第2章 障害者虐待の防止等に対する自治体の責務

 障害者虐待を未然に防ぎ、また、起きてしまった虐待に迅速に適切に対応して再発を防ぐためには、自治体の役割が重要です。

 この章では、市町村と都道府県のそれぞれの役割について整理します。

1―市町村の責務

 市町村は、障害者自立支援法第2条の定めにより、障害者等に対する虐待の防止及びその早期発見のために関係機関と連絡調整を行うことその他障害者等の権利の擁護のために必要な援助を行う責務を有します。

(1)虐待を未然に防ぐために

 障害者虐待は、身体的、精神的、社会的、経済的要因が複雑に絡み合って起こると考えられています。

 「家庭内における障害者虐待に関する事例調査」(平成19年、滋賀県社会福祉協議会滋賀県権利擁護センター・高齢者総合相談センター)では虐待が起こる原因として「障害に対する無理解・無関心」、「虐待者の性格・精神的問題」、「失業・借金等の生活上の問題」、「虐待者が介護等で精神的に疲れている」などが多いことが指摘されています。

 障害別では、身体障害者については、「虐待者が介護等で精神的に疲れている」を要因としているものが最も高く、身体障害者は、他の障害よりも介護疲れを要因としている割合が高いという結果が示されています。知的障害者については、「虐待者の性格等精神的問題」が最も多く、精神障害者については、「障害に対する無理解・無関心」が他要因と比べて顕著に高い割合でした。

 身体・知的・精神障害に共通して見出せることとして、「障害に対する無理解・無関心」がいずれも多いことが指摘されています。

 これらの要因は、障害者虐待を未然に防ぎ、そのリスクを見極めるための重要な指標となります。虐待行為は、虐待を受ける障害者だけでなく虐待を行った養護者にも深い傷跡を残し、その後の関係にも大きな影響を及ぼすことから、虐待を未然に防ぐことが重要です。

①障害者虐待、権利擁護に関する知識・理解の啓発

 虐待は障害者の権利を侵害する行為です。障害者が、その意思を尊重され尊厳を持って暮らせるように、支援者や地域住民によって人権・権利を護る関わりがなされることが求められます。

 そのために、住民が障害者虐待に対する認識を深めることが、障害者虐待を防ぐ第一歩になります。地域ぐるみで虐待を未然に防ぐ取組をするために、権利擁護や虐待防止について住民に理解を得るための啓発活動を行うことが重要です。

 近年は、各地域で民生委員や自治会、社会福祉協議会などを中心として地域福祉が推進されているので、こうした組織や団体とも連携し、地域住民を巻き込んだ取組を行うことが市町村に求められています。

 市町村では、それぞれのまちの状況に合わせ、まちづくりの視点で住民を巻き込んだ取組を継続していくことが期待されます。

②障害に関する知識や介護・支援方法の周知・啓発

 「家庭内における障害者虐待に関する事例調査」(平成19年、滋賀県社会福祉協議会滋賀県権利擁護センター・高齢者総合相談センター)では、虐待が起こる原因の一つとして、「介護・支援方法についての知識不足」が指摘されています。介護・支援についての知識を持つことは介護負担を軽減する効果があり、この点でも虐待防止につながります。また、地域住民が障害者に対する支援方法への理解を深めることにより、介護者の負担が軽減され、地域での暮らしの大きな助けになります。

 そこで、障害に関する知識や介護・支援方法について養護者・家族、地域住民に理解がなされるような取組が必要となります。

 例えば市町村での取組としては、地域住民や障害者の当事者団体や支援団体と協力して、地域で行われる集まりやイベントなどで啓発のためのパンフレットの配布や講演会などを継続的に行い、地域住民が身近な地域課題として虐待防止・権利擁護を理解していくことができるよう努めていくことが考えられます。

(2)虐待の早期発見

①まずは相談窓口の設置を

 市町村では、早期発見のために、障害者虐待の相談窓口を設置し、住民に周知していく必要があります。窓口では、以下の業務を行うことになります。

  • 障害者虐待や養護者への支援に関する相談への助言・指導
  • 相談内容に合った適切な相談窓口に責任を持ってつなぐ
    (相談の内容が障害者虐待とは明らかに異なる場合)
  • 障害者虐待の通報や届出内容に係る受付記録の作成
  • 関係する部署、担当役職者への受理報告と対応方針の相談

 施設における虐待の防止については、障害者やその家族は、支援を受けている施設への遠慮から、苦情を言いにくいという指摘があることから、市町村窓口においても苦情の受付とそれに対する対応を行う必要があります。

 市町村は、あらゆる機会を通じて、障害者やその家族、施設関係者等に対し、障害者虐待の防止に関する普及啓発に努めるとともに、これらの者との情報交換を緊密に行い、障害者虐待の早期発見に努める必要があります。

②相談を受理してからの早期対応

以下に、市町村の窓口で相談を受理したときの対応の流れの例を示します。

障害者虐待への具体的な対応のフローチャート
 

 

 

 

 

 

 

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  対応項目 主な内容
予防 ①相談窓口の設置と周知、啓発活動
  • 相談窓口を明確にし、住民や関係機関に周知する。
  • 障害者虐待に関する知識・理解の啓発
  • 障害に関する知識や介護・支援方法の周知・啓発
早期発見 ②相談・通報
  • 本人からの届出
  • 家族・親族等からの相談による発見・通報
  • 民生委員や地域住民等による発見・通報
  • 医療機関、自立支援サービス従事者等による発見・通報
  • 市町村の相談窓口や相談支援事業所による発見・通報
対応 ③緊急性の判断
  • 受付記録作成後(緊急時は形式的な受付記録の作成に先立ち)、個々の事例について、相談受理者が担当部局の管理職等に相談の上、直ちに判断を行う。
  • 決定内容を会議録に記録し、速やかに責任者の確認を受け保存する。

*緊急性があると判断した場合:障害者の安全の確認、保護を優先し、早急に介入する。身体障害者福祉法、知的障害者福祉法の規定による措置、入院などを検討する。措置が必要と判断した場合は障害者への訪問、措置の段取り、関係機関からの情報収集など役割を分担し、即時対応する。

④障害者の安全確認、事実確認
  • 相談、通報を受けたときは、速やかに安全の確認その他事実確認を行う。
  • 確認事項:虐待の種類、程度、事実と経過、安全確認、身体・精神・生活状況、養護者との関係、関係機関からの情報収集
  • できるだけ訪問して確認する。訪問調査の際、調査項目や内容は障害者や養護者の状況を判断しつつ、信頼関係の構築を念頭に置いて柔軟に対応する。
  • 生命の危険性が高く、時間的余裕がない場合は、安全確認と同時に本人の保護に向けて動きを開始する。その判断のために、通報内容等の情報から医療の必要性が高いと予想される場合は、医療職が訪問に立ち会うことが望ましい。
⑤個別ケース会議
  • 事例対応メンバー、専門家チームへの参加要請
  • 参加メンバーによる協議(アセスメント、援助方針の協議、支援内容の協議、関係機関の役割の明確化、主担当者の決定、連絡体制の確認)
  • 会議録、支援計画の作成、確認
対応 ⑥関係機関・関係者による援助の実施 1 虐待発生の危険性もしくは兆候がある
2 虐待が発生しているが既存の枠組みで対応が可能
→1、2の場合:継続的な見守りと予防的な支援。自立支援サービスの活用と支援方針の見直し、介護技術等の情報提供、問題に応じた専門的な支援、養護者支援。
3 積極的な介入の必要性が高い
→3の場合:養護者との分離を検討。医療が必要な場合は入院を検討。
適切な権限の行使(措置、成年後見制度の活用、地域福祉権利擁護事業の活用)。
⑦定期的な訪問等によるモニタリング
⑧ケース会議による評価
  • 主担当者の訪問、関係機関の職員からの情報収集など、関係機関が相互に連携し、情報の確認を行う。
  • 情報の集約。共有化については個別ケース会議で決めておく。
  • 状況の変化により支援方針の変更が必要な場合は、速やかに個別ケース会議を開催し、再アセスメント・支援方針の修正を行う。
再発予防 ⑨計画的なフォローアップ
  • 障害者や養護者が尊厳を保持し、安心して暮らせることをもって、ケース会議による評価をもとに援助が終結する。
  • 終結後は、再発予防のために介護サービスの利用や地域の見守り、養護者支援等を継続する。ケース会議で継続支援の役割分担を明確にする。

参考:市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について(平成18年4月 厚生労働省)

 施設における虐待については、市町村は、障害者虐待に関する情報を得たときは、虐待を受けた障害者の安全の確保を最優先にして対応します。必要に応じ、虐待を受けた障害者の一時的な保護、他の施設への入所措置、成年後見制度の審判の申し立てなどを速やかに行います。また、障害者やその家族、施設関係者からの聞き取りなどの調査を速やかに開始します。

(3)関係機関との連絡調整(障害者虐待防止ネットワークの構築)

 「ネットワーク構築」とは、地域において人々やグループ、機関などをつなぎ、生活に困難や課題を抱える人々に対し、できるだけ早く適切に支援をするための連携体制を作ることです。

①障害者虐待防止ネットワーク構築の意義

 関係者が協力する体制を作ることにより、予防・発見・対応の各段階において包括的で質の高い支援が可能になります。

 また、住民や関係機関が虐待防止・権利擁護について理解し、連携して見守り、支援する地域づくりに取り組むことにより、虐待を未然に防ぐことができます。

 家庭内の虐待では、外から見えにくく密室性が高いこと、障害者が虐待の事実を訴えることができなかったり虐待されている自覚がない場合もあり、発見が困難です。そこで虐待が起きてしまった場合、問題が深刻化する前に発見し、支援を開始することが必要なので、関係機関だけでなく地域住民の協力が必要です。

 また、虐待事例の多くは複雑な背景や解決すべき複数の課題があり、その対応には幅広く高度な知識が要求されるため市町村の担当職員だけの対応では解決が困難です。そこで関係機関が連携を取りながら方針を統一して支援を行うことが必要です。

②障害者虐待防止ネットワークの形成・運用

 高齢者虐待については、平成17年11月に成立した高齢者虐待防止法において、市町村は高齢者の保護や養護者支援のために地域包括支援センターや関係機関、民間団体との連携協力体制を整備することが求められています。

 高齢者虐待防止ネットワークは、厚生労働省が平成17年モデル事業実施のため平成16年に「高齢者虐待防止ネットワーク運営事業実施要綱」を示し、各地で推進されているので、市町村の実情に応じてこうしたネットワークの活用を検討する方法も考えられます。

 高齢者虐待防止ネットワークの構築については次頁のとおりです。

高齢者虐待防止ネットワーク構築の例

高齢者虐待防止ネットワーク構築の例
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③障害者虐待防止ネットワーク構築の手順の例

ア 現状把握

 市町村ごとに、すでに高齢者虐待や児童虐待防止のためのネットワークや地域福祉を推進するためのネットワークが構築されており、まずはその現状を把握することが必要です。

 あわせて障害者の相談支援について、地域特性を含めて課題の把握をする必要があります。関係専門職による困難事例の検討会など、虐待の問題に特化しなくても市町村規模もしくは地域ごとに行われている場合はこれを活用していくことも検討していきます。

イ ネットワーク設立準備会や事務局の設置

 ネットワーク構築に向けて、コーディネート役となる部署を決め、そこが中心となって関係機関が集まり、準備を行います。

ウ 啓発事業の検討

 関係機関、民生委員、住民に対し協力を呼びかけるための講演会やシンポジウムなどの開催も有効です。

エ 障害者虐待防止ネットワーク運営委員会等の設立

 市町村は、障害者福祉担当課とその他の関係課、社会福祉協議会、保健所、保健福祉施設、医療機関、相談支援事業所、自立支援サービス事業所、警察、消防、弁護士会、家族会、住民自治組織など、地域の多様な関係者の参加を求め、ネットワークの運営などを行う委員会を設置するとよいでしょう。委員会では、住民への広報活動、関係者間の具体的な連絡体制、ネットワーク全体の運営状況の管理を行い、障害者虐待防止の事業全体の評価・見直しを行います。委員会設置にあたり、準備会において、ネットワーク構築と運営および障害者虐待の対応手順をシステム化するために、障害者虐待防止ネットワーク運営要綱を作成することも必要です。

オ マニュアルの整備

 対応手順を統一化し、迅速な対応を図るため、ネットワーク構成メンバーが協力して対応マニュアルを作成します。

カ 啓発用パンフレット作成

 市民向けに障害者虐待を地域ぐるみで予防するために、市民向けのパンフレット等を作成し、ネットワーク構成メンバーと協力して配布し、啓発に努めましょう。

キ 研修会の実施

 市民向け、関係機関向け等、各種研修会を開催し、障害者の権利擁護、虐待防止についての理解を深めていきましょう。

 なお、施設における障害者虐待防止についても、関係機関とのネットワークにより防止に努めることが重要です。

(4)権利擁護のための必要な援助

①養護者に対する支援

 「家庭内における障害者虐待に関する事例調査」(平成19年、滋賀県社会福祉協議会滋賀県権利擁護センター・高齢者総合相談センター)では虐待が起こる原因の一つとして「虐待者が介護等で精神的に疲れている」が挙げられています。虐待事例に対応する際には、虐待を行っている養護者も何らかの支援が必要な状態にあると考えて対応することが必要です。家庭内の虐待では、虐待を行っている養護者を含む家族全体を支援していくことが重要です。

 そのためには、支援者は養護者を含む家族全体を支援するという視点に立ち、養護者等との信頼関係を確立するように努めます。介護負担や介護ストレスの軽減を図るため、自立支援サービスや地域の社会資源の利用を勧めます。

②専門的人材の確保

 市町村が的確な援助を行うためには、実情に応じてその業務を行う事務職、保健師、社会福祉士、精神保健福祉士、心理職等の人材を確保し、資質の向上を図ることが重要です。

 職員や関係機関が協力して共通の指針となるマニュアルを作成する、虐待に関わる法制度や事例検討などノウハウや知識を提供する研修を行うことなどが期待されます。

③適切な権限の行使

 障害者自立支援法第48条の定めにより、都道府県知事又は市町村長は、指定障害福祉サービス事業者に対し、報告若しくは帳簿書類その他の物件の提出若しくは提示を命じ、出頭を求め、又は当該職員に関係者に対して質問させ、若しくはサービス事業所に立ち入り、その設備若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができるとされています。

 さらに第49条第7項では、市町村は、指定事業者等について、厚生労働省令で定める基準に従って適正な事業の運営をしていないと認めるときは、その旨を事業所又は施設の所在地の都道府県知事に通知しなければならないことを定めています。

 市町村は、障害者等の権利擁護及び虐待防止のために、これらの権限を適切に行使する必要があります。

 そのためには、地域自立支援協議会や相談支援事業者の会議など、様々な機会を通じて、市町村が関係機関と協力して権利擁護および虐待防止に努めることを表明し、関係機関の協力を求めておくことが重要です。

 さらに、地域ぐるみで虐待を未然に防ぐ取組をするための啓発活動を行うことも重要であり、市町村には、民生委員や自治会、社会福祉協議会などと連携し、地域住民を巻き込んだ取組を行うことが求められています。

 次に、自治体の取組事例を紹介します。

埼玉県行田市の虐待防止条例とトータルサポート推進事業

 平成17年6月、埼玉県行田市は、児童・高齢者・障害者の虐待を防止する条例を全国に先駆けて制定しました。

 ここでは、行田市の取り組みについて、そのプロセスを含めて紹介します。

行田市の概況

  • 面積 67.37 平方キロメートル
  • 人口 87,067人、世帯数 32,311世帯(住民基本台帳平成21年1月1日現在)
  • 財政 一般会計予算 228億円(平成21年度当初)

1 現状把握と課題の発見

 児童虐待防止法(平成12年施行)の平成16年4月の改正により、市町村が虐待の通告先として追加され、安全確認努力義務が新設されました。この法改正に対応するため市の児童虐待防止のための体制を強化することになり、検討を開始しました。

 高齢者虐待については市の独自調査を行いました。当時、高齢者虐待防止法制定に向けた国レベルの取り組みが進んでいましたが、介護保険制度導入により虐待事例が顕在化し、多くのケアマネジャーが援助に尽力している実態が浮かび上がったため、高齢者虐待防止の取り組みについても緊急課題として取り組む方針が決まりました。

 この実態調査の中に、介護保険サービスを利用している65歳未満の障害者が虐待を受けた事例が含まれていました。虐待事例の多くは、複雑な問題が絡み合った結果虐待に至っており、有効な対処方法を見出すことは容易ではなく、専門的な知識・ノウハウが必要となります。特に障害者の事例では、市の関係課も複数になるため、関係者が連携・協議の上、手探りで対応していました。

 そこで、虐待を防止し発生時に迅速に対応するために、対象者を年齢や障害で分けることなく包括的な虐待防止の仕組みづくりをすることが必要だという認識が生まれました。

2 条例の制定

 虐待対策の最大の目的は、被虐待者の生命が奪われるなどの深刻な事態を回避することです。そのためには、個々の虐待事案に応じて、市も含めた多くの関係諸機関の連携・協力に基づいたきめ細かな対応が必要となります。

 このような対応の前提として、最低限、次の事項を確立しておく必要があります。

  • ① 虐待事案を見逃さないための幅広い情報収集
  • ② 虐待情報に基づく初動対応としての、被虐待者の迅速な安全確認
  • ③ 関係諸機関の連携を円滑化するためのネットワーク形成

 これらを、市の機動性・地域密着性に基づく重点的な役割・責務として捉え、実施する必要があると考えました。

 そこで、次の理由から条例を制定するに至ったのです。

  • 虐待情報収集の徹底を図るためには、虐待に関する意識啓発にとどまらず、条例に基づき虐待事案発見者に通告義務を課す必要があるため。
  • 「被虐待者の迅速な安全確認」を確実に履行するためには、被虐待者及び保護者等への調査・質問ができるよう、条例に基づき職員に調査権限を付与する必要があるため。

3 市の組織内における連携ネットワークと地域ケアのネットワーク

 事例対応や勉強会などを通じて職員が一つひとつ話し合い、共有した結果、「市の責務としての虐待対応」「制度横断的な虐待防止対策」という共通認識ができあがりました。

 図1「行田市虐待防止フロー図」は、虐待発生時の対応のフローの中に担当職員の注意事項を書き込んだものです。情報を組織として共有し、組織的に判断する仕組みとなっている点が特徴です。

 また、図2「行田市虐待防止ネットワーク図」は地域ケアのネットワークを示したものです。高齢者虐待防止ネットワークとして厚生労働省が示した、「早期発見・見守りネットワーク」、「保健医療福祉サービス介入ネットワーク」、「関係専門機関介入支援ネットワーク」の三層構造のネットワークと同様に、市が中心となり、三つのネットワークの構成メンバーと協力して虐待を防止する仕組みとなっています。

図1 行田市虐待防止フロー
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図1 行田市虐待防止フロー

図1 行田市虐待防止ネットワーク図 クリックで拡大
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図2 行田市虐待防止ネットワーク図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4 トータルサポート推進事業

 条例施行による組織横断的な虐待防止の取組は、年齢や分野を問わず、何らかの支援を必要とする市民に対し、市の各部門が連携して対応することの糸口にもつながりました。

 しかし、条例制定から2年が経過した平成19年度、行田市では、これまでのやり方では適切に解決できない課題を発見しました。

 虐待防止事業を担当する職員は高度な専門的知識を必要とします。管理職にも緊急性の判断等について迅速な対応が求められます。市町村では人事異動があり、担当者や管理職が異動すると、マニュアルの作成や従来の事務引継ぎだけではノウハウを継承できないため一時的に事業が滞るおそれがあります。この組織的な損失を防ぐ施策が必要であることが分かってきました。

 また虐待を防止するためには、市民一人ひとりがかけがえのない存在であり、それぞれの生き方を生涯を通じて保障するために、権利擁護を取り組みの基本理念とし、これを組織的に共有することが基本となることも分かってきました。

 虐待防止ネットワークの中の「早期発見・見守りネットワーク」を充実するためには、市民を中心として身近な小地域ごとに実情に合わせて見守りの仕組みを作っていく必要があります。そのため市民参加の仕組みづくりが必要です。

 こうした状況を踏まえ、平成20年度にトータルサポート推進事業(障害者、高齢者、児童福祉の総合的な推進のための包括的連携体制構築事業)を開始しました。

(1)準備段階の活動

 障害者、高齢者及び児童等の相談支援の総合的な推進のための包括的組織内連携体制を構築するため、トータルサポート推進委員会を設置しました。委員会は総合政策部、総務部、健康福祉部の職員をもって組織し、次に掲げる事項を検討しました。

  • ① 保健福祉総合相談体制の構築に関すること。
  • ② 障害者、高齢者及び児童等の相談支援の総合的な推進のための地域連携ネットワーク構築に関すること。
  • ③ その他障害者、高齢者及び児童等の相談支援の総合的な推進に関すること。
(2)予算

2,016千円

*厚生労働省平成20年度障害者保健福祉推進事業( 障害者自立支援調査研究プロジェクト)の国庫補助を受け実施。

(3)事業内容

①ふくし総合窓口の設置

  • 保健福祉総合相談の実施
  • 組織内の横の連携の強化
  • 専門職員(社会福祉主事、保健師、計16名)が相談を受け、一定の結論を得るまで関わりを継続するルール作りと意識改革
  • 専門職員の職場内研修、人材育成の研究と実施

② 包括的虐待防止事業

  • 虐待対応に関係する情報や知識を伝え、活用する方法(ナレッジマネジメント)の研究事業(職員、関係機関、NPOによるワークショップを通じた知識の体系化)
  • 虐待防止事業に関わる組織内連携、組織間連携の強化
  • 虐待防止協議会における包括的虐待防止事業の検証

③ 市民参加推進事業

  • 市民参加による福祉のまちづくりシンポジウム開催
  • 地域福祉計画策定における市民参加と本事業の連携による市民参加の推進(小学校区単位の支えあいを考えるワークショップを全地区で開催)
(4)事業の特色
  • 市民一人ひとりがかけがえのない存在であり、それぞれの生き方を生涯を通じて保障するために、本事業は「権利擁護(その人らしい自立した生活を送るための支援・サービスを権利として保障すること)」を基本理念としています。
  • 高度な専門的知識を必要とする新たな社会的ニーズ(権利擁護、虐待防止等)への対応について、人事異動に左右されない、事業の継続性を保証する仕組みの構築を目指しています。
  • ふくし総合窓口の専門職員16名のうち14名は健康福祉部内の社会福祉主事と保健師がトータルサポート推進担当と兼務することとし、主務をこなしながら連携して事業を遂行しています。
  • 地域福祉計画策定・推進と本事業を緊密な連携のもとで推進することにより市民参画による福祉のまちづくりのきっかけを作り、市民との協働による地域ネットワーク構築を目標としています。
(5)事業の成果

 事業を開始した平成20年4月から11月の間にふくし総合窓口に152件の保健福祉総合相談が寄せられました。

 組織内連携体制構築により、最小限の人員でも課や担当業務を越えて一つの相談に対して協力して対応しやすくなり、虐待事例への支援をはじめとした複雑なニーズに対する市の相談支援業務の質の向上を図ることができました。また、市の組織が横断的連携体制を取ることにより市民の意見を集約しやすくなっており、市民との協働が円滑になることが期待されています。

(6)問題点・課題

 近年、市町村の福祉分野の担当職員に求められる能力・専門性が高まっています。最小限の人員でこれに対応していくためには、保健福祉総合相談の実績を分析・評価し、社会福祉主事、保健師の職場内研修に役立てていく必要があります。また、専門職のジョブローテーション計画についても検討することが重要です。

 虐待防止をはじめとする高度な専門的知識を必要とする業務について、現在ワークショップを通じて職員に必要な知識の体系化に取り組んでいますが、これを継続し、組織的な知識共有の仕組みを構築することが課題です。

(7)今後の展望

 本事業の推進、ならびに地域福祉計画策定・地域福祉推進と本事業を今後も緊密な連携のもとに推進することにより、「地域福祉推進行田方式」を市民と協働で作り上げ、権利擁護を推進していくことを目標としています。

 虐待を未然に防ぐためには行政も市民も一体となった取り組みが必要であることから、市民と協働で図に示すようなネットワークの構築を推進しています。

図3 住民との協働による虐待防止ネットワーク(地域福祉の推進と虐待防止活動の関係
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図3 住民との協働による虐待防止ネットワーク(地域福祉の推進と虐待防止活動の関係)

 

 

 

2―都道府県の責務

適切な権限の行使

都道府県は、以下のような権限を適切に行使することが重要です。

①指定障害福祉サービス事業者の立ち入り等

 自立支援法第48条の定めにより、都道府県知事又は市町村長は、指定障害福祉サービス事業者に対し、報告若しくは帳簿書類その他の物件の提出若しくは提示を命じ、出頭を求め、又は当該職員に関係者に対して質問させ、若しくはサービス事業所に立ち入り、その設備若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができるとされています。

②指定障害福祉サービス事業者への勧告、公表、命令等

 自立支援法第49条の定めにより、都道府県知事は、指定障害福祉サービス事業者が、厚生労働省令で定める基準に従って適正な事業の運営をしていないと認めるときは、当該指定障害福祉サービス事業者に対し、期限を定めて、基準を遵守すべきことを勧告することができるとされています。

 同条第4項の定めにより、都道府県知事は、その勧告を受けた指定事業者等が、これに従わなかったときは、その旨を公表することができます。また、第5項の定めにより、都道府県知事は、勧告を受けた指定事業者等が、正当な理由がなく勧告に係る措置をとらなかったときは、期限を定めて、その勧告に係る措置をとるべきことを命ずることができます。

③指定障害福祉サービス事業者の指定取り消し等

 第50条の定めにより、都道府県知事は、適正な運営をすることができなくなったときは、指定障害福祉サービス事業者の指定を取り消し、又は期間を定めてその指定の全部若しくは一部の効力を停止することができます。

 このように、都道府県知事は、事業所の指定、勧告、命令、指定の取り消し等の権限を有します。施設の指導・監査においては、利用者の権利擁護が適切に実施されているか確認することが重要です。さらに、第三者評価の実施についても積極的に取り組むよう指導することも必要です。

 都道府県は、権限を適切に行使するとともに、あらゆる機会を通じて、事業所に権利擁護や虐待防止を徹底するよう配慮を求めることが重要です。都道府県が情報提供として、ただ「虐待はいけない」、「障害者の権利をまもるべき」というだけでなく、施設におけるケアの質を高めるための研修の実施なども含め、虐待を未然に防ぐための取組を行い、積極的に働きかけていくことが重要です。

④相談、苦情対応窓口の設置

 施設における虐待の防止については、障害者やその家族は、支援を受けている施設への遠慮から苦情を言いにくいという指摘があることから、都道府県においても窓口における苦情の受け付け、都道府県社会福祉協議会の運営適正化委員会における苦情解決制度の活用などを図り、適切に対応することが求められます。

⑤早期発見の取組

 都道府県は、あらゆる機会を通じて、障害者やその家族、施設関係者等に対し、障害者虐待の防止に関する普及啓発に努めるとともに、これらの者との情報交換を緊密に行い、障害者虐待の早期発見に努めることが重要です。

⑥虐待を受けた障害者の保護

 都道府県は、障害者虐待に関する情報を得たときは、虐待を受けた障害者の安全の確保を最優先にして対応することが求められます。必要に応じ、虐待を受けた障害者の一時的な保護、他の施設への入所措置、成年後見制度の審判の申し立てなどを速やかに行います。また、社会福祉法第70条などの関係法令に基づく調査、障害者やその家族、施設関係者からの聞き取りなどの調査を速やかに開始します。

⑦施設への支援について

 虐待の行われた施設については、その後の支援をきめ細かく行い、再発の防止に努めるとともに、ケースを一つの特異なケースとせず、施設に共通な課題として取り組むために、必要に応じ、情報を都道府県内の施設に提供します。

 施設での再発を防止するためには、改善計画を作成し、それに則り迅速な対応を図るよう指導します。その際、理事会や施設長など管理者が大きな役割を果たすことから、適切な理事会組織や管理体制が構築できるよう指導します。

 虐待防止は都道府県内全体の課題と受け止め、虐待防止のための対応を整理する必要があります。例えば、虐待防止のためのシステム構築や虐待対応マニュアルの作成等を各施設に指導します。

 障害者虐待の未然防止については、施設職員のモラルの向上や権利問題を検討できる職場の雰囲気、ケアの質の向上などが重要であることから、その周知徹底を図ることが必要です。

3―国民の責務

 障害者虐待を防ぐためには、在宅、施設のみならず、教育現場、職域など広い分野での理解と対応が求められます。その意味で、国民全体、社会全体の理解が必要です。国をあげて国民全体の虐待を許さないと言う世論の盛り上がりを作っていくことが重要です。

4―資料

*障害者の虐待防止等に関する規定の状況

○障害者基本法(昭和45年法律第84号)

第3条
3 何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。

○障害者自立支援法(平成17年法律第123号)

第1条 この法律は、障害者基本法( 昭和45年法律第84号)の基本的理念にのっとり、(中略) 障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とする。
第2条 市町村(特別区を含む。以下同じ。)は、この法律の実施に関し、次に掲げる責務を有する。
三 障害者等に対する虐待の防止及びその早期発見のために関係機関と連絡調整を行うことその他障害者等の権利の擁護のために必要な援助を行うこと。
第42条
3 指定事業者等は、障害者等の人格を尊重するとともに、この法律又はこの法律に基づく命令を遵守し、障害者等のため忠実にその職務を遂行しなければならない。
第43条
2 指定障害福祉サービス事業者は、厚生労働省令で定める指定障害福祉サービスの事業の設備及び運営に関する基準に従い、指定障害福祉サービスを提供しなければならない。
(当該基準において、①利用者の人権の擁護、虐待の防止等のため、責任者を設置する等必要な体制の整備を行うとともに、その職員に対し、研修を実施する等の措置を講ずるよう努めなければならない、②「虐待防止のための措置に関する事項」に関する運営規定を定めておかなければならない等としている。)

事業者に対する監督権限等について

○障害者自立支援法(平成17年法律第123号)

(報告等)
第48条 都道府県知事又は市町村長は、必要があると認めるときは、指定障害福祉サービス事業者若しくは指定障害福祉サービス事業者であった者等に対し、報告若しくは帳簿書類その他の物件の提出若しくは提示を命じ、指定障害福祉サービス事業者若しくは当該指定に係るサービス事業所の従業者若しくは指定障害福祉サービス事業者であった者等に対し出頭を求め、又は当該職員に関係者に対して質問させ、若しくは当該指定障害福祉サービス事業者の当該指定に係るサービス事業所に立ち入り、その設備若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができる。
(勧告、命令等)
第49条 都道府県知事は、指定障害福祉サービス事業者が、厚生労働省令で定める指定障害福祉サービスの事業の設備及び運営に関する基準に従って適正な指定障害福祉サービスの事業の運営をしていないと認めるときは、当該指定障害福祉サービス事業者に対し、期限を定めて、同条第一項の厚生労働省令で定める基準を遵守し、又は同条第二項の厚生労働省令で定める指定障害福祉サービスの事業の設備及び運営に関する基準を遵守すべきことを勧告することができる。
4 都道府県知事は、その勧告を受けた指定事業者等が、これに従わなかったときは、その旨を公表することができる。
5 都道府県知事は、勧告を受けた指定事業者等が、正当な理由がなくてその勧告に係る措置をとらなかったときは、当該指定事業者等に対し、期限を定めて、その勧告に係る措置をとるべきことを命ずることができる。
7 市町村は、指定障害福祉サービス等又は指定相談支援を行った指定事業者等について、厚生労働省令で定める基準に従って適正な指定障害福祉サービスの事業、施設障害福祉サービスの事業又は指定相談支援の事業の運営をしていないと認めるときは、その旨を当該指定に係るサービス事業所若しくは相談支援事業所又は施設の所在地の都道府県知事に通知しなければならない。
(指定の取消し等)
第50条 都道府県知事は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、当該指定障害福祉サービス事業者に係る第二十九条第一項の指定を取り消し、又は期間を定めてその指定の全部若しくは一部の効力を停止することができる。
二 指定障害福祉サービス事業者が、第四十二条第三項の規定に違反したと認められるとき。
四 指定障害福祉サービス事業者が、第四十三条第二項の基準に従って適正な指定障害福祉サービスの事業の運営をすることができなくなったとき。
七 指定障害福祉サービス事業者又は当該指定に係るサービス事業所の従業者が、第四十八条第一項の規定により出頭を求められてこれに応ぜず、同項の規定による質問に対して答弁せず、若しくは虚偽の答弁をし、又は同項の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避したとき。

高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(平成17年法律第124号)平成18年4月施行 附則

2 高齢者以外の者であって精神上又は身体上の理由により養護を必要とするものに対する虐待の防止等のための制度については、速やかに検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする。

障害者の権利に関する条約(わが国は平成19年9月28日署名)

第15条第2項 締結国は、障害者が拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けることを防止するため、他の者との平等を基礎として、すべての効果的な立法上、行政上、司法上その他の措置をとる。
第16条第1項 締結国は、家庭の内外におけるあらゆる形態の搾取、暴力及び虐待( 性別を理由とするものを含む。) から障害者を保護するためのすべての適当な立法上、行政上、社会上、教育上その他の措置をとる。


引用・参考文献(第2章)

  • ◎滋賀県社会福祉協議会滋賀県権利擁護センター・高齢者総合相談センター「家庭内における障害者虐待に関する事例調査」 2007年
  • ◎厚生労働省老健局「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」 2006年4月
  • ◎大渕修一監修、池田惠利子、川端伸子、菊池和則、土屋典子、山田祐子「高齢者虐待対応・権利擁護実践ハンドブック」 法研 2008年4月
  • ◎厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長「障害者(児)施設における虐待の防止について」 平成17年10月20日
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