発達障害者の地域支援を効果的に行うための調査研究

平成20年度3月
特定非営利活動法人アスペ・エルデの会
研究代表者 辻井正次
(、アスペ・エルデの会CEO・統括ディレクター/中京大学現代社会学部教授)

第1章 はじめに

中京大学 辻井正次

1.はじめに
 わが国においては、2005 年4 月より発達障害者支援法が施行され、発達障害児者に対す る支援がスタートしている。いろいろな事業を通して、支援が着実に進められている。し かし、いまだに障害者福祉サービス体系の基本法である障害者自立支援法に明確な位置づ けがなされていない。今回、平成20 年度において、障害者自立支援法の見直し作業におい て発達障害者の支援サービスを実現していく上で、発達障害としての診断と障害程度区分 の位置づけの仕方についての検討が急務となっている。障害による支援のニーズを明確化 し、それに対応するサービスを提供する基本的な枠組みへ向けて、大きな取り組みが必要 になっている。
 この事業においては、今後の発達障害児者福祉サービスを、当事者や当事者家族の支援 ニーズにそった形で構成し直すために、その基本となる標準的な把握の仕組みを構築する ための最初の一歩に当たる。実際には、非常に大きな研究と実践の両面での取り組みが必 要となってくるであろう。

2.支援ニーズの把握を可能にする枠組みの必要性
 発達障害、もしくは発達障害としての支援が有効に機能する人たちの把握において、実 際の行政サービスを円滑に進めていくため、支援ニーズを客観的に把握できる基本的なツ ールが開発および普及できていない状況である。つまり、発達障害の人たちに、その人が 受けて当然の支援を提供するための基本的な基準作りが不十分な状態にあると考えられる。 こうした中、申請者たちは、特に広汎性発達障害児者の支援ニーズを把握するためのツー ルとして、広汎性発達障害評価尺度(PARS)を作成し、信頼性・妥当性の検討を行っ てきた。しかし、実際に障害者自立支援法による障害児者福祉サービスの提供を考えた場 合、必要な支援の評価手法において、必要なアセスメント・ツールが存在しないという問 題点がある。国際的にはすでに障害程度は知能指数(IQ)だけでなく、適応状況からも 評価される。日本ではまだ障害の程度についてはIQのみが基準となっており、対人関係 や社会性など日々の生活や行動上の適応の困難さが明らかでもIQが高いと評価されない。 それは適応状況を把握する上での評価尺度が日本国内で標準化されたものがないためであ る。そのため発達障害児者が、必要な支援が受けられないという不都合が生じている。世 界的には、適応(adaptation)という視点で、社会的な適応指標を評価しているのに対して、 わが国においてはそうした標準化された適応指標が存在せず、そのために、どういう支援 ニーズを発達障害児者が有しているのか、明確にすることができないために、必要な支援 が提供できない、同様に、支援効果の検討が難しいという実態が生じている。筆者らは、 国内での発達障害の研究者ネットワークを構築し、支援方法の開発や普及に取り組む一方、 すでに、広汎性発達障害の評価においては、今回の研究チームはPARSという診断補助 的な評価尺度を開発し、実際に国内で広く使われるようになってきている。PARSは診 断的な目的で開発されたため、実際の支援サービスのためのニーズ評価のためのものでは なく、国際的な比較にも耐えうる適応状況評価のためのツールが待ち望まれている。
 国際的に最も標準的に活用されているVineland Adaptive Behavior Scales(第2版) 日本版の作成と標準化によって発達障害児者の適応状況や生活・行動の困難度を評価でき る仕組みを開発すること。本調査研究を実施することで、発達障害児者の障害程度区分判 定などをより適切に実施することを可能にするための知見を集約し、発達障害児者への支 援サービスの適正な提供を可能にすることができる。

3.この事業の目的
 発達障害児者の支援の前提となる、社会的な適応行動の指標を示す評価尺度が存在する ことにより、行動上の適応状況について評価が可能になる。日本における適応評価尺度が 開発されることによって、発達障害児者の個々の支援ニーズの把握が可能となり、支援計 画や障害程度区分おいてもより適切な実施につながり、支援を必要とする人に対して適切 な支援の実施が可能となる。 ついては、国際的に最も標準的に活用されているVineland Adaptive Behavior Scales の日本版の開発と標準化のための調査研究を実施することで、発達障害児者の適応状況や 生活・行動の困難度を正しく評価し、障害程度区分判定などをより適切に実施することを 可能にするなど、具体的な施策提言につなげる。
 本研究の成果によって、現在、障害児者福祉サービスのなかでの位置づけが不明確な 発達障害児者の支援のための支援ニーズが、世界的な標準的な枠組みにおいて可能になる。 Vineland Adaptive Behavior Scales(VABS)は、コミュニケーション領域(受容言語、表出 言語、書字)、日常生活スキル(身辺自立、家事、地域生活)、社会性(対人関係、遊びと余 暇、コーピング・スキル)、運動スキル(粗大運動、微細運動)、不適応行動(内向性、外向 性、その他、重要事項)の各領域をもち、かなり地域での日常生活での適応度・困難度を把 握できる枠組みになっている。こうした世界標準の枠組みをもとに、さらに行政的に活用 できる簡易なニーズ把握の方法を開発することで、エビデンスのあるニーズ把握を確立す ることができる。
 この研究の社会的な意義として、発達障害を基本として、知的障害や精神障害など、日 常生活の行動という観点で、当事者のできている行動を同じ基準で比較検討することが可 能になり、現在、障害者自立支援法で課題となっている、障害程度区分などでの重症度評 価において、より妥当性の高い枠組み作りができることが期待される。

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