鳥取大学 井上雅彦
徳島大学 原 幸一
1)発達や認知・言語のアセスメント
我が国で発達障害児者のアセスメントによく使用されるアセスメントは以下の表のよう なものである。大きくは一般的なスクリーニング検査と障害が疑われる場合に用いられる 検査とに分けられる。また、診断後の教育等の援助に必要な諸特徴を知るために用いられ る検査がある。査定の年齢と領域によって使い分けが行われている。
以下に簡単な説明を付す。まず、集団での問題行動等が見られる場合には一般的な検査 を用いてスクリーニングを行う。1歳半健診、3歳児健診、または発達相談場面では行動、 発達が気になる子ども達に対しては年齢に応じたアセスメントが行われている。
乳幼児期においては親からの聞き取り、もしくは観察や介入的な関わりの反応から査定を 行う。聞き取りの代表的な道具としては津守式乳幼児精神発達検査、KIDS 乳幼児スケール などが用いられている。個別的な関わりを含めた査定では遠城寺式、新版K 式などが用い られており、発達指数として同年齢の子どもたちとの比較での運動、言語、社会性、認知 などの水準をみることで特徴を調べる。個別式の検査としては日本では標準化されていな いが海外で用いられている道具としてBayley 式乳幼児発達検査(BSID-Ⅱ)があり、運動お よび心理面での発達のアセスメントが可能である。
発達面での問題がスクリーニング検査により疑われる場合にはその後にさらに能力面で のアセスメントを行う。認知面、言語面での問題の特徴を知るためには個別式の知能検査 が用いられ、田中ビネー式知能検査や、言語性・動作性の知能プロフィールからその子ど もの認知の特徴を知ることができるWIPPSI(ウェクスラー幼児用知能検査),WISC(ウ ェクスラー児童用知能検査)などのウェクスラー系知能検査が用いられる。言語面では ITPA(イリノイ心理言語検査)により言語の理解・表出能力を評価し、言語発達の偏りを 知ることができる。認知能力の偏りを知るためにはK-ABC が用いられ、継時処理・同時処 理などの認知処理過程や習得度の特徴を抽出する手がかりとする。これらの情報は認知・ 言語の発達水準と特徴を記述するためであり、それのみでは診断の道具とはならない。ま た、発達障害の特徴と生活面での困難度を明確にするには限界がある。
2)発達障害のスクリーニングや評価に関するアセスメント
発達での各年齢において発達障害が疑われる場合にはそれぞれの特化した査定を用いる。 例えば社会性、言語などの領域で問題が見られた場合にはM-CHAT(幼児症自閉症チェッ クリスト)、高機能自閉症のスクリーニングにはASSQ(Ealer & Gillberg1999)などが使 用される。また子どもとの関わり、観察から発達障害の有無とその水準を査定する道具と してはSchopler のCARS(小児自閉症評価尺度)があり、評定は主に訓練を受けた専門家 (心理士)により、自閉症の重症度を含めて評価することができる。しかしながら現時点 ではCARS では知的障害をもつ自閉症児の評定が主とされ、知的障害をもたない自閉症(高 機能自閉症、アスペルガー障害)を含む広汎性発達障害全体の評価としては、養育者への インタビューによるPARS(辻井ら、2006)が利用可能である。
自閉症診断において使用される国際的な評価ツール、例えばRutter,LeCouteur and Lord(2003)によるADI-R(Autism Diagnostic Interview Revised: 自閉症診断面接改訂版) やLord ら(1989)によるADOS(Autism diagnostic observation schedule:自閉症診断観察法)な どについては我が国では標準化作業が完成していない。現在ADI-R やADOS はライセンス 制となっており米国の研修に参加し英語でのトライアルをクリアする必要がある。日本版 については著作権の問題もあり、最近ようやく一部の研究者が研究用の一時的なライセン スを取得し我が国でのデータを報告している段階にある(中村・土屋・八木ら, 2008)。
適応行動は人が自ら機能し、かつ自立して生活していくことのできる度合いと個人的及 び社会的責任について文化的に課せられている要請を十分に満足する程度との2側面に分 けられ、その概念は成熟、学習、社会適応の3つの範疇を包摂する概念であるとされてい る(Heber,1961)。適応行動の評価は支援ニーズや効果を測定する最も重要な評価であり、 生活に必要な支援の程度を客観的に測定できることを考えれば支援制度を運用する場合に おいても活用できる。
DSMⅣ-TR においても標準化された適応行動の評価の必要性が示されているが国際的な スタンダードとされる適応行動の評価尺度は以下の3つである。Vineland Adaptive Behavior Scales 2nd ed.(Sparrow, Bulla, & Cicchetti, 2005)は、乳幼児から成人期までの社会的自立を評価するように構成され、知的障害、自閉症、発達障害、言語障害を含む 広範囲にわたる障害の診断または評価のために必要な情報を提供することが可能である。 VABS は、運動スキル、コミュニケーションスキル、日常生活スキルなどを評価できる最も メジャーな評価方法である。
Adaptive Behavior Assessment System?2nd edition(ABAS-II; Harrison, P. L., & Oakland, T. 2003)はアメリカ精神薄弱協会AAMD が開発した歴史ある適応行動尺度の2 版であり、出生から89 歳までを対象とし、介護者、親、教師、本人など年齢段階によって 評定フォームを用意し4 ポイントのリカート尺度で個人のパフォーマンスを評価する。
Scales of Independent Behavior-Revised (S1B-R; Bruininks, Woodcock, Weatherman, & Hill, 1996) は乳児期から90 歳までを対象として運動スキル、社会的相互交渉とコミュ ニケーションスキル、個人的生活スキル(personal living skills) 、地域生活スキル (community living skills)の4領域14 のサブスケールから構成されている半構造化され たインタビューである。またオリジナルのSIB から77 の項目を抜き出したIndividual Client and Agency Planning (ICAP;Bruininks,Hill,Weatherman,and Woodcock,;1986)は 約15 分間で施行可能なスケールである。
これらの評価尺度の中で本邦では、初版ABSの日本版が富安ら(1973)によって「適 応行動尺度」として標準化され出版されているが現在は絶版となっており、前述のVineland 適応行動尺度の前身であるVineland 社会的成熟尺度(Vineland Social Maturity Scale) に関しては三木(1959)により「社会生活能力検査」として出版されているが、これは Vineland 社会的成熟尺度の項目抽出版であり現在のVineland 適応行動尺度については未 だ標準化がされていない。国際的なスタンダードとされる適応行動の評価尺度の日本版が 存在しないことはエビデンスに基づいた支援研究の推進においても大きな障壁となる。ま た我が国の自立支援法という新しい支援制度の中でも、発達障害だけでなく、知的障害、 自閉症、言語障害、精神障害など多様な障害種に適用でき、かつ適用年齢の広い適応行動 評価尺度を開発することが必要とされる。
文献
Bruininks, R. H., Woodcock, R. W., Weatherman, R. F., & Hill, B. K.(1996). SIB-R-Scales of Independent Behavior-Revised: Comprehensive manual. Itasca, IL: Riverside.
Bruininks, R. H., Hill, B. K., Weatherman, R. F., and Woodcock, R. W. (1986). Examiner’s Manual. ICAP: Inventory for Client and Agency Planning. DLM Teaching Resources,Allen, TX.
Ehlers, S., Gillberg, C., & Wing, L. (1999). A screening questionnaire for Asperger syndrome and other high-functioning autism spectrum disorders in school age children. Journal of Autism and Developmental Disorders, 29, 129~140.
Harrison, P. L., & Oakland, T. (2003). Adaptive Behavior Assessment System?2nd edition: Manual. San Antonio, TX: The Psychological Corporation.
Heber, R.F. (1961). A Manual on Terminology and Classification in Mental Retardation. Pineville, LA: American Association on Mental Deficiency.1961
Lord, C., Rutter, M., Goode, S., Heemsbergen, J., Jordan, H., Mawhood,L., & Schopler, E. (1989). Autism Diagnostic Observation Schedule: A standardized observation of communicative and social behavior. Journal of Autism and Developmental Disorders,19, 185-212.
三木安正(1959)SM社会生活能力検査手引き.日本文化科学社. 中村和彦・土屋賢治・八木敦子・松本かおり・宮地泰士・辻井正次・森則夫(2008).成人 期アスペルガー症候群のADI-R(自閉症診断面接改訂版)による診断-生物学的研究との 関連で-.(特集 成人期のアスペルガー症候群(2),精神医学,50(8), (通号 596),787-799. 医学書院.
Rutter, M., LeCouteur, A., & Lord, C. (2003). The Autism Diagnostic Interview, Revised (ADI-R). Los Angeles: Western Psychological Services. Sparrow, S. S., Balla, D., & Cicchetti, D. V. (2005). Vineland adaptive behavior scales (2nd ed.). Minneapolis, MN: Pearson Assessments.
冨安芳和,村上英治,江見佳俊(1973)適応行動尺度の手引き.日本文化科学者. 辻井正次・行廣隆次・安達潤・市川宏伸・井上雅彦・内山登紀夫 2006 日本自閉症協会広汎性発達障害評定尺度(PARS)の幼児期尺度の信頼性・妥当性の検討 臨床精神医学 35(8), pp1119-1126.
表1 発達障害児者への支援に関する主要なアセスメント
領域 | 種類 | テストや特徴など |
過去の発達や診断 |
生育歴 |
前年度までの配慮や支援情報を得たり、専門機関と連携するために活用する 子どもの行動特徴以外に聞き取りの過程で親の障害理解を推察する情報にもなる。 主治医とのコミュニケーションの密度や薬に対する理解や抵抗等も推察する 遠城寺式乳幼児分析的発達検査法、津守式乳幼児精神発達診断法、KIDS乳幼児発達スケールな ど、乳幼児用で全般の発達を大まかに評価することが可能。記述式のため簡便であり園などで も実施可能。 LD児用はPRSやLDI、ADHD児用はADHD-RS、広汎性発達障害児用ではPARSなど、 |
機能分析による行動観察、スキャター・プロット、環境アセスメントシートなど