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障害のある人々の人生の機会の改善 最終報告 2005年1月
第1章 はじめに

概要

 首相戦略班(the Strategy Unit)プロジェクトの主な目的は、障害のある人々の人生の機会の改善方法を明らかにすることであった。 本報告書は、障害のある子どもたちと障害のある就労年齢の人々に焦点を当てているが、そのビジョンと戦略は就労年齢以降の人々へのアプローチとの整合性を保つようデザインされている。 本報告書はプロジェクトの結論と勧告を提示している。英国政府は、イングランド、また必要に応じて英国全域にわたり、プロジェクトに示された勧告を実施する責務を負っている。 このプロジェクトは経済学、社会政策、地方自治体の有識者、および障害者問題の専門家をチームメンバーとする学際的なチームによって実施された。

 この章の導入部ではプロジェクトの背景とねらいを述べる(セクション1.1)。次にこの報告書の範囲と限界を説明する(セクション1.2)。セクション1.3では近年の立法と政策の進展に焦点が置かれている。次のセクション1.4は、この報告書で使用されている主要な概念や用語を定義している。どのようにプロジェクトが実行され、誰が参加したかについての詳細はセクション1.5で提示する。セクション1.6と1.7ではプロジェクトの主要段階と次のステップを概説する。最後に、セクション1.8ではこの報告書の構成について述べる。

1.1 プロジェクトの背景

 首相戦略班は2002年に設立され、ランカスター公領相(Chancellor of the Duchy of Lancaster)、内閣官房(Cabinet Secretary)を通して、首相に報告書を提出している。実務の中核は、主要な政策問題を分析し、戦略的解決をデザインする力を首相と各省庁に提供することである。(さらなる詳細は付属資料Aを参照)

 このプロジェクトの全体のねらいは、障害のある人々の人生の機会の改善方法を明らかにすることである。

 政府は、さまざまな指標を通して、障害のある人々の生活の質はそうでない人々のそれよりも良くないことを認識している。障害のある人々は、さまざまな政府サービスとかかわり、各省の責任を超越したバリアに直面している。こうした中で、首相戦略班は次のようなプロジェクトを実行するように首相から命じられた。

  • 英国において障害のある人々が経験している経済的、社会的な不利益の程度を調査すること。
  • 経済的、社会的不利益がなぜ生じ、それは何を意味しているのかを明らかにすること。
  • 殊に既存の資源を有効利用することによって、この状況を改善するためにできることを調査すること。

本報告書はプロジェクトの結論と勧告を提示している。

 このプロジェクトは2003年12月に発表され、2004年6月に中間分析報告書(Interim Analytical Report)を発行している。本報告書はこのプロジェクトの終了を示すものであり、プロジェクトの結論と勧告を提示している。報告書は英国政府が承認したものであり、イングランド、また必要に応じて英国全域においてプロジェクトの勧告を実施する義務がある。また、実施のためのオプションは委譲された政権と議論されることになっている。この報告書は障害のある人々の人生の機会を改善し、障害のない人々と比較した場合の達成度の差を是正することに寄与するような政策改革プロセスの始まりとして理解されるべきである。

1.2 本報告書の範囲と限界

はじめに、本報告書の直接的な検討課題の中にあるグループを明確にすることが重要である。

 障害(disability)はすべての年齢層で起こり得る。一部の機能障害や病気は特に加齢と関連付けられるが、一方では一生涯にわたる障害を余生まで伴う人々もいる。この報告書は主に年金世代より下の障害のある人々のニーズについてのものであるが、彼らのニーズは年金受給年齢になっても止むことはなく、またある人々にとっては年金受給年齢になって始まるということを銘記することが重要である。この報告書の中の多く提案は全ライフコースにわたって障害のある人々の人生の機会の改善に役立つであろうが、このプロジェクトはこれらの提案と高齢者に影響を及ぼす政策や要件との相互作用を詳細に検討してはいない。勧告の実施には単に年齢に基づく対応の違いを避け、一貫性を持たせる必要がある。

 政府の特別な教育的ニーズ(Special Educational Needs)戦略、「達成へのバリア解消」(Removing Barriers to Achievement)は、特別な教育的ニーズを持つ子どもの学習支援についての政府のアプローチを述べている。この戦略は2004年2月に開始されたが、いったん効果がでるまで時間がかかるならば十分に評価される必要がある。この理由から、本報告書では初等、中等教育における障害のある児童に対しての細かい提案は展開していない。

障害のある人々について利用できるデータには限界がある。

 障害のある人々の数や特徴に関するデータは人口調査に基づいている。これらのデータには多くの限界がある。調査データに基づく推定人口の正確さは、用いられたサンプルがその人口を代表しているかどうかによる。さらに、障害に関するほとんどのデータは自己申告に頼っているため、ある種の障害、特に精神障害では過少申告が生じている可能性がある。推定の信頼性を高めるには大きなサンプルサイズが必要とされるが、特にデータが機能障害別に分けられている場合、大きなサンプルはしばしば利用できない。このことは、対象人口を分析し、たとえば教育レベルの平均や雇用率の信頼性のような具体的な特徴を論じることは必ずしも可能でないことを意味する。それゆえ、こうした分析は本報告書から除外している。

この勧告が適用されるのは、政策を権限委譲した地域の中でイングランドのみである。

 スコットランド、ウェールズの権限を委譲された行政機関は権限委譲事項に関して責任を持っている。そのため、本報告書の結論はイングランドのみに適用される。 権限を委譲された行政機関は、本報告書の行動提案が自分たちにとっても相応しいかどうか、もし相応しいとしたらどのように実施するかを検討したいはずである。権限を委譲された状況の中で、政策提案がどのような意義を持つかを明らかにするためには慎重な作業が必要である。

 本報告書は、障害者差別禁止法(Disability Discrimination Act 1995)、新障害者差別禁止法改正案(new Draft Disability Discrimination Bill) に関連する既存の法律を改正しようとするものではない。

 障害者差別禁止法(DDA)および新障害者差別禁止法改正案についてはセクション1.3で述べる。この改正案は障害を持つ人々に対する市民権や機会の拡大に関して大きな一歩を示している。現行法と改正法は共に、本報告書にとって重要な背景を形成しており、近い将来の既知の事実として捉えられている。同じことは新平等人権委員会(CEHR)への進展についても当てはまる。新委員会は多様性と平等という課題の他の指針に障害問題を統合しようとしている。(セクション1.3参照)

1.3 立法と政策の近年の進展

障害のある人々の人生の機会に肯定的な影響を与える多くの重要な政策展開があった

本報告書は、近年の大きな進展に基づいている。

  • 障害者差別禁止法1995(Disability Discrimination Act 1995) は、障害のある人々について限定した初の差別禁止法であった。同法は、雇用主、サービス提供者、家主、学校、大学を対象とし、市民社会における障害のある人々の参加の権利を定めている。一部の原則は、翌年12月に雇用主を対象とする法律になった。その他は、順次導入されている。
  • 障害者差別禁止(改正)規則2003 (The Disability Discrimination Act (Amendment)Regulations 2003)は、DDAを15人未満の従業員を持つ会社にも拡大し、障害のある消防士、警察官、オフィス所有者、法廷弁護士、組合などの構成員、職業資格を求めている人々を新たな保護対象にした。条項は2004年10月1日に発効した。
  • 障害者差別禁止法改正案(The Draft Disability Discrimination Bill)は、DDA1995をさまざまな面で改正するものとなる。それは、障害者権利タスクフォースによって勧告された幅広い施策を導入する。障害のある人の平等を促進するために公共部門に新しい義務を課したことは特に重要な修正点である。(これは人種差別禁止改正法《(Race Relations Amendment Act))と並行している。)
  • 平等人権委員会(The Commission for Equality and Human Rights) 政府は2003年10月に、新たに平等人権委員会を設立する計画を発表した。これは、人種平等員会(CER)、障害者権利委員会(DRC)および機会均等委員会(EOC)という既存の3つの平等委員会の役割を統合することを意図しており、また年齢、宗教、信念および性的志向を理由とする職場差別を禁止する新法に責任を持つものである。
  • 支援する国民(Supporting People)プログラムは、障害のある人々を含む弱い立場の人々を支援し、彼らの自立生活能力を維持、改善するために、2003年4月1日に開始された。このプログラムは、サービスが地域のニーズや優先順位を反映し、他の地域サービスとうまく統合できるように地域レベルで計画された住宅関連の支援サービスの供給を初めて可能にしたものである。
  • 特別な教育的ニーズ(SEN)に関する政府戦略 「達成に向けたバリア解消」は2004年2月に開始された。これは、特別な教育的ニーズを持つ子どもたちが潜在的可能性を実現できるようにするための政府のビジョンを述べている。また、これは、すべての子どもたちの問題(Every Child Matters)で述べられているすべての子どもたちの成果を高めるための広範なプログラムの中に位置付けられ、特別な教育的ニーズを持つ子どもたちの成果を高める中で幼少期の環境、学校、地方自治体を支援するための多年にわたる継続的な行動プログラムを確立している。
  • 子どもたちの国民サービスフレームワーク(The Children’s National Service Framework)は、2004年9月に、保健省、教育技能省によって共同で発表されたものであり、このNSFはサービスが今後評価されることを考慮して障害のある子どもたちとその家族へのサービスに対する基準を設定している。
  • 「就労への道」(Pathways to Work)は、就労不能給付(Incapacity Benefit )を受給している人々の雇用機会を改善するようにデザインされている。そこでは、就労不能給付受給に向かいつつある人々が職場に復帰できるように奨励し、支援するための戦略を述べている。そのねらいは、彼らの潜在能力に焦点を当て、それによって健康問題を抱える人々はいかなる労働も不可能であるという意見に異議を唱えることにより、彼らが就労への障壁を克服できるようにすることにある。これは、2003年10月から3つの地域で、また2004年4月以降はさらに4つの地域において試行されている。
  • 障害のある人々のためのニューディール(NDDP)は、職業仲介者(Job Brokers)のネットワークを通して、障害給付金や健康関連給付金の受給者が賃金労働に移行し、継続できるように支援することを目的としている。
  • 「ニューディールの上に構築する(Building on New Deal):個人のニーズに合った地域の解決策」は、福祉から雇用政策・制度への展開に向けた政府戦略である。
  • 労働年金省(DWP)は、2004年10月に発表した「職業的リハビリテーションのためのフレームワーク」(Framework for Vocational Rehabilitation)を展開している。これは、優れた実践、調査、利用可能な収容能力についての情報を取りまとめたもので、就労不能給付(IB)改革に向けたロードマップに沿った進展を支持している。
  • 成人ソーシャルケアのためのビジョン(Vision for Adult Social Care) ソーシャルケア改革研究所(SCIE)は、成人ソーシャルケアの将来について、政府がソーシャルケアサービスの利用者および従事者と協議することを支援してきた。この結果は2004年8月に公表され、今年末に発行予定の政府のグリーンペーパーに盛り込まれる。
  • メンタルキャパシティ法(Mental Capacity Bill)は、精神的能力を欠く人々に代わって、金銭、健康、社会生活問題について決断を下すための新しい法的な枠組みを作ることになっている。
  • 保健省(DH)は「健康の選択」(Choosing Health)白書を刊行しており、そこには傷害、疾患、機能障害を防ぐための方策と、コミュニティと就労生活への完全参加のための回復を手助けする構想が述べられている。
  • 1.4 定義と概念

    障害とは何か、また、障害のある人々とはどのような人々を指すのか。

     障害は、多様に定義されている。

  • 障害(Disability)は、機能障害や疾病を持つ人々に影響を及ぼすバリア(人々の態度、物理的なものなど)の結果として個人が経験した不利益であると本プロジェクトでは定義している。
  • 障害は次の両者から区別される
  • 機能障害(impairment)-機能や外見に影響を及ぼす個人の長期的な特徴であり、痛みや疲労、コミュニケーションの困難さなどを生じることがある。
  • 疾病(ill health)-病気(disease)や病(sickness)の短期あるいは長期的な結果。 機能障害や疾病がある人々の多くは、自分に障害があるとは感じていない。

 若い人々にとって、「特別な教育ニーズ」(Special Educational Needs)はもう一つの重要な概念である。この用語は1981年の教育法(Education Act)で初めて用いられ、「身体または知覚の障害、感情や行動上の問題、あるいは発達遅滞の結果である知的障害を持つ子どもたちを含んでいる。

 

Box1.1:障害、機能障害と疾病との違い

 ほとんどの人々は、生涯ある時点で機能障害や疾病に陥る。これは肺炎のような一時的なものであるかもしれないし、視覚障害や関節リウマチのような永続的なものであるかもしれない。機能障害や疾病がある人々の多くは、必ずしも自分のことを障害がある人とは思っていない。しかし、それらの人々の多くが、広範な施策のもとで障害のある人と定義される可能性があり、また、彼らの不利益の程度は、直面するバリアや個々人のニーズに対して受ける支援によって決定されるであろう。

  • 難聴のある人がいるとしよう。一般的にコミュニケーションは聴覚に依存していることからこの種の機能障害を持つ人は障害がある人といえる。しかし、もしこの人がデジタル補聴器を利用できるならば、不利益の程度は比較的少なくなるだろう。

 また、多発性硬化症を持つ人がいるとしよう。これは機能障害であり、もし彼らが車椅子を利用しているならば、公共の交通機関が彼らにとって利用し難いという理由から彼らは障害のある人といえよう。彼らはまた、風邪あるいはインフルエンザから悪影響を受けやすいため、病気になりやすい。疾病はまた、作動不能というバリア(本来の働きをしていないこと)から生じることがある。例えば、車いすのクッションが適切でないため、床ずれをおこすかもしれないというように。

 したがって、「障害のある人々」という言葉は、広範な環境が機能障害や疾病と相互作用する過程で不利益を被るすべての人々を含むということができる。実際には「障害のある人々」とは、さまざまなグループを含んだり、含まなかったりするために、さまざまな方法で定義されている。一つの合意された定義はない。

 

Box1.2:障害のある人は多数存在し、障害のある人々の特徴が変化しているという顕著な傾向が見られる。

  • ある定義によると、英国には現在、約1100万人の障害のある成人と77万人の子どもたちがいるが、それは成人人口の24%、全児童の7%に相当する。
  • 16歳以下の子どもの20人に1人が障害を持っており、複雑なニーズを持つ子どもの数が増加している。
  • 成人では、身体的な障害があると報告されている人々の数が減少しているものの、精神疾患や行動障害と報告されている人々の数が増加している傾向を示している。
  • 機能障害の出現率は民族グループにわたって異なっている。黒人と少数民族グループは白人よりも機能障害があると報告されない傾向にあるが、もし彼らが障害を持っていれば、よりひどい結果に直面する傾向にある。
  • 寿命が延びている中で健康寿命の改善は限られているということは加齢に関連した機能障害や障害が増加していることを意味している

 しかし、次の点も明らかである。

  • これは厳密に定義された人々のグループではない。
  • 障害のある人々の人口の中には相当な多様性がある。
  • 障害のある人々の人口は、障害関連給付を申請している人々と同数ではない。したがって、障害のある人々についての一般化は役に立たない。例えば、雇用を考える際に、一番の焦点は失業中の障害のある人々にある。それらの人々の多くは、すべてではないが、就労不能給付を申請している。しかし、就労不能給付を申請している多くの人々が自分自身を障害のある人と考えていない可能性がある。

 

Box1.3:障害のある人々の多様性

 障害のある人々の多様性には3大要因がある。

  • 機能障害タイプ-機能障害の重さ、継続期間、発生年齢、機能障害の経過によるバリエーションを含む。生まれながらにして目の不自由な人が直面している問題と、50代で心疾患に陥った人が直面している問題は異なる。しかし、どちらも障害のある人といえるかもしれない。
  • 社会人口学的な特性-社会階層、地域、人種、年齢、性別によるバリエーションを含む。タワーハムレット地区でひとり親のもとに生まれた障害のある子どもが直面している問題と、ギルフォードで富裕な家庭に生まれた障害のある子どもが直面している問題は異なる。
  • 多様なバリアの影響-障害のある人々はみな、態度、物理的、社会経済的なバリアが絡み合ったさまざまなバリアに直面している。

訳:林 茂史