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アンドレアス・ハイネッケ

アンドレアス・ハイネッケダイアログ・イン・ザ・ダーク/ドイツ 2005年よりアショカ・フェロー

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アンドレアス・ハイネッケ著

ドイツの背景

健常者と障害者の交流は、固定概念や恐れ、拒絶、偏見などによって頻繁に阻害されている。統計によると、世界の6億1千万人の障害者のうち4億人は途上国に住んでおり、3,800万人がヨーロッパに住んでいる。しかし、「障害者」と分類されている人の中で、自分を障害者と見なしている人はたった5%に過ぎない、という調査報告もある。ドイツでは約800万人が障害者として登録されている。うち100万人が視覚障害者で、その中の約10万人が法律上全盲とされている。

それぞれの国で、理解のレベル、支援のレベル、障害者との交流のレベルは一様ではない。ドイツでは、障害者の物理的なニーズは概ね政府の福祉プログラムによって満たされている。障害者に障害のない者と同等の権利と責任を保障している差別禁止法も制定されている。しかし、現実はそう上手くいかない。障害者で仕事を持っている人はたった15%で、大多数の障害者が教育や公共交通機関、アクセシビリティーの面で同等の権利を与えられていない。

障害者の状況

多くの人が盲人や障害者との交流に不安を感じ、できるだけ接触しないようにしている。それが結果として、障害者の更なる疎外化と差別に繋がっていく。

全盲体験やシミュレーションは、すでにドイツや他の国でも行われているが、たいてい盲人との接し方や助け方といった講義が実施されている。ある程度、このような体験は障害者の生活がいかに大変かを示すことができる。それは障害者に対する理解よりも、同情を惹くことが多い。また参加する人もごく少数で、多くは福祉分野の教育プログラムとして実施されている。

新しいアイデア

コンセプトはいたってシンプルだ。特別に造られた真っ暗な空間を、参加者はグループ単位で盲人のガイドに誘導されながら進んでいく。そこでは、匂い、音、風、温度や質感が、たとえば公園や街並、酒場など、日常的な環境の特徴を伝えてくれる。すると、日頃の何気ない動作が新しい経験になる。そして役割の逆転が生じる。見える人は、慣れ親しんだ環境から放り出される。そして見えない人が彼らの安全を確保し、何も見えない世界の過ごし方を教えてくれるのだ。

このコンセプトは効果的だった。ここ数年で「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」はヨーロッパ、アジア、アメリカなど28カ国で実施されている。6,000人の盲人スタッフによって、600万人以上がダイアログ・イン・ザ・ダークを体験した。すでに20年以上続いているが、需要はまだ増加している。2006年だけで10カ国で17のイベントが開催され、380人の盲人が雇用され、48万人もの訪問者に盲人として過ごすことが新たな興味深い形の感覚であり、生活方法であることを伝えた。

目的

ダイアログ・イン・ザ・ダークは、盲人を疑似体験させるものではない。「盲目とは暗闇である」といってしまうのは、あまりに単純化していて、彼らの実生活とは全くかけ離れている。実際、本当に暗闇しか見えない人は、盲人の中でもたったの5%。多くの人は、それぞれ異なる視覚障害を持っている。盲人にとっての暗闇とはむしろ、21世紀になっても差別や社会的排除、偏見などに晒され、社会、教育、労働市場において平等な機会を与えられない現状に対する比喩として理解されるべきである。彼らは、様々な理由で社会の「暗闇に立たされている」人たちや、「不幸な境遇」によって繋がっている人たちを代表している。しかし、暗闇は理想的なコミュニケーション空間ともなりえる。そこでは、外見や地位は意味をなさず、偏見のない出会いを提供することができる。ダイアログ・イン・ザ・ダークの訪問者は、相互に助け合ったり、情報を共有したりするきっかけとなる経験からくる強い感情を通して結び付けられる。対話することがもっとも重要なこととなり、話をしないことは存在しないことを意味する。社会的な関係は消え、結束が生まれる。人に簡単に評価されたりレッテルを貼られたりすることもなく、自分自身の価値観や存在意義を対話によって表現するチャンスが与えられる。このような環境で、あなたがもっとも話す相手は盲人なので、対話は何よりもまず盲人と自然に行われる。そして障害者に対する共感や理解が進み、人間の多様性に対する認識が広がるのである。

社会的対話とはまた別に、ダイアログ・イン・ザ・ダークでは、自分のアイデンティティーや知覚について考えられるよう工夫がされている。完全な暗闇に入り、自分の限界を感じ、住み慣れた世界から引き離されると同時に、自分との対話が始まる。突然フラストレーションが堪り、激しい感情の動きを経験するのか、自分自身の限界を感じるのか、または新しい感覚を発見するのか、新しいアセスメントの場となる。そして自分の視力に対して謙虚に感謝するのである。たった一時間の経験だが、自分の中にいくつかの予期しなかった発見が生まれるのである。

アンドレアス・ハイネッケアンドレアス・ハイネッケ

効果

何冊ものゲストブックが、ダイアログ・イン・ザ・ダークに訪問後、自分の感想や感情を表現したい衝動にかられたことを証明している。コメントの98%がポジティブなことは、注目に値するだろう。

コメントは大きく3つに分類される。

  • 32%がこの経験に感謝を示している
  • 37%がこの経験に満足している
  • 31%が自分の経験を振り返ったり、分析したりする時間を作っている

ダイアログ・イン・ザ・ダークによって得られた重要な効果が一つある。それは盲人ガイドに対する感謝の気持ちである。暗闇を体験する旅で、盲人は不安や危険を排除し助けてくれる人として認識される。彼らに対する感謝と賞賛の気持ちが生まれるのである。そして社会的距離感が関心に、哀れみが敬意へと変わる。

このように、ダイアログ・イン・ザ・ダークが、新鮮な刺激を与え、思考のパターンを変え、固定概念を消し去り、ユニークな盲人の世界に接触できる新しい扉を作ってくれたことは明白である。自分自身の価値観や考え方を再考し、自分の限界を経験し、また別の文化や人生を持つ人との出会いを通して、ダイアログ・イン・ザ・ダークは単なるイベントを遥かに超えている。

二つめの印象的な効果は、この新たな気づきがなかなか消えないことである。

ダイアログ・イン・ザ・ダークを5年前に訪れた人達に電話でコンタクトを取った。彼らはランダムに選ばれ、自由回答によるアンケートを依頼された。結果は以下の通りである。

  • 100%の人がダイアログ・イン・ザ・ダークの名前を記憶していた。
  • 100%の人がダイアログ・イン・ザ・ダークに一緒に行った人を覚えていた。
  • 90%の人がダイアログ・イン・ザ・ダークは盲人の世界を感じさせるものであったと答えた。
  • 100%の人がダイアログ・イン・ザ・ダークはその目的を達成していたと思った。
  • 98%の人がダイアログ・イン・ザ・ダークでの体験を友人や同僚、家族に話した。
  • 80%の人が自分は「見えないこと」について新たな知識を得たと答えた。
  • 52%の人が他の人にダイアログ・イン・ザ・ダークを勧めた。
  • 34%の人が再訪した。

ダイアログ・イン・ザ・ダークは、社会的、感情的な学びの場を構築することに成功した。他人の価値観について関心を持ち、人間とは何か、という問いかけや思考が始まり、共感を抱くようになるのである。あらゆる年齢、性別、教育レベルや文化、社会的なバックグラウンドに関係なく、この現象は起こった。

さらに、ダイアログ・イン・ザ・ダークは、盲人スタッフの人格やアイデンティティーの成長にも大きな影響を与えた。ガイドをすることで、自己認識や晴眼者との関係性が変わり、自尊心が増したのである。盲人は自分の行動やコミュニケーション能力に強みを発揮し、責任を持ち、チームとしてともに働き、自分たちの利益を守ることを学んだ。自分で稼いだ収入は自立に繋がり、家族や友人から敬意を持って迎えられる。多くの盲人にとって、ダイアログ・イン・ザ・ダークが初めてお金をもらえる仕事なのである。彼らの多くは、ダイアログ・イン・ザ・ダークを離れても、他の仕事に応用できる経験や能力を身につけることができる。盲人は福祉の受動的な受け手から、活動的な社会への貢献者と変わり、自分で決めた生活ができるようになる。

戦略

ダイアログ・イン・ザ・ダークのコンセプトは、効率的に盲人の雇用を創出したり、社会やメディアの盲人に対する認識を変えたりするのに有効な手段だと、最初から疑っていなかった。しかし、資金やネットワークがほとんどなかったため、このメッセージを伝える方法が問題であった。1988年、ダイアログ・イン・ザ・ダークが公開された年、フランチャイズ制度はまだ広く普及するビジネスモデルにはなっておらず、商標とノウハウを使った事業展開のアイデアは、知見や戦略的観点からではなく、むしろ必要性から生まれたものであった。

今から考えれば、ダイアログ・イン・ザ・ダークを世界中に広めるもっと良い方法があったかも知れない。私たちは地元の建物、ネットワーク、資源を駆使し、またダイアログ・イン・ザ・ダークが行われる会場の近くに住む盲人だけを雇った。そのおかげで予算を減らし、収入を生み出し、購買力を高めることができた。その上、長期的なアイデアを確立することさえできた。フランチャイズのメンバーは国際的なネットワークでつながり、互いの経験を共有し、相乗効果を生むために毎年一度会合で顔を合わせた。私たちは知識の交換を行い、ダイアログ・イン・ザ・ダークを成功させるために必要なノウハウはどんな小さなことでも提供した。信頼と尊敬に基づいた長期的な国際協力関係をつくるために、お客さんをパートナーに、パートナーには友人になってもらえるように努力した。

教訓

私はこのダイアログを20年近く続けている。そこで学んだ大切なことは、

1)決してあきらめないこと
2)論理的なものに頼らないこと
3)人生は変わること
4)才能の欠如は継続により補われること
5)信頼されるべき存在でいること
6)人を信じること
7)常にポジティブでいること
8)お金を決してあてにしないこと
9)人生にレールはないこと
10)成功はもっとも危険な状況であること
11)自身を過大評価しないこと
12)常に謙虚でいること
13)物事はとてもシンプルになること

ここ数年で学んだもっとも重要なことは、「すべてをコントロールすることはできない」ということである。不可知なことや予測不能な状況にあっても、自分自身を見失わないことが大切である。

起源

ダイアログ・イン・ザ・ダークのコンセプトは、世界的に受け入れられ拡大していった。人は、社会的ミッションを達成しながら長期的な収入を得られるビジネスモデルを作ることがどれだけ大変か、すぐに忘れがちである。でも私は今、それで生計を立てるのは可能だと知っている。自分自身をプロジェクトに捧げるのだ。それが愚直さであれ、宣教師的な熱意、社会に対するロマン主義、反抗心、不正に対する敏感さ、理解の欠如、闘争心など、どんな理由であれ、道を切り拓いていくこと。その道の終わりに待っているのが、早期退職や、テラスのある家やクラブハウスでの引退生活ではないことは確かだ。もちろん、何があなたを駆り立てるのか、という疑問は常についてくる。

その答えは明白で短い。それが自分にとって唯一の道だということである。ダイアログ・イン・ザ・ダークは、私自身と深くつながっており、自分の歴史の一部として切り離せないものである。そのルーツは、私の家族の歴史とも深く繋がっている。私の母には、ナチス時代に迫害され殺されたユダヤ人の親戚がいた。対照的に、私の父親は国家社会主義的な教育を受け、影の支援者と犯罪者の両方に囲まれて育った。戦後、両親は出会って家族を持った。13歳のときから私はこの家族性を自覚しており、何が人を大量殺人犯にさせ、何が人に人間性やモラル、自尊心を捨てさせるのか何度も何度も考えていた。13歳の頃から、私は知性だけでは理解できない何かを知ろうと試みた。学生時代に歴史や文学、哲学を学んでも、どうして暴力や他人に対する軽蔑、殺人が起きるのか分からなかった。

卒業後、私は放送局に勤務し、情報管理者や記者として働いた。ある日、私の上司から自動車事故で全盲になったジャーナリストを教育してみないかと尋ねられた。私は、基本的に障害者との関わりを避けていたし、全盲という状態に恐怖を抱いてもいた。しかし私はその若い男性と出会い、彼の前向きな性格、可能性、人生に対する前向きな態度、ユーモア、知識に深く感動させられた。そして障害者に対する哀れみや同情、心配や不安などが混ざり合った自分の態度を恥ずかしく思った。これまで私は、互いの違いに対する理解や受容について追い求めてきたにもかかわらず、人の人生を「価値がある」とか「価値がない」とかで判断してしまっていた。私は放送局で彼を指導して、一生の学びを得ることができた。大げさに聞こえるかもしれないが、盲人との出会いによって、私は人生に目覚めたのである。

研究を通じて、私はナチスが障害者を「役立たず」と見なしていたことを知った。今日、障害者はいまだに社会的に排除され、自己実現がかなわず、社会の端に追いやられている。個人的に盲人と出会えたことは、私の人生にとってとても重要なことであり、私は盲人と晴眼者が一緒に集える場所を創りたいと思った。全く新しい形で、盲人の潜在能力を十分に発揮できる場所を創る必要があることは明らかだった。マーティン・ブーバーの「学ぶための唯一の方法は遭遇することである」という格言は、ダイアログ・イン・ザ・ダークの哲学的なベースになっている - 多くの人が近い将来ダイアログ・イン・ザ・ダークに遭遇することができるだろう。

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アンドレアス・ハイネッケは西ヨーロッパで初めてのアショカ・フェローである。彼は障害者の雇用促進や社会認識を変える国際的なソーシャル・フランチャイズ・カンパニー、ダイアログ・ソーシャル・エンタープライズの創始者であり、CEOである。アンドレアスはシュワブ財団のフェローであり、世界経済フォーラムの社会起業家グローバルアジェンダ委員会のメンバーとしてノミネートされている他、様々な賞を受賞している。

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