障がい者の創作活動は、障がい者が楽しみながら豊かな心を育むことができ、それが他者とのコミュニケーションの手段となり、また自己実現を図ることができるなど、障がい者の自立と社会参加を図るうえで大きな意義を有する。
また、創作活動というものは極めて芸術的な側面を有しており、「福祉」の枠を超えて、「美術(アート)」の世界でその表現力、才能が認められ、評価されるという可能性を秘めている。
しかし現状を見ると、創作活動の機会が十分に提供されていなかったり、また創作活動が行われていても、その芸術的な才能や価値ある作品が見過ごされている可能性がある。このため、各施設等の創作活動の状況を十分に把握する必要がある。
このような観点を踏まえ、障がい者の創造性豊かな作品を発掘し、芸術的な評価に基づいて収入を得ることにより、就労の支援にも繋がっていくような、新たな仕組みの構築が必要である。
障がい者の就労の形態は、企業における雇用、自営、在宅就労、作業所等での福祉的就労など、幅広く定義され、本提言における就労支援は、障がい者の創造性豊かな作品の販売をはじめ、収入を得ることを目的とした様々な形態を含むものである。そのため、アーティストとしての自立に向けた支援をはじめ、作品のグッズ化等による収入を得ることなど、幅広く就労支援に資するものとする必要がある。
また、障がい者の社会参加や自己実現を図るために、創作活動の裾野を広げていくという視点を十分に踏まえなければならない。
併せて、大阪府が、まず府内の福祉施設等の実態把握を行うとともに、モデル的に創造性豊かな作品の発掘・評価などに取組み、それを、具体的な市場化のための公民協働による新たな支援システムの構築に繋げていくことが望ましい。
本来、障がい者のアートについて論じるにあたっては、全ての障がい者及びその作品を対象にすべきである。しかし、ここでは、正規の美術教育を受けることなく、自由に思いのままに創作された作品及びその作者ということを念頭に置き、本懇話会においては、知的障がい者等を対象に検討することとした。
また、ここで取扱うアートの概念については、「アール・ブリュット」や「アウトサイダーアート」といったカテゴリーで考えていくという方法もあるが、これらは障がい者のアートを全て内包する同義の概念ではない。
さらに、「アウトサイダーアート」は、美術教育を受けた、いわゆる「インサイダー」の側から定義したものであるとともに、日本にこれを専門に扱う市場も存在しない。
従って、本懇話会及びこの提言においては、障がい者のアートを広く「現代美術」として捉え、今後の様々な支援のあり方について検討を行うこととした。
障がい者のアートについての支援を行うには、まず現在の福祉施設や支援学校等における創作活動への取組み状況や、作者、作品の状況等を明らかにするべきである。福祉施設等には創造性豊かな才能を有する人が多くいると言われているが、まずはこの仮説を立証し、具体的な支援策に活かしていく必要がある。
調査にあたっては、府内にある福祉施設・作業所、支援学校などの現状をできるだけきめ細かく把握することが重要である。
絵画等の創作活動が行われている施設等に対しては、美術関係者が現地に赴き、創造性豊かな才能・作品を発掘することが求められる。また、福祉関係者も調査に同行し、美術関係者と施設等とのコーディネートを行うとともに、現場の生の声を聴き、適切な助言を行うことが効果的である。
また、調査において、才能や作品の発掘と併せ、障がい者の創作活動について個別に啓発を行う機会とすることが必要である。
障がい者が創作した美術作品を市場に繋げていくためには、福祉施設等から発掘された創造性豊かな作品に対し、どのような評価を与えるかということが重要である。
美術市場において評価を得るには、美術館学芸員(※4)や、ギャラリーなどの評価に叶うものでなければならず、それには、福祉や行政関係者が評価するのではなく、現代美術関係者の審査によって、個々の作品が現代美術として評価されることが必要である。
なお、評価の対象になる作品を集める方法として、公募により広く作品を募ることが効果的である。
公募等により評価された作品を現代美術の市場にアプローチしていくには、何よりも美術館やギャラリーなどの関係者をはじめ多くの人に作品を見てもらえる機会を設ける必要がある。
公募した作品を展示する「公募展」の開催もその一例として考えられる。また、評価された作品を一定のコンセプトにより展示する「企画展」という手法もある。その他にも、百貨店や民間のスペースなど、関係者の協力を得て、様々な場所で作品を展示していく工夫が求められる。
美術的な評価を得た障がい者の作品を市場に繋いでいく仕組みとして、最も重要なことは、持続可能なシステムとすることである。そのためには、単に行政や企業が助成を行う形ではなく、企業の社会貢献事業等とタイアップし、事業実施に必要な経費を生み出し、収益性のある事業展開を行う、「ソーシャルビジネス」(※5)の視点を取り入れた、公民協働による仕組みとすることが望ましい。
懇話会の議論において、若手アーティストの作品をTシャツなどにプリントし商品化するといった、企業が実際に取組んでいるプロジェクトの紹介があった。作品をグッズ化するのは、単に収益を上げるだけではなく、障がい者のアートの普及や、アーティストを育てていくための手段にもなり得るもので、仕組みづくりに活かしていくべきである。
また、評価された作品をストックし、貸出しを行うことなどにより、収益性の拡大を図るとともに、これらの作品による企画展をプロデュースし、あるいはアートフェアに出展するなど、戦略的な展開を検討する必要がある。
なお、作品の取引等に際しては、個々の契約についての法的な専門知識等が必要となるが、これらを自ら行うことが困難な障がい者については、仲介・代行等の支援が必要になる。
また、収益の還元についても、作者の権利・利益が侵害されず、障がい者の就労支援に資するものとなるような仕組みを構築するべきである。
以上のような、作品の発掘、評価から現代美術市場へのアプローチまで、効果的に事業を実施するには、専門性と戦略が求められることから、これらに一貫して関わることのできるプロデューサーを登用することが望ましい。
※4「美術館学芸員」
美術館において、展覧会の企画・運営、コレクションの購入・管理、専門領域の研究、美術の教育普及などを職務として行う者。
※5「ソーシャルビジネス」
少子高齢化や環境など様々な社会的課題を、ビジネスとして事業性を確保しながら自ら解決しようとする活動。
障がい者のアートを就労に繋げていく仕組みを構築することと併せて、創作活動の裾野を拡大し、生きがいづくりに資する取組みも必要である。
アートの才能を活かして就労に繋げる仕組みを構築することは、多くの障がい者に夢や希望、生きがいを与え、裾野を広げることにつながる。そのためには、障がい者のアートに関する育成にも力を入れるべきである。
昨今の経済状況等を踏まえると、直ちに事業として実施することは難しいが、ソーシャルビジネスにおける収益を充当することも視野に入れ、障がい者の創作活動の場となるアートスペースの設置に向け取組んでいく必要がある。
また、各福祉施設等での創作活動に活かすため、施設スタッフ等を対象にした研修の実施や、インターネットを活用し、障がい者の作品の展覧会、民間の絵画教室などの創作活動の機会、あるいは各施設等での取組み事例などの情報を発信するなど、様々な支援策も併せて検討していく必要がある。