社会福祉は「人と社会」の二つに軸足をもつ。社会に─金銭面を含め─支えられつつ、個人の生を助け、個人の生涯がより良きものになることを願う。制度を「社会」が造り、ヒューマンサービスを「人」が担う。
戦後、社会福祉は「制度」から考えられることが多かった。飢えからの救い、疾病からの治療、障害からの脱却。いずれも「制度」とそれに伴う金銭が主な論点となる。しかしながら「制度」には往々にして「一律」「平等」「保護」という概念が張り付く。戦後永く「措置と施設」という手法が採用されてきたのも故なきことではない。
我が国で「死生学」を提唱された哲学者、アルフォンス・デーケンさん(上智大学名誉教授)は「人間」について次のように表現される。
⑴ 人間は自分で考えることができる
⑵ 人間は自分の考えに従って、生き方を自由に選択することができる
⑶ 人間は愛することができる。
そのうえで「哲学の大切さ」と「音楽や絵画」というアートの重要性」を説かれる。
21世紀になり、障害者福祉に「自立支援」という理念が提案されている。私は障害者福祉に限らず、社会福祉そのものの「本来的な」理念であると思う。戦後の我が国では、この理念が制度や金銭に「隠されていた」だけであるとも思う。
「日本チャリティ協会」は、実に40年前、現理事長の高木金次さんが「障害者福祉におけるアートの重要性」を指摘し、それを「チャリティ」で支援しようと発足した。「チャリティ」という理念を社会に広めるために、「障害者におけるアートの重要性」を強調されたとも言えよう。
まだ福祉が精神的にも物質的にも貧しかった時代、その先見性は実に素敵なものであったが、先駆性ゆえにご苦労も絶えなかったように思う。今、ようやく社会や時代が「日本チャリティ協会」の活動に追いつきつつある。
この報告書は、「障害者のアート」の意義を幅広く考察し、実践した証しの書である。永年の「日本チャリティ協会」の活動を踏まえつつも、幅広い視点に敬意を払い、施設調査、特別支援学校調査、訪問調査(DVD)、展覧会、障害者アートに係る方々のための養成講座、シンポジウムなどが行われている。調査にご協力いただいた方々、座談会で適切な提言をしていただいた方々に心からの感謝を申し上げたい。
多くの方々に、この報告書の示唆に富んだ部分、気に入った部分を汲み取っていただき、今後、「障害者のアート」活動がより楽しく豊かなものとして、社会の中に広がっていくことを期待したい。「希望の創造」という副題を付けさせていただいた所以である。
厚生労働省平成20年度・障害者保健福祉推進事業 障害者自立支援調査研究プロジェクト
『障害者の芸術文化活動の普及と作品の評価向上に関する調査研究』
(委員長)神奈川県立保健福祉大学教授 河 幹夫
2008年 厚生労働省と文部科学省、両省による『障害者アート推進のための懇談会』の提言は画期的なものであり、今後の障害者アート推進の軸となっていくと考えられる。
障害者の芸術文化の振興を旨として事業展開している私ども日本チャリティ協会にとっては、このように積極的に国が障害者アートを推進するということは国内的にはもちろんのこと、国際的にも高い評価を得るものと信じている。障害者福祉はスポーツ面においては近年パラリンピックの隆盛により明るく逞しいものへと変わりつつある。他方、障害者アートについては、昭和三十年代に早くも山下清の天才的作品が着目され、高く評価されていたが、これに対して日本の美術界においては明確な位置づけを得ることが出来ないままに今日に至っている。
私どもの協会は創立四十年余を数えているが、発足当初より「福祉は医療・施設・生活援助とともに文化を大切にすべき」を提唱し、障害者の芸術・文化の育成拡大に力を注いできた。
早くから障害者を対象にしたカルチャースクールを創設、美術展の開催、活動助成金の交付など一貫した事業を二十年余にわたり実施。長年にわたって障害者のアートに対する認識・技術・作品等の移り変わりをつぶさに体験してきている。そして活動の要諦である障害者個々の意識、家族やこれを取り巻く地域や社会環境の状態を包括して考えた場合、残念ながらまだまだ前途遼遠ながらもアートに対する気運は日々着実に上昇していると確信している。
今回の調査でも芸術作品の制作を通じた自立を促すという考え方が少しづつ施設等の関係者に広まりつつあることが現れていたし、展覧会場ではある種の”手ごたえ”を掴むことができた。
今後の障害者アート推進活動の要点は、障害者の積極参加と底辺の拡大に加え、才能開発と育成・向上、併せて作品の発掘と芸術性の評価を確立するとともに、就労の機会が開かれることによって、なおいっそう社会的アピールを図ることと言えるであろう。そのためには引き続いて官民協同し、きめ細かい作業と行動を希求する。
なお、私どもの協会は本調査事業の経験を通じ、四十年余にわたって手がけてきた諸事業を総括し、さらに発展させるたための新たな指針を得る機会になったことはまことに有意義であった。また、障害者アートを推進するにあたって、これまで手つかずになっていた事業の隙間を埋める活動のひとつとして本調査に取り組むことができた。今後、障害者アートを推進する関係機関・組織・団体等に加え、有識者などとの情報交換と連携を密にしていきたい。
従前の『障害者アート』が障害者の自己表現、生きがいづくり、社会参加促進の自立支援から、芸術作品として社会に欠かせないものとしての積極的な意味づけを得ようとしている。
このようなまたとない機会をご提供いただいた厚生労働省をはじめ関係諸氏に心から御礼を申し上げます。また、本件については委員長 河 幹夫先生他、有識者の方々より貴重なご意見、ご指導を賜りましたこと重ねて御礼申し上げます。
平成21年3月吉日
厚生労働省平成20年度・障害者保健福祉推進事業 障害者自立支援調査研究プロジェクト
『障害者の芸術文化活動の普及と作品の評価向上に関する調査研究』
(委員) 財団法人日本チャリティ協会 理事長 髙木金次