精神科病院においては、隔離や拘束が精神保健福祉法の下で合法的に認められており、また閉鎖性・密室性も高いため、時として違法な隔離や拘束、あるいは虐待やその疑いの濃い権利侵害行為が後を経たない。マスコミでも大きく報道された虐待事例としては、1984年の宇都宮病院事件(栃木)、1997年の大和川病院事件(大阪)、2000年の朝倉病院事件(埼玉)などがあげられるが、それ以外にも、新聞紙上で報道された主な報道だけを限ってみても、150件以上はある(資料「精神科病院事件史」原昌平氏作成を参照)。しかも、ここ数年でも、その数は減っていない。
大阪府では、先述した大和川病院事件を教訓に、精神科病棟内部での権利擁護の為の具体的方策を大阪府精神保健福祉審議会で検討し、2000年に「精神病院内における人権尊重を基本とした適正な医療の提供と処遇の向上について(意見具申)」(注1)を大阪府知事宛てに提出した。この中では10項目に渡る「入院中の精神障害者の権利に関する宣言」が整理された。また、この意見具申を具現化するために「大阪府精神障害者権利擁護連絡協議会」(注2)を設置、行政が事務局となり、病院、家族、当事者代表や民間権利擁護団体、各種職能団体、弁護士会などから構成される協議会では、「精神科病院における入院患者の権利擁護システムの構築について」と題する提言をまとめ、先述の審議会で承認された。この提言にもとづいて、2003年から精神医療オンブズマン制度が同連絡協議会の基でスタートした(注3)。
ただ、大変遺憾な事に、大阪府知事の交代の後、府の単独事業の軒並みカットの影響をまともに受け、この精神医療オンブズマン制度は一旦2008年で打ち切られた。だが、この精神医療オンブズマン制度は、我が国の精神科病院の内部における虐待や権利侵害に関して、数多くの指摘や整理をなしており、この精神医療オンブズマン制度が果たす役割は非常に大きい(注4)。むしろ、これから全国的にも必要とされている制度である。
そのため、大阪府下では、2009年度より「療養環境検討協議会(仮称)」として動きを整理し実質的に公的な行動がとれることとなった。従って、名称にこだわることなく、「精神医療オンブズマン」の単語を「療養環境検討部会員」等として自治体ごとに読み解いて頂きたい。
この章では、外部の訪問者が具体的にどんな視点で動いてきたのか、そして、その活動を通して見えてきた課題をとりあげる。さらに、それらを先述の連絡協議会でどう検討し改善してきたのか、具体的に見ていく。その上で、精神科病棟内部における虐待や権利侵害をどのようにチェック出来るのか、整理する。
では、実際に精神科の病棟を訪問する際、精神医療オンブズマンはどのような視点で、何をみようとしているのか。以下では、①精神医療オンブズマンの「すべき事、してはいけない事」、②具体的な「入院者への聞き取り事項」、③上記の二つの根底にある「どのような視点で動くべきか」を整理していく。
ここでは、精神医療オンブズマンの視点が行政の実地指導や精神医療審査会とどのように違うか、を主軸として見ていくこととする。
行政に患者自身の声を聞くよう要請を繰り返してきた。が、言いにくい人もいる。その人たちの声を私達が聞くように努力する事が大切。そのため、病棟に60分~100分ゆるりと滞在する。服装は緊張感のない普段着とする。「今日から入院する人」と見違えられるような雰囲気で、まずはお話を聞く。こちらの自己紹介は首からさげた名札できちんとする。基本は、行政から独立した民間の感覚で「消費者」としての意識の応援団であり、入院者の自信の回復・人としての誇りの回復にむけ、情報をお届けするのが役割である。
過去、病院からは「家族がうちに押しつけ放し。地域の人が散歩を不安がる」など、責任を他で探そうとする態度が見られた。そうした1つ1つの話も聞いた上で、病院としての努力の跡(道筋)をお聞きするのがわたしたちのするべきこと。
病院側は、「事故防止」をあらゆる事の禁止の理由にしている。1回あった→全員に禁止とする事で発生するデメリットは「施設症」である。そこで引き下がらずに、どうしたら、事故を未然に防止できるのかの視点も共に語りながら、一律管理の廃止(例・トイレの扉がない→トイレの鍵が外からも外せるような方式の導入で扉をつける)患者のエンパワーメントをじわじわと訴え体質改善を粘り強く働きかける。
入院した場合、わたしならどう思うか、自分の子どもを入院させたいと思うか等の視点で気持ちのこもった患者のための人権上のチェックをおこなう。法律に定められていないこと(療養上の環境改善の項目)も、わたしたちの立場なら病院側に質問や提言をすることはできる。できる限り誠実真剣に見聞きする。力量と経験に応じ、できない背伸びはしない。
例えば、全部の病棟を廻るとか、すべての項目をチェックしようとすると、緊張してしまうから、「大事な部分は落とさない」でよい。班員で任務分担する。
カルテのチェック等は権限外。個人の病気治療(診察)も権限外でしてはいけない。患者さんの個人のおはなしを聞いたとしても、プライバシーの保護の守秘義務がある。入院患者の権利擁護のための「報告書」に記入する以外に家族や友人に口にしない。
入院中の方の退院に向けた支援窓口は受け持ち「精神科ソーシャルワーカー」の筈である。まずは、ソーシャルワーカーが機能しているか尋ねる。その立場の方がいない場合は、多様な窓口を使う。
例えば、その方のニーズに応じて、地域移行支援事業の窓口・精神医療審査会・弁護士会高齢者障害者総合支援センター・社会福祉協議会権利擁護相談・住民票がある住所地の福祉事務所や保健センター。友人面会を希望するなら、各地患者会・自助グループ・家族会・地域生活支援センター(パンフを参照)
基本は、入院患者さんたちの力が可能な限り発揮できるようお話を聞き、一緒に考えて歩んでいく応援団である。実質的には、個別支援ではなく、療養環境改善への取りくみ・権利擁護の実践である。
以下には、私たち精神医療オンブズマンが用いている「入院者への聞き取り事項」をご紹介する。ただ、これはオンブズマン側の基本指針として用いており、病棟でこの記録用紙を埋める事を優先してはならない。まずは応援団の立場で入院患者のお話を聞く姿勢を大切にしている。
私たちNPO 大阪精神医療人権センターでは、精神医療オンブズマン制度が始まる以前から、精神科病院への訪問活動を続けてきた。この私たちの訪問活動の蓄積の中で、病棟訪問時、どのような視点で何をどう見ればよいのか、を整理したのが、下にある視点整理一覧である。もちろんこの28項目で全てを網羅しているとは限らないが、(2)-2で触れた利用者への聞き取り内容と共に、下記の28項目をチェックする中で、訪問先の病棟の様子を具体的に知ることが出来る。
上記の報告書に対し病院の返信が届き、両者を基に「大阪府精神障がい者権利擁護連絡協議会」で検討がなされた。その「検討項目及び結果分類」(注5)に基づき、①科病棟においてどのような虐待や権利侵害の内容があがっているのか、②その内容をどういう枠組みで整理したのか、③具体的な解決方策、などを以下で見ていく。
次の表では、「検討項目及び結果分類」の中から、これまでに連絡協議会で議論されてきた検討項目に関して訪問者が見聞きした内容(の一部)をご紹介する。これらの内容は、全て精神医療オンブズマンから連絡協議会に提出された報告書に記載されている内容である。
検討項目 | 訪問者が見聞した内容 |
使役 | 本来、職員が行うべきトイレ・風呂場・廊下等の掃除や配膳等の業務を当番で行う表が掲示されていた。また表がなくても入院者から「朝6時から仕事が割り当てられているのでゆっくり眠れない」との訴えがあった。入院中の障害者に断ることのできない環境で仕事につかせる強制労働である。職員不足を障害者の力で補完し、便の始末・入浴・洗濯・保護室での補佐役などきつい仕事をあてにしている姿勢がみられた。 |
任意入院の閉鎖処遇 | 原則開放処遇の処、半数近くが閉鎖処遇となり、太陽にあたる自由もない環境に長期間おかれ、あきらめが身についていくしかない。「10年入院していて、この服を始めて買えた。うれしい」などの声が多かった。 退院に向けた支援姿勢が経営者に薄く、PSWが病棟にいない又は自立支援員を受け入れない病棟に多くみられた。 |
公衆電話 | 手が届かない高さに置いてあり自由に使えない。通信面会の自由が保障されていない。逆にプライバシーに配慮した構造で設置している所もあった。 |
金銭管理 | 入院時、全額病院管理とし、こづかい金を「こづかい管理費・トイレ紙代・電気代・衛生費」等費目で落とし本人が「電話代が残らない」と言う環境があった。通信・行動の自由を奪う仕組みを作っている病院があった。外に自分で買い物に行けない環境におき、日用品の値段設定を通常350円で購入できる品を600円としている所もあった。病院の言い分は「運搬代」との説明だが、入院者が日常的に使う品にこうした値段をつけることは道義的にみておかしい。 |
保護室のトイレ使用状況 | 他の患者や職員に露骨にみられる環境が病棟によってある。人間としての品位を卑しめられている。「哀しくて使えない。がまんするのは辛い」 |
ベッド間のカーテン | なく、廊下を通る人からベッドの上の姿が丸見えである。「見知らぬ他人の顔が常に見えて落ち着けない」「服の着替えは隠れてしたい」 |
治療計画の説明 | 「退院計画書をもっている」という病院、「退院の目処や服薬内容についての説明がまったくない」という病院と落差が大きい。本人は「退院できないのではと心配」「でもそんな事先生に言うと退院できないよと先輩に教えられた」と尋ねることもできずに不安を抱えた状況の中におかれる声も度々聞く。 |
食事 | 介助が必要という理由で、「食べ物がぜんぶごっちゃまぜで毎回スプーンで入れられる。何を食べているのか判らん。辛いまずい」「人が良い味をいただくという楽しみを最初から奪われている。(職員より)何とかならないか」 |
違法な集団隔離 | 「一般病床6人部屋の外からの鍵かけがあり、昼間も煙草を吸う時以外出られない」病院は「水中毒だから」。職員が水の周囲に入れば済む事では。 |
身体障害者用トイレの扉 | 中が丸見えのとびらになっている。丸見えにならない工夫が必要、プライバシーが保障されるべきである。(後日、足元以外、スリガラスとなった)。 |
トイレの鍵がない | 「こわれたままで落ち着いて用を足せない。お尻をみられるのは嫌。安心して使えない」(後日、鍵がとりつけられた) |
アンモニア臭 | 「相当きついまま、この病棟にいることが不快」原因は、長期間トイレの床タイルの交換がなく、オムツ一斉交換し、フタがゆるい等の訳が重なっていた。 |
障害者間のトラブル | 「盗った、盗られた等のトラブルに詰所が応対してくれず、あきらめたまま」 |
鉄格子 | 窓の外の鉄格子が入ったまま。道からもよく見える。エアコンを使用している中で、鉄格子の意味はどこにあるのか判らない。人の心を傷つけるだけ。 |
検討項目 | 病院側の対応 |
薬の渡し方 | 病室で薬を渡すことを原則とし、デイルームで配薬する場合は座って待って頂くこととしました。今後改善していきます。 |
鉄格子 | 古い病棟の病室の窓の鉄格子は、平成18年10月撤去いたしました。 |
隔離室 | 改善対策として格子側の通路にまわる時は必ずトイレ使用中でないことを出入口の窓から確認することを職員へ徹底させる。格子側の通路についたてを置き患者が外部から見られることに対する不安を少しでも解消する。 |
病棟の雰囲気 | 近隣の住宅に面している窓が全面くもりガラスになっている件につきましては、ご指摘を受け、早急に目線の高さまでのくもりガラスに改善し、《空》や《景色》が望めるように改善いたしました。 |
職員の言葉遣い | より一層、言葉遣いの改善を徹底いたします。接遇委員会を中心に言葉遣いの徹底をしてはおりますが、職員一人ひとりに意識を持ってもらうよう再度教育していきます。 |
公衆電話の位置 | デイルーム全体の椅子等の配置の見直し・パーテーションの設置・電話の移設等により、周りの環境から電話のスペースを独立させ、周囲を気にせず電話が利用できる環境を整備する。 |
金銭管理 | 金銭管理についての説明書類は、(略)患者自身がより分かりやすい内容の文書を新規に作成し手渡すことに致しました。尚、小遣いについては、現在全員に明細書をお渡ししています。 |
カーテン | 現在、ベッドサイドにはカーテンがありませんが、3-1病棟は平成18年3月の病棟改造の際に廊下側の窓は内側からカーテンを設置し、入口の窓ガラスもスモークを入れたところです。 |
(NPO 大阪精神医療人権センターニュースに掲載した、個別病院の「オンブズマン活動報告」)
大阪府精神障害者権利擁護連絡協議会においては、上記で述べた検討すべき内容や課題について、「法レベルの人権侵害」(大項目)、「侵害のレベル」(中項目)、「分類」(小項目)の3つの段階で整理した。まず大項目に関しては、「法レベルの人権侵害あり」「法違反ではないが人権侵害あり」「人権侵害の疑義」の大きく3つに区分けした。大項目の3つの中に、それぞれ緊急・重要性に応じてA.Cの三つの区分けをし、それぞれに「解決を求める方向」と「解決方法」を整理した。この「解決方法」としては、「行政の実地指導が必要である」「病院(院内人権擁護委員会)における検討が必要である」「精神障害者権利擁護連絡協議会で検討をし整理していく」との3段階の作業過程を組み合わせた。
例えば平成17年度の「検討項目及び結果分類」(注6)の中では、精神医療オンブズマンが訪れたある病院の報告で、次の検討課題が指摘された。
「詰所前の『観察室』は施錠されており、その観察室内で身体拘束中の患者さん(2名)の様子が廊下側からよく見える状況である」
この事案に関して、連絡協議会で検討が加えられた結果、「人権侵害あり」(大項目)で、「あらゆる法的手段を用いる」ほどの緊急性ではないものの、侵害のレベルは2番目に高い「緊急2」(中項目)、「緊急B」(小項目)と分類され、「解決を求める方向」の主体としては「精神保健疾病対策課」が、その「解決方法」としては「実地審査・病院指導等を求める」という内容に分類された。
また、
「保護室のトイレは囲いがない(自分で水が流せない構造になっている場合もある)」
という事案に関しては、同じく検討の結果、「法違反ではないが人権侵害あり」(大項目)と分類され、「問題項目B」(小項目)という区分で、「解決を求める方向」の主体としての「病院理事者と院内権利擁護委員会」に対して、「改善および検討を求める」という結論が下された。
上記の検討結果の分類・整理に基づき、各レベルでの様々な対応もされ始めている。
緊急に検討課題の改善が必要であるとされた課題については、行政職員が病棟にできる限り早期に訪問をし実態を把握し病院の言い分を聞いた上で改善勧告を行うこととした。(「緊急」と検討された項目に対応)
また、精神保健福祉法や医療法には規定がないものの人間としての尊厳が侵されていると判断した場合は、院内人権擁護委員会にて早期に改善方策について議論し改善の手だてがなされるべきであるとした。
さらに、訪問した利害関係のない第三者には人権侵害ありと判断されたものの病院側機関側にそれなりの理由があって早急に改善が難しい検討項目については「問題」と分類し改善方法を、連絡協議会と院内人権委員会で一緒に整理していくとした。具体的には、以下の進展がある。
これまで見てきた「大阪府精神障がい者権利擁護連絡協議会検討項目及び結果分類」はどのような検討の中から生まれてきたのであろうか。連絡協議会に属する学識経験者や協議会事務局関係者による報告書(注7)は、その経緯を次のように説明している。
①検討の方向性について: 病院を訪問して市民の視点で療養環境を視察するが、個別の病院の医療環境が適当がどうかだけではなく、オンブズマンの報告をもとに共通する課題を深めていくことが大切である。1年単位で訪問した病院のもつ課題を整理する。
②報告内容が事実で無かった場合の訂正や病院の意見反映をどう保障するか:オンブズマンの報告のみで検討するのではなく、報告内容を病院に伝えた上で訂正を含め意見を反映した(修正された)報告をもとに検討していくこととした。
③検討内容の整理の方法: 検討内容の重要性をもとに優先順位を考慮して、人権侵害のレベルに応じて分類し、解決の方向性および方法を示す一覧表に整理する事とした。一覧表は年度ごとに作成することとした。緊急性のある問題で公式に検討結果をまとめるまで待てない場合は、精神科病院への指導権限がある大阪府精神保健疾病対策課が対応することとした。
④検討内容をどのように活用していくか: 原則は連絡協議会に参加している委員が所属団体に持ち帰り共有の努力をすることとした。精神科病院が連絡協議会の検討内容の報告を受けて、それを院内で検討し改善に取り組むといった院内の動きにつながっていく事が望まれる。
⑤連絡協議会での検討内容を病院へどのように伝えるか: 平成16年度訪問病院から、病院毎の検討経過と病院への依頼内容をまとめ送付する事とした。
ここに書かれた事は、精神科病院における虐待事例をどう峻別し、どのように改善していくのか、を検討するために多くの材料を提供している。
まず、精神科医療の現場においては、隔離や拘束が、医療行為として精神保健福祉法上において合法化されている。そのため、医療行為や療養環境として許される範囲内か、あるいは虐待やその疑いのある事例なのか、の峻別が不可欠となる。そこで、「個別の病院の医療環境が適当かどうかだけではなく、オンブズマンの報告をもとに共通する課題を深めていくことが大切」となってくるのだ。個々の事例が療養環境として不適切か否か、を、精神保健福祉法などの法律だけでなく、他の病院での事例とも比較検討することによって、具体的にどのような法レベルでの人権侵害やその疑義があるのか、を確定していくことが出来る。
その際、「報告内容を病院に伝えた上で訂正を含め意見を反映した(修正された)報告をもとに検討していく」、という指摘を受けた病院側の反論の権利も保障することは大切だ。
その上で、先にも触れた「検討項目及び結果分類」の枠組みの中に、オンブズマン報告からあがった個別事例を検討し、各項目の中に分類・整理していく。その際、同時並行的に「緊急性のある問題で公式に検討結果をまとめるまで待てない場合は、精神科病院への指導権限がある大阪府精神保健疾病対策課が対応する」。
このように、病院との対話も継続しながら、一方で「指導権限がある」行政担当課も動く。その際、医療側の代表者も入った連絡協議会の場で「1年単位で訪問した病院のもつ課題を整理」したものとしての、「検討項目及び結果分類」の一覧表が、改善を求める具体的なエビデンスとして機能する。このようなアプローチを取ることによって、「院内で検討し改善に取り組むといった院内の動きにつながっていく」。また、具体的な指摘を受けていない他の病院であっても、平成15.17年度の一覧表は公開されているため、具体的にどのような指摘事項をどう分類したのか、どれが人権侵害や虐待の疑いと分類されるのか、を知ることが出来る。
このような整理と情報公開が進む中で、上記に示したような権利侵害や虐待の疑いのある案件に関する具体的な改善が、各病院の中で見られ始めたのである。
これまで述べてきた様に、精神医療オンブズマン制度が精神科病院における虐待や権利侵害事例の防止や事態の改善のために果たしてきた役割は大きい。これは、従来の医療監視や精神保健福祉実地指導、精神医療審査会の訪問などの行政による監視やチェックの限界を指し示すものである。更に言えば、大阪府ではこの精神医療オンブズマンによる報告や連絡協議会から生まれた先の「検討項目及び結果分類」を、自らの業務に活かすと共に、行政監視におけるチェックポイント改善にも役立てている。
このように捉えた時、精神科医療の現場で虐待を防ぐためには、行政監査と第三者機関(精神医療オンブズマンなど)の訪問の双方が必要である、と言える。実際に大阪府下では、精神医療オンブズマンの継続的訪問や病院側との対話、ならびに先の「検討項目及び結果分類」による比較検討、といった事を通じて、権利侵害や虐待の疑いのある事例が大きく改善されつつある。
ただ、2008年12月にも「違法な拘束などの人権侵害が日常的に行われてきた」ことにより警察による捜査が行われた病院もあり(注8)、全ての精神科医療現場で、権利侵害や虐待が根絶した訳ではない。この事件については、私たちNPO大阪精神医療人権センターでも事件の内容を掴んで府に申し入れもしている(注9)。ここからは、精神医療の現場における虐待や権利侵害を防ぐためには、精神医療オンブズマン活動などを実施する、行政とは独立した権利擁護機関の恒常的設置が、大阪府だけでなく、全国レベルで求められている事がわかる。
精神科医療の現場における虐待や権利侵害の防止は、予算云々の話以前の、最低限の人としての権利を護るために必然的な事である。それを守ることは、入院者の人間としての誇りや自信の回復につながり、結果早期退院につながっていく為、医療費の削減にも結果的につながる。私たちは今回の教訓から、精神科病棟における虐待防止のためには、第三者の病棟訪問活動の国事業化、ならびに都道府県レベルの、行政から独立した権利擁護機関の設置が今後の大きな課題である、と認識している。そして、大阪府のように行政(精神保健福祉センター)が事務局として、権利擁護機関と当事者団体、病院や各種の職能団体、学識経験者からなる「連絡協議会」を構成し、そこで訪問活動の内容を整理・検討・情報公開していくことにより、精神医療の現場における虐待や権利侵害は確実に減少し、その品質は向上していく、と確信している。