障がい者の創作活動は、障がい者の生きがいづくりなど、自立と社会参加を図るうえで重要な意義を有している。また、障がい者の作品には、既成の概念を打ち壊すほどのパワーや魅力が秘められており、近年、その作品の芸術性についても注目されている。
このような背景として、「アール・ブリュット」(※1)あるいは「アウトサイダーアート」(※2)と定義される、正規の美術教育を受けずに創作された作品の芸術的価値についての評価の高まりを挙げることができる。
わが国においても、特に、知的障がい者や精神障がい者が創作する作品をこのカテゴリーに当てはめて展覧会等が催される機会が増え、広く社会から高い評価を得ている。
このような動きとも相まって、今日、障がい者のアートに対する関心が高まっている。
障がい者の創作活動は、福祉施設や支援学校、あるいは家庭、絵画教室など、多様な場所で取組まれている。
支援学校においては、情操教育の一環として芸術創作活動を実施されている例が多く、卒業後は、福祉施設で主に余暇活動として、創作活動に取組まれることが多い。
近年、福祉施設においては、障がい者が創作する作品の美術的な価値に着目し、展覧会への出品や、作品そのもの、あるいはグッズ化した商品の販売などにも取組むところがある。
これは、障がい者の創作活動を、余暇活動として捉えるだけでなく、その芸術性を社会に広め、あるいは収入を得て障がい者に還元する試みとして注目されている。
しかし、限られた施設スタッフでの対応には限界があり、また美術的な評価をどのように行うのかなど、この取組みを広げていくための課題も多い。
また、家庭や、あるいは地域の絵画教室などで創作活動を行っている障がい者も多い。
障がい者の芸術文化活動の意義を踏まえ、広く普及啓発を図るため、企業や自治体においても作品発表の機会を設け、顕彰を行うなどの取組みが行われている。
これは、障がい者に対し更なる創作活動への意欲を喚起するとともに、福祉施設等における創作活動の促進にも資するものである。こうした取組みが、障がい者の創作活動を支えるとともに、作品の芸術性を高く評価しようとする機運の盛り上がりにも繋がっていると考えられ、その果たす役割は非常に大きいと言える。
団体の取組みを行政が支えている一例として、滋賀県社会福祉事業団が運営する、ボーダレス・アートミュージアム「NO-MA」の活動がある。ここでは障がい者の作品と、一般のアーティストの作品を並列して見せることにより、「人の持つ共通普遍的な表現の力」というものをリアルに感じることができるようにし、「障がい者と健常者」「福祉とアート」「アートと地域社会」など様々なボーダー(境界)を超えていこうという果敢な取組みが行われている。
これまで、県の行政と手を携えて、スイスのアールブリュットコレクションと連携した展覧会を開催するなど貴重な成果を上げている。
また、地域に埋もれている障がい者の優れた作品の調査研究と、収集・保存を行う必要性について課題提起を行っている。
国においても、平成19年12月、厚生労働省と文部科学省の両副大臣の主唱により「障害者アート推進のための懇談会」が設置され、6回にわたる検討を経て、平成20年6月、報告書が取りまとめられた。
国がこのテーマを正面から取り上げたこと、特に厚生労働省だけでなく文部科学省の課題としても捉えたことの意義は大きく、広く行政、福祉関係者、美術関係者等への意識啓発に繋がるものと考えられる。
今後、これを受けた国の施策とも相まって、各地域において、障がい者の芸術創作活動の普及促進に取組んでいくことが求められるところである。
※1「アール・ブリュット」
フランスの画家、ジャン・デュビュッフェが定義した<生の芸術>。芸術的訓練や芸術家として受け入れた知識に汚されておらず、古典芸術や流行のパターンを借りるのでない、創造性の源泉からほとばしる真に自発的な表現。
※2「アウトサイダーアート」
特に芸術の伝統的な訓練を受けておらず、名声を目指すでもなく、既成の芸術の流派や傾向・モードに一切とらわれることなく自然に表現した作品のことで、英国人、ロジャー・カーディナルが「アール・ブリュット」を英語表現に訳し替えたもの。結果として、障がい者の作品が多く含まれる。
支援学校は府内に37校あり、美術担当教員で組織された「造形教育研究会」が中心になって、各校で絵画等の造形教育に取組んでいる。特に、昭和55年から現在まで開催されている「子どもたちの讃歌展」は、支援学校で創作活動を行う子どもたちの作品の発表の機会であると同時に、社会の理解や関心を高めるうえで、大きく貢献してきた。
創造性の豊かな作品も多く、卒業後にアーティストとして個展を開くなど活躍している人もおり、卒業後も活動を続けたいと希望する子どもたちに対して、どのように創作活動の機会を提供していくのかが課題になっている。
障がい者が学校を卒業した後、その多くは作業所等の福祉施設を利用している。知的障がいの支援学校に限ってみても、毎年約600名が卒業し、その約7割~8割が作業所等の施設を利用しているというのが実態である。
それぞれの施設における、創作活動の状況は定かではないが、絵画等の創作活動を取り入れているところもある。
今後、創作活動を、余暇としての活動に加え、アートとしての価値観を見出すなど、今一度、障がい者にとっての創作活動の意義を認識し、多くの施設で創作活動の機会を提供できるようにすることが課題である。
支援学校や福祉施設のほか、家庭において保護者等の支援を得ながら創作活動を行っていたり、地域の絵画教室などに通っている例もある。中には、創造性豊かな作品を創作し、個展を開いている例もある。
アトリエインカーブは、社会福祉法人素王会が運営する知的障がい者のための通所生活介護事業所で大阪市平野区に位置する。社会福祉法人となる前の無認可作業所時代から数えると10年間、主に近所に住む知的障がい者のための「アトリエ」として事業を行っている。
ここでは、利用者のことを「アーティスト」あるいは「クライアント」と呼び、創作活動以外の“作業”は一切行わない。すなわち、障がい者が心おきなく自由に創作活動を行い、生み出された作品を社会に繋げ、自らの創造性を生かして独り立ちしていくことを支援している。
施設のスタッフは全員が美術系大学の出身で、あわせて社会福祉士の資格を取得するなど、必要な資質を身につけている。
アトリエインカーブでは、このような理念、体制のもと、戦略的に事業を進めているが、まずは作品をモチーフにしたデザイン性の高いグッズを作成し、それが全国の主要なミュージアムショップなどで取扱われるようになり、“インカーブブランド”とともに作品、作者への評価が高まっていくこととなった。
その後、大きな転機になったのは、海外(ニューヨーク)に作品を送り、老舗ギャラリーとの専属契約が成立したことである。これによりニューヨークのアウトサイダーアートフェアに出品され、またそのギャラリーでは100万円単位の高値で取引される作品もあるなど、大きな成果があがっている。
その後、国内においては、現代美術(※3)の市場にも注目されるようになり、昨年には、大阪のサントリーミュージアム天保山で「現代美術の超新星たち アトリエインカーブ展」と銘打ち特別展が開かれ記録的な観客を動員した。
現在、25名が在籍しているが、この展覧会に出展された5名は既にアーティストとして自立、独立できるレベルに達している。
こうした才能を有する障がい者は地域の中に多く存在している可能性があり、それを活かすための選択肢の一つとして、アトリエインカーブの成果を踏まえ、新たな支援のシステムづくりを検討すべきである。
※3「現代美術」
一般に、20世紀以降の「近代美術」の範疇に括れない新しい動向の総称とされるが、その指し示す範囲については多様な考え方がある。
障がい者のアートを活かし、それを収入に繋げていく活動を行う福祉施設があり、その内容は、障がい者が創作した作品をグッズ化して商品として販売するという事例が多い。ここでは創作活動を余暇活動としてではなく、授産活動と位置づけ、それにより得た収入を作業工賃として還元することになる。
収益の分配は、それぞれの施設の考え方や利用者のニーズなどによって様々であるが、基本的には、全ての利用者に公平に分配されている。
また、中には、個展を開催し、あるいは全国の美術館から出展依頼を受けて作品が展示されるような例もあり、このような作者については、作品そのものも販売されている。これも施設により様々ではあるが、作品自体の販売収益は、作者本人に還元される場合が多い。
但し、特に、作品そのものを販売するには、美術に関する知識や経験が求められ、限られたスタッフでの活動には限界があり、優れた作品を市場に繋ぐための仕組みづくりを望む声があることは、社会的な支援が求められているものと受け止めるべきである。
障がい者の作品を市場に繋げていくためには、美術市場について知る必要がある。まず海外の美術市場について、アメリカ・ニューヨークを例にとって見ると、ニューヨークでは、前提として、美術作品は、それが障がい者の作品であるかどうかに関わらず、一つの作品として純粋に鑑賞し評価される。これはアートについての文化的な意識の高さを示すものであると考えられる。
また、障がい者の作品の市場での取扱いについて、その多くはアウトサイダーアートの範疇で捉えられている。ニューヨークにはアウトサイダーアートを中心に扱っているギャラリーが多くあり、アウトサイダーアートに特化したフェアも開かれるなど市場が確立している。
一般の美術市場は、アウトサイダーアートと明確に区別されており、顧客層もはっきりと分かれている。しかし、作品そのものを対比するとその境界は必ずしも明確でなく、現にアウトサイダーアートの作品と、その他一般の美術作品を並べて扱うようなギャラリーも存在し、一般のアートフェアにアウトサイダーアートの作品を出展しようというような試みもなされている。
日本の障がい者の作品を市場に繋いでいく手段としては、このような海外の市場を視野に入れていくことも可能である。
国内の美術市場においては、海外にあるようなアウトサイダーアートを取扱うギャラリーなどはほとんど存在せず、障がい者の作品を取扱う市場が形成されていないことから、現代美術の市場での取扱いについて考える必要がある。
現代美術の市場としてまず挙げられるのが、ギャラリーである。若手の現代美術作家の発掘、育成に力を注いでいるギャラリーも多く、アーティストとして育っていくには、このようなギャラリーと契約するのが最も近道である。これらのギャラリーが複数集まり、取扱い作品を展示販売する、アートフェアなどもある。
また、ギャラリーには、スペースの貸出しを行う、貸しギャラリーも多くある。賃料は必要だが誰でも容易に借りることができるため、無名の若手アーティストの個展などでよく用いられている。
現代美術の市場において障がい者の作品が取扱われているケースを見ると、あくまで作品本位で、取扱うアーティストや作品が決められており、それが偶然障がい者の作品であるという場合が多い。
但し、アーティスト本人と直に契約や展覧会の企画ができない場合などは、作品を取扱えないという状況もあり、実際に、知的障がい者などの作品が取扱われている例は少ない。
今後、アーティストである障がい者本人と、ギャラリー等の契約などに対する仲介的な支援を行うなど、障がい者の作品を現代美術市場に繋いでいくための支援が求められる。