学校内における児童・生徒の虐待についても、これまで問題として浮かび上がっている。教職員による体罰等は、そうした問題の一端であり、最近のいじめ等の問題においても教職員の人権意識が課題となっている。ただし、学校には、虐待を発見する機能もあり、教職員の人権意識を高めることで、その役割が徐々に成果を上げつつあるように見える。
学校における児童・生徒の虐待防止において、学校及び教職員に求められる役割には、虐待への気づきと虐待的な状況に置かれている子どもへの教育的な援助の2つがあると言われる。平成16年の改正児童虐待防止法により、どの子どもにも虐待を受ける危険性があるという認識に立ち、早期発見を目指して、虐待が疑われる場合には、関係機関への相談と通告を行うことになった。また、虐待を受けた子どもに対して、学習指導や生徒指導(生活指導)等を通じて学校生活全体を支援していくことが重要である。それらは、児童生徒から見て、「安全で安心だと思えるようにする」ことであり、「わかる授業で学ぶ楽しさや充実感を味わうことのできる」学校である必要がある。
学校は、すべての子どもが受けることのできる教育サービスであることから、教職員は日常的に子どもと接する機会があり、早期発見につながる役割が大きい。実際、東京都福祉保健局の平成17年度の「児童虐待の実態Ⅱ」の調査では、年々増加する児童虐待の実態に対して、「学校」は虐待の第一発見者及び児童相談所への通告者として、「近隣知人」に次いで多い結果となっている。また、虐待を受けた子どもの特性や出生の状況においては、特別な事情のない子どもが大きく増加しているものの、障害のある児童・生徒の虐待についても増加が見られる(図1~図4)。
図1 児童虐待相談受理件数の推移
図2 第一発見者(抜粋)
図3 児童相談所への通告者(上位3位)
図4 被害待児が持つ特性と出生の状況(複数回答)
※ グラフは、東京都保健福祉局から平成17年12月20日に発表された「児童虐待の実態Ⅱ ~輝かせよう子どもの未来、育てよう地域のネットワーク~」から引用。図2及び図3は、平成13年度の調査との比較となっている。
虐待の早期発見の努力義務は、個々の教職員のみならず、学校組織にも課せられていることから、学校は、虐待防止の校内体制を整備することが求められる。学校には、学級担任だけではなく、校長、教頭(副校長)、養護教諭、スクールカウンセラー、特別支援教育コーディネーター、生徒指導主事(生活指導主事)等の様々な職種や分掌業務がある。そこで、学校組織として校内での連携体制を構築し、それぞれの役割を意識して、虐待の早期発見に努めることが求められる。
学校が組織的な対応をするためには、管理職の役割は大きい。学校経営計画の中に虐待防止及び人権尊重について明確な方針を位置付け、教職員の役割分担を位置付けることや校内研修等により共通理解の場を設けること、関係機関との連携を率先して行うことなどがあげられる。
生徒指導主事(生活指導主事)は、非行生徒や不登校の児童生徒とかかわる機会が多いことから、その背後にある虐待に気づく立場にある。生徒指導・生活指導として、不登校、いじめ、問題行動等の指導体制において、虐待の発見を明確に位置付けておくことが求められる。また、職員・保護者への啓発活動を行うとともに、関係機関との連携の促進を図ることが必要である。
学級担任は、日常的に子どもに接する立場にあるため、その変化に気づきやすい。子どもの言動、身体の傷、服装等の異常等に注意を払うことが求められる。また、それらに気づいた場合に、一人で抱え込むことなく、校内の組織体制に従って、早期に相談をすることが必要である。
養護教諭も学級担任同様、発見及び気付きに近い立場にある。健康診断をはじめ、けがや体調不良等の相談に日常的に対応しているからである。健康診断や毎朝のバイタルチェック等では、身長や体重測定、内科健診等で、子どもの状態を把握しやすい立場にある。また、体調不良等を訴えて、保健室へ来る子どもの状態を観察することで、虐待に気づくことが多い。
平成19年度の改正学校教育法により、小中学校及び特別支援学校には、特別支援教育コーディネーターが配置されるようになった。近年は高等学校にも配置される自治体も見られる。コーディネーターは、特別支援教育を実施するために、校内体制である校内委員会を組織し、関係機関との連絡調整を行う役割がある。生活及び学習において支援を必要としている児童生徒の指導体制や支援体制を構築する役割があることから、虐待の事実にも気づく可能性がある。また、そうした場合に子ども家庭支援センター・児童相談所等の地域の関係機関との連携を図る中核的な存在としても期待される。
スクールカウンセラーは、問題行動や不登校を示す児童生徒の相談にかかわることから、その背後にある虐待に気づくことが多い。学校や地域によりその活動や位置づけには違いがみられるが、虐待の気づきを教職員へ伝える体制を構築しておくことが求められる。
学校内の職種や分掌業務により、虐待防止に向け上記のような役割が求められる。そこで、教職員による虐待の早期発見に向け、以下のような具体的な資料を用意している教育委員会・自治体もある。
(チェックリスト:東京都教育委員会「人権教育プログラム(学校教育編)平成20年3月より)
以下の内容を確認し、虐待と思われるときは、児童相談所等に通告する体制を整えることが必要である。
全ての教職員が、こうした観点を持つことで、早期発見が可能となり、通告義務を果たす ことができる。次は、そうした事例である。
事例1(特別支援学校)
A 君は、母親と妹との3人暮らしであり、中学部2年生であった。車いすを使用しての登校であったが、衣服に動物の毛がいつもついていること、朝食を食べていないことなどが、保健室の養護教諭、学級担任から指摘された。学部及び学年 会での情報収集を経て、管理職及び特別支援教育コーディネーターもはいり、支援会議が開催され、児童相談所への通報となった。保護者への連絡や児童相談所への連絡をコーディネーターが担当し、生徒への生活上の支援及び学習支援については担任及び養護教諭がおもに担当した。
その後、A君は児童施設への一時保護となり、現在他校の高等部に在学中である。
事例2(特別支援学校)
Bさんは、高等部1年、母親と兄、弟の4人暮らしである。きょうだいは、就学前に、父親の暴力を受けており、今もそのときの記憶が残り、男性の大きな声を聞くと身がすくむことがある。最近、父親が2ヶ月に1回、母親を訪ねてくるようになり、怖くて自宅に帰れないため、夜遅くまで公園で過ごしてから、部屋に戻ることがある。父親は、昼間から酒を飲み、数日するとまた出ていくため、生活保護費をあてに母親を訪ねているようである。中学校までは、そうした事実に気づくことがなかったが、Bさんが友達に相談したことから、担任が気づくことになった。学校は、特別支援教育コーディネーター、スクールカウンセラーによるBさんとの相談を実施し、事実の把握をしたうえで、保護者との相談を学級担任が行い、福祉事務所及び子ども家庭支援センターとの支援会議を開催した。父親の訪問を拒否できるように家族への支援を行い、父親の訪問時にはBさんの緊急避難としての短期入所が行われた。
家庭等における虐待を早期発見する上での学校の役割等について述べてきたが、教職員による児童生徒への虐待が起こることもある。児童生徒が教職員の指示に従わなかったりしたときに、無理やり言うことを聞かせようとして体罰に及ぶことがある。また、肉体的な苦痛を与えるような懲戒も体罰に該当する。児童生徒の心を傷つける乱暴な言動や不用意な言葉なども人権侵害にあたる。
このような体罰や人権侵害は違法であることを、学校及び教職員はあらためて認識することが必要であり、日ごろから人権感覚を磨くとともに、教員の専門性である指導技術の向上に努めることが必要である。具体的には、児童生徒の考えを共感的に受け止める、児童生徒の能力や特性に応じた話のスピードや視覚情報の活用などわかりやすい説明をする、児童生徒のコミュニケーション能力を文章・イラスト・写真・身振りなどを使用して高める、児童生徒が理解し納得しているかを確認するなどのことが考えられる。
また、学校における児童生徒へのセクシャル・ハラスメントの防止も重要な点である。近年、こうした人権侵害を未然に防ぐために、学校等に相談窓口を置いたり、校内に相談員を 選任するように求める教育委員会・自治体が出てきている。
しかしながら、校内における体罰やセクシャル・ハラスメントについて、教職員間で指摘したり改善することが難しい状況が指摘されることがある。教室内や授業場面での同僚の目撃がなかったり、明確な根拠がない場合など、指摘や改善に躊躇する場合が多い。また、同僚でもキャリアのある年上の教職員に若い教職員が指摘しづらい雰囲気もある。こうした状況を打開するためには、日常から教職員自らが研修を行い、人権感覚を磨くとともに、学校評議員に代表される学校評価や生徒及び保護者による評価や外部評価も含めた開かれた学校運営を行う必要がある。
虐待を受けた児童生徒及びその保護者は、こうした事実が起こると具体的な相談方法や相談相手に悩むことが多い。学校及び教職員との信頼関係が損なわれることを心配し、直接相談できないこともある。既に述べてきたように、校内体制の整備として、相談窓口や相談担当者を明確にし、児童生徒・保護者に周知することが大切である。その際に中心となるのは、従来より体罰防止等の役割を担ってきた生徒指導主事・生活指導主事であろう。また、近年、特別支援教育コーディネーターが配置されるようになり、学校の中に相談窓口を設けるところも多く見られるようになってきたため、コーディネーターがこうした虐待についての本人・保護者の相談窓口として機能することも考えられる。
特別支援教育コーディネーターは、幼稚園、小中学校及び高等学校と特別支援学校に配置されているが、所属先によりその業務・役割がやや異なる。すなわち、幼稚園、小中学校及び高等学校では、校内の幼児児童生徒への支援をするための校内委員会を組織し、外部関係機関の協力を得ながら、支援及び指導を実施する。コーディネーターは、その際の関係者の連絡調整及び進行管理を担当することになる。一方、特別支援学校では、校内の児童生徒への支援とともに、地域の小中学校及び高等学校等の関係機関を支援することもその役割として位置づけられており、地域の特別支援教育のセンター的機能を果たすことが期待されている。特別支援学校に所属するコーディネーターは、地域の小中学校等からの要請に応じ、小中学校の巡回訪問や相談を数多く実施している。
教職員が、自校内部において職員同士の指摘・改善を十分に行えない可能性があることについては触れた。こうした状況で、特別支援教育コーディネーターには、今後の学校内における自浄作用を果たす役割があると思われる。特に、特別支援学校のコーディネーターと小中学校等のコーディネーターが連携し、人権侵害についての研修と実際の相談等について担当することで、学校の壁やキャリア及び年齢の壁などを越え、虐待の課題解決に向けて関係機関の連携による新たな可能性を生むと思われる。虐待問題に対応するためには、子ども家庭支援センター、保育所・幼稚園、学校、児童館・学童クラブ、保健所、児童委員・主任児童委員などの地域の関係機関等が協力して、子どもと家庭の24時間を支援していく必要がある。そのためには、個人情報の保護と情報共有の観点から「要保護児童対策地域協議会」を市区町村で設置することが必要である。
また、虐待を防ぐためには、保護者の窮状や家庭の小さな変化等に早期に気付くことが必要である。日頃から、地域の中での子育てや家族の社会とのつながりを作るための働きかけを行い、気軽に子育てについて相談できる環境を整えていくことが重要である。その際に、一人ひとりの児童生徒を関係機関の連携で支える「個別の教育支援計画」を保護者と学校が中心となって作成し、活用することが望まれる。特別支援教育コーディネーターは、この「個別の教育支援計画」の作成・活用におけるキーパーソンでもある。したがって、今後、特別支援教育コーディネーターを対象とした児童虐待及び人権擁護のキャリアアップ研修が行われることを強く期待したい。
参考文献