(1)ガイドヘルパー制度が昭和49年(1974年)からスタートして早35年が経過しようとしている。この制度が発足したことによって、視覚障害者の外出は公的に保障されることとなった。視覚障害者にとって外出はそれ自体が大きなバリア(障壁)であって、そのバリアが公的制度によって除去されることは画期的な前進であった。しかし、視覚障害者の外出(移動)を保障することが生存権の一内容として意識され、制度のあり方をその理念をも含めて確立するには、実践と時間を要することも事実である。
障害者の地域における自立生活を支援しあるいは社会参加を保障することを目的として、平成18年(2006年)4月に障害者自立支援法が施行され、移動支援事業がその中に法的制度として位置づけられたことは、視覚障害者の同事業が社会保障制度として確立されたことを意味していることは確かである。しかし、同じ年の12月13日に国連総会において採択された「障害のある人の権利条約」を踏まえ、今後のガイドヘルパー制度のあり方を考えなければならないことも忘れてはならない。視覚障害者の日常生活ないし社会生活における自立と社会参加を保障し、それぞれの視覚障害者が自己実現を図るために求められている外出保障の内容を模索することは、この事業に携わるすべての者の責任である。
(2)日本国憲法25条は健康で文化的な最低限の生活としての生存権を国民に保障している。ここでいう「健康で文化的な最低限の生活」とは、どのような内実を持つものとして理解されなければならないのであろうか。その点で憲法13条は個人の尊厳が保障されなければならないことを併せ規定していることを考えると、国民に保障される生存権はそれぞれの国民に人間らしい尊厳が保障されるものでなければならないことになる。そこで、視覚障害者の日常生活ないし社会生活を外出保障の観点から考えた場合、ガイドヘルパー制度が視覚障害者の人間らしい生活ないし個人の尊厳を保障し実現するものでなければならないことになる。そうした観点から見た場合、現在のガイドヘルパー制度が抱えている限界ないし問題点も自ずと明らかとなってくるはずなのである。
そこで、以下においては今回の調査研究を通じて明らかとなった現制度の問題点や視覚障害者のニーズを踏まえ、いくつかの提案を試みることとする。
視覚障害者の外出保障が居住する地域によって異なるなどということがあってよいのであろうか。視覚障害という不利益は、居住地域によって異なることはない。いかなる地域に居住していても、視覚障害によって生じる不利益を除去するために必要となる援助は共通しているのであって、地域的な環境などの差異によってガイドヘルパーの援助方法(技術)に多少の相違があるとしても、情報提供としての本質は変わらないのである。しかし、障害者自立支援法は視覚障害者移動支援事業を地域生活支援事業に位置づけたことから自治体の受け止め方に差異が生じ、その結果として、自治体ごとに制度のあり方そのものが異なってしまい、視覚障害者の中に混乱が生じている。支給量や利用者負担の差異にとどまらず、ガイドヘルパーの資格要件にまで差異が生じている今日の現状は、早急に改善されなければならないことである。
また、視覚障害者移動支援事業は極めて個別性の強いサービスであって、たとえ複数ないしグループとしての視覚障害者の移動を支援する場合であっても、そこに属する視覚障害者の抱える不利益は個別的に把握され、その安全を確保した上でニーズに応えられる制度でなければならないことも、これまでの分析で明確となった点である。
こうした本質を踏まえ現状を解決するためには、視覚障害者移動支援事業を個別給付としての自立支援給付として位置づけた上で、全国に共通する制度として確立することが必要不可欠である。
視覚障害者の外出保障が常に情報提供をその本質としていることはすでに明らかにされたところである。いわゆる「てびき」と表現されている支援においても、その本質は視覚障害者に対し外界の情報を的確に伝えることによって成り立っており、また外出の目的がいかなるものであるにせよ、その目的を達成するためにも情報提供(コミュニケーション支援)が必要であることも明らかにされてきたところである。すなわち、視覚障害者が外出する際のガイドヘルプは、移動中であれ、目的先での用務の達成であれ、常に情報提供(コミュニケーション支援)がその本質となっているとともに、移動中の情報提供と目的先での支援を切り離すことのできない不可欠のものとして捉えられなければならないことを十分に理解したうえで、その制度の成り立ちを考えなければならないということなのである。確かに、外出の目的が散歩や娯楽を楽しむための場合と学習や研修に参加しようとする場合とでは支援の内容に多少の違いがあったとしても、それらは程度や方法の差異として捉えれば足りるのであって、前記の本質に影響することはないのである。したがって、そうした本質を踏まえつつ、個々の視覚障害者の外出における目的を十分に達成(実現)できるガイドヘルパーが派遣されなければならないことになる。外出の目的に即して、あるいは個々の視覚障害者のニーズに即して、ガイドヘルパーが備えている能力(技術)を考え、適切なガイドヘルパーが派遣されることが望ましいのである。たとえば、以下のような3類型のガイドヘルパーの派遣を検討し、それぞれのヘルパーの研修内容をも考えていくことが必要なのである。
― 目的地において視覚障害者が必要とする支援に耐え得る能力を備えた者として位置づける。
― 視覚障害という不利益を十分に理解し、援助技術においても高い水準を備えた支援を行うことのできるヘルパーとして位置づける。
― 必要最小限の援助技術を身につけたヘルパーとして位置づける。
そうした体系を設けることによって視覚障害者のニーズに的確に対応できるヘルパーを派遣することが可能となるだけでなく、ヘルパーの確保が困難な事情にある地域においても、ガイドヘルパーを確保することが可能となるのである。
視覚障害者にとっての外出保障は、個人の尊厳を保障する上で必要不可欠なものであるから、無償で提供されることが望ましいことは言うまでもないことである。しかし、社会連帯の観点から個々の視覚障害者の収入に応じて最低限の負担が生じるとしても、移動支援事業が果たす役割、あるいは視覚障害者の外出目的を勘案して、利用者負担の有無が検討されなければならない。そのことは、前記の障害のある人の権利条約において指摘されている費用負担のあり方とも併せて検討されなければならないことなのである。視覚障害者が利用者負担のために外出を自粛したり、外出を断念するなどということが発生するとすれば、そうした利用者負担は明らかに前記の条約ないし日本国憲法の理念にも反するものとなるのである。
そうした点を考えた場合、今後視覚障害者移動支援事業が自立支援給付として位置づけられた場合においても、利用者負担は原則として無償とされるべきであり、例外的に費用負担が生じる場合でも、移動支援事業の本質や利用目的との関係を十分に考慮し、さらには前記条約の精神をも踏まえた負担制度でなければならないのである。
視覚障害者が安全に外出するためには、視覚障害の特性を十分に理解し、確かな支援技術をも身につけたガイドヘルパーが確保されていなければならない。また、視覚障害者のニーズに的確に対応するためには、各地域ごとに安定した事業運営を行うことのできる事業者が存在していなければならない。そのためには、適正な報酬単価が設定されなければならないのである。現在の報酬単価は、おおむねの自治体において支援費制度の下での報酬単価よりも低くなっているため、事業所を閉鎖したり、移動支援事業を縮小せざるを得なくなっている事業所も少なくない。良質なガイドヘルパーの確保と安定した事業運営のためには、少なくとも支援費制度における報酬単価以上の報酬単価が設定されなければならないのである。