9カ国の一時的・部分的障害プログラム 「他国から学ぶ」最終報告書
第1章 概観
ソフィア・ミトラ
政府による障害者プログラムには、通常三つの目的がある。障害のある人の生活水準を維持することにより彼らの経済的な安定を保障すること、障害者の労働意欲を高めること、政府の支出を低く抑えること、の三つである。これら三つの目的に一貫性がないということは、しばしば指摘されている。例えば、収入の安定を保障するという目的は、労働意欲を低下させうるものであり、それゆえ、障害のある人の経済的、社会的な活動参加を促進するという目的と対立関係に陥ることがある。障害者プログラムを計画するにあたっては、これらの目的のうち、一つまたは複数の目的の達成を主眼とすることができる。この報告は、障害者の雇用という目的について、9カ国での一時的プログラムと部分的プログラムがどのように効果をもたらしているかについて述べる。もちろん、各国それぞれの支援策が持つ支出面での問題点についても言及する。しかしながら、一時的プログラムや部分的プログラムが、経済的な安定を保障するという目的にどの程度寄与するか、という問題についてはこの報告の範囲を超えるものである。
この報告は、9カ国における障害者政策の比較研究を行うが、なかでも一時的給付プログラムと部分的給付プログラムに焦点を当てる。一時的障害者プログラムおよび部分的障害者プログラムは、障害者のうち次の二つの層を対象としたものである。第一に、部分的な障害のある人、つまり、労働は可能であるが、量や質において限られた労働しか行えない人である。第二に、障害が永続的ではない人、つまり、障害のためにある一定期間労働できない人である。調査の対象となるのは、オーストラリア、ドイツ、英国、日本、オランダ、ノルウェー、南アフリカ、スウェーデン、アメリカ合衆国の9カ国である。
この研究の目的と構成
各国における障害者政策についての比較研究についてはこれまで広範囲になされてきた。1980年代以降、さまざまな国における障害者政策の課題や制度改革について、国際的な障害者政策調査により検討・分析がなされている(注1)。「障害を能力に変えるには」というOECDによる最近の研究は、この分野において非常に大きな貢献をしており、障害者政策についての国境を超えた比較研究がいかに重要であるかを明らかにする著作である。
世界中の多くの国において、公的支出の増大や、障害者プログラムの受給者の増加が明らかになっている現在、一時的給付プログラムおよび部分的給付プログラムは、永続する障害者プログラムと比較するといくつかの長所が認められる。すなわち、一時的または部分的給付プログラムでは、受給者に所得補助を提供すると同時に、職業にとどまったり、職業に復帰しようとする強い意欲をもたせることができるからである。加えて、給付プログラムに一時的または部分的な選択肢がある場合には、障害認定のプロセスがより簡便化されることも考えられる。包括的かつ永続的な給付プログラムにおいては、「オールオアナッシング」の認定を迫られるが、一時的または部分的な支給が可能であれば、部分的あるいは一時的給付を与えるという妥協案が可能になるのである。他方、この妥協は、一つの難題がもう一つの難題に置き換えられただけともいえる。というのも、部分的給付プログラムが導入されれば、人口に対する障害者率を変更せざるを得なくなり、これは難しい作業となる可能性があるからである。
最終的には、部分的または一時的給付プログラムは、「自立生活」をより促すと結論づけられるかもしれない。包括的なプログラムでは、100%の障害のある人と0%の障害の人にはっきりとラベルを貼ることを余儀なくされるが、部分的給付プログラムでは、給付に依存することと給付を必要としなくなることの間には連続性があると考えられる。また、一時的給付プログラムを導入することにより、一定期間の支援の後自立生活するよう勇気付けることができる。
その意味で、この報告の第一の目標は、それぞれの対象国のさまざまな一時的または部分的障害者給付プログラムを理解することである。特に、一時的または部分的プログラムがどのように設計され、全体としての障害者給付プログラムのなかでどのように適合しているのかを分析することが最も重要である。同時に、それぞれの一時的または部分的支援策の実施方法について、障害認定プログラム、認定基準、復職への動機付け、サービスとの関連において理解することが必要である。我々の関心は、制度であり、それが各国においてどのように異なっているかである。
この報告の第二の目標は、障害のある人の就労を促進する上で実際に成功を収めている政策パッケージがあるか、あるいは、最近の改革においてそのきざしが見えるようなものはあるかについて判断しようとすることである。主に焦点が当てられるのは、障害者対策の全体的なシステムと、そのシステムにおける一時的または部分的支援策の位置づけや内容であるが、特に、一時的支援策、部分的支援策、永続的支援策の間の関係はどうか、また、それらの関係が職業復帰を促すものであるかどうかについてが問題となる。特定の政策が与える効果について、評価したり抽出したりすることはこの報告の範囲を超えるものである。その理由は、そのためには、個人的活動、労働市場、計画などのさまざまな変数についての、それぞれの国におけるミクロレベルでの分析が必要となるからである。
これらの二つの目的を達成するために、各国の代表に対し政策についての技術的な問題に関する構造化された質問票を送付し、そこから得られたデータの分析を行った。
この章の以下の部分では、調査対象国のマクロ的な基礎データを紹介し、この報告の主な結論についての要約と分析を記す。第2章、第3章では、9カ国における一時的または部分的支援策について述べられる。また、第4章から第13章では、それぞれの国における障害者政策について、特に一時的または部分的支援策に注意を払いながら紹介する。
調査対象国のマクロ的背景
ここでは、それぞれの参加各国における一時的および部分的給付プログラムの分析の枠組みを示す。また、各国の障害者政策と障害者の雇用状況について概観する。各国の障害者政策パッケージは多元的であり、それぞれの性格を描き出すことは容易ではない。そこで、分析を可能にするために、特定の層の人々、つまり、労災被害者、交通事故被害者、退役軍人、公務員についての対策はここでの考察から除外することとする。取り上げられるのは、保険による給付を受けている人や貧困層に支給される障害給付についてであり、特に一時的および部分的プログラムに重点を置く。先に進む前に、この報告で使用される用語について明確化しておく。というのも、ここで使用される用語は必ずしも一定の意味で使われているとは限らないからである。限定された期間支給される給付プログラムを、ここでは二つのタイプに分類して用いる。疾病給付と期間限定給付である。疾病給付とは、短期間の病気や障害によって得られなくなってしまった労働賃金を保障するものである。多くの場合において、疾病給付は政府が義務づけ管理するものであるが、実際の業務は政府に準じる公的機関によって執り行われることもある。期間限定給付はこの点で疾病給付と異なっており、政府によって管理されるかその直接的な管理下にある。また、「一時的プログラム」という用語は、疾病プログラムと期間限定プログラムの両者を含む包括的な用語として用いられる。
表1:9カ国の一時的、部分的、永続的障害プログラム
国名 | 疾病給付 | 期間限定給付 | 永続的部分給付 | 永続的全体給付 |
---|---|---|---|---|
オーストラリア | あり | あり | なし | あり |
ドイツ | あり | あり | あり | あり |
英国 | あり | なし | なし | あり |
日本 | あり | なし | あり | あり |
オランダ | あり | なし | あり | あり |
ノルウェー | あり | あり | あり | あり |
南アフリカ | あり | なし | なし | あり |
スウェーデン | あり | あり | あり | あり |
米国 | なし | なし | なし | あり |
表1は、調査対象国においてどのような障害者支援策が取られているかを概括的に示したものである。9カ国すべてにおいて、包括的・永続的障害者給付プログラムが存在するが、部分的あるいは一時的な障害について、あるいはその両方について、どのような種類の給付プログラムが用いられているかについては各国により異なる。アメリカ合衆国以外のすべての国において一時的給付プログラムがあるが、それが疾病給付によるものか(英国、日本、オランダ、南アフリカ)、疾病給付と期間限定給付の両方によるものか(オーストラリア、ドイツ、ノルウェー、スウェーデン)の違いがある。アメリカ合衆国では、疾病給付について連邦政府によって法律で定められた規定はないが、5つの州(カリフォルニア、ハワイ、ニュージャージー、ニューヨーク、ロードアイランド)において導入されている。これらの州を除く各州での「疾病給付」は、雇用者が自発的に支払うか、雇用者と労働組合との集団的交渉における合意事項の一つとなっている。
調査対象国のうち、ドイツ、日本、オランダ、ノルウェー、スウェーデンの5カ国では部分的障害プログラムが存在する。これらの国のうち、部分的支援策により、部分的な障害について期間を限定せずに給付を支給する国(オランダ)と、期間限定の場合と永続的に給付を支給する国(ドイツ、日本、ノルウェー、スウェーデン)がある。英国では、部分的障害に対する支援策はそれ自体としては存在しないものの、勤労所得税控除プログラムに障害者を対象とする条項があり、障害者の雇用継続や職業復帰を促しており、これを取り上げて考察する。
図1:障害現金給付のGDPに占める割合
出典:OECD(2004)社会支出データベース。南アフリカについての資料はない。また、英国についてのデータは北アイルランドを含む。
図1は、障害者に支給された現金給付のGDPに占める割合が1980年から2001年にかけてどのような傾向で変化しているかを、グラフで示したものである。障害者に対する現金給付には、拠出または無拠出による給付、永続的プログラム、部分的支給プログラム、期間限定的プログラムがある。この割合をみると、2001年の時点では9カ国すべてが比較的低い水準に収まっており、最も低い日本では0.33%であり最も高いオランダでも2.67%となっている。どの国においても、過去20年間に、比較的低い水準に収まる傾向がみられる。日本、ドイツ、アメリカ合衆国、オーストラリアの各国においては、障害者に対する現金給付のGDPに占める割合が比較的低くて安定しており、ほぼ1%かそれを下回る数字で推移している。イギリス、ノルウェー、スウェーデンの各国では、障害現金給付のGDPに占める割合は比較的高く(2%以上)、また、変動が激しく、特に1990年代初頭の英国とスウェーデンではGDPに占める割合が著しく高まった。オランダは障害現金給付のGDPに占める割合が高いことで突出しており、1991年には4.7%であったが、2001年には2.7%にまで低下した。このオランダにおける急激な低下は、給付の算定方法が改められたことと、障害が新たに再定義されたことによって説明される(DeJong,2004)。
図2:1990年代後半における障害者出現率
出典:OECD(2003)、南アフリカの国勢調査(2001)、日本については、厚生労働省による統計。
注:(1)日本と南アフリカ以外の各国における重度あるいは中度の障害の定義は、OECD(2003、181頁)を参照のこと。(2)南アフリカと日本の統計は、2001年度のものである。(3)日本の障害発生率は身体障害および知的障害のある者を含むが、精神障害者は含まれない。
図2は、調査対象国においける障害者の人口に占める割合を示している。障害とは何かについてはそれぞれの国が独自の定義や調査法を用いており、障害についての質問への解答は文化的規範によっても影響されるので、図2の解釈に当たっては注意が必要であることは言うまでもない。この数字は、一般家庭を対象とした調査あるいは国勢調査による推定値を基としたものである。南アフリカと日本を除くすべての国において、この数字は、自分は日常生活や仕事に支障となる重度あるいは中度の障害があると回答した人々の数を表している。南アフリカと日本を別にすると、障害者の人口に占める割合は、下はアメリカの10.7%、上はスウェーデンの20.6%の範囲に収まる。障害者の人口に占める割合がもっとも高いのは、ヨーロッパ諸国(ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、英国)である。日本と南アフリカについては、この割合は機能的障害についての質問から推定された数字であり、厳密にいえばこの報告における他の7カ国における割合の数字と比較できるものではない。日本の障害者の人口に占める割合は5.2%と比較的低く推定されるが、これに含まれるのは身体障害と知的障害のある人のみである。精神障害のある人は含まれていない。南アフリカの障害者の人口に占める割合は4.5%と、調査対象国のうちでもっとも低い。このことは、南アフリカのような開発途上国における障害者の人口に占める割合は(この報告で調査された他の8カ国のような)先進国のものより一般的に低くなるという事実と合致しているが、このことの原因には先進国人口の高齢化と調査方法の違いがある。(注2)
図3:1990年代後半における健常者および障害者の就業率
出典:OECD(2003)、日本については、身体障害者実態調査(1960-2001)、南アフリカについては、南アフリカ統計(2002)。
注:日本の障害者雇用率については、身体障害者のみを対象としており、その他の障害のある人についての統計はない。
図3は、調査対象国における健常者と障害者の就業率を比較したものである。ドイツ、英国、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、アメリカ合衆国における障害者の雇用率は39%から53%の範囲に収まっている。ノルウェーは他国に比べて健常者、障害者ともに就業率が最も高く、障害者の就業率も61.7%となっている。障害者の就業率が最も低いのは日本と南アフリカで、それぞれ22.7%と18.9%である。言うまでもなく、南アフリカの統計については失業者がまん延している状況を考慮にいれることが必要である。
表2:労働力率と失業率
1970 | 1975 | 1980 | 1985 | 1990 | 1995 | 2000 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
労働力率 | |||||||
オーストラリア | 71% | 7% | 71% | 7% | 74% | 75% | 75% |
ドイツ | 69% | 69% | 68% | 67% | 7% | 71% | 72% |
英国 | 72% | 74% | 74% | 74% | 77% | 75% | 75% |
日本 | 71% | 7% | 72% | 72% | 74% | 76% | 75% |
オランダ | n/a | 57% | 58% | 59% | 67% | 7% | 81% |
ノルウェー | 64% | 71% | 75% | 77% | 78% | 78% | 77% |
スウェーデン | n/a | 81% | 82% | 83% | 78% | 59% | |
南アフリカ | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | |
アメリカ合衆国 | 68% | 69% | 72% | 74% | 78% | 78% | 79% |
失業率 | |||||||
オーストラリア | 1% | 4% | 6% | 8% | 7% | 8% | 6% |
ドイツ | 1% | 4% | 3% | 7% | 5% | 8% | 8% |
英国 | 2% | 3% | 6% | 11% | 7% | 9% | 6% |
日本 | 1% | 2% | 2% | 3% | 2% | 3% | 5% |
オランダ | n/a | 5% | 6% | 11% | 8% | 7% | 3% |
ノルウェー | 1% | 2% | 2% | 3% | 5% | 5% | 3% |
スウェーデン | n/a | n/a | 2% | 3% | 2% | 9% | 6% |
南アフリカ | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | 17% | 23% |
アメリカ合衆国 | 5% | 8% | 7% | 7% | 6% | 6% | 4% |
出典:OECD労働市場統計2003、南アフリカについては、KingdonandKnight(2001)。
注:英国については、北アイルランドを含む。南アフリカの2000年度の数字は、1999年度の失業率である。
表2は、調査対象国における労働力率と失業率の動的な関連を示したものであるが、南アフリカについては、2000年以前のデータがないため、比較できない。経済学になじみのない読者のために、次の2つの用語について説明しておく必要があるだろう。「労働人口」とは、労働可能な成人(一般的には16歳から64歳の人を指す)のうち、就労する用意があり、その能力と意思がある人の集合を意味する。「労働力率」とは、成人人口に対する労働人口の割合を示すものである。次に「失業者」とは、職のない人のうち、就労する用意があり、職を探している人を指す。失業率とは、労働人口に対する失業者数の割合を示したものである。労働力率は、この30年間にスウェーデンを除く7カ国すべてにおいて上昇しており、中でももっとも顕著な上昇をみせているのがノルウェーとアメリカ合衆国である。南アフリカを別にすれば、各国の労働力率はドイツの72%からスウェーデンの81%の範囲に収まっており、失業率はオランダとノルウェーの3%からドイツの8%の範囲に収まっている。南アフリカの労働力率は59%であり、他国と比較して際立って低いが、これには人口のうち多くが労働年齢に達していないことにも原因がある。南アフリカの失業率は23%であり、これは、国際的な基準からみて驚くべき高さであり、この数字は、調査結果が手に入れられるようになった1990年代半ばから上昇傾向にある(Kingdon & Knight,2000)。
各国における障害者施策の成果
以下では調査対象国における障害者施策の主な成果について分析を行う。第一に、障害と失業の関連について、第二に、障害者施策の全体を一方とし、障害者雇用と障害者給付総額を他方として、その関連性について分析する。
図4:障害給付と失業
注:オーストラリアの統計は入手できない。
図4は、労働年齢人口における障害給付受給者の割合と、労働年齢人口における失業者の割合を、それぞれの国について座標で示したものである。障害給付受給者とは、(全額であれ部分的であれ)永続的な障害者給付と期間限定的な給付について、その両方あるいはどちらかを受け取っている人を指すが、疾病給付の受取人は含まれない。このグラフで突出しているのは、以下の二国である。まず、ノルウェーは、障害給付を受け取る人が労働年齢人口に占める割合が高い点で突出しており、南アフリカは失業率の高さが際立っている。このグラフが示すのは、南アフリカは失業率が非常に高く、同時に障害給付の受給者の割合が比較的低いということであり、それゆえ、障害給付プログラムは、健康に問題を抱えている労働者を労働人口から取り除くことにより失業率を低下させるという目的で用いられているとは考えられない。
全体的に言って、労働年齢人口における失業者の割合の違いは限定的なものである。南アフリカを除けば、それはオランダの2%からドイツの6%の範囲に収まる。しかしながら、障害給付受給率については、日本の2%からノルウェーの12%まで、相当な違いがみられる。このことが各国の人々の健康状態が異なることによってのみ説明されるとは到底考えられないのであり、障害者給付プログラム、とくに部分的または期間限定的な障害者制度が各国の労働市場に与える影響を調査する理由となる。
次に、非常に単純な基準に従って、調査対象国の障害者施策がどのように構成されているかを分類してみる。この分類はこの報告における比較分析の第一歩であり、今後最終的には各国の施策の複雑性をよりよく捉えることができる質的な分析の結果を示すことができるであろう。ここで問題となるのは、先に挙げた表1における障害者制度についてである。それぞれの国に対して、実行されている支援策一つにつき1ポイントを与えると、各国が獲得するポイント数は、表1に示されたその国の障害者施策の構成がどれだけ多元的であるかを示すことになる。例えば、アメリカ合衆国は、表1に挙げられた施策のタイプのなかで一つしか実行していないので、1ポイントが与えられる。ドイツ、ノルウェー、スウェーデンは表1の障害者施策4種のすべてを実施しているので、1ポイントが与えられる。オーストラリア、日本、オランダは3ポイントであり、英国と南アフリカは2ポイントである。次の図5は、各国の障害者政策の構成の多元性と、労働年齢人口に対する障害給付受給者の割合を座標で示し、図6では、構成の多面性と、健常者の雇用率に対する障害者の雇用率の割合を座標で示す。
図5:障害者政策の構成と障害給付受給率
注:(1)オーストラリアの統計は入手できない。
(2)障害給付受給率の統計は、日本とオランダについては2001年度のもの、ノルウェー、スウェーデン、米国については2002年度のもの、ドイツ、英国、南アフリカについては2003年度のものである。
(3)南アフリカを除き、図5の障害給付受給者には疾病給付受給者を含まず、期間限定的障害給付、部分的障害給付、永続的障害給付の受給者が含まれる。
(4)ノルウェーの場合、障害給付受給者の統計は2002年のものであるが、期間限定障害給付プログラムは2004年1月に開始された。
図5は、障害者政策の構成が多元的であればあるほど、労働年齢人口に占める障害給付受給者の割合が高くなることを示している。例えば、障害者政策が一元的であるアメリカ合衆国では、労働年齢人口に占める障害給付受給者の割合は4.73%であるが、障害者政策が四次元的であるノルウェーでは、割合が12%となる。この一般的なパターンに当てはまらないのはドイツの場合である。部分的給付、永続的給付、期間限定的給付を含む四次元的施策を実施しているドイツであるが、障害給付受給者の労働年齢人口に対する割合は3.30%に過ぎない。
図6:障害者施策の構成と就業率の比率
図6は、障害者政策の構成と就業の比率を座標で示したものである。この比率は、障害者の就業率を非障害者の就業率で割ったものである。この就業の比率は、障害のある人がそうでない人と比べてどれだけ労働市場に浸透しているかという指標となるものである。図6によって、全体的には、障害者政策が多元的であればあるほど、非障害者との比較において障害者の就業の割合が高いと言うことができるだろう。これは、一時的あるいは部分的な障害者プログラムをもつ国の方が、障害者の雇用を維持したり、復職させる可能性がより高いということを示してと考えることもできる。もちろん、図6は障害者政策の構成と就業率の比率の間に因果関係があることを示すものではない。差別禁止法や障害者雇用割当制など、多くの要因が比率に影響を与える可能性があり、それらについてはここでは考慮されていない。障害者政策の構成とその他の制度的要因の関係や、就業率の比率との関係を明らかにしようとする試みは、今後の研究として必要な領域であろう。
研究の成果と分析
すでに述べたように、障害者プログラムが策定されたり変更されたりするのは、次の目的のうち、一つまたはそれ以上を達成するためである。それは、障害のある人の経済的安定を強固にすること、障害者の経済活動への参加を促進すること、そして政府の支出を抑制することである。
障害者プログラムの持つこれら三つの目的のうち、どれがより重要であるかについては、国により、また時代により変化する。あえて一般化すれば、1970年代から1980年代にかけては、経済的な安定に重点が置かれることが多かったと言えるだろう。1990年代以降には、雇用と自立に重点が置かれるようになった。OECDの2003年の調査では、このような、収入に対する代替措置あるいは補償への関心から、社会生活に復帰させることへ関心が移ってきたことが詳しく分析されている。象徴的ともいえるのは、この報告で調査されている国々のうちのいくつかでは、障害者プログラムや障害認定テストの名前が「廃疾や不能」から「能力と活動」という名前に変更されたことである。このことは、受給者が社会生活に参加し、労働力としても期待できるという前提を示している。これが明確に示されているのが、スウェーデンの「活動保障」プログラムという若者向けのプログラムである。大事なことは、この変化に伴って、一時的あるいは部分的な給付プログラムや、英国における障害者勤労者税額控除のような、職業にかかわる新しい形の給付の重要性が増しているということである。
増大する一時的プログラムの重要性
この報告の対象となる各国は、障害者に対するさまざまな種類の一時的プログラムをもっており、その詳細については第2章で紹介する。すでに述べたように、一時的プログラムは短期的プログラムと期間限定的プログラムの二つに分類することができる。伝統的に一般的であった一時的障害給付プログラムは「短期間障害者給付」プログラムであり、雇用主が支払うことを義務付けられた一定期間の所得補助(疾病給付)の期間が終了した後に実施されることが多かった。文献においては、短期給付は疾病給付とも呼ばれ、この報告でも二つの用語は相互に読み替え可能なものとして用いられている。一般的に短期給付は、職務に由来しないケガや病気によって就労できなくなった人たちに給付されるものである。(注3)
一時的給付のもう一つのタイプに、「期間限定給付」がある。期間限定給付では、給付される期間が限定されており、一般的には1年から4年の期間が設定され、疾病給付や短期的給付がある場合には、その期間が終了してから開始される。本研究において取り扱った期間限定給付はすべて、社会保障制度あるいは社会扶助制度という形で政府により資金提供され運営されている。期間限定給付プログラムは、短期的給付と永続的給付の両方の性格を持っている点が興味を引く。短期的給付と同様に、期間限定給付も限られた期間のみに給付される。一方、永続的給付と同じく、期間限定給付を受けるためには、少なくとも1年以上、つまり長期にわたる障害があることが必要である。この報告の対象国のうち、期間限定給付プログラムが存在するのは、オーストラリア、ドイツ、ノルウェー、スウェーデンの各国である。
忘れてはならないのは、以上に挙げた一時的プログラムのさまざまな類型は、やや恣意的であり、先に定義した短期的給付と期間限定給付の境界はときに曖昧であるということである。しかしながら、このように分類することは、9カ国のプログラムを分析する上で有用である。
以下では、まず短期的プログラムについての研究報告をし、次に期間限定プログラムについて述べる。
[短期間支援策]
調査国において、短期的給付はそれぞれ次のように異なる制度的枠組みで実施されている。つまり、社会保障制度の枠組みで実施されているもの(ドイツ、ノルウェー、スウェーデン)、社会扶助制度(オーストラリア、南アフリカ)、健康保険制度(日本)、民間制度(英国、オランダ、アメリカ合衆国)である。民間制度とは、雇用主によって資金が提供され、運営される制度を指し、英国とオランダではこれが政府によって義務づけられているが、アメリカでは義務づけられていない。(注4)
図7:GDPに対する疾病給付の割合
出典:OECD社会支出データベース(2004)、南アフリカについて統計は入手できない。
注:英国の統計は北アイルランドを含む。
図7で分かるように、プログラムの制度的枠組みと、GDPに対する割合による規模の間には明確な関連性がない。例を挙げれば、社会保障制度における疾病給付制度のなかでも、GDP比0.75%以下のドイツから、1.62%のスウェーデンまでの幅がある。もう一つ図7により明らかになるのは、1980年から2001年にかけて、GDPに占める疾病給付の割合がどのように変化したかである。各国において、疾病給付がGDPに占める割合は比較的小さく、一定していた。しかし、現在、英国、ノルウェー、オランダ、スウェーデンにおける状況は変化している。英国では、GDPに占める疾病給付の割合は1980年代後半から1990年代初頭にかけて大幅に増加したが、1990年代中頃に安定化しそれ以降低下傾向にある。ノルウェーでのGDPに占める疾病給付の割合は、過去20年間にわたり1.5%以上で推移している。オランダとスウェーデンにおいては、どちらも大幅な低下傾向がみられ、オランダでは1980年の2.73%から2001年には1.28%まで、スウェーデンでは1980年の2.32%から2001年の1.62%まで低下している。このように低下した理由のいくつかについては、以下で説明する。
過去数年間に、調査国のいくつかにおいては短期的給付のすべてあるいは一部を、政府負担から雇用主負担に変更してきている。この変化には、主に二つのパターンがある。まず、いくつかの国では、雇用主に義務づけられていた短期的給付の期間が延長された。英国では、雇用主によって支払われる短期的給付の期間が1995年に8週間から28週間に増え、スウェーデンでは雇用主の責任とされる期間が2004年に2週間から3週間に延長された。
オランダの疾病給付制度は、統制された民営化により異なる道をたどった。1996年以来、雇用主は短期的給付の支払いを義務づけられ、近年ではその期間が延長される傾向にあり、2004年では2年間となっている。行政の財政負担や社会復帰に対する責任を雇用主に移すというこの方針は、制度のコスト削減、病気による常習的欠勤の減少、ケガや病気から回復した労働者の職業復帰促進を目的としたものである。図7が示すように、同国での給付制度の規模は縮小されている。
オランダでの常習的欠勤に対する改革がどのような成果を挙げているかについての初めての報告によれば(DeJong,2004)、支援プログラムの民営化以降、病気欠勤の割合は25%にまで低下した。一般的にいって、短期的給付の財政負担を雇用主に転嫁するという政策は、障害者を雇用市場に引き入れることに対して否定的な影響を与える。雇用主は、病気欠勤の可能性や障害者を雇用することに伴うコストを懸念して、彼らを雇い入れることを控える可能性があるからだ。
調査国の多くが選択している共通の方向は、給付受給者が失業状態にある期間を短くするために、再統合に向けたサービスを重要視するというものである。再統合を重要とする考えは、様々な形で試みられている。その一つの例は、障害マネジメントのより積極的な活用である。例えば、給付支給申請のより早い段階における医師による診断が行われるようになったり、医師による認定の視点についても変化がみられる。つまり、ノルウェーにおいてそうであるように、あることができないということよりも、ある能力を持っているということを重要視するように変化している。より重要だと思われることは、障害認定基準の運用の再検討がなされている点である。まず、オーストラリアのようないくつかの国においては、障害の再認定の頻度が増やされている。また、認定に用いられる資料の情報源についても変更がみられる。オランダにおいては、雇用主を含むすべての関係者からの報告が必要とされ、雇用主は受給者の段階的な職業復帰計画ついての書類を提出しなければならない。
英国、日本、南アフリカでは、短期的給付の受給者の職業復帰を促すプログラムはそれ自体としては存在しておらず、職業復帰のための取り組みはもっぱら雇用主の裁量に任されている。その他の国においては、短期給付の受給者の職業復帰について政府と雇用主が負う責任はさまざまに異なる。ドイツとノルウェーでは、給付を取り扱う社会保険庁が職業復帰の計画設計の責任を負う。スウェーデンでは、この責任が行政と雇用主とで分担されており、雇用主は各個人の職業復帰の可能性について評価する責務を負う一方、社会保険事務所は職業リハビリテーションのサービス計画を策定する。オーストラリアでは、政府が直接に職業復帰の取り組みを監督する。
短期的間給付の全額を雇用主が負担し、その運用も任されている場合でも、政府が役割の一旦を担うことがある。オランダでは、職業保健サービス局が受給者の職業復帰の可能性を評価し、それを受けて雇用主と雇用者が職業復帰計画に合意する。さらに、短期的給付から長期的障害給付へつながる場合もあるので、長期的給付への移行を防いだり、その移行時期を送らせるために、短期的給付の段階において早期に介入することは理にかなっている。英国では、これまで、短期的給付の受給者は再統合サービスの対象とはならなかった。しかし現在、同国の長期的障害給付プログラムの実施主体である労働年金省は、短期的給付受給者の再統合を促すプログラムを試験運用中である。
短期的給付受給者の職業復帰について、どのようなモデルがもっとも効果的であるかはこの報告の範囲を超えるものであり、将来の研究として重要な課題となろう。
[期間限定プログラム]
調査国のうち4カ国では、疾病給付と短期的給付の受給者が引き続いて職業復帰できない場合に期間限定給付を受けることができる。この4カ国とは、オーストラリア、ドイツ、ノルウェー、スウェーデンである。これらの国が実施する期間限定プログラムは次の二種類に分類できる。若者層を対象とした期間限定プログラムと、障害年金プログラムのうちの期間限定部分である。言うまでもなく、若者層対象のプログラムと長期的障害年金プログラムのどちらにおいても、障害給付の期間を限定的に抑える傾向がみられる。
多くの国が直面している問題のひとつとして、比較的若い年齢層の受給者が長期的障害給付を受け取っているケースが増えていることが挙げられる。アメリカの例を挙げると、Burkhauser(他)が1996年の著書で指摘しているように、障害保険(DI)や社会的補足収入(SSI)制度によって給付を受ける若者層の拡大は、「労働年齢にある障害のある人々が普通の職場に受け入れられることを望んでいる人々にとって、これまでにない、非常に憂慮される事態である。社会的な見地からも、受給者本人の立場から言っても、若い層の障害者が生涯にわたって障害給付を受けるということは適切な政策とはいえない」。これらの若者は、しばしば主な診断として精神疾患を持つが、給付期間が45年にも及ぶことがあるために、非常に大きな財政負担が見込まれるのである。
これに対し、近年オーストラリアとスウェーデンは若者層を対象とした期間限定プログラムを導入した。これは、若い障害者を支援する目的で長期的障害年金プログラムとは独立して運営される。オーストラリアのプログラムは「若者給付」と呼ばれるもので、資力審査付の給付であり、16歳から25歳までの学生と、16歳から21歳までの若者のうち、労働が不可能なものに対して、疾病給付と失業給付を与えるものである。このプログラムは、在学中の学生や、有給の仕事を探したり就職準備をする若者を援助することを目的としている。援助には、現金給付と、仕事に就くための訓練、その他の活動が含まれる。
スウェーデンのプログラムはオーストラリアのものとは異なるやり方で運営されている。スウェーデンには二つの「活動補償」プログラムがあり、どちらも19歳から29歳の若者が対象である。一つは、職についたことがあり、すでに年金プログラムに加入している人を対象とする社会保障制度を基本としたもので、もう一方は十分な職歴をもたない人を対象とした資力審査付のプログラムである。二つのプログラムはほぼ同様に運営され、どちらも受給期間は3年に限定されている。スウェーデンでは、これらのプログラムのもとで給付を受けている若者は長期的障害年金を受ける資格がない。この点はオーストラリアと興味深い対比を示しており、オーストラリアでは、「若者給付」を受給している若者も永続的障害年金を受ける資格があり、実際それを受けているようだ。つまり、オーストラリアの「若者給付」プログラムは、永続的障害者年金プログラムに至る前段階として用いられているようだ。
どちらの国についても、これらのプログラムが若者の職業復帰や永続的障害給付の受給に対して持つ影響についての資料はない。しかしながら、30歳以下の永続的年金受給者が増加している国においては、若い障害者を対象とした援助プログラムを入念に策定することは妥当といえるだろう。これらのプログラムが前提としているのは、若者層は特に留意して扱うべきであり、独自の介入が必要であるということである。この人口集団の健康と人的資源を増大させ、そのことにより将来より多くの若者が労働に従事するようにするために、限られた時間をどのように効果的に用いることができるか、という点を考慮したプログラムを考えることがもっとも重要な目標であろう。
期間限定給付プログラムの二番目のタイプは、長期的年金プログラムの一部として永続的部分と期間限定的部分を持つ場合である。調査国のうち、ドイツ、ノルウェー、スウェーデンの3国において、障害年金プログラムのなかに期間限定的要素がある。これらの国においては、一回の障害認定で給付が期間限定であるか恒常的であるかが決定される。この期間限定的支給か永続的な支給かという決定がどのようになされるかは申請者一人一人によって異なる。個人の職業復帰能力を予測できる一元的な指標はないので、期間限定給付か永続的給付のどちらが適切かを予測できる指標もないのである。
2001年以前のドイツでは、障害者給付受給者のほとんどが永続的年金を受け取っていた。2001年以降、障害認定の決定において期間限定給付が標準となり、永続的給付は例外的な措置となった。年金受給期間は最長3年であり、それ以降継続するためには再申請が必要となる。ただし、最重度障害者などのいくつかのグループには例外もある。期間限定年金は部分支給給付と全額支給給付の二つの場合があり、支給額は被保険者期間の年数によって決定される。ノルウェーでは、2004年初頭に期間限定障害給付プログラムが開始されたが、対象となるのは将来において労働能力が向上すると期待される人である。最後に、スウェーデンでは、30歳から64歳の人を対象とした期間限定プログラムがある。これらの3カ国においては、期間限定プログラムの対象者はリハビリテーションサービスを利用できる。
1960年に導入されたスウェーデンの長期的障害年金プログラムの期間限定部分を除き、以上述べてきたプログラムはすべて、比較的最近導入されたものである。ドイツやノルウェーの期間限定給付が、障害のある人の再統合にどのような影響をもたらすかについては、まだ判断できる時期ではない。また、スウェーデンにおいて、期間限定プログラムの受給者がどの程度職業復帰し、永続的年金プログラムに移行しているかについてのデータも今のところない。
期間限定給付は、慎重に策定され実施されるならば、障害者の雇用を促進し、永続的給付受給者数を減らし、障害支出を減らすために有効な手段となりうる。期間限定プログラムは、ある程度の期間重度障害が続く人も、介入によって職業復帰が可能であることを認識している。このプログラムが特に有効なのは、障害が一時的あるいは偶発的な場合であろう。加えて、給付支給期間が限定的であるということそれ自体が、支給終了までに職業復帰をしようという受給者のインセンティヴを高める効果がある。しかしながら、期間限定プログラムが永続的支給プログラムとどのように組み合わされているかが、期間限定プログラムを職業復帰への刺激策とするために決定的に重要である。仮に、永続的プログラムへの移行が円滑に行われ、受給者がそれを当然のものとして受け止めている場合には、期間限定プログラムの存在が職業復帰を促すということにはなるはずがない。加えて、限定期間内に職をあっせんしたり、継続して働くことができるように職業復帰支援サービスを提供しているかどうかも、期間限定プログラムが職業復帰にどれだけ効果をあげるかの重要な鍵となる。
最後に、期間限定プログラムを実施していない国が導入を決めた場合、非常に大きな影響を受ける集団が二つあることを銘記する必要がある。まず第一に、永続的障害給付を現在受けている人のうち、新たな認定によって永続的ではなく一時的な障害であるとされる人々である。第二に、「予期せぬ給付受給者」、つまり、期間限定プログラムがない状態では永続的障害があると認められなかったが、期間限定給付プログラムができた場合に障害があると認定される人々である。予期せぬ給付受給者の大部分は、必ずしも長期的な障害者プログラムの支出を増大させているわけではない。特に、期間限定プログラムによって、一時的な障害が永続的な障害になることを防ぐことができる場合には、支出増大にはつながらない。早期の職業復帰は、人的資源の損失を食い止め、病状の悪化を防ぐための医療を受けさせることができるという意味で、障害が永続的になることが防ぐ役割を果たすことができる。
永続的な部分的プログラム
この報告のもうひとつの焦点となっているのは、部分的な障害があるとみなされる人に給付を与える部分的障害給付プログラムである。部分的な障害がある人は、一般に、働くことはできるが仕事の量や質において制約があるか、その仕事から得られる賃金が限られる。いくつかの国では、障害が全般にわたると診断された人に対して部分的な給付を提供するプログラムがあるが、これらの制度についてはこの報告における部分的給付プログラムの分析の対象とはしない。例えば、オーストラリアでは、障害があると診断された場合でも、資力審査基準を上回る場合には、部分的給付が与えられる。また、障害診断で全体的な障害があるとされた場合でも、所得が水準を上回る労働をしている場合には部分的な給付が与えられる制度がある
(例えば、アメリカ合衆国のSSI制度)。これらの制度では、部分的給付は支援の最終段階において与えられるものであり、この報告の対象とはしない。
調査対象の9カ国のうち、ドイツ、日本、オランダ、ノルウェー、スウェーデンの5カ国では、部分的障害給付を社会保険プログラムの一部として実施している。これらのプログラムは、受給資格、障害の格付け、受給金額、利用率において大きく異なり、ここではそれぞれを個別に取り上げることはせず、第3章で取り扱うこととする。
部分的給付プログラムを導入することにより、“オールオアナッシング”の障害決定を避けられるが、もちろん障害の程度を決定する過程の問題や複雑さを減少させるものではない。全般的障害と部分的障害がどのようにして区別されるかは、国により非常に大きく異なる。先に述べた5カ国のうち、日本以外の4カ国では、障害の度合いは職あるいは収入によって決定される。ドイツでは、毎日何時間の労働が可能かによって受給プログラムが決まるが、ドイツ、ノルウェー、スウェーデンにおいては、稼得可能金額に対する損失額に従って算定される。日本では、部分的年金または全額年金のどちらを受給するかを決定するために医学的一覧表が用いられる。調査国のうち、部分的年金制度を持つ国のいくつかでは、この10年間に障害の診断方法について思い切った改革が行われたが、このことは、部分的障害の認定方法をどのように設定し、実行するかという問題がいかに難問であるかを示すものであろう。
部分的給付プログラムが、障害プログラムの雇用促進という課題をどのように実現しているだろうか。まず、部分的障害に対する給付は、仕事に就いていない人も受け取ることができるから、勤務上の給付ではないことを確認しておく。調査国では、部分的年金受給者の多くの部分が働いていない。マクロレベルでの雇用促進についていえば、部分的給付プログラムがある国は全額支給プログラムのみの国と比較して、高い障害者就業率を示す傾向にある。この率は、非障害者の就業率と障害者の就業率を比較したもので、先の図7における縦軸の数値である。さらに、部分的年金、全額年金の両方が実施されている国においては、(パートタイムではあるが)部分的障害年金の受給者の方が全額年金の受給者よりも就労していることが多いことが分かっている。オランダの例を挙げると、2001年において部分的障害年金の受給者の半数以上が働いていたが、全額年金受給者は6分の1しか働いていない。部分的年金受給者の就労傾向は、次のような理由から予測できるものである。つまり、全額給付受給者に比べて収入に対する受給額が少なく、年金を受け取る上での就労所得の上限も部分的支給の方が低い(例としてドイツ)からである。
さらに、部分的給付は就労により給付が停止されないということも分かっている。部分的給付制度のあるなしにかかわらず、調査国のほとんどすべてにおいて給付の停止は低率を示している。
次に、部分的給付制度が持つ公的資金への影響(注5)について述べる。部分的年金制度を持つ国は、日本を除いて、全体として障害給付受給者の割合が高い傾向にある。先の図5が示すように、オランダ、ノルウェー、スウェーデンの各国では労働年齢人口の約10%が障害給付受給者である。しかしながら、包括的給付のみの国と比較して、部分的給付と包括的給付の両方を持つ国の方がより障害者対策支出額が大きいとは必ずしも言えず(図1)、これは部分的給付の支出が低く抑えられていることも原因の一つと言えるだろう。また、日本を除く調査国では、すべての支援支出額に占める部分的給付の割合が増加の傾向にある。このことは、制度支出削減や障害者の雇用促進の意図を反映しているのかもしれない。
部分的給付制度のない国がその導入を試みる場合、障害を受ける人は次の2グループに分けられる。一つは、現在包括的な年金を受け取っている人で、新制度下では部分的年金受給者と認定される人々、もう一つは「予期せぬ受給者(つまり、現在受給を受けていない人で、新制度下では部分的年金を受給できるが包括的な年金受給には当てはまらない人)である。部分的給付制度を導入するに当たって、財政支出の影響がどれくらいであるかは、これら2つのグループに属する人々の割合による。永続的な部分的障害を抱える人が、永続的かつ全体的障害のある人よりもかなり多い場合には、予期せぬ受給者が相当数出る可能性があり、従って、部分的給付制度の導入により障害対策支出全体のコストが増加することも考えられる。
部分的障害給付制度の導入は、労働力供給についても影響を及ぼす。この影響は、所得控除やその前提となる税率など、具体的に部分的障害給付がどのような変数を持つかによって変化する。しかしながら、第一のグループ、つまり部分的年金導入により新たに部分的年金受給者となった人にとっては、給付金額が減額されるのであるから、就労に対するより大きなインセンティヴとなると言えるだろう。第二の、予期せぬ受給者にとっては、非就労所得が増加するので、就労に対する動機は減少するだろう。つまり、部分的障害を抱える人に対する部分的給付制度を導入することがどのような効果を持つかは、これら二つのグループの人々がどれくらいの数的規模にあるか、また、彼らの対応がどれくらいの規模で現れるかによるといえよう。
最後に問うべき重要な点は、部分的年金制度により雇用が促進されることによって、全額年金プログラムの受給者数を抑えられるかどうかである。このことは、部分的年金受給者がどのような障害があるかどうかにある程度左右される。時とともに悪化する長期的症状を抱えた受給者にとっては、全額年金制度に移行するのは当然であることは明らかである。より一般的には、部分的年金制度が、全額年金制度受給に対して抑制的に働くか、あるいは全額年金制度への前段階として働くかは、部分的年金制度がどのように設計されているかに大きく依存する。この点で興味深い例を示すのはドイツの場合である。2001年までは、部分的年金受給者は受給開始の一年後までに職を得ていない場合、それだけで自動的に全額年金受給プログラムに移行した。言うまでもなく、ほとんどの部分的年金受給者が一年後には全額年金プログラムの受給者となった。2001年以降、部分的年金から全額年金への移行は、非常勤での雇用や、連邦政府が公的に認める「閉鎖的非常勤労働市場」状態である場合にのみ可能となった。このプログラム改革が将来成功するためには、ドイツの非常勤労働市場が活性化することが必要である。労働市場が不振である限り、非常勤雇用の機会が縮小しているか存在してしないという理由から法定年金保険によって全額年金が支給されるということは、つまり、非常勤の雇用機会状況が好転しないかぎり、部分的年金受給者が非常勤の仕事を見つけることは期待できない、とドイツ政府も明らかに認めている。ドイツの例から明らかなことは、障害程度が労働能力との関連で決定される場合は、部分的障害プログラムによってどの程度全額障害年金の受給者数を減らすことができるかは、労働市場の活性度にも依存するということである。
部分的給付の代替案:英国の労働税控除
永続的な部分的障害のある人々の就労を促進するための方法として、これまでに行われてきた障害者給付制度の枠組みには当てはまらないものもある。この例として、英国の「労働税控除(WTC)」制度の障害規定がある。調査国のうち、労働税控除制度のなかに障害規定を持つのは英国だけである。「障害者労働税控除」制度のもと、障害のある人を対象としての税控除制度が最初に導入されたのは、1999年のことであった。この制度は短命に終わり、2003年4月に新しく統合された税控除制度である「労働税控除」制度が取って代わった。労働税控除は、低収入の被雇用者と自営業者に支払われるもので、障害者(障害規定)も含まれ、徴税官庁(「内国国税局」)によって運営されている。労働税控除の障害規定に該当するには、少なくとも週16時間の労働と、就労のために不利になる障害を抱えているか、決められた給付を受けている必要がある。2003年4月に導入されたばかりなので、この制度の評価は現在まだされていない。先の「障害者労働税控除」制度においては、受給者のうち、税控除が働くための鍵となる要因であると答えた者は19%であった(Atkinson,Meager,&Dewson,2003)。
英国の労働税控除制度は他国の模範となるものだろうか。このような制度には、いくつかの利点がある。パートタイムあるいはフルタイムで、かつ、低賃金で働く障害者が、英国のWTCの障害規定のような税控除制度の対象集団である。この制度は、障害者のなかに、恒常的に一部の障害を抱えており、つまり、非常勤でなら就労することが可能である人もいれば、常勤で働くことは可能であるが、職種としては低賃金のものしか可能ではない人もいる、ということを前提としている。後者の人たちが障害給付を受給する場合には、税控除制度からの乗り換え率は高くなると思われるので、彼らには障害給付を受給し、退職年齢まで受給し続けようとする動機が生まれる。労働税控除制度は、就労所得に上乗せをすることにより、拠出制あるいは資力査定つきの障害給付制度への加入を抑制することができる。加えて、障害給付の適格性はWTCの障害規定の認定基準としても用いることができるので、WTCのような制度は障害給付受給者の職業復帰を促すことにもなり、それによってこれらの制度の利用からの脱却を働きかけることができる。
しかしながら、労働力供給の点から言って、税控除制度は必ずしもよい影響を与えないということも銘記しておかなくてはならない。標準的な経済理論の立場では、税負担の軽減によって、現在未就労の人々の労働参加は促されるが、現在就労中の人の就労時間は増加あるいは減少のどちらともなりうる、とされている。税控除によって労働力供給がどう変化するかは、実際的な問題である。(未就労と就労中という)二つの集団の規模にもよるし、就労中の人について言えば、彼らの労働供給がどれだけ弾力的に行われるか、また、税控除額の幅は異なるので、それと比較した彼らの賃金レベルにも関係する。アメリカ合衆国の「労働所得控除」制度では、労働力供給に対する制度の効果について実際に明らかになったデータは両義的である(Scholz,1996;Browning,1995)。
また、税控除制度にはいくつかの欠点があるということも知っておく必要がある。まず、税控除制度自体にある問題は、それが自己申告による税制度であるために利用率が低いということである。税控除は自動的に受給できるのではなく、それぞれが控除を申告しなければならないし、受給のためには個人一人一人が行政とやりとりする意思と能力がなければならない。アメリカの「労働所得控除」ではこの問題が発生し、利用者の割合は80%から86%にしかすぎないと推定されている(Scholz,1994)。歴史的にみても、英国では、税控除制度の前提となる資力審査つき給付制度が有効に活用されないという大きな問題があり、この問題はすぐにはなくならないだろうと考えられる。加えて、税控除がどれだけ認められるかの判定において、行政がしばしば計算間違いをすることがあるが、これは内国国税局による年末調整の結果であり、技術的な「過剰給付」につながっている。
もう一つの難点は、控除対象となる障害給付を受けていない人に対して、どのように障害認定を行うか、その方法を開発することである。英国では、この認定は内国国税局によって行われている。もし、控除対象となるが障害給付を受けていない場合には、規定された21の状態のうちの一つに該当することが必要である。この21の状態は、身体的、精神的、社会的な機能制限をいうもので、病状や痛みによって1日8時間労働ができないことや1週間に5日働けないことが含まれる(Pilling,2003)。該当するためには、この規定状態のうちの一つまたはいくつかの状態であることを申告しなければならない。それを受けて税控除庁は、申告者の担当の医師に対し、申告者がそのような状態にあり、その状態が少なくとも6ヶ月、あるいはこれから一生涯続くものであるかを書面で確認する。このように、一国が労働税控除制度の導入する場合、それ以前に、控除制度に必要な障害認定制度を運用するための行政能力を開発しなければならず、そのために十分な財源を割かなければならない。また、障害があるかどうかの判定をどの役所が行うかも決めなくてはならない。Graetz(1996)が言うように、1960年代のアメリカ合衆国では、障害者に対する追加の税控除が議会の承認を得られなかったが、これは内国国税庁には障害認定プロセスを管理することはできないと考えられたためである。
もちろん、障害条項付きの所得税控除制度を導入しようとする場合、国によってその計画は大きく異なるだろう。なかでも違いが最も大きいのは、健康保険の保障内容である。アメリカのように、国民全員が加入する健康保険制度が存在しない国の場合、社会安全保障保険(SSDI)制度によって扱われる健康保険が、職業復帰の意欲を減らす役割を果たすことは間違いない。部分的障害のある人々が障害給付受給者となるのを防ぐような労働税控除制度を設計するためには、控除制度を資力審査つきの医療扶助(メディケイド)制度と組み合わせることも一つの案である。その場合、税控除制度における所得収入に関する申請条件は、医療扶助制度でのものと同一のものでなければならないだろう。
政府による支援策について費用対効果の分析を行う伝統を持つ国においては、労働税控除制度を正当化するのはなかなか難しいことかもしれない。国立社会保険院(NASI)の障害政策会議によって提唱された方針によって設計された障害労働者税控除制度は、1966年の調査では、一年当たり推定30億ドルの支出が必要である(Burkhauserその他、1996)。労働税控除制度によって、どれだけの人が障害給付を受けずにすむか、また、どれだけの人が給付を終えることができるかはまだ判断できないし、税控除制度によって起こりうる貯蓄についても同様にはっきりとはしない。しかしながら、労働税控除制度は障害者プログラムとは見なされないので、税控除制度の支出額や受給者人口の規模が、障害者プログラムほどの政治的な注目を集めないだろうとの主張も成り立つ。(注6)
英国の労働税控除制度は、就労する障害者に対する数少ない給付制度の一つである。このような制度を導入しようとする場合、その欠点について十分に研究することが必要である一方、最も重要な利点は、障害があることは就労できないことだという前提を捨てることによって、仕事と収入により障害を定義するような保障プログラムと比べて、職業復帰の意欲を減退させる影響が限定的であることである。
例外的な日本の事例
この報告の調査国のうち、日本はいくつかの点で例外的な存在である。まず第一に、日本の障害年金制度の規模は飛び抜けて小さい。GDPに対する障害年金支出の割合は最も低く、労働年齢人口に占める障害給付受給者の割合も最も低い(図4、7を参照)。
障害認定において、一貫して医学的な定義を用いているのも日本だけである。医学的な定義づけは、障害がどれだけ重症かの計算に用いられ、それにより、すでに就労しているけれども雇用割当制度に当てはまる可能性を持つ人の障害の程度を認定したり、障害年金を受給できるかの適格性が決まる。日本において障害は、労働や一般生活における制約と考えられており、日本を他国と比較する場合にはこの点を十分注意しなければならない。
日本における長期的障害年金制度では、障害は労働や収入との関係で決まるのではない。医学的な健康状態は、機能障害の程度に従って7つの等級に分類される。このうち、恒常的な年金を申請できるのは、1から3級の障害のある人のみである。1級の障害のある人は、全体的な現金給付プラス25%を受給し、2級の障害のある人(被雇用者年金と基礎年金)、3級の人(被雇用者年金)は全体的給付マイナス25%を受ける。障害年金は、実際には、加入者全員を対象とする基礎年金と、より大規模な雇用主によって雇用されている者を対象とする被雇用者年金の二つの制度から成り立っている。被雇用者年金の受給者は就労可能で、年金受給中でも就労所得に上限はない。それゆえ、この制度においては、障害の定義という意味でも、就労所得に対する規定という意味からも、年金受給者の就労意欲について減退を促す要素はない。
障害が完全に医学的な定義づけを与えられた上で設計されているこのような障害年金制度のおかげで、日本の障害年金制度はこれほど小規模なのだろうか。第1から第3級までに掲げられた機能障害はとても限定的であるので、それゆえ、障害者人口の中でもごく限られた割合の人々のみが年金受給者であるという可能性も大きい。しかしながら、罹患率や寿命の長さにみられる、他国と比較してよい健康状態など、他の要素が絡んでいる可能性もある。
障害年制度が小規模であり、障害の定義において機能障害と仕事を関連させない点を考えれば、日本における障害者の労働参加は比較的多いのではないかと推測しても不思議ではない。実際には、身体障害を抱える人が2001年に就労した割合はわずか22.7%であり、1960年の46.7%(注7)から大きく落ちこんでいる。上記図6で示したように、日本における就業率の比率(障害者の就業率を非障害者の就業率で割ったもの)は38%で、9カ国中最低であった。それでは、障害年金の受給者でもなく、労働市場に参加しているわけでもない障害がある人々はどこにいってしまったのだろうか。この疑問に答えるためには、より詳しい調査が必要だが、上記のマクロレベルのデータと国別データを基に考えると、他国と比較してより大きな割合の障害者が家族の援助に依存して家庭で過ごしているようだ。この状態だと、彼らは障害年金受給者としてもカウントされず、労働市場の一部だともみなされない。このような障害者は、すでに労働から長いこと離れてしまっているため、被用者年金を受給することもできない。
日本のケースは、障害年金制度を多国間で比較することの難しさを改めて示すものだ。この難題に挑むために、以下の2章では一時的、部分的制度の組織的な背景を注意深く分析し、残りの章においてそれぞれの国の実施策について詳しく紹介する。
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(注2) 障害者の人口に占める割合が開発途上国において先進国におけるものより低くなる理由についての説明については、ミトラ(近刊予定)を参照のこと。
(注3) オランダは例外である。オランダでは、障害が職務に由来するかどうかによって障害給付が変化することはない。
(注4) ただし、5つの州においては雇用主が短期間障害給付を支給することが義務づけられている。
(注5) 部分的給付制度が公的資金に与える影響について総合的に分析するためには、受給者の所得にかかる税収入について触れる必要があるが、ここでは取り扱わない。
(注6) アメリカの勤労所得控除について、同様の趣旨をBlank その他(1999)が指摘している。
(注7) 厚生労働省による資料。精神障害者についてのデータは利用できない。