関哉直人、杉浦ひとみ
虐待の事実が明らかになったとき、刑事告訴や刑事告発を考慮しなければならない事案は少なくありません。緊急的な対応が必要な事案については、警察が第一次的な相談先になる可能性があります。
刑事告訴等を行う目的は、事案の内容から刑事責任が相当な事案の他、早期に被虐待者の供述を証拠化すること、強制捜査により十分な証拠を確保すること、虐待者と被虐待者を明確に分離すること、再発を防止すること、虐待者を分離しその責任を明確化することで被害回復を図ることなどがあります。
もっとも、現実には刑事告訴等が実施されるケースは少ないといえます。その理由は、被虐待者がその障害故に被害に気づかないあるいは被害を訴えることができないまま日時が経過し、相当期間経過後に事件が発覚することが多いこと、警察に訴えても分かってくれないだろうという諦め、被虐待者本人に何度も事実を語らせることで被害を拡大化させてしまうのではないかという危惧、お世話になった方が相手だし大事にはしたくないという考え、被虐待者本人が怒りや苦痛などを十分表明しないため親や支援者だけの考えで訴えることに対する躊躇などが考えられます。
他方で、せっかく決意をして警察に訴え出ても、警察の対応が不十分でより精神的な被害を拡大化させてしまう、本人が多く語れないために立件が困難になる、虐待の日時場所について警察が特定を急ぐ余り裏付けの弱い捜査が進んでしまうなどの問題があります。したがって、実際に刑事告訴等を行っても、密室で行われることが多い虐待事件は、本人の供述の信用性が非常に大きなウェイトを占めるため、刑事事件として立件される場合は虐待者側が認めている事案等非常に限られており、立件され起訴されたとしても、証拠が不十分で無罪になることもあります。
しかし、そうはいっても刑事告訴等が必要な事案は存在します。被虐待者に障害がなければ、逮捕され、起訴され、有罪になる事案が、障害があるという理由で結論を異にしてはならないのです。また、虐待者が被虐待者の障害を利用して虐待行為を繰り返す悪質な事案は少なくありません。そのような事案は、刑事事件という枠組みの中で厳格な責任追及がなされなければなりません。
そこで、刑事告訴等を行った場合の上記弊害を除去するために、まずは警察官に対し、適切な聴き取りにより本人の被害状況を正確に聴き取ること、及び本人に二次被害を与えないようにすることを目的とした申入れを行うべきです。申入れに際しては、本人の障害の内容や障害特性と併せて、当該障害種別に応じた取調べにおける留意点、及び、本人の障害特性に応じた取調べにおける留意点等を、担当警察官との面談あるいは書面を通じて申し入れるといいと思います。ここでは、警察庁が平成19年11月に作成、配布した「触法調査マニュアル」が参考になります。このマニュアルには「知的障害」「発達障害」という項目があり、それぞれの障害特性に応じた取調べにおける配慮事項が記載されています。触法調査とは14未満の少年に対する警察の調査をいいますが、知的障害や発達障害とは生活年齢とは関係なく、成人になっても共通する事項が多いため、また、当該マニュアルは少年課に限らず広く全部署への周知が呼びかけられているため、申入れに際しては、当該マニュアルを参考にした申入れが有効です。
また、現在では、警察官にも「司法面接」の技法を取り入れるべきだという議論がなされています。司法面接とは、子どもや高齢者、障害者を対象に、事実を早期に的確に把握するための聴取りの技術であり、イギリスやアメリカにおいては、司法面接において得られた証拠は刑事裁判においても証拠として用いられています。日本でも、児童相談所や家庭裁判所を中心に、研修・研究が進んでいます。司法面接は、「ラポール(信頼関係の形成)」「自由報告」「質問」「クロージング(終結)」の4つのセクションで成り立っており、その基礎を学ぶことは難しくありません(参考文献: 仲真紀子訳「子どもの司法面接」(誠信書房、2007年))。警察官に対して、本人の自由報告を意識した事情聴取と供述調書化を心掛けてもらうためにも、司法面接の観点を踏まえた申入れをされることが望ましいといえます。
なお、平成20年12月1日から、刑事事件に被害者参加制度が導入されました。被害者参加制度は、殺人、傷害、強制わいせつ、強姦、監禁等一定の犯罪について、被害に遭った人が検察官を通じて刑事裁判への参加を申し出る制度です。参加が認められると、公判期日に出席すること、検察官の権限行使に関し意見を述べ説明を受けること、証人に尋問をすること、被告人に質問をすること、事実関係や法律の適用について意見を陳述することができます。弁護士に委任してこれらの権限を行使することもできます。また、同日、前記同様の一定の犯罪を対象に、損害賠償命令制度が導入されました。これは、刑事手続内で(民事提訴を行わずに)損害賠償を行える制度で、刑事裁判の結審までにで有罪判決が出た後、刑事事件と同じ裁判官が刑事記録を利用して4回以内の審理を行い、損害賠償の決定を出せるという制度です。申立費用は一律2000円であり、申立者の負担の軽減や審理の迅速化が図れることが期待されています。但し、刑事事件で起訴され、有罪判決を受けたことが前提であり、また、被告人側から異議があれば通常の民事訴訟に移行します。
民事訴訟においても、先に刑事訴追の項で述べた内容と同様、障害のある被虐待者が被害を訴えることの困難性が伴います。民事訴訟においても、被虐待者本人の供述の信用性が必ず争点となります。
また、民事訴訟は刑事訴訟よりも長期化することが多く、周囲の継続的な支援もより必要となってきます。
しかしながら、本人の被害回復、真相解明、再発防止の観点からは、民事訴訟を起こさなければならない事案もあります。
民事訴訟が適している事案は、継続的・反復的な虐待行為が行われている事案(刑事事件では証拠が十分な特定の日時場所での虐待行為だけが立件されることが多い)、金銭的な被害回復も合わせて必要な事案、施設や企業における虐待のように、虐待者個人の問題にとどまらず虐待者側の組織的な問題性や社会的な問題性を問うべき事案などが考えられます。
民事訴訟における証明の程度は、刑事訴訟ほどは要求されないといわれています。すなわち、刑事訴訟では、「合理的な疑いを容れない程度」といって、常識的に考えてこの人が罪を犯したと疑いを差し挟まない程度に心証がとれて初めて有罪の判決を下すことになりますが、民事訴訟においては、「証拠の優越」といって、原告と被告のどちらの言っていることが合理的で信用できるか、という相対的な観点で結論が出されるとも言われています。また、刑事訴訟では、犯罪行為が行われた日時・場所を特定することが要求されますが(これが不十分である場合無罪判決が言い渡されます)、民事訴訟では、必ずしも日時・場所の特定が必要とされないとも言われています。このことは、日時や場所等の周辺事実の記憶力が十分ではない知的障害のある人の被虐待事件においては、非常に重要な事実です。
例えば、段ボール工場で働いていた知的障害のある人たちが、社長から性的虐待等を継続的に受けていた水戸アカス紙器事件の判決は、「知的障害者の供述特性を踏まえれば、虐待を受けたという事実そのものに変遷がなければ、時間、場所、その他回数等の周辺事実について特定できず、供述が変遷したとしても、被害を受けたという供述の信用性は否定されない」旨述べて、原告(被虐待者)側の請求を認めています(水戸地裁平成16年3月31日判決、東京高裁同年7月21日判決)。
しかしながら、他方で、知的障害のある人や性的虐待を受けた人の特性を踏まえず、被害から時間的経過なく申告がなされた事実及び日時・場所が特定された事実のみ認定し、被害から相当期間経過後に申告がなされた事実及び日時・場所が不特定な事実については信用できないとして棄却した判決もあります(浦安事件、千葉地方裁判所平成20年12月24日判決)。
したがって、民事訴訟を提起するに当たっても、これに先立ち、十分な証拠を確保するという趣旨で、最初に聴取りを行う者が、できるだけ早期に、具体的な被害事実を聴取するために、前記の「司法面接」の観点を踏まえた適切な聴取りを行うことが必要といえるでしょう。司法面接では、ビデオ2台を用いて聴取場面を録画することで証拠化を行いますが、これが不可能な場合であっても、ビデオ1台を用いた録画、少なくともテープ録音を行うことで、聴取内容及び聴取経過が後に検証できるように証拠化しておくことは必要不可欠です。そのような証拠化の作業を行うことで、本人が法廷等で同様の被害を何度も話すことによる被害拡大を回避することができる可能性があります。
その上で、裁判の場では、障害特性を踏まえた供述の信用性評価や、障害を踏まえた精神的損害の評価などを行ってもらうべく、裁判所に働きかけることが必要になります。これらの作業は弁護士を通じて行うのが現実的ですが、後に述べるように障害者の問題に通じた弁護士に依頼することが望ましいといえます。
なお、刑事告訴等と民事提訴の双方を行う場合、並行して行う場合もあれば、刑事事件が虐待者の逮捕により先行し、刑事訴訟の結論を待って民事提訴を行う場合もあります。
示談とは、当事者の合意によって紛争の解決を行うことです。裁判ではなく示談が適している事案とは、例えば、被虐待者も虐待の事実を認めている事案、謝罪や再発防止策の具体化など金銭的解決以外の解決内容を求める事案、前記で述べたような裁判による不利益を回避したい場合などが考えられます。もっとも、虐待者との関係を悪化させたくないという理由だけで裁判を断念するのは本人の気持ちを無視することにもなりかねないため、弁護士等の専門家の意見を踏まえた慎重な判断が必要になります。
示談は法律の厳格な適用が要求されないので、証拠が不十分な場合でも合意に至る場合や、裁判を起こすよりも高額な解決金で話合いがまとまることもあります。また、事案に応じた柔軟な解決が可能であり、再発防止に資する点でも有効な場合があります。
仮に当事者間での任意の示談が成立しない場合でも、示談に類する手続として、簡易裁判所の民事調停や、各地の弁護士会が実施している紛争解決センターや仲裁センター、示談あっせんセンターなどの利用が考えられます。これらの手続では、第三者が介入して話合いが行われるため、当事者の負担の軽減が図れるほか、客観的にも適切な合意内容が形成できるメリットがあります。
虐待を受けることは人権侵害でもあります。侵害された人権の救済をはかるために、無料で相談を受け調査を進めて、人権侵害の事実が明らかになった場合には、侵害先に働きかけをします。人権救済手続は、下記の2つの機関が行っています。
①法務局が実施する人権救済制度
②弁護士会が実施する人権救済制度
なお, 平成6年度から,「いじめ」, 体罰, 不登校などの子どもをめぐる人権問題に適切に対処するため, 人権擁護委員の中から子どもの人権問題を専門的に取り扱う「子どもの人権専門委員」が設けられ, 全国で約950名の専門委員が活発な活動を行っています。
子どもの人権に関する相談『子どもの人権110番』
(全国共通フリーダイヤル0120-007-110)
必要があれば聞き取りのために、呼出もあります。虐待している側の調査もします。
※一定の事件(「特別事件」)について手続を開始したときは, 法務局長は人権擁護局長に, 地方法務局長は人権擁護局長及び監督法務局長にその旨を遅滞なく報告しなければならない。
ただし、法務局長又は地方法務局長は, 人権侵犯の事実があると認める場合であっても、事情によっては以上のような措置を猶予する決定ができる。
新規救済手続開始件数 21,506件 (対前年比0.8%増加)
○処理件数 21,672件 (対前年比2.1%増加)
デイサービスを利用していた被害者が自宅に戻ると相手方息子から虐待を受けるので自宅に帰りたくない旨話していると, 市の福祉部門から富山地方法務局に通報があり, 調査を開始した事案である。
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調査の結果, 母親は, 引き続き息子と一緒に生活したい気持ちがある旨供述し, 相手方息子も母親に暴力を振るったことを反省している態度が認められたため, 同局が, 母親と息子の双方の間に入って親子関係を調整したところ改善 が図られた。(措置:「調整」)
下肢に障害があり, 歩行補助のため「杖」を常時利用している被害者が,フィットネスクラブに会員登録した後で施設の利用を拒否されたとして, 京都地方法務局に被害申告した事案である。
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調査の結果, 同施設は, 被害者が杖を常用していることを承知しながら会員登録を認めたものの,その後に施設内での杖の使用を禁止し, 会員利用規約についてもその旨を付加する改訂を行うなど, 一律に施設の利用を拒否する差別的取扱いを行ったことが認められた。
京都地方法務局長は, 当該施設を経営する法人に対して, 障害のある人の社会参加促進のために特段の配慮をするよう説示した。(措置:「説示」)
知的障害者更生施設の職員が, 入所者に対して虐待を行っているとの情報提供を受けた長崎地方法務局が, 福岡法務局, 法務省人権擁護局及び長崎県と共同して調査を行った事案である。
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調査の結果, 同施設職員が, 複数の知的障害者に対して, 頭部等を殴打する虐待や不当な身体拘束を行っていたことが認められたほか, 同施設を運営する法人の理事長が, 施設入所者からの預かり金を不正に使用する経済的虐待を行っていることも判明した。
長崎地方法務局長は,身体的虐待を行った職員及び同職員を指導監督する立場にある施設長に対して, 再発防止に努めるよう勧告した。また, 法人の理事長を業務上横領罪で刑事告発するとともに, 同法人に対して, 同種事案の再発防止に努めるよう勧告した。(措置:「勧告」「告発」)
介護施設において入所者に対する不当な身体拘束が行われているとの報道を端緒として, 千葉地方法務局が, 東京法務局と法務省人権擁護局と共同して調査を行った事案である。
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調査の結果, 同施設の管理者である事務長は, 事故防止のためとして, 職員らに指示し, 入所者に対して, 夜間一律に金属製の金具を両手首に取り付けるなどして不当に拘束する虐待を行ったほか, 別の入所者に対しても, 一律にベットの周りを金属製のペット用の柵で囲い,かつ, 夜間は柵の扉を固定するなどして行動を制限する身体的虐待を行っていたことが認められた。
千葉地方法務局長は, 同施設を運営する法人及び施設の管理者である事務長に対して, 同種事案の再発防止に努めるよう勧告した。(措置:「勧告」)
男子生徒が「いじめ」を苦にして自殺したとの報道を端緒として福岡法務局が調査を行った事案である。
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調査の結果, 同生徒が入学当初から深刻な精神的苦痛を受けていたことに加え, 同校教諭が「いじめ」を招きかねない不適切な言動・対応を行うなどしていたにも係わらず, 学校は「いじめ」の存在を認知することなく,また「いじめ」防止を学校全体で取り組む体制を十分に整備していないことが認められた。
福岡法務局長は, 相手方教諭に対して説示し, 当時の学校長に対しても再発防止に努めるよう説示するとともに, 現校長及び町教育委員会に対しては, 再発防止についての実効ある措置を要請した。(措置:「説示」「要請」)
保育所職員が園児に虐待を行っているとの報道を端緒として, 松江地方法務局が調査を行った事案である。
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調査の結果, 同保育所の職員らが, 園児に対し,リレー競技用のバトンで頭部を殴打したほか, 平手で両頬を殴打するという虐待を行ったことが認められたので, 同人らに対して「説示」した。
また, 同保育所の管理者である所長自身も, 園児を突き飛ばし転倒させる虐待を行っていたことが認められたので, 松江地方法務局長は, 同所長に対して,自らの行為の不当性を認識し自戒するとともに職員に対する指導・監督を徹底し,同種事案の再発防止に努めるよう勧告した。(措置:「説示」「勧告」)
「ぶるーくろす癒海館(ゆかいかん)」(千葉県浦安市)の入所者虐待疑惑で、千葉地方法務局と東京法務局が、「重大な人権侵害の疑いがある」として、虐待が疑われる事案に対して人権侵害の調査救済手続きを開始したことが分かった。千葉地方法務局は、毎日新聞の報道で疑惑発覚後、千葉県と浦安市に職員を派遣して情報収集していた。人権侵害の事実が確認され次第、刑事告発、関係行政機関への通告などの措置に踏み切る方針だ。両法務局は28日、手続きの一環として、虐待を告発した元職員から約3時間にわたり施設の運営実態などについて聞き取り調査した。昨年11月ごろ、30代の障害者の男性がペット用の柵(さく)に入れられたケースや、金属製の手錠で男性入所者が拘束されたことなど、個々の身体拘束事案についても詳細に聞き取った模様だ。・・・
阪急電鉄(大阪市)の駅の時刻表が、次回のダイヤ改正から色覚障害者にも見やすいものに変わることになった。色覚障害のある京都市の白浜徹朗弁護士(48)の人権救済申し立てを受けて調整していた京都地方法務局が3日、発表した。阪急広報部は「京都線に新駅が設立される2010年春ごろにダイヤ改正の予定があり、そのころまでに変更を検討する」としている。
申し立てによると、白浜弁護士はことし3月、「特急を赤、準急を緑で色分けした時刻表は判別しにくい」と改善を要求。阪急は「以前からの表示で定着している」と回答したため、4月に救済を申し立てた。
法務局は独自の調査で、この色分けでは茶色1色に見えて救済が必要と判断した。法務局は「別の会社の時刻表にも同様の問題があり改善が望ましい」としている。
これに先立ち、阪急は、関西大手私鉄5社で勉強会を開き、改善を検討、9月に表示の改善を法務局に伝えたという。
弁護士会による人権救済制度は
①日本弁護士連合会(日弁連)が行うもの
②地方の各弁護士会で行うもの(各府県に弁護士会が一つあります。北海道と東京には3つあります。単位会ともいいます)
行う内容はほぼ同じですが、日弁連は、全国的な内容、重大な内容について扱うことが多く、地方の事件が申し立てられても、その地方で調査を行うことが適当な事件については、各単位会へ移送します。地方の単位会に申し立てられた事件は、そのまま単位会で扱います。
日弁連人権擁護委員会の人権救済制度について説明します。
①申立
形式は決まっていませんが、申立人と相手方、侵害行為については書面に書いて提出するのが適当で、詳しくは日弁連人権部人権第1課へお問い合わせください。
〒100-0013 東京都千代田区霞が関1-1-3
TEL : 03-3580-9841(代)FAX : 03-3580-2866
②受理
③予備審査 調査をするかどうかの審査で、調査相当の判断がでると調査へ
④調査人権の種類によって、いくつかの専門部会に属する委員が数名で調査員会を作ります。
申立人からの聞き取り
相手方からの聞き取り
関係機関への照会
⑤結果
⑥人権救済事例 ホームページで過去のものが20年分掲載されています
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/hr_case/index.html
2008年 5月27日 茂原捜査報告書捏造事件(警告・勧告)
2008年10月24日 レッド・パージによる解雇に関する人権救済申立事件(勧告)
2008年11月 7日代々木公園路上生活者人権救済申立事件(警告)
⑦地方の各弁護士会
各弁護士会に人権擁護委員会があります。弁護士会に問い合わせていただくと、日弁連の人権救済制度とほぼ同様の手続きになっています。
一般的にいうと、法務局は国の機関なので、国や公共団体を相手にする救済事件については、積極的な判断が期待しにくいという点が上げられます。
また、個別のケースにとどまらない制度、施策に関わるケースでは、弁護士会は司法の一翼として、大きな視点からの判断をすることができます。
刑事告訴等や民事提訴、示談交渉を行う場合の多くは、弁護士に依頼をし、進めていくことになります。当然、いずれの手続においても、弁護士の役割として、本人の障害特性を関係機関に周知させ、自らも障害特性に応じた弁護活動を行い、本人の今後の生活をも含めた「福祉的」活動を行うことが要請されるため、障害の分野に詳しい弁護士がついてくれることが望ましいところです。
しかしながら、全国に障害分野に詳しい弁護士は相当限られていますので、弁護士選びをするときのひとつの指標として、その弁護士が「高齢者・障害者」に関する委員会に所属しているか、という観点があります。全国各地の弁護士会には、高齢者・障害者に関する委員会が設置されており、そこに所属している弁護士は、福祉的な観点で仕事をした経験のある弁護士か、その意欲がある弁護士が大半です。また、刑事手続きに関することであれば、その弁護士が弁護士会の「刑事弁護委員会」に所属していれば心強いかもしれません。もっとも、そのような委員会に所属していることが重要ではありません。高齢者・障害者に関する委員会に所属していたとしても、高齢者問題しか扱ったことがなく、関心がない、という弁護士が少なくありません。あくまで指標として参考にしてください。
大阪弁護士会の「高齢者・障害者総合支援センター(ひまわり)」では、全国に先立ち、知的障害のある人らの障害特性を理解した上で刑事弁護を行う専門弁護士を養成するという取組みを始めています。一定の研修を受けた弁護士を名簿に載せて、新聞・ニュースになった事件などを対象に障害のある人が被疑者になったときに当番弁護士として派遣する仕組作りがなされています。このような取組みをしている弁護士会であれば、弁護士会を通じて障害に詳しい適切な弁護士が紹介してもらえるかもしれませんが、まだ全国的な取組みとはなっていません。
障害分野に詳しい弁護士につながる方法として、当事者団体や親の会を通じて、面識のある弁護士につないでもらう、という方法もあります。全日本手をつなぐ育成会のように、知的障害分野に取り組む弁護士の法律相談を行っているところもあります。
また、各地の行政の障害福祉窓口や、社会福祉協議会では、障害分野に詳しい弁護士を知っている場合があります。このようなネットワークを通じて、顔の見える弁護士につなげることができれば、事件終了後の継続的支援も含めた充実した活動が期待できるかもしれません。