第5章 雇用現場での虐待とその対策

 野沢和弘

1―現状

 就労現場での虐待は古くは大久保製壜(1975年)が知られている。東京都墨田区にある大手製壜工場で、従業員の8割以上にあたる160人が身体・知的障害者だった。労働大臣から福祉モデル工場の認定を受けていたが、暴力、性的暴力、低賃金、深夜労働の強制などに苦しめられていたことが発覚、「福祉奴隷工場」と呼ばれ、その後長い労働闘争が続いた。

 90年代に入ると、滋賀県のサングループ事件や茨城県の水戸アカス事件などが相次いで発覚し、特に知的障害者の権利擁護に関する制度化へのきっかけになった。

①サングループ事件

 1996年5月、知的障害者を多数雇っていたサングループ(倒産)の社長が従業員の障害基礎年金計1430万円を着服した疑いで逮捕され、虐待も明らかになった。栄養失調や薬による発作で死亡した従業員もいた。大津地裁彦根支部は社長に懲役1年6月の実刑判決を出した。障害者側は社長と国・県を提訴。(1)社長は従業員に日常的に暴力を加え、男性が死亡した(2)賃金未払いで長時間労働を強要した(3)従業員の障害年金計約8100万円を横領した--などと主張。判決は虐待を放置している行政を厳しく指弾した。

 その後、同社で就業した知的障害を持つ元従業員や在職中に死亡した男性1人の遺族計18人が、元社長や就職あっせんなどをした国、県に慰謝料など計約5億3600万円の損害賠償を求めて提訴した。大津地裁は国や県などに計約2億6000万円の支払いを認めた。判決は、従業員らの救済を求める手紙を無視して権限を行使しなかった労働基準監督署の責任を断罪し、職業安定所の障害者雇用に関する法的義務違反と賠償責任を一部原告について認めた。「労働基準監督署が必要な調査をしていれば、同社への是正勧告が出来たのに措置を怠った」と国などの違法性を認定した。

②水戸アカス事件

 ダンボールの加工工場として80年代末から多数の知的障害者の雇用を始める。事件が発覚した96年当時、全寮制で約30人の知的障害者が雇用されていた。96年1月に社長が補助金不正受給と障害者への暴行・障害で逮捕され、懲役3年執行猶予4年の有罪判決が出た。

 しかし、性的暴行など計17件の告訴はいずれも不起訴にされた。このため女性従業員3人が社長を相手に賠償請求訴訟を起こし、04年3月、性的暴行を認めて社長に賠償命令が出た。

 この事件でも職業安定所や労働基準監督署などの背信的な行為が明らかになった。社長が詐欺容疑(補助金不正受給)で逮捕された後、職安の人が工場へやってきて「嘆願書を持ってきてください」といい、保護者らから署名嘆願書を集めた。職安では所長や部長らが嘆願書を受け取り、「警察とは何度も打ち合わせをしているから、あんまり心配しないように」と言われた。虐待が判明して、嘆願書を撤回することを職安に申し出たが、公判で社長の情状酌量の証拠として使われていた。

 また、女性障害者が労働基準監督署に相談に行ったところ、「そんなことはないだろう」と繰り返すばかりで、まともに取り合ってくれなかった。水戸職安は「今はこんな不況だから会社を辞めてもすぐに仕事は見つからない。がまんしなさい」と言ったという。

③大橋製作所事件

 奈良県広陵町の家具製作会社「大橋製作所」元社長らが長年にわたって従業員である障害者の年金を横領していたことが発覚した。元社長と社長の姉である元監査役はいずれも業務上横領罪で逮捕、起訴され有罪判決が確定した。また、被害者の元従業員10人は社長らのほか、国や県などを相手取り、計約2億1200万円の損害賠償を求めて奈良地裁に提訴した。訴状によると、社長らは平成10年以降、元従業員らの障害者年金を無断で引き出し着服したほか、賃金を支払わなかった。国は労働基準監督署やハローワークが同社の監督を怠った。県は知的障害者の就労先事業所の状況を把握し、障害者に助言すべき義務があるのに怠った-などとしている。

④札幌三丁目食堂事件

 札幌市白石区の食堂で長年にわたり過酷な労働を強いられながら給与や障害者年金を横領されたとして、住み込みで働いていた知的障害者4人(男性1人、女性3人)が2008年2月13日、会社や職親会などを相手取り約4500万円の損害賠償を求め札幌地裁に提訴した。

 訴えられたのは「三丁目食堂」(07年11月ごろ閉店)を経営していた「商事洋光」▽生活寮を運営していた社団法人「札幌市知的障害者職親会」▽4人の障害者年金の受取口座を開設した北門信用金庫。

 訴状によると4人は07年までの13~30年間、同食堂で働いたが月給5万~5万5000円を一度も支給されず、障害者年金(4人計2580万円)も受け取っていなかった。1日12時間以上働き、休日は月2日。4人は食堂2階などの寮で生活していたが、休日の外出は許されず、入浴は近所の銭湯で男性が月2回、女性が週1回に制限されていた。

 職親会は札幌市から知的障害者の生活寮運営費補助として、93~05年度の12年間で計約2700万円を受け取っていた。障害者年金の受取口座は99年に商事洋光が開設していた。

 原告側は①職親会は寮の運営責任者であり慰謝料の支払い義務がある②北門信金は本人確認をせずに口座を開設した過失がある――として両者を被告に加えた。

2―アセスメントの留意点

 わが国の障害者の就労は、戦後身寄りのない障害者を保護して住み込みで仕事をさせていた事業主などが、その後も長く障害者雇用を担ってきた面がある。親代わりとなって生活面まで面倒を見てきた。福祉制度によらず、事業主の福祉や慈善の精神に支えられてきた側面があり、一方では行政などからの監督の目が届かないところで障害者の雇用が成り立ってきたともいえる。また、こうした形での就労をするのは比較的軽度の障害者が多かったため、親の会などのネットワークの網からも漏れていることが多い。

 善意で始まったものの障害者の特性や権利擁護に関する知識や支援のスキルが乏しいケースもあり、劣悪な職場環境や体罰が問題になることも珍しくはない。生活の面倒を見てやるかわりに賃金は低く抑え、年金なども事業主が管理し結果的に搾取している事例もいくつか明らかになっている。

 近年は行政が障害者雇用を進めるためにさまざまな助成制度を設け、補助金などもそれなりに充実してくると、こうした制度を悪用して障害者を食い物にする事業主も出てきた。水戸アカス事件では障害者を雇用すると給料の半分を国が1年半補助する「特定求職者雇用開発助成金」という制度が悪用されていた。1年半の期限が近づいた障害者に嫌がらせや暴行を繰り返し、自己都合退職を申しださせていたのである。実際には二重帳簿によって給料はほとんど払っておらず、補助金を不正受給していたのだった。

 就労現場での虐待は、雇用されている障害者に身寄りがなく雇用主が親代わりになっていることや、家族がいても解雇されたら他に行き場がないために沈黙していることなどから、虐待が長年にわたって放置されていることが珍しくない。

 労働基準監督署や公共職業安定所(ハローワーク)の公的機関が虐待などの人権問題にあまり機能できていないのも共通した特徴として指摘できるだろう。特別支援学校(養護学校)なども「生徒を雇ってもらえるありがたい会社」として長年付き合ってきたしがらみがあって、虐待の兆候に気付いてもきちんと対応できてないケースが実に多い。

 虐待や権利侵害の通告・相談があったら、まずこのような背景事情が雇用現場と障害者の間にはあることを理解し、労基署や職安や特別支援学校などの関係機関が虐待を否定しても、それですぐに納得してしまうのではなく慎重に事実関係を明らかにしていくことが求められる。

 こうした関係機関は長年にわたって事業者と付き合いがあり、さまざまなしがらみがあるのが普通であり、<殴られても文句を言わない障害者>の特性をじっくりと理解してもらい意識を変えることに心がけないといけない。

 一方、事業主側にとっては行政機関による監査では賃金や職場環境に関することに重点が置かれ、雇用している障害者に対する権利擁護の発想や理念について行政から指導・教育されることもないまま、現場任せにされてきた面があることも配慮しなければならない。障害者にとっては貴重な働く場でもある。

 虐待の内容などにもよるが、まずは障害者雇用に“熱心”な事業者を労をねぎらい、障害者に対する指導方法や職場環境の改善などを支援するアプローチをすることは重要である。

 就労支援機関を通して就職すると継続的に支援が付くので職場内のことについて透明性が高いが、すでに現在働いており就労機関につながっていない人の場合は実態がよくわからないことが多い。障害特性についての理解が一緒に働いている人に持てていない面も大きい、支援する側も、以前は軽度の知的障害の方の相談が多かったが、最近では自閉症の人も多く、どういう対応をしたらよいかわからないというケースがある。よかれと思ってやっていることが結果的に虐待に近い行為になっている場合もある。

3―監督機関

①事例1

 飲食チェーン店に長期間働いていた女性がいじめられているという内部告発の手紙が就労支援機関にあった。「忙しい時間帯に作業が遅いので上司が襟首をつかんで外に出した」という内容だった。通報した同僚に状況を確認して、ハローワークの障害者の窓口にこのような話があると伝えた。また本社の人事課にも調査を依頼した。本部の人事課からは「そのような事実はない」との報告があった。この女性は中学を卒業してから30年間働いていた。給料は最初から4万円で、残業もしているのに給料は上げてもらえず、結局40代後半でクビになった。

 ハローワークから労働基準監督署に連絡が行き、そのチェーン店の社長らが呼ばれてやってきた。「確かに賃金は最低賃金を割っているが仕事ができないので仕方がない」「お父さんに頼まれて雇ってあげていた。帰りなさいと言ってもただいるだけで、残業なのではない」という。両親はすでに亡くなっており、兄からの委任で就労支援機関が対応することになった。

 ハローワークの指導官、就労支援機関、障害者の家族、本社の人事担当者などが集まって何度か話し合った。事実確認を進める中で、最終的には担当者が事実を認め、泣きながら謝罪することに到った。最低賃金を割っていることについては5年間さかのぼって計算し直して不足分を払うことで話がついた。

②事例2

 ある会社で知的障害者9人が働いていたが、午後2時になるとタイムカードを押して帰宅したことにして、実際には午後5時~7時まで働かせていた。社長がこわくて仕方なく従っていた。就労支援機関に相談が入り、抗議をしても「従業員がうそを言っている」などとはぐらかしていた。働きかけるとおかしなことはやめるが、またしばらくすると元に戻ってしまう。障害者を雇用して得た助成金は借金の返済にあてていることが分かった。

 不払い賃金は給与明細があるだけでもさかのぼって計算すると186万円になった。それをきちんとした形で回収することになり、保護者、学校の先生、施設などが連絡会をたちあげ会社に要望を出した。その過程で権利侵害も明らかになり、弁護士にも入ってもらって法的の問題がないかを確認して進めた。結果的に不払賃金の1/3程度は回収できた。

 保護者たちが就労支援機関に連絡する前に独自に労働基準監督署に相談していた。労基署が保護者と一緒に会社に話し合いをしていたが、話は進まず労基署もそれ以上は動いてくれなかった。そのため保護者、学校、施設などの連絡会を作って動いた。

③労働基準監督署

 労働基準法等関係法令等の周知徹底を図り、労働者の労働条件や安全衛生の確保改善に努めるとともに、労働災害を被った労働者に対してはその補償を行うなど様々な業務を行っている。

 これらの業務の中でも、労働基準法等関係法令等の内容を周知するとともに、その履行を確保していくことが労働基準監督署の基本的な業務で、以下の任務を負っている。

 事業場に対する臨検監督指導(立入調査)、労働災害が発生した場合の原因の調査究明と再発防止対策の指導、重大な法違反事案等についての送検処分、使用者等を集めての説明会の開催等、申告・相談等に対する対応等。

 このうち「臨検監督指導」は労働基準法や労働安全衛生法の基づき、次のことなどを調べる。

  • 労働時間、残業・休日労働などの時間外労働、深夜労働などについて違反はない
  • 割増手当は支払われているか。
  • 三六協定による協定を超えての時間外労働はないか。
  • 労働安全衛生法違反はないか。
  • 最低賃金法違反はないか。
  • また、そのために「臨検監督指導」で行うことができる権限としては以下のものがある。
  • 事業所、寄宿舎その他付属物に臨検する権限。
  • 帳簿・書類等の物的証拠を提出するように求める提出要求権。
  • 事業主又は労働者に証言を求める尋問権。
  • 安全衛生法に基づく検査をする権限。
  • 労働者を就業させる事業の付属寄宿舎が安全および衛生に関して定められた基準に反してかつ労働者に急迫した危険がある場合に、即時処分する権限。
  • 労働基準法等の違反について刑事訴訟法に規定する司法警察官の職務を行う権限。

 労働基準監督官は、司法警察官としての身分を持っているので、悪質な違反に対しては法令違反として書類送検するケースや、重大な労災事故が発生した場合にも送検手続きをとることがある。

 しかし、こうした強い権限を持っていながら、多くの労働基準監督署では人で不足で十分な活動が出来ているとは言いがたいのが現状だ。監督官が管内の事業所をすべて回っていると何十年もかかるといわれているほどだ。当事者や外部機関から労働問題で通告してきた個々の事案に細かく対応するのは難しく、ハローワーク経由で通告してハローワークと一緒に労基署の監督官を動かすのが迅速で効果的な対応ができる場合が多い。

④ハローワーク(公共職業安定所)

 所長の下に次長がおり、その下に管理職として課長統括、雇用指導官などがいる。雇用指導官の主な仕事は障害者および高齢者の雇用指導。ただ、労働基準監督署のような強い権限はハローワークにはなく、雇用率未達成企業に対して雇い入れ命令を出すことくらいといわれている。ただ、ハローワークも情報を入手して、不正があれば告発することもありうる。雇用保険上の権限として立ち入りして賃金台帳を見る権限があり、雇用保険適用課というセクションで雇用保険が適正に徴収されているかを確認するために立ち入り検査証を持たせている。立ち入り調査で調べるのは次のようなことである。

  • 失業保険( 基本手当)を適切に受けているかどうか。
  • 会社に採用された後も失業給付を受けていないか。
  • 雇用保険料を適切に支払っているかどうか。
  • 派遣法の適切な運用ができているかどうか。
  • 助成金の不正受給がないかどうか。

 特定求職者雇用開発助成金は一般的に利用されることが多く会計検査院の調査も含めて調査対象になります。採用された後に改めてハローワークを経由して採用されたように偽り助成金を受けるようなケースです。見つかると全額返還する上に、他の助成金も活用できなくなり刑事告発も受けることにもなります。

 障害者の虐待などについては直接はハローワークが調査や救済に乗り出す権限もスキルもないというのが実情のようだ。しかし、平成12年からハローワークと監督署とが厚生労働事務所の支分局の一斉機関としてパッケージになったため、今はハローワークと監督署との関係が強くなっている。ある面でハローワークの方が調整機能が出てきており、情報を入手した段階でハローワークに流していくようになっているところが多い。障害者を雇用している事業主との関係もハローワークの方が強く、虐待の通告や相談があった際にはハローワークを巻き込んで労働基準監督署などの権限を持った行政機関を動かしていくのが有効だ。

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