第4章 適応行動尺度の可能性と実用化に向けての課題

中京大学 辻井正次

1. 発達障害児者への支援ニーズの把握に向けて適応行動尺度の果たす可能性
1)広汎性発達障害者の適応行動の特徴
 この研究において、全国の多くのサンプルを対象にして、まずは、定型発達における適応行動や不適 応行動の全体像を把握し、そのことで、広汎性発達障害児者の適応行動や不適応行動の特徴を描いてき た。かなり基本的に両者は異なっていた。
 第3 章において、定型発達者と広汎性発達障害者のVABS-Ⅱにおける適応行動の違いを見ていくと、 明らかに適応行動が異なり、適応行動尺度では、全体的に定型発達群がPDD 群より有意に高い得点を 示しているが、その傾向は年齢帯が上がるにつれてより顕著になっていた。0歳~5歳では、有意差が 見られない領域・下位領域が半数近く存在し、読み書きや、日常生活スキル、運動スキルなどでの有意 差は見られなかった。6歳~12 歳では全ての領域・下位領域で有意差が見られている。さらに、13 歳 以上ではほぼ全ての領域・下位領域で効果量dが6歳~12 歳よりも高い値を示しており、2群の差はよ り明確になって、適応行動上の差異が明確になっている。
 幼児期においては、日常生活スキルや運動スキルの個人差は確かにあるものの、コミュニケーション や社会性において、また、不適応行動の量において両者は大きく異なっており、こうした適応状況から 必要な支援が把握できることは、保育などでの発達支援においては極めて有用性の高い知見となるであ ろう。発達障害の診断という観点であると、親たちとしては向かいにくいこともあるが、適応行動のど こが「苦手」であるかという視点では、その場での取り組みにつながりやすいと考えられる。確かに、従 来の発達検査などでも同様の知見は得られるが、1つには、成人期までの連続線上で把握できることや、 「発達」ではなく、適応行動という形で把握できるため、広汎性発達障害の場合に、支援につながりやす いものと考えられる。
 一方、不適応行動尺度では、全ての尺度・下位尺度、全ての年齢帯で、PDD 群が定型発達群より有 意に高い得点を示している。しかし、効果量dの値に着目すると、適応行動とは逆に、年齢帯が上がる につれ、全体に両群の差が縮まる傾向が見られていた。
 このように、VABS-Ⅱによって明確に両群の適応行動を測ることは可能であり、また、こうした適 応行動の度合いや不適応行動の度合いで、実際の支援の特徴を個人ごとで描いていくことも考えられる。 こうした傾向から、個々の発達障害児者の支援の支援ニーズのパタンや必要な支援の量を対比させてい くことは可能であり、今後の研究のなかで取り組むことが可能である。
 今後、年代ごとでの、判別分析で、広汎性発達障害児者の特性を明確にしたりすることが可能であり、 さらに統計的にも検討を進めていく。

2. VABS-Ⅱの日本語版作成に向けての課題
 今回、VABS-Ⅱの日本語版を作成するための予備的な取組みを実施したが、いくつかの課題も見る ことができた。基本的に、北米の生活様式を基本にしており、また、言語が英語と日本語との違いもあ り、日本の文化のなかでの特徴に合った項目の構成と、項目の並べなおしが必要になると考えられる。  最も大きな変更が必要であったのは、言語表出に関連した項目群であり、英語と日本語での言語的な 差異で、日本語にあった言語発達の対応が必要であった。また、日常生活においても、家事などの生活 スタイルでの違いなど、日本独自の項目設定が必要になるかと思われる。また、項目の並び順において も、いくつかの修正が必要なことが明らかになり、今後、そうした修正をもとに、実際の本番の標準化 の手続きが可能になった。地域のなかで、障害ある人たちが自立して生活できるためには、どの程度の スキルが各領域において持っていることで十分とするかについて、今後も議論が必要であろう。例えば、 対人関係の最後が「デート」であるが、わが国であれば、さらに近隣でのコミュニケーションなどがある かもしれないなど、大人の自立した生活をどこまでと考えるのかかなり課題がある。  特に、障害児者の支援メニューとの対応を考えていくとすれば、支援メニューのどういうものを活用 して、「支援があって」できるところまでを構成していくのかが重要であり、それに向けての議論が必要 であろう。少なくとも、発達障害だけではなく、知的障害や精神障害なども含め、適応行動で評価して、 支援を決めていくのは1つの非常に効率性の高い支援の構成の仕方であると考えられ、実際に提供で来 うるメニューや、日本社会でしかも地域で生きていくうえで必要なスキルなどの明確化なども合わせて 必要である。
 現在、著者代表者のDr. Sara Sparrow との研究打ち合わせを進めつつ、VABS-Ⅱの版権元出版社 との交渉を進めている。こうした実質的な課題を1つずつクリアしていくことも重要になる。

3. 本事業の成果についての評価
 本事業の成果としては、発達障害児者の適応行動を把握するための基本的なアセスメント・ツールで あり、国際的に最も標準的に用いられている評価尺度であるVABS-Ⅱの日本版の作成を行い、広汎性 発達障害の適応行動上の特徴を明確にし、今後の支援ニーズの評価を可能にするツールの原型を作成す ることができた。
 また、わが国で、こうした発達障害児者の適応行動状況を把握する上で、必要な標準化のデータ収集 を行う上で、必要な全国的な研究者ネットワークを構築することができ、今後、障害児者福祉施策を行 っていく上で、必要なエビデンスを蓄積できる体制ができた。
 今回の事業の有益な成果を元に、実際のVABS-Ⅱの標準化を進め、また、実際の受けている支援と の対比を行い、実際に全国どこでも活用できる形でのマニュアル化を進めていくことが可能になった。 これは、当事者の支援ニーズを適切に把握する上では必要不可欠なことであり、今回の事業は今後の障 害児者福祉サービスを、よりエビデンスに基づき提供するための一歩となる。さらに、知的障害や精神 障害も含め、行動の支援を中核とする障害群に対するサービスを、適応行動という同じ基準で把握し、 地域生活に基づく支援を提供できることで、当事者の支援ニーズを充実していくことを実現できると考 える。

4. 研究体制について;研究代表者及び研究協力者
 本研究においては、NPO法人アスペ・エルデの会の実施事業ではあるが、非常に多くの研究協力者 のもと、全国的な研究ネットワークの中で研究を実施することができた。非常に慌しいスケジュールの なか、意欲的に、当事者の利益を最優先にして研究に参加していただいた多くの研究仲間の先生方に心 よりの感謝の気持ちを表する。なお、代表して、以下の諸先生方のお名前を挙げるが、その他にも多く の先生方のご協力を得ていることを記す。日本の心ある、志ある先生方が力を結集して下さった

研究代表者

辻井正次 中京大学現代社会学部

研究委員会

安達 潤  (北海道教育大学旭川校)
萩原 拓  (北海道教育大学旭川校)
市川宏伸  (東京都立梅ヶ丘病院)
内山登紀夫 (大妻女子大学)
神尾陽子  (国立精神・神経センター)
黒田美保  (国立精神・神経センター)
小笠原恵  (東京学芸大学)
梅永雄二  (宇都宮大学)
中村和彦  (浜松医科大学)
杉山登志郎 (あいち小児保健医療総合センター)
行廣隆次  (京都学園大学)
井上雅彦  (鳥取大学大学院)
原 幸一  (徳島大学)

研究協力者 (北海道から順に地域ごとで示す。順不同。原則、東海地区のアスペ・エルデの会スタッフは 除く。また、各地の代表の先生のみを記載。)

分析担当

伊藤大幸 (名古屋大学大学院)
谷 伊織  (三重大学)

調査担当

弘前  増田貴人 (弘前大学)
山形  高橋信子 (山形発達研究センター)
宮城  白石雅一 (宮城学院女子大学)
茨城  野呂文行 (筑波大学)
富山  水内豊和 (富山大学)
金沢  大井 学 (金沢大学)
     高橋和子 (金沢大学)
福井  三橋美典 (福井大学)
     清水 聡 (福井県立大学)
長野  高橋知音 (信州大学)
大阪  内田裕之 (大阪大学)
     加戸陽子 (関西大学)
奈良  櫻井秀雄 (関西福祉科学大学)
     千原雅代 (天理大学)
兵庫  井澤信三 (兵庫教育大学大学院)
広島  七木田敦 (広島大学大学院)
徳島  森 健治 (徳島大学)
香川  松井剛太 (香川大学)
福岡  中庭洋一 (なかにわメンタルクリニック)
長崎  岩永竜一郎 (長崎大学大学院)
大分  佐藤晋治 (大分大学)
     井伊暢美 (大分県立看護科学大学)
熊本  水間宗幸 (九州看護福祉大学)

5. 謝辞

 本研究においては、全国の1000 人ほどの市民の方々のご協力を得た。心よりの感謝の意を表する。 関係する当事者団体や、関係者の皆様のご協力なしには実現しなかった。心よりの感謝を表し、これか らの取組みに向けて、こうした協力への想いを活かすように取り組んでいきたい。

平成20年度障害者保健福祉推進事業
障害者自立支援調査研究プロジェクト

特定非営利活動法人アスペ・エルデの会

452-0821

名古屋市西区上小田井2-187-201

電話・FAX052-505-5000

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HP http://www.as-japn.jp/

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