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短期障害手当金の国際比較 一障害手当金国際調査プロジェクト報告一

寺島彰
浦和大学 総合福祉学部教授

項目 内容
転載元 季刊誌「リハビリテーション研究」121号、発行 (財)日本障害者リハビリテーション協会

はじめに

リハビリテーション・インターナショナル(RI)第20回世界会議「障害手当金国際調査プロジェクト分科会(Learning from Others; Temporary and partial disability benefits)」は,6月22日(火)午後にノルウェーコングレスセンターのプレスラウンジで開催された。この分科会の目的は,世界8力国の障害手当金(年金を含む)制度の調査について中間報告するとともに関係者が集まって意見交換するというもので,約40名の参加があった。

障害手当金制度に関する調査は米国連邦政府社会保障局がスポンサーとなっており,米国のニュージャージー州にあるルトガーズ大学が委託を受け,RIの協力でノルウェー,イギリス,ドイツ,南アフリカ,オランダ,オーストラリア,スウェーデン,日本の8力国の研究者を組織して実施されている。2003年9月から始まっており,調査票の検討,調査票の記入,情報の追加聴取,電話会議によるまとめかたの検討などを行い,近々,報告書ができることになっている。プロジェクトの名称がLearning from Others(他から学ぶ)となっているのは,米国の障害保険制度(SSDI: Social Security Disability Insurance)には部分給付や一時給付手当がないことから,他の国の状況を学んで米国の障害者政策に活用しようという意図のものに命名された。プロジェクトリーダーは,Monroe Berkowitz教授で,20年以上前から障害者政策に関する研究を精力的に行ってきており,障害政策の草分け的存在で,彼の著作Public Policy toward Disability(1976)は,世界的に有名である。
分科会では,調査結果の概要についてルトガーズ大学のTodd Honecutt氏から報告があった後,時間の関係で,スウェーデン,ノルウェー,日本についてのみ,それぞれの国の障害者手当の現状について報告した。しかし,これらの内容は研究の一部であり,その後,7月21日~22日にワシントンで,ノルウェー,イギリス,ドイツ,南アフリカ,オランダ,オーストラリア,スウェーデン,日本の参加者およびスポンサーである米国連邦政府社会保障局の担当者も参加してプロジェクト発表会があったので,その内容も含めて短期障害手当金に関する研究結果の概要を紹介する。ただし,本稿を執筆中は,まだ最終報告書が発刊されていないため,ワシントンでの発表会の結果に基づく紹介とする。なお本稿の内容は,筆者の独自の見解であり,プロジェクトの正式の見解ではないことをお断りしておく。

1.傷病手当金

本プロジェクトでは,短期障害手当金を傷病手当金と障害手当金とに分けている。傷病手当金とは期間を限定した手当で,疾病やケガのために働けない場合に提供される手当である。障害手当金は期間を限定した手当(一般的には1~4年)で,傷病手当金が修了した後に始まり,障害者が職場復帰を果たすことを支援することを目的としている。傷病手当金のように,病気や怪我になった従業員に金銭補償を普遍的に適用する公的制度は,利用の仕方によれば,次のような積極的な側面をもたせることができる。

  1. 病気のために働けないことによる所得損失を補うことで,標準化された,信頼のおけるセーフティーネットを労働者と家族に提供する。
  2. 重度のケースの場合は,うまく使うことで,全面快復のための治療評価に使える。
  3. もし,全面的快復が難しいと思われる場合は,リハビリテーションや職業訓練を行う期間となる。
  4. この期間に,快復した労働者は,収入を失うことなく徐々に職場に戻ることができる。

(1)傷病手当金の方式

米国を除き参加各国には,病気やケガにより仕事ができなくなったときに労働者を補償する公的かつ全国的な手当がある。この公的な制度のアプローチについて世界の国々を分類すると大きく二つに分けられる。1疾病の早期段階から公的制度により手当が支払われる国と,2疾病の早期段階は雇用主により手当が支払われその後社会保険によって支払われる国である。

日本は,1に含まれる。健康保険による傷病手当金は,健康保険加入者が病気や怪我で会社を休み賃金が支払われない場合,4日の待機の後5日目から最高1年6ヶ月傷病手当金が受給できる。賃金代替率は,標準報酬日額の60%である。ただし,現実的には,これは,被用者健康保険(健康保険,組合健康保険,船員保険)のみで実施されており,国民健康保険では実施されていない。

そのほかのプロジェクト参加国の多くは,2の国々である。スウェーデンでは,疾病休暇の第2日目から14日目までは,雇用主が疾病手当を支払い15日目からは,社会保険システムが引き継ぐ。所得代替率は80%であるが,実際は,多くの場合,労働協約により100%を補償している。

英国では,一定以上の所得のある労働者が連続して4日以上労働不能になった場合,法的疾病給付(Statutory Sick Pay)が18週間支払われるが,それは雇用主の負担である。法定とは,法律で雇用主に手当支払いの義務を課しているという意味である。その後は,国民保険(National Insurance)による短期不能手当(Short-term Incapacity Benefits)が支払われる。定額制であり,扶養義務者の数や支給期間により支給額が変化する。しかし,法的疾病給付の受給資格がない従業員や自営業者は,短期不能手当の受給資格がない。

オランダの疾病補償制度は,1996年に従業員疾病補償の財政的責任のすべてを雇用主にシフトした。それにより,病気の最初1年間は,雇用主の責任で手当が支払われることとなった。その所得代替率は70%である。しかし,それでは,社会保障制度における十分な経費削減ができなかったので,疾病補償手当に対する雇用主の責任を2年間に伸ばした。

ノルウェーの疾病手当は収入の100%をカバーしており,雇用主により16日間支給される。その後は国民保険から支払われる。手当は初めて病気で休んだ日から260日,または52週間続く。待機期間はない。また自営業者の:場合は,病気の17日目から予想される年間勤労所得の65パーセントに相当する現金疾病手当が得られる。他の国々では経費削減のために,待機期間を設けているにもかかわらず,他の国に比較するとかなり寛大な制度になっている。

ドイツは最初に従業員としての疾病手当が6週間あり,その後,社会保険から給付される。また,オーストラリアでは,流動資産の額により待機期間が最高13週まである。南アフリカは,6ヶ月後に手当支給が開始される。

プロジェクト対象国ではないが,フランスの社会保険にも3日の資格待機期間があり,最長360日間支払われる。また,慢性病や長期疾病の場合,資格期間は3年間にまで延長される。手当の支払いは,疾病基金から行われる。

(2)財源

傷病手当金の財源に関しては,1政府,2社会保険,3民間の3つの分類が可能である。オーストラリアと南アフリカは1に属し,政府が直接短期障害者手当を提供する。すなわち,税金が主要な財源である。ただし,資力調査(means test)があり,一定の資産や所得があれば手当は支給されない。この意味では,わが国の制度の公的扶助に近い。ノルウェー,スウェーデン,ドイツ,英国,日本は2に属し,社会保険制度が財源である。当然,保険料を支払っていることが手当受給要件になる。また,公的年金制度や公的扶助との調整なども行っている。わが国においても,被用者保険が傷病手当金の財源であるし,障害年金や雇用保険との支給調整がある。ただし,英国とノルウェーは,最初の一定の期間は雇用主が支払うので一部3に該当する。
オランダ,米国は,3に属する。英国も前述のように一部3に属する。手当の財源については,雇用主,従業員,または,第三者に責任がある。

(3)傷病手当金支給期間における介入

いくつかの国々では,傷病手当金支給期間を病気の労働者がもとの職場にとどまれるように介入するための期間として用いている。

スウェーデンでは,手当を受給しはじめて4週間たつと,その手当を受給している労働者が仕事にもどるのを勧め援助するための再統合計画を立てることが雇用主に求められる。オランダでも,手当受給後6週間たつと特別リハビリテーション計画が始まる。それに加えて,雇用主は行政機関が用意した再統合を支援する医療専門家に相談しなければならない。職場復帰の最初はパートタイムで働き始め,徐々に職場復帰を勧めるなどの方法が実施される。ノルウェーも,国民保険機関が12週で介入する。また,国民保険機関と契約した雇用主には,介入の義務が課せられている。

(4)疾病手当金の受給率

1998年に各国の労働人口のうち傷病手当を受給している人の割合では,多いほうから,ノルウェー(28.2%),スウェーデン(17.2%),ドイツ(5.3%),南アフリカ(2.1%),日本(1%),オーストラリア(0.1%)となっている。ノルウェーのように労働年齢人口の28%が疾病手当金を受給しているというのは驚かされるが,病気休暇に対して一日目から疾病手当金を受給できることを考えるとうなずける数字である。北欧は病気休暇の取得率が高いことで有名だが,スウェーデンを含め受給率の高さはそのような状況が反映されていると思われる。わが国が他の国に比べて非常に低いのは,労働協約により傷病の場合の有給休職期間が定められているためであると考えられる。米国を除くその他の国々では,労働協約により,雇用主の義務として傷病により休んでいる労働者のためにポストを確保しておかなければならない期問や,賃金を支払わなければならない期聞,再統合の支援義務などが決められており,それにしたがって介入が行われる。わが国もそれに該当する。ただし,わが国の場合,単に労働協約だけではなく,終身雇用を前提として,なるべく従業員に職場復帰させようとする支援が行われているとも考えられる。

(5)傷病手当金に対する参加各国の対応の傾向

参加各国においては,つぎのような傾向があることが伺われた。

  1. すべての国において傷病手当金制度の費用の増大とその有効利用法に関心をもっている。
  2. 傷病手当は権利であるという考え方から,傷病手当受給者は,職業復帰が義務であると考えられるようになっている。
  3. 雇用主と従業員の役割の増大:公的な手当金の支払い開始を遅くし,それまでは雇用主による支払いとすることや,雇用主に従業員が職場復帰できるような介入の責任をもたせる国が増えていることなど,雇用主の役割を高め,政府と雇用主と従業員が協定により三者が協力して従業員の職場復帰を支援するなど従業員の役割も増大している。
  4. 早期介入の推進:長期手当に移行する可能性のある傷病手当受給者には,公的機関や雇用主が早めに介入し,傷病手当からの脱却,傷病手当から別の活動・リハビリテーション・再統合手当などへの移行をすすめる傾向がみられる。
  5. 障害マネジメントの導入:手当受給者を教育したり,医師を教育したり,再認定や経過報告を求めたり,職場環境を調整したり,職業評価により可能な仕事を明らかにするといった障害マネジメントを導入する傾向がある。

2.障害手当金

障害手当金は,傷病手当金とは異なり,疾病ではなく,障害に着目した短期手当である。その定義は,期間が限定された手当(一般的には1~4年)で,傷病手当が終了した後に始まり,障害者の職場復帰の支援を目的としている。

(1)各国の短期障害者手当

現状では,この手当制度をもっている国はオーストラリア,ドイツ,ノルウェー,スウェーデン,日本である。この手当には,1若者向け(高齢者でないというくらいの意味)の特別な短期障害者手当,2障害年金制度の一部として提供されるものの二つのパターンに分かれる。前者には,スウェーデンの活動補償手当(Activity Compensa-tion),ノルウェーの離職手当,オーストラリアの若者手当(Youth Allowance),日本の就職促進手当や職業能力開発促進法の訓練手当などがある。後者は,ドイツ,ノルウェー,スウェーデンで実施されている。スウェーデン,ノルウェーは,両方の制度をもっている。

(2)スウェーデンの活動補償手当

障害手当金は,基本的には,リハビリテーション訓練や職業訓練などをうけるために一時的に仕事を離れる場合に支払われるものである。しかし,単なるリハビリテーションだけではなく,より広範な活動に対して支払われる手当としてスウェーデンの活動補償手当がある。ユニークな手当であるので,その内容を紹介する。

活動補償手当の対象者は,19歳~29歳の社会保険加入者である。社会保険事務所に活動計画を提出・申請し,同事務所が活動意欲を判断して給付を決定する。どのような活動でも,身体的または精神的によい影響を与えると考えられており,活動内容に特に制限はなく,いろいろな活動を選択できる。例えば,スポーツ,職業訓練,映画鑑賞なども可能である。2003年の実績としては,2,474人が対象であった。うち51%が女性,49%が男性,女性の平均は24歳,男性は23歳,精神障害者が中心で,87%は労働能力低下に基づき,13%は学習期間延長に基づいていた。70%の人が週に複数回の活動を行っており,50%の人は6か月以上の活動を計画した。手当の内容は活動に要する経費を補償するもので,従来の強制的訓練・リハビリテーションから自己防衛・自己選択への移行をめざしている。

3.まとめと考察

わが国に比較すれば,西洋諸国は障害者をいかに労働市場に復帰させるかということについての関心が高い。わが国ももちろん関心が低いわけではないが,外国には深刻さが伺える。かつてオランダ病という言葉が生まれたように,1970年代にオランダの障害手当受給者が爆発的に増え始め,1993年までに労働年齢(16歳~64歳)のオランダの国民の10人に1人が,また,55歳から64歳の高齢の労働者のほぼ40%が障害者として障害者手当を受け取るに至り,オランダの社会保障制度が破綻したことがあった1)。その理由は,西欧諸国において,障害年金を含む障害者手当は,雇用政策の一環としてとらえられているために,障害を理由に労働できないために収入がない場合にのみ支給し,働き始めれば手当を給付しないのが原則である。そのために,働いて苦労するよりは,少し収入は少なくなっても手当を受けていたほうがよいという逆インセンティヴが働く。この状況を改善するために,各国ともさまざまな努力が行われているが,十分な成果をあげているとはいえない。

例えば,ここで紹介したスウェーデンの活動補償手当もその一つであり,リハビリテーション訓練などをうけることに対する活動補償手当を給付するというユニークなものである。また,ノルウェーでは政府,雇用主,労働組合が協定を結び,傷病手当金の受給期間にリハビリテーション訓練や職場環境調整などで介入し,早期の職場復帰をめざすという新しい取り組みもなされている。

わが国は,障害年金など機能障害を基本にした給付が行われており,インセンティヴの問題は大きくはないが,年金額の上昇や不況の影響で障害者の就業率は低下してきていることを考えれば,やはり,同じような政策が必要になることも考えられる。その意味で,これらの国々の情勢に注目しておく必要があろう。

参考文献

Leo J. M. Aarts, Richard V. Burkhauser, Philip R. De Yong, ed., Curing the Dutch Disease: An International Perspective on Disability Policy Reform, England; Avebury Ashgate Publishing, Ltd., 1996