第3章 家庭内での虐待とその対策

1―支援の留意点

1)権利擁護の視点

 家庭内の虐待事例の支援を行う上では、権利擁護 (アドボカシー)の視点が重要です。権利擁護としての社会的支援(ソーシャルワーク)を提供する支援者は、障害のために自分で自分の権利が主張できない人をどう支えるかということを、まず考えなければなりません。

 権利擁護とは、個人の権利とその生活をその人の立場に立って代弁することですが、その際、単に権利を代弁するというだけでなく、その人の生活全体を考えて支援することが必要です。障害者本人が人生を主体的に決定していけるように支えるのです。

2)虐待の原因と擁護者支援

 家庭で障害者を介護するとき、養護者を支援するためのサービスが不十分で介護負担が大きくなり、他の要因とあいまって虐待の原因となる場合があります。

 虐待の事例では、養護者の側に精神障害や疾病、経済的な問題、ストレスなどの生活課題がある場合が多くみられます。障害者の支援のみならず、養護者を支援する視点が重要です。

 生じている虐待の事実だけにとらわれず、個々の事例ごとに原因をしっかりと見極め、障害者と養護者を、ともに支えていくことが必要です。

2―現状

「家庭内における障害者虐待に関する事例調査」平成19年11月
社会福祉法人 滋賀県社会福祉協議会
滋賀県権利擁護センター・高齢者総合相談センターの結果から

 家庭内の障害者虐待に関する実態調査の事例はまだ数少ない状況ですが、ここでは社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会滋賀県権利擁護センター・高齢者総合相談センターが実施した家庭内における障害者虐待に関する事例調査の結果を紹介し、現状について考えてみたいと思います。

1)障害者虐待の様相

  • 被虐待者はどの年齢層にも存在しました。
  • 障害別では知的障害者が最多で、身体障害者、精神障害者の順に多かったが、どの障害においても虐待は起こりうると認識すべきであると述べています。
  • 虐待者は全体としては「父母」、「兄弟姉妹」が多かったが、被虐待者の年齢によって異なる傾向がありました。児童虐待は未成年期において、高齢者虐待は高齢期において、ある程度限定された続柄の虐待者から受けるのに対し、障害者虐待の場合はライフステージの各段階で起こりうることから、虐待者の範囲が大きく広がっています。このため障害者虐待の実態把握や支援の面では、「ライフステージと家族のかかわり」という視点が不可欠であると指摘しています。
  • 被虐待者が周囲に示す反応として、「相談者の助けを求めている」が最も多く、一方で「反応無し」、「あきらめている」、「隠す」といった傾向もあり、虐待が表に出にくい状況がうかがえます。
  • 虐待が起こる要因は、障害者に対する無理解・無関心、虐待者の性格、精神的問題、 失業・借金等の生活上の問題、虐待者が介護等で精神的に疲れている、の順に多いと 述べています。
  • 虐待の種類では、経済的虐待が多い結果でした。障害者の場合、金銭や財産を家族等に管理される機会が多く、虐待者の「障害に対する無理解・無関心」、「失業・借金等の生活上の問題」等の要因が結びついたとき、経済的虐待が発生するのではないかと推測されています。
  • 虐待が起こる原因の中で最も多いのが「障害に対する無理解・無関心」でした。虐待者が虐待を行う主観的理由を見ると、特に知的障害の場合、「(身体的虐待や心理的虐待について)しつけや教育のためにやっている」、「(屋内の閉じ込めについて)世間体が悪い」などがあり、精神障害の場合は「(介護や世話の放棄、放任や心理的虐待について)ぐうたらだ」、「(身体的虐待について)見ていてイライラする」といった考え方となって現れています。

*これらの結果から、障害者に対する権利侵害や虐待は、私たちの身近なところでも起こりうることだと認識することが大切です。また、国民全体が障害に対する理解を深め、地域ぐるみで権利擁護・虐待を未然に防ぐ活動に取り組み、継続していくことが必要です。そして、地域で生活する上で何らかの支援を要する人々を社会全体で支える雰囲気がまちに流れ、養護者の負担が軽減されることにより、虐待を未然に防ぐことにつながるはずです。

2)今後の必要な制度・体制について

  • 調査の結果、今後必要な制度や体制として最も多かったのが「関係機関による支援ネットワーク」でした。支援の困難さから関係機関の連携が不可欠であることを関係機関が実感しているためではないかと指摘しています。
  • 「関係者の資質向上に関する研修」、「関係者向けの対応マニュアル」を上げる声も多い結果でした。障害者虐待の実態が十分に把握されておらず、支援のあり方について関係者が苦悩している状況があると指摘しています。
  • 「法に基づく介入権限」も比較的強く求められていました。関係機関は「本人への聞き取り」、「家族との調整」等の直接介入を行いながらも、虐待者の精神上の問題や介入拒否などにより、一定限度を超えて介入することの難しさから「法に基づく介入権限」を求めていると解釈できるとしています。
  • さらに、被虐待者への支援とともに、虐待者自身に対する支援が必要であると指摘しています。虐待が起こる原因として「障害に対する無理解・無関心」、「虐待者の性格等の問題」、「失業・借金等の生活上の問題」、「介護等で精神的に疲れている」等が多いことが分かりました。この結果から、虐待者に対する障害の理解についての啓発が不可欠であること、および虐待者自身が精神的、経済的な諸問題を抱えていることから介護者への個別的な支援が必要であることが指摘されています。

*この現状を踏まえると法整備が待たれるところですが、今この瞬間も権利侵害や虐待に苦しんでいる障害者が存在することに思いを馳せましょう。そして本マニュアルを活用してすぐ出来ることから取り組みをはじめ、すべての人の人権が守られる社会を作っていきましょう。それはみんなが安心して暮らせる社会をつくることにつながるはずです。なお、関係機関による ネットワークについては本章「(9)連携会議(個別ケース会議)」、「(10)ネットワークづくり と予防」で説明します。被虐待者と養護者を、ともに支えていくためには、一つの機関で対応するのはなく、関係機関が協力し役割分担して継続的な支援を行うことが重要なポイントです。

3―通報・相談窓口の設置

 第2章 で述べたとおり、市町村では、障害者虐待の相談窓口を設置し、住民に周知していく必要があります。窓口では、障害者虐待や養護者への支援に関する相談への助言・指導や障害者虐待の通報や届出内容に係る受付記録の作成を行います。また、関係する部署、担当役職者への受理報告と対応方針の相談についても中心となって行う必要があります。

 記録の作成については本章「(6)アセスメントの留意点」に例を示しますので参考にしてください。

4―支援の流れ

 実際の支援を行っていく方法について、流れの例を以下に示します。

(参考:大渕修一監修、池田惠利子、川端伸子、菊池和則、土屋典子、山田祐子  「高齢者虐待対応・ 権利擁護実践ハンドブック」  法研 2008年4月 120ページ)

支援の流れ
クリックで拡大
サイズ:42.5KB (646×435)

(支援の流れ 説明)

 

 

 

 

5―事実確認と情報収集

1)事実の確認

 虐待に関する相談を受けた場合、その内容に関する事実の確認が必要です。確認に当たっては、虐待を受けている障害者の安全の確認が最優先となります。さらに、現在生じている虐待の事実についてだけでなく家族の状況を全体的に把握することにより、虐待の原因や将来のリスクを判断することができ、援助方針を立てる上で役立ちます。

 事実の確認については、家庭訪問や面接により確認する方法が基本となります。その他、市町村の関係部局、相談支援事業所や自立支援サービス事業所、民生委員など障害者と関わりのある機関や関係者から情報収集し、状況をできるだけ客観的に確認するようにします。

2)事実確認のポイント

 確認すべき項目の例を以下に示します。(「市町村・都道府県における高齢者虐待への 対応と養護者支援について」  平成18年4月  厚生労働省老健局をもとに改変)

①虐待の種類や程度
②虐待の事実と経過
③障害者の安全確認と身体・精神・生活状況等の把握
・安全確認………
関係機関や関係者の協力を得ながら、面会その他の方法で確認する。特に、緊急保護の要否を判断する上で障害者の心身の状況を直接観察することが有効であるため、基本的には面接によって確認を行う。
・身体状況………
傷害部位及びその状況を具体的に記録する。病気の有無や通院医療機関、自立支援サービス等の利用など、関係機関との連携も図って確認する。
・精神状態………
虐待による精神的な影響が表情や行動に表れている可能性があるため、障害者の様子を記録する。
・生活環境………
障害者が生活している居室等の生活環境を記録する。
④障害者と養護者等の関係の把握
・法的関係………
戸籍謄本による法的関係、住民票による居所、同居家族の把握
・人間関係………
障害者と養護者・家族等の人間関係を全体的に把握(関わり方等)
⑤養護者や同居人に関する情報の把握
・年齢、職業、性格、行動パターン、生活歴、転居歴、虐待との関わりなど
⑥民生委員、保健センター、自立支援サービス事業者、医療機関等の関係機関からの情報収集
・これまでの生活状況、関係機関や諸制度の利用状況、通所・通院先での状況、等

※なお、障害者が重傷を負った場合や障害者又はその親族が、虐待行為を行っていた養護者等を刑事事件として取扱うことを望んでいる場合などには、所管の警察との情報交換が必要となる場合も考えられます。

3)事実確認は迅速に

 障害者虐待に関する通報等を受けたときは、速やかに、障害者の安全の確認を行う必要があります。場合によっては直ちに入院治療や措置入所が必要な場合もあると考えられますので、迅速な対応が必要です。

 また、このような対応は休日・夜間に関わりなく、できる限り速やかに行うことを原則とします。そこで、日頃から行政の障害者虐待の相談窓口を担当する部署が中心となり、関係機関が協力して、休日・夜間を含めた相談を受理してからの対応の流れやルールを協議して決めておくことが必要です。

4)関係機関からの情報収集

 通報等がなされた障害者や養護者・家族の状況を確認するため、行政の関連部局をはじめ民生委員や医療機関、自立支援サービス事業者などから情報を収集します。(以下、「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」 平成18年4月  厚生労働省老健局をもとに改変)

ア.収集する情報の例

  • 家族全員の住民票(家族構成の把握)
  • 戸籍謄本(家族の法的関係や転居歴等)
  • 生活保護の有無(受給していれば、福祉事務所を通じて詳しい生活歴を把握することができる。また、援助の際に福祉事務所との連携が図れる)
  • 障害部局、保健センター等での関わりの有無
  • 相談支援事業所等との関わり、相談歴
  • 自立支援サービスを利用している場合は、利用しているサービス事業所からの情報
  • 医療機関からの情報
  • 警察からの情報
  • 民生委員からの情報

イ.他機関から情報収集する際の留意事項

他機関から情報を収集する際には、以下の点について留意が必要です。

  • 秘密の保持、詳細な情報を入手すること等の理由により、訪問面接を原則とします(緊急時を除く)。
  • 他機関を訪問して情報を収集する際には、調査項目の漏れを防ぎ、客観性を高め共通認識を持つために、複数職員による同行を原則とします。
  • 虐待に関する個人情報については、個人情報保護法の第三者提供の制限(同法第23 条)の例外規定に該当すると解釈できる旨を説明します。
  • ただし、相手側機関にも守秘義務規定がありますので、それを保障することが必要です。
  • 情報を収集した際には、その情報を養護者にどこまで伝達するか、その範囲を確認しておかねばなりません。

5)訪問の際の留意事項

 虐待の事実を確認するためには、できるだけ訪問して安全確認や心身の状況、養護者や家族等の状況を把握することが望ましいと考えられます。

 ただし、関係機関からの情報収集の結果、訪問を拒否する可能性が高い場合などは、障害者や養護者・家族等と関わりのある機関や民生委員、親族、知人、近隣住民などの協力を得ながら情報収集を行ったりサービス利用を勧めるなどの策を講じつつ、継続的に関わりながら徐々に信頼関係の構築を図ることが必要となります。

*訪問調査を行う際の留意事項(「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」  平成18年4月  厚生労働省老健局をもとに改変)

○信頼関係の構築を念頭に

 障害者本人や養護者と信頼関係の構築を図ることは、その後の支援にも大きく関わってくる重要な要素です。そのため、訪問は虐待を受けている障害者とともに養護者・家族等を支援するために行うものであることを十分に説明し、理解を得るように努力することが必要です。

○複数の職員による訪問

 訪問を行う場合には、客観性を高めるため、原則として2人以上の職員で訪問するようにします。また、障害者本人と養護者等双方への支援が必要ですので、別々に対応し支援者との信頼関係を構築するよう努める必要があります。

○医療職の立ち会い

 通報等の内容から障害者本人への医療の必要性が疑われる場合には、訪問したときに的確に判断でき迅速な対応がとれるよう、保健師や看護師などの医療職が訪問に同行することが望まれます。

○障害者、養護者等への十分な説明

 訪問にあたっては、障害者及び養護者に対して次の事項を説明し理解を得ることが必要です。なお、虐待を行っている養護者等に対しては、訪問やその後の援助は養護者や家族等を支援するものでもあることを十分に説明し、理解を得ることが重要です。

・職務について………………
担当職員の職務と守秘義務に関する説明
・障害者の権利について
障害者の尊厳の保持は基本的人権であり、障害者基本法や障害者自立支援法などで保障されていること、それを擁護するために市町村がとり得る措置に関する説明

○障害者や養護者の権利、プライバシーへの配慮

 訪問にあたっては、障害者や養護者の権利やプライバシーを侵すことがないよう十分な配慮が必要です。

・身体状況の確認時………
心理的負担を取り除き、衣服を脱いで確認する場合は同性職員が対応するなどの配慮
・養護者への聞き取り………
第三者のいる場所では行わない

○柔軟な面接技法の適用

 養護者自身が援助を求めていたり虐待の程度が軽度の場合には、介護等に関する相談支援として養護者の主訴に沿った受容的な態度で面接を実施することも考えられます。一方で、虐待が重篤で再発の危険性が高く措置入所の必要性がある場合には、養護者の行っている行為が虐待にあたるとして毅然とした態度で臨むことも必要となります(場合によっては、受容的な態度で接する必要がある場合と毅然とした態度で接する必要がある場合の対応者を分けることも考えられます)。

  面接や訪問で確認する項目や実施する回数は障害者や養護者の状況を判断しつつ、信頼関係の構築を念頭に置きながら柔軟に対応する必要があります。

事実確認と情報収集のポイント

①できるだけ訪問する

  • 健康相談の訪問など、状況に応じて様々な理由をつけて介入を試みる。
  • 虐待者に虐待を疑っていることがわからないよう対応する。
  • 一方的に虐待者を悪と決めつけず、先入観を持たないで対応する。
  • 本人と虐待者は別々に対応する。(できれば、本人と虐待者の担当者は分け、チームで対応する。他に全体をマネジメントする人も必要。)
  • 介護負担軽減を図るプランを提案する。
  • プライバシー保護について説明する。

②収集した情報に基づいて確認を行う

  • 介護者の介護負担をねぎらいながら、問題を一緒に解決することを伝えながら情報収集に努める。
  • 関係者から広く情報を収集する。(家庭の状況、居室内の状況、本人の様子など)

③解決すべきことは何かを本人や虐待者の状況から判断する

  • 緊急分離か見守りか。
  • 一時分離かサービス提供、家族支援か。
  • 病院か施設か。
  • 自分の価値観で判断せず、組織的に判断する。

 相談を受理してから事実確認をしていく過程で、必ず記録を作成しましょう。

6―アセスメントの留意点

 虐待の相談を受け、アセスメントする際には、広い視野で権利が侵害されていないか聞き取ることが重要です。また、はじめから「虐待である」と内容が明確になっている相談は少ないことから、総合相談として受け付ける必要があります。

 参考になる考え方として、「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(平成18年4月厚生労働省老健局p3)では、「高齢者虐待」の捉え方と対応が必要な範囲について次のように説明しています。

『高齢者虐待防止法では、「高齢者が他者からの不適切な扱いにより権利利益を侵害される状態や生命、健康、生活が損なわれるような状態に置かれること」と捉えた上で高齢者虐待を定義している。………市町村は、高齢者虐待防止 法に規定する高齢者虐待かどうか判別しがたい事例であっても、高齢者の権利が侵害されていたり、生命や健康、生活が損なわれるような事態が予測されるなど支援が必要な場合には、高齢者虐待防止法の取扱いに準じて、必要な支援を行っていく必要がある。』

 つまり、権利が侵害されている、または援助が必要な状況にあるときは、虐待が明確でないとしても支援を行うという視点を持つことが必要です。

どんな状況を虐待と捉えるかについて、高齢者虐待の例を紹介します。
(「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」平成18年4月厚生労働省老健局  4ページより引用)

ⅰ 身体的虐待

 暴力的行為などで、身体にあざ、痛みを与える行為や、外部との接触を意図的、継続的に遮断する行為。

【具体的な例】

  • 平手打ちをする、つねる、殴る、蹴る、無理矢理食事を口に入れる、やけど・打撲させる
  • ベッドに縛り付けたり、意図的に薬を過剰に服用させたりして、身体拘束、抑制をする/等

ⅱ 介護・世話の放棄・放任

 意図的であるか、結果的であるかを問わず、介護や生活の世話を行っている家族が、その提供を放棄または放任し、高齢者の生活環境や、高齢者自身の身体・精神的状態を悪化させていること。

【具体的な例】

  • 入浴しておらず異臭がする、髪が伸び放題だったり、皮膚が汚れている
  • 水分や食事を十分に与えられていないことで、空腹状態が長時間にわたって続いたり、脱水症状や栄養失調の状態にある
  • 室内にごみを放置するなど、劣悪な住環境の中で生活させる
  • 高齢者本人が必要とする介護・医療サービスを、相応の理由なく制限したり使わせない
  • 同居人による高齢者虐待と同様の行為を放置すること/等

ⅲ 心理的虐待

 脅しや侮辱などの言語や威圧的な態度、無視、嫌がらせ等によって精神的、情緒的苦痛を与えること。

【具体的な例】

  • 排泄の失敗を嘲笑したり、それを人前で話すなどにより高齢者に恥をかかせる
  • 怒鳴る、ののしる、悪口を言う
  • 侮辱を込めて、子供のように扱う
  • 高齢者が話しかけているのを意図的に無視する/等

ⅳ 性的虐待

 本人との間で合意が形成されていない、あらゆる形態の性的な行為またはその強要。

【具体的な例】

  • 排泄の失敗に対して懲罰的に下半身を裸にして放置する
  • キス、性器への接触、セックスを強要する/等

ⅴ 経済的虐待

 本人の合意なしに財産や金銭を使用し、本人の希望する金銭の使用を理由無く制限すること。

【具体的な例】

  • 日常生活に必要な金銭を渡さない/使わせない
  • 本人の自宅等を本人に無断で売却する
  • 年金や預貯金を本人の意思・利益に反して使用する/等

 障害者虐待の防止のためのアセスメントの視点と留意事項について、「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(平成18年4月厚生労働省老健局)を参考にまとめると次のようになります。

1)基本的な視点

  • ①発生予防から虐待を受けた障害者の生活の安定、養護者や施設への支援までの継続的な支援
  • ②障害者自身の意思の尊重とエンパワメントアプローチ
  • ③虐待を未然に防ぐための積極的なアプローチ
  • ④虐待の早期発見・早期対応
  • ⑤障害者本人とともに養護者を支援する
  • ⑥関係機関の連携・協力によるチーム対応

2)留意事項

  • ①虐待に対する「自覚」は問わない
  • ②障害者の安全確保を優先する
  • ③常に迅速な対応を意識する
  • ④必ず組織的に対応する
  • ⑤関係機関と連携して援助する
  • ⑥適切に権限を行使する

 次に、埼玉県が作成した高齢者虐待のアセスメント票、支援計画書、支援会議記録票、支援経過記録票、支援評価票を参考として示します。

(高崎絹子、岸恵美子、野村政子、埼玉県福祉部高齢者福祉課高齢者虐待防止担当 「埼玉県福祉部高齢者福祉課   高齢者虐待対応ハンドブック ~判断基準等資料 21年2月~」から引用)

アセスメント票
クリックで拡大
サイズ:154KB (902×1267)

アセスメント票
クリックで拡大
サイズ:180KB (808×1239)

支援計画書
クリックで拡大
サイズ:42.0KB (802×1259)

支援会議記録票
クリックで拡大
サイズ:51.1KB (801×1243)

支援会議記録票
クリックで拡大
サイズ:39.3KB (811×1243)

支援評価票
クリックで拡大
サイズ:71.3KB (895×1264)

支援評価票(記入例)
クリックで拡大
サイズ:161KB (886×1247)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7―介入を拒否されたら

(「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」平成18年4月 厚生労働省老健局49ページより引用)

 支援に対して拒否的な態度をとる養護者等へのアプローチは、虐待に関する初期援助の中で最も難しい課題の一つです。

 介入を拒否された場合、あるいは拒否が予想される場合、まずは養護者等にとって抵抗感の少ない方法を優先的に検討します。

ア すでに関わりのある機関が介入する
 当該障害者が自立支援サービス等を利用している場合、あるいは相談支援事業所が相談を受けて関わっている場合には、事業所職員などから養護者に対して介護負担を軽減するためにサービスが利用できるなどの情報を伝え、養護者の介護負担に対する理解を示すことで、援助に対する抵抗感を軽減することができると考えられます。
イ 医療機関への受診や入院
 障害者に外傷や疾病、脱水、体力低下などが疑われる場合には、まず医療機関に協力を仰いで、受診し必要な検査、治療を受けることが必要となります。医師の指示をもとに次の対応を検討することで、方針が立てやすくなります。入院が必要な場合に は、結果として障害者と養護者を一時的に分離させることになり、養護者等への支援がしやすくなることもあります。
ウ 親族、知人、地域関係者等からのアプローチ
 養護者と面識のある親族や知人、民生委員などの地域関係者などがいる場合は、それらの人に養護者との間のつなぎをしてもらう方法が有効です。また、養護者の支援にあたり、これらの人々の協力を得て障害者の見守りや状況確認をしていく方法があります。

介入拒否時の対応のポイント

(東京都「高齢者虐待防止に向けた体制構築のために ―東京都高齢者虐待対応マニュアル―」2006年3月より引用)

1 本人や家族の思いを理解・受容する
・虐待の問題として家族を批判したり責めたりすることはしない。まずは本人や家族の思いを理解、受容する。家族を追い込まない。
・「虐待者=加害者」と捉えるのではなく、虐待者が抱えている悩みや困惑、疲労について、苦労をねぎらいながら理解を示していく。これまで介護などでがんばってきたことを評価し、ねぎらう(傾聴、共感)。
・本人や家族の思いを理解・受容することによって信頼関係をつくり、何でも話しやすい関係性に結びつける。
2 名目として他の目的を設定して介入
・虐待のことで介入すると悟られることのないよう、名目としては違う目的を設定して介入する
3 訪問や声かけによる関係作り
・定期的に訪問したり、「近くをとおりかかったので」といった理由や他の理由を見つけて訪問したり声かけを行う。
・訪問や声かけを通じて、時間はかかるが細く長くかかわることに配慮する。時に本人に会うことができたり、家族に連絡がとれたり、近隣から情報を聞けることがある。
4 家族の困っていることから、段階をふみながら少しずつ対応の幅を広げる
・いきなり虐待の核心にふれるのではなく、家族の一番困っていることは何かを探り、それに対して支援できることから順に対応していく。たとえばサービス提供などで家族の介護負担を軽減することから始めるなど。
・虐待者が困っている時が介入のチャンスであり、虐待者の困難を支援するという視点でアプローチすることが有効。
5 家族側のキーパーソンの発掘、協力関係の構築
・本人の意思決定に影響を与えうる人を家族、親族などの中から探し出し、その協力を得て援助を展開する。
6 主たる支援者の見きわめ
・主たる支援者と本人・虐待者の相性がよくないなどの場合には、主たる支援者を変更したり、他の機関・関係者からアプローチしてもらったりなどの方策をとることも考える。
・本人が医療機関に受診している場合には、医師の説得が効く場合があるため、医師等との連携も視野に入れて対応を図る。
7 緊急性が高い場合は法的根拠により保護
・緊急性が高いと判断される場合には、障害福祉サービスの措置など法的根拠に基づく支援を行う(身体障害者福祉法第18条、知的障害者福祉法第15条の4、16条、児童福祉法第21条の6)。

立入調査について

 高齢者虐待防止法では、虐待により高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じているおそれがあると認められるときは、市町村長は、担当部局の職員等に、高齢者の居所に立ち入り、必要な調査や質問をさせることができるとされています。

 高齢者虐待で立入調査が必要と判断される状況の例として、「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」では次のように説明しています。

  • ○高齢者の姿が長期にわたって確認できず、また養護者が訪問に応じないなど、接近する手がかりを得ることが困難と判断されたとき。
  • ○高齢者が居所内において物理的、強制的に拘束されていると判断されるような事態があるとき。
  • ○何らかの団体や組織、あるいは個人が、高齢者の福祉に反するような状況下で高齢者を生活させたり、管理していると判断されるとき。
  • ○過去に虐待歴や援助の経過があるなど、虐待の蓋然性が高いにもかかわらず、養護者が訪問者に高齢者を会わせないなど非協力的な態度に終始しているとき。
  • ○高齢者の不自然な姿、けが、栄養不良、うめき声、泣き声などが目撃されたり、確認されているにもかかわらず、養護者が他者の関わりに拒否的で接触そのものができないとき。
  • ○入院や医療的な措置が必要な高齢者を養護者が無理やり連れ帰り、屋内に引きこもっているようなとき。
  • ○入所施設などから無理やり引き取られ、養護者による加害や高齢者の安全が懸念されるようなとき。
  • ○養護者の言動や精神状態が不安定で、一緒にいる高齢者の安否が懸念されるような事態にあるとき。
  • ○家族全体が閉鎖的、孤立的な生活状況にあり、高齢者の生活実態の把握が必要と判断されるようなとき。
  • ○その他、虐待の蓋然性が高いと判断されたり、高齢者の権利や福祉上問題があると推定されるにもかかわらず、養護者が拒否的で実態の把握や高齢者の保護が困難であるとき。

 児童虐待で立入調査が必要と判断される状況の例として、厚生労働省雇用均等・児童家庭局「子ども虐待対応の手引き」(1999年3月、2007年1月改正)では以下のように説明しています。

 一般的に立入調査が必要と判断されるのは以下のような場合である。

  • [1] 学校に行かせないなど、子どもの姿が長期にわたって確認できず、また保護者が関係機関の呼び出しや訪問にも応じないため、接近の手がかりを得ることが困難であるとき。
  • [2] 子どもが室内において物理的、強制的に拘束されていると判断されるような事態があるとき。
  • [3] 何らかの団体や組織、あるいは個人が、子どもの福祉に反するような状況下で子どもを生活させたり、働かせたり、管理していると判断されるとき。
  • [4] 過去に虐待歴や援助の経過があるなど、虐待の蓋然性が高いにもかかわらず、保護者が訪問者に子どもを会わせないなど非協力的な態度に終始しているとき。
  • [5] 子どもの不自然な姿、けが、栄養不良、泣き声などが目撃されたり、確認されているにもかかわらず、保護者が他者の関わりに拒否的で接触そのものができないとき。
  • [6] 入院や医療的手立てが必要な子どもを保護者が無理に連れ帰り、屋内に引きこもってしまっているようなとき。
  • [7] 施設や里親、あるいはしかるべき監護者等から子どもが強引に引き取られ、保護者による加害や子どもの安全が懸念されるようなとき。
  • [8] 保護者の言動や精神状態が不安定で、一緒にいる子どもの安否が懸念されるような事態にあるとき。
  • [9] 家族全体が閉鎖的、孤立的な生活状況にあり、子どもの生活実態の把握が必要と判断されるようなとき。
  • [10]その他、虐待の蓋然性が高いと判断されたり、子どもの権利や、福祉、発達上問題があると推定されるにもかかわらず、保護者が拒否的で実態の把握や子どもの保護が困難であるとき。

 障害者虐待防止についても法整備が期待されるところですが、ここに示したように生命または身体に重大な危険が生じているおそれがあるときは、関係機関が協力して安全確認や保護、侵害された権利の回復をはじめとする必要な支援を迅速に行うことが重要です。

8―支援メニュー選定の考え方

 以下に、アセスメント結果に応じた支援メニュー選定の考え方について高齢者虐待の文献を参考に整理します。

 (大渕修一監修、池田惠利子、川端伸子、菊池和則、土屋典子、山田祐子「高齢者虐待対応・権利擁護実践ハンドブック」 法研 2008年4月から引用)

① 被虐待者の生命にかかわるような重大な状況にある場合
・緊急的に分離・保護できる手段を考える(警察・救急も含む)。
・施設入所、一時保護、入院など。措置権の発動も視野に入れて対応を図る。
② 虐待者や家族に介護の負担、ストレスがある場合
・訪問や電話で虐待者の話を聞き、家族が頑張っていることを支持する。
・在宅サービスを導入・増加する。
・同居の家族や別居の親族の間で介護負担の調整を勧める(一時的な介護者交代や介護負担の分担など)。
・施設入所を検討する。
・介護についての相談窓口、地域の家族会などを紹介する。
・専門家のカウンセリング
③ 虐待者や家族に障害に関する知識、介護の知識・技術が不足している場合
・介護の知識・技術についての情報提供
・サービスを導入し、サービス提供の中で知識・技術を伝える。
④ 受診が必要な状況にある場合
・家族に専門医を紹介し、診断・治療につなげる。
・受診を援助する親族がいない場合は関係者で協力して実際に受診を援助する。
⑤ 障害者本人や家族に依存などの問題がある場合
・アルコール依存や家族の精神疾患が疑われる場合は保健所や医療機関につなげる。
・必要に応じて地域の民生委員等に見守りを依頼する。
・必要に応じて成年後見制度の活用を検討する。
⑥ 経済的な困窮がある場合
・生活保護申請が必要であれば担当につなぎ、状況によっては職権による保護を検討する。
・各種の減免手続きを支援する。
⑦ 子や孫が抱える問題がある場合(児童虐待の併発、子どもへの影響など)
・保健所、保健センター、児童相談所などによる支援につなげる。

9―連携会議(個別ケース会議)

 虐待事例の支援は、行政の担当部署だけで行うことはできません。事例の多くは複雑な背景や複数の課題を抱えており、様々な機関が協力し、役割分担して取り組むことが重要です。また、民生委員をはじめとする地域の住民や近隣に住む人々の理解と協力も必要になってきます。

 そこで、支援の方針を決めるにあたっては、行政の担当部署が中心となって関係者を招集し、個別ケース会議を開催して支援計画を策定します。長期的な目標を検討し、そのためには支援内容をどう組み合わせてどう役割分担するか、またモニタリングの内容や時期も検討し、決定します。

 会議に招集する関係者の例は、次のとおりです。状況によって、必要と思われる関係者を選び、招集します。

市町村障害者虐待相談窓口担当部局の職員及び管理職、市町村障害福祉担当職員、相談支援事業者、障害福祉サービス事業者、民生委員、社会福祉協議会、家族の会、ボランティア、権利擁護団体、医療機関、警察、弁護士、司法書士、消費者センター等

地域自立支援協議会の活用

 連携会議の招集にあたっては、虐待事例が発生してから準備を始めるのでは対応が迅速に行えません。日頃から関係機関と調整をしておく必要があります。

 その協議の場の一つとして、地域自立支援協議会があります。

 地域自立支援協議会は、地域における障害福祉に関する関係者による連携及び支援の体制に関する協議をおこなうための会議の場です。相談支援事業をはじめとする地域の障害福祉に関するシステムづくりに関し、中核的な役割を果たす定期的な協議の場として、市町村が設置するもので、その構成メンバーは、相談支援事業者、障害福祉サービス事業者、保健・医療関係者、教育・雇用関係機関、企業、障害者関係団体、学識経験者等です。地域自立支援協議会の主な機能の中で、特に「困難事例への対応のあり方に関する協議、調整(当該事例の支援関係者等による個別ケア会議を必要に応じ開催)」、「地域の関係機関によるネットワーク構築等に向けた協議」が挙げられていますので、地域自立支援協議会は、まさに地域の虐待防止対策を協議するために活用すべき場と言えるでしょう。

 他にも高齢者虐待防止のためのネットワーク会議などを活用する方法も考えられます。

 ネットワークづくりや連携体制の構築は、形式にこだわるのではなく、地域の実情に合わせて活用しやすい仕組みとすることが重要です。

10―ネットワークづくりと予防

 障害者虐待を未然に防ぐためには、地域住民の理解と協力が大変重要です。行政や関係機関が中心となって、地域自立支援協議会も活用しながら啓発活動に取り組むことが必要です。

 また、虐待防止ネットワークを構築するとき、行政と住民の協働で、安心して住み慣れた地域で暮らすために権利擁護の仕組みをどう作っていくかを話し合うというプロセスを踏むことができれば地域の障害者福祉全体が充実することでしょう。

 虐待防止について住民が果たす役割としては、次のようなことが期待されます。

  • 障害者虐待、権利擁護について理解を深め、障害者の身近にいる人、近隣住民が権利擁護の協力者となり、見守りを行う。
  • 虐待ではないかと疑われる事実を知ったとき、市町村担当部局や民生委員に相談する。
  • 消費者被害についても近隣住民が見守る。被害を発見したら早期に市町村担当部局や民生委員に相談する。
  • 住民が障害に対する理解を深める。地域住民が助け合う雰囲気が生まれ、障害者を地域全体で支えるまちになることで、養護者の負担感が軽減される。

 早期発見のために、障害者が不当な扱いや虐待を受けていることが疑われる場合のサインを示したチェックリストを活用することも有効です。第1章のチェックリストを参考にしてください。


引用・参考文献(第3章)

  • ◎滋賀県社会福祉協議会滋賀県権利擁護センター・高齢者総合相談センター 「家庭内における障害者虐待に関する事例調査」 2007年
  • ◎大渕修一監修、池田恵利子、川端伸子、菊池和則、土屋典子、山田祐子 「高齢者虐待対応・権利擁護実践ハンドブック」 法研 2008年4月
  • ◎厚生労働省老健局 「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」2006年4月
  • ◎高崎絹子、岸恵美子、野村政子、埼玉県福祉部高齢者福祉課高齢者虐待防止担当「埼玉県福祉部高齢者福祉課 高齢者虐待対応ハンドブック ~判断基準等資料21年2月~」
  • ◎東京都「高齢者虐待防止に向けた体制構築のために ―東京都高齢者虐待対応マニュアル―」2006年3月
  • ◎厚生労働省雇用均等・児童家庭局「子ども虐待対応の手引き」(1999年3月、2007年1月改正)
menu