材で指導します。各生徒のレッスンノートがあり、先生が毎回ノートにレッスン内容や注意事項などを詳細に記入し、家で練習する目安にするよう指導しています。家庭との連絡帳の役割も果たしており、保護者は確認をしたり、先生に不明点・疑問点などを問いかけたり、面談の希望を記入したりすることができます。2・3学年に関しては、オーケストラの授業があり、障害の生徒を含めた全生徒が受けます。編成はバイオリン・フルート・クラリネット・ギターですが、障害のある生徒もピアノや打楽器など個人に合った役割を分担し、指導してくれます。また、オーケストラ以外の合奏のプログラムもあります。例えば障害のある生徒が伴奏者としてピアノを担当すると、他の生徒がフルートやバイオリンなど、その他の楽器を演奏して二重奏や小編成で練習し、最終的にコンサートで発表します。

生徒全員が個人レッスンを受けたり、合唱・合奏する音楽教育が、障害の有無に関わらず生徒の心理・精神面を支えていると感じています。その証拠に、ほぼ全員の生徒が、「音楽が好き、学校が好き」という感想を持っていることに驚き、印象深く思いました。音楽を通じて人間形成や情緒の安定を図り、勉強の意欲を持たせるという相乗効果が生じています。

この中学の音楽教育以外の特徴としては、障害のある生徒を囲むグループ学習や学年を越えた縦割りグループ授業などの交流教育が行なわれており、また一斉授業と個別授業が効果的に行なわれています。

支援教員・支援員

学校においては、障害のある生徒に対して支援教員・支援員制度があり、教育委員会が各学校の支援教員の配置や時間数を決めます。支援教員は、その資格を持つ教員です。この中学には、各学級に、おおよそ2~3人の支援教員がおり、他の教科の教員と連携を取りながら、機能プロフィールと個別教育計画書を作成し、主に学習を指導します。教室外での個別の取り出し授業・まとめ・試験勉強などのサポートもします。また、障害のある生徒のみ担当するのではなく、支援教員は教室運営にたずさわり、学級全体の指導をするという役割も果たします。そのため、必要に応じて他に学習が必要な生徒も指導したり、数人の小グループ学習などを行なっています。さらに、家庭と医療の連携の役割も果たしており、面談や連絡帳・宿題・試験内容確認をしながら、生徒の学校生活や学習を支援しています。

障害が重度の場合は、支援員が配置され学校生活をサポートします。支援員は、資格を持っていなくてもできますが、障害に関する専門的な教育や研修の経験を持つ人で、教育委員会の登録が必要です。具体的な支援員の役割は、個別に気分転換が必要な場合、休み時間のサポート、支援教員の補助、トイレや食事のサポート、送迎車⇔教室間の移動など様々ですが、特に学習以外の生活の指導にあたります。さらに、野外学習・研修旅行・スキー教室・音楽会・演劇発表会・学園祭などの活動に関しては、障害の有無に関わらず、全ての生徒が参加をするので、支援教員と支援員が必ずついてサポートしています。

支援の環境作り

学校長と職員の連携、支援教員・支援員と他の教員との連携、教員と生徒達の信頼関係構築、学校と家庭の各連携体制が成立している結果、学校全体に支援の精神が浸透しています。

障害のある生徒が入学する際、学校長は、まず機能診断書を参考にしますが、そればかりではなく家庭や病院など、外部機関との連携を取りながら、支援教員が中心となって作成する機能プロフィール・個別教育計画に、学校長も実際に関わり、きめ細かい配慮をします。これが、障害のある生徒に関わる教員や支援教員・支援員の共通の認識や理解につながっています。

さらに、中学で共生社会が実現されています。用務員の1人が障害者(ダウン症)の25才の男性、音楽教員の1人が視覚障害者で、盲導犬と共に教授しています。音楽発表会やコンサートでは、この教員も参加し、素晴らしい演奏を披露していますが、圧倒的に生徒達の信頼を得ています。また、視覚障害の生徒も少なくありませんが、他の生徒が彼らの腕を組んで校内を歩いたり、車椅子を押たりしている様子が見られます。さらに外国人生徒が多く在籍し、多文化共生にもなっています。

支援の環境づくりの最大の特徴は、学校給食です。学校には食堂があり、ここで生徒全員、そして学校長をはじめ全教員も食事をとります。障害のある生徒も支援員のサポートを受けながら一緒に食べます。ここで気が付いたのは、障害のある生徒が隔離されずに、同級生との自然の交流により、楽しい食事の時間を過ごしていることです。その延長で休み時間も同様に遊ぶ姿が見られます。一日の学校生活の中で、この時間が最も楽しく、また支援を強化する場にもなっています。

障害の有無に関わらず、誰もが相互に人格と個性を尊重し、社会の対等な構成員として人権を尊重され、その一員として責任を分担する共生社会を目指すためには、学校教育段階でこのようなインクルーシブ教育を実現することが絶対に必要だと考えています。これが成立しているために、各学級に障害のある生徒が数名も在籍しているにも関わらず、教室運営が成立しているのではないでしょうか。

インクルーシブ教育委員会

学級ごとに、4人の保護者役員が構成されますが、その中で必ず1人の保護者がインクルーシブ教育委員に選出されます。この委員は、特に障害のある生徒の学級における同級生との対人関係や学習内容を取り上げ、学級担任と直接連携しています。また、各学級における教員を含めた保護者の役員会や、インクルーシブ教育委員会も年に数回実施されます。後者に関しては、学校長・支援教員・支援員・インクルーシブ教育委員・障害のある生徒の保護者全員が参加し、様々な課題に関して話し合いをする、この中学の特徴となっています。学校長は、1学年から3学年まで学級ごとに、障害のある生徒の保護者全員に学校生活や学習に関しての様子を丁寧に聞きだします。何か問題点や不明な点があった場合、支援教員や支援員などと共に話し合いをします。下級生の保護者達にとって、最も関心があるのは、高校進学についてです。3年生の保護者や、すでに進学した卒業生の保護者の経験談や情報なども聞くことができ、非常に有意義な会です。

4.医療・教育・福祉の連携

イタリアにおける障害のある子どもの支援の実際を紹介します。教育委員会・学校・病院・家庭医・リハビリ施設・障害当事者の団体・ボランティア協会・保健省管轄の地域保健機関・市の障害福祉課などの連携によって、障害のある子どもの支援体制が整えられています。

障害のある子どもを担当している病院の医師や国家資格を持つ臨床心理士、リハビリを担当しているセラピストが、学校とコンタクトを取りながら、学校生活や家庭を支援しています。

障害当事者の団体が多数あり、障害に関する専門医や臨床心理士(国家資格)と深く連携しながら、障害に関する研究会・シンポジウムを開催し、学校関係者や保護者を招いています。特に担任の教員・支援教員・支援員は、担当する障害のある生徒の理解を深めるために、協会の講座や研修を受けることがあります。

ボランティア協会も多数あり、障害のある子どもや家庭にとっての重要な支援となっています。医療や「こころ」のサポートは充実していますが、対人関係に関して苦手で孤立しがちな障害のある子どもにとって、ボランティアはパイプ役となります。臨床心理士(国家資格)などのアドバイスで、ボランティア協会を紹介され、半年あるいは年間に渡って、個人のニーズに応じてプログラムを作り、サポートしてくれます。長期間に渡って接することにより、子どもとボランティアの方の信頼関係も構築され、人間的な成長や生活改善につながることもあります。

セラピーは、福祉施設だけでなく、病院においても受けられます。理学療法・言語療法・心理療法は必ずあり、音楽療法や芸術療法も一般的となっており、通院しながら普通にこれらを受けることができます。また、病院には「児童・思春期精神神経科外来」があり、精神神経科医と臨床心理士(国家資格)が対応しており、発達と「こころ」の両面を受診できます。障害のある子どもを医療面でケアしながら、さらに「こころ」の面において心理療法や認知療法などを行なっています。ここで重要なのは、この外来が学校と連携しながらサポートしてくれることです。様々なリハビリやセラピーの必要性を指示したり指導してくれますが、常に学校長や担任・支援教員と連携しながら学校生活・学習のサポートをしてくれます。また学校で発生した問題に関しては、この外来の医師と臨床心理士(国家資格)に解決策を相談し、家庭と共に考え対応しています。 障害に関する専門医、リハビリを担当するセラピストなど、障害のある子どもに関わる全ての医療関係者が、先程お話しました「機能診断書」と「機能プロフィール診断書」の作成に関わっています。

さらにイタリアには、家庭医制度があり、医療面において保障されています。全国民・住民登録がある外国籍住人の医療の窓口となっています。障害のある子どもや障害者の医療にも携わっており、その他心理面・精神面の受診や相談も受け付けており、日常的に健康の管理をするという重要な役割を果たしています。医療と福祉に渡る広範囲の情報を提供し、サポートにあたっています。

ところで、私はイタリアのある市立障害者施設で音楽療法士として活動しています。同市役所には、福祉課の市民の相談窓口があり、ソーシャルワーカーが職員として対応しています。0才からの全市民が対象となっており、子育て・家族・教育・病気・障害・高齢者・介護など、当事者や家族の抱える心理的・社会的な問題全てに関しての相談を受けています。臨床心理士(国家資格)・支援員(エドゥカトーレ)・地域保健機関・病院・福祉関係団体・ボランティア協会と連携し、地域や学校・家庭において自立した生活を送ることが出来るよう、これらの問題の解決・調整を支援し、社会復帰の促進を図ることを目標としています。同市外の福祉施設とも連携しており、入所の手続きなど広範囲に渡って支援をしています。

ここで、市の支援員制度に関して、詳しく紹介します。支援員と訳しましたが、イタリア語では、エドゥカトーレ( educatore )です。教育・心理・芸術・音楽・美術・体育など、それぞれの学部の大学生や卒業生がなることが多いです。資格がなくてもエドゥカトーレになれますが、最近はエドゥカトーレになるための大学学部が開設され、卒業資格を持つ人が優先的に仕事をする機会が増えています。これは、全国における各市の制度で、チューター制度のようなものです。放課後、エドゥカトーレを家庭に派遣して、障害のある子どもの家庭での生活を支援する制度です。

市役所の施設は、市内に分散していますが、同市役所の障害福祉課が障害者施設内にあります。理学療法・演劇療法・音楽療法・水泳など様々な活動が行われていますが、私はここで週一回の音楽療法を行なっています。楽器・歌などを中心に音やリズム・ハーモニーを活用して、自己表現や集団意識を高めると同時に、共生社会やノーマライゼーションを念頭に、地域の学校との交流も積極的に実施しています。

さて、私はある国立大学医学部付属病院の耳鼻咽喉科にて、音楽療法のアシスタントを経験しました。言語療法センターでは、月曜日から金曜日の朝から夕方まで、同大学医学部言語療法科の学生と言語聴覚士による言語療法が行なわれています。保育園児から高校生に至るまでの子ども達が対象で、彼らは音楽療法士による音楽療法も受けることができます。言語療法士と音楽療法士が耳鼻咽喉科医とチームを組んで、耳鼻科の機能や言葉の問題に取り組んでいます。音楽療法室には、グランドピアノが置いてありますが、打楽器など他にも多く楽器が置かれています。運動や身体表現に使用するための器具も置いてあり、それに合わせてセッションをします。ピアノを弾きながら音楽療法をすることが中心ですが、非常に興味深いのは、子どもがピアノの上に乗って、振動や音を聴きながら、自由に座ったり寝ころんだりします。音楽療法士は、子どもの動きや表情、または言語の状態によって即興をしながらピアノを弾きます。現在、私は音楽療法士として活動していますが、その基礎となったのが、ここでの経験でした。言語療法と音楽療法の密接な関係と効果を知ることができ、その上医学面・心理的な面、さらに言語療法も勉強でき、貴重な体験をすることができました。

言語療法士は、家庭はもちろんのこと、学校とも連携し、子どもの言葉と学習に関連した問題などに取り組みます。このように病院で気軽に言葉の相談ができ、訓練できる環境を作りたいと願っています。また、この病院での経験により、医療・教育・福祉の連携の重要性を実感しました。

5.教会の役割

障害のある子どもが、地方自治体(州・県・市)・学校・医療・障害当事者の団体・ボランティアなど、医療・教育・福祉の連携により支援されている、と先に述べました。

教会も、地域のインクルージョンの場として、重要な役割を果たしています。イタリア人は誕生から結婚・死に至るまで、教会と密接な関係を持ちながら日常生活を営んでいます。幼稚園から高校においても宗教の時間が週1回あり、子ども達は地域の教会へ通いながらカトリック教徒となります。放課後の活動やクリスマス・イースターなどの行事、サマースクールなどには、障害のある子ども・障害のない子ども・国籍が異なる子ども・宗教が異なる子どもが大勢参加しています。また、高校生や大学生が、支援員(エドゥカトーレ)のような役割を果たし、下級生の世話をしながら共に活動しています。子ども達の保護者、高齢者など、障害・国籍・年齢を問わず誰もが日常的に教会へ通っています。

ここで、私の地区の教会の5つの社会福祉活動を紹介します。第1に、ボランティア活動が挙げられます。主旨は共同体としての連帯意識で、個人のストーリーに関係なく、困難に感じている全ての人を支援するのが目的です。第2は、家庭への支援活動で、「共に成長しよう」という主旨があります。放課後午後3時から4時半まで、中学生に対して学習を支援しています。第3は、外国人への支援で、社会統合を目標とし、イタリア語やイタリア文化を教えています。2009年から、すでに70人以上の外国人が参加しています。第4は、障害を持つ子どもの家族に対しての支援です。障害に関する相談を受け付け、保護者や子どもに対して心理的・社会的に支援しています。第5は、「カリタス相談所」で、個人や家庭のあらゆる問題や困難に関して相談に応じています。先に説明しました市役所の福祉課の相談窓口と同じようですが、教会は日常的に通う親しみやすい場所であり、神父との信頼関係も構築されているため、市役所と比較して相談しやすい地域の拠り所になっています。さらに福祉関係団体と連携しながら、支援を促進しています。週に3日相談に応じており、3年間で1145人の相談を受け付けたそうです。

また、古着や靴など不要になった物を常に受け入れています。人々は教会の福祉活動を支援しており、時々大きい袋に衣類のようなものを持ち運んでいる姿が見られます。要するに教会は、地域住民が宗教・伝統・習慣・祭り・教育・スポーツや文化活動に関わりながら、相互に交流している地域コミュニティーを形成しています。私の子どもはカトリック教徒ですが、その経験を通じ、特に人間形成の場として非常に重要な場であることを実感しました。そして、毎週通うミサにおいて、共同体の概念・支援の精神・福祉の大切さを訴えるので、地域の人々の意識を確認させたり向上させたりしています。

6.所見

現在、イタリアは経済的に多くの課題をかかえ、生活が安定しない中、教会への信頼を増しているように感じています。2千年の歴史を持つカトリックが、イタリアの思考・教育・生活・福祉を根底で支え続けているからこそ、課題を乗り越えられているのではないかと確信しています。イタリア人の原動力は、まさに数千年もの間築き上げてきた歴史と、伝統に培われた芸術を愛する国民性や教会であると思います。このようなイタリアの文化と教育の伝統は、インクルーシブ教育と福祉を、医療・教育・福祉の連携で図っているということが評価されると思います。

さらに、イタリアは小学校において2人担任制から1人担任制へと制度が縮小されましたが、家族や地域を大事にするという、要するに「人間」やその関わりを大事にしている結果、「教育」も大切にしているという姿勢がみられます。子どもを大事にするイタリア人気質がある限り、この国の未来は守られていると信じています。

この事例に関しては、筆者の個人の経験によるものであり、イタリア全体を象徴するものではありません。また、報告の中での具体的な学校名・病院名等は、プライバシー保護のため、公開を控えさせていただきます。

障害者制度「障害のある子どもの教育と学校教育の権利」の伊語訳に関しては、筆者のものです。