―まとめにかえて―

渡辺登美子(ハスの実の家 施設長)

1. はじめに

(1) 今回の調査のねらい

「地域生活移行」が強調されるようになったのは自立支援法の成立から大きくさかのぼる。グループホームの制度化(89年度)以前から、入所施設を出て町の中で暮らすとりくみが全国各地で始まった。施設を利用している障害当事者の普通に暮らしたいという願いと、その願いを実現させたいという関係者の熱意がひとつになり、日本にノーマラィゼーションを根付かせる萌芽となった。その後の「当事者の声を中心に」という世界的潮流のなか、日本における障害者福祉も入所施設偏重から地域生活移行に大きく転換をせまられている。いまだ4人部屋が多く存在し、24時間を同一敷地内で過ごさざるをえない生活環境。本人の意思よりも家族の意向で入所が決定され、一生を入所施設で暮らすことを余儀なくされている実態に対して、これでいいのだろうかと問い直す、絶好のチャンスではないだろうか。

当初自立支援法では「普通に暮らせる地域づくり」を掲げ、6ヵ年障害福祉計画では地域生活移行の数値目標が示された。また入所施設も昼間(日中活動)と夜間(居住)の2事業に分かれる体系図が示されたが、いつのまにか、財政上のしくみが変わるだけに後退してしまった。この背景には自立支援法成立時の福祉予算縮減という大前提がある。抜本的改革に踏み込もうとすれば、地域に暮らしをシフトするための居住の場や日中活動の場の整備施策が必要になる。運営面でも安上がりになるどころか、かえって費用がかかるといった財政的課題が明らかになった。一方、事業者団体からの改革を押しとどめようとする政治的な動向もあって、自立支援法3年見直しの中身を見ても、入所施設は改革どころか放棄されてしまった感が否めない。

(2) 「入所施設は変革をおそれるな」のテーマに込めた想い

自立支援法の新体系移行とは、そもそも何をどう新しくしようとしているのか。なかでも居住系事業の施設入所支援に関して、国の施策意図が全く見えてこない。施策誘導の意図が伝わらない上に、3年経過しても移行率が2割に満たないのは、事業所側が移行による減収の不安のみ強く抱いているからだ。

一方、障害者支援施設に移行した事業所が、利用者の生活の質になんらプラスを及ぼさない事業名のすげ替えで終わったとしたら、それでよしとしてしまってはいけない。国施策に右往左往するだけではなく、利用者の願いに一番身近なところにいる我々事業者が、現場の課題を直視し、この時期に何を一番大切に掲げて展望を作り出すのか。変革に果敢に挑戦する法人のとりくみから学び、多くの事業関係者が共通の課題と目標を共有することから、この国の入所施設の変革が始まると思う。

2. 調査結果から把握できたこと

2008年9月に実施した全国の知的障害者入所施設に対する第1次アンケート調査では971件より回答(57%)、11月に実施した新体系移行済みの施設に対する第2次アンケート調査では118件より回答(37%)をえられた。非常に高い回収率により、入所施設の実態をかなり正確に把握することができた。また、入所施設の新体系移行に対する関心の高さ、今回の調査への期待を痛感した。

(1) 移行に進めない理由から

移行に進めない主な理由である、収入不安、区分不安(それぞれ60%)は、予測されたとおりである。そして、その不安を解消する方法が見つからずに「状況待ち」と回答した事業所の80%の数字をどのようにみたらよいのだろうか。今回の調査結果を読み取り、移行ビジネスモデルからヒントを得てほしい。

(2) 移行した事業所の傾向

入所・通所・ホームの3事業を原則運営している「総合型経営」事業所ほど移行に踏み切っていることが分かった。歴史的に見ても、地域のニーズに応えてきた法人の蓄積あるところほど移行を進めているといえよう。障害程度別でみると重いほうが軽いよりも、定員規模別で見ると中規模、大規模より小規模のほうが移行率が高い傾向にある。経営戦略を移行理由として明確に回答している事業所が多いことから、「状況待ち」ではなく、困難をおそれず経営戦略を持ちえるかどうか、法人の姿勢が問われている。

(3) 移行に伴う変化

① 地域生活移行との関連性について、

重度者の割合が高いところほど施設入所支援にとどまる傾向が強く9割を超えている。一方GH移行割合は軽度利用者ほど高く、移行率10%を超える事業所は28%である。また移行済み事業所ほどGH整備が進んでいる。

② 日中活動支援について

ほぼ100%が「生活介護」事業を選択しているが、軽度利用者の割合が高い、大規模施設ほど多様な事業選択をしている。また、経営類型別にみると、多様性が目立つのは「超総合型」と「地域居住型」である。

③ 施設整備状況

約半数が移行と同時に施設整備に着手。特別対策の基盤整備事業をは移行推進をはかる上で効果的だったといえよう。しかし、半数はなんら環境整備に手をつけず移行したことになる。整備内容は入所改修とGH整備の割合が高い。入所改修の内容は個室化20%、ユニット化が12%。日中活動の場の整備割合は低く、70%が既存のままと回答。

④ 定員の減少はすすんだか

30%が新体系移行に伴い、入所施設定員を減?させている。減少が目立つのは、超総合型、総合型、と公立施設(事業団、社協立を含む)である。

変化なしの60%の数字から、依然として入所施設の待機者がいるという社会的背景、および地域生活移行を推進しても、定員を削減しては経営的に成立しないという事業者側のジレンマが読み取れる。

(4) 移行後の経営変化

① 収入・支出・収益の変化について

●移行後の収入は障害程度区分による違いが顕著に現れた。1次調査では、平均区分4.5を分析指標として障害種別で集計した結果、授産と更生では明らかな差異があった。区分4.5以上の比率は授産24%、更生68%であり、収入変化は反比例し、授産では62%、更生では27%が減収と回答している。

●2次調査ではさらに詳しく収入、支出、収益の変化について調査項目を設定し、分析をした。62%が収入増との回答を得られたが、支出増も多く、結果的に収益増は50%であった。 障害程度区分を以下のように分類し、収益パターンを集計した。

・平均区分5以上を重度(34事業所)

・平均区分4.5以上5未満を中度(36事業所)

・平均区分4.5未満を軽度(43事業所)

その結果、重度では、収入・支出・収益ともに増が多く77%。中度でも69%が増収となっている。増収理由をさらに詳しく拾い出すと、もともと区分5,6の利用者が多いとの回答に加え、障害程度区分の調査時の努力、重度利用者の新たな獲得が続く。

しかし、軽度になると、69%が収入、収益ともに減の回答となっていることから、障害程度区分4.5がひとつの境目と読み取れる。減収理由項目では、障害程度区分以外に、入所利用者数の減、日中活動収入の減、日割りによる減など複数回答が目立った。

② 多角的展開の内容

以上の分析から、区分5以上の事業所の場合、増収は間違いないと言えるが、区分4.5未満の事業所では減収の予測が高くなる。(6~7割)だからといって、移行を先延ばししても始まらない。今回のモデル事例のように、多角的展開を進めながら、増収を図っている事業所も数少ないが存在する。

3. 報告会を終えて~モデル事業の工夫から学ぶ~

(1) モデル事業所の類型

① 入所授産施設からケアホームに全面転換

超総合型経営の足羽福祉会が運営する「足羽ワークセンター(旧定員50名、分場22名)平均区分2.8」は、入所授産施設時代より段階別自立支援体制の具現化を図ってきた。サテライト型の就労支援(通所分場)および地域生活支援(グループホーム)を拡充してきたが、自立支援法をきっかけに施設本体を改修。2階部分の居住スペースの個室化を実現したうえで、50名定員を31名に減らし、3ヶ所のグループホームを開設。より市街地にサポートセンターを新たに確保し、就労移行支援事業と地域活動支援事業(休日の余暇支援を中心として地域活動支援センターおよび長期休暇の児童対象にした日中一時支援)に積極的に取り組んでいる。こうした積極的な事業展開により、利用者数も旧法入所授産施設定員72名から、居住で14名増、日中活動で登録者数の大幅増となり、経営的にも増収に転じさせている。

② 入所更生施設を廃止して、ケアホームに全面転換

入所授産施設よりも障害が重い人が利用する入所更生施設では、障害者支援施設に移行している事業所がほとんどである。その中で、ほんの一握りではあるが、ケアホームに全面転換する事業所がある。

北海道「札幌の実寮」はグループホーム制度化以前より寮内下宿から生活寮へと「人の暮らし」を追求し続け、地域分散型のグループホームを拡充してきた。支援費制度の始まりの中で、入所縮小の方針を堅持し、平成18年度より順次定員を削減。同時に地域生活の拠点として「サテライト2.6」を開設し、支援体制の整備を進めている。平成20年4月には全国に先駆けて入所施設を廃止し、ケアホーム10ヶ所での暮らしに移行した。入所施設は「この実支援センター」として衣替えし、ケアホームへの支援や日中活動事業、さらに小規模機能型居宅介護など新しい事業展開をしている。しかし、住み込み職員および世話人を配置しているケアホームの運営は厳しく、今回の報酬単価改正で減収はやや緩和されたが、人材確保に苦労をしている。

福井の「ハスの実の家(定員32名)」では、すでに法人内の通所授産、更生施設と一体的な実践を進めてきた。平成20年度に基盤整備事業を活用し、6名分のケアホーム増築工事を着工。さらに短期入所施設に5名分居住スペースを増築。32名の入所施設が2つのケアホーム合計14名として引き続き活用され、近隣の日中活動事業と一体型として運営する形態である。経営予測は大変厳しいものがあり大きな課題であった。08年度実施された認定調査の結果32名の平均区分は4.2である。今回改正された報酬単価で試算すると、ケアホームと生活介護事業との合計金額は入所施設時の収入の1.3倍、約3000万円の収入増の見込みとなる。利用者の生活も6~8名のユニット単位となってより豊かに改善されるが、ケアホームを支える職員体制は不足し、課題は残る。

③ 施設入所支援と生活介護のセット

障害者支援施設に移行した施設の中から、移行するならこうあってほしいという2施設を紹介したい。両施設の特徴は強度行動障害や矯正施設等を退所した福祉支援を必要とする人たちを対象とし、他の施設で断られてきた人たちを多く受け入れている点である。

横浜の「てらん広場」は、入所施設の果たす役割を自ら限定した上で、期限付き利用という通過型を堅持している。入所したら一生面倒見ますという従来の入所施設役割論を否定し、次々とケアホームに送り出し続けている。さらに地域再生を共通の目標に、障害者福祉の分野にとどまらない事業を展開し、地域にとってなくてはならない存在として位置づいている。

埼玉の「太陽の里(定員60名中、区分6が54名)」では、やはり施設入所支援と生活介護をセットにした障害者支援施設に移行した。結果大幅な増収となったが、それでよしとせず、生活環境改善にむけて大事業に取り組んでいる。

④ 地域生活移行を推進する自治体の役割

避けて通れないのが、昭和45年より各地で建設が始まった大規模施設、コロニーの行く末である。伊達市の「北海道太陽の園」では、40年に及ぶ地域生活移行の取り組みがある。今回現地訪問に行って、人口4万弱の小さな町に350人を超える障害者がホームなどに暮らしている様子を見てきた。わが国の障害者福祉の政策に大きな影響力を与えてきた歴史的重みを痛感したが、全国20数ヵ所あるコロニーが次に続かないのはなぜだろう。その理由を知る上で、長野の西駒郷の取り組みと比較したい。

長野県西駒郷の地域生活移行は全県あげての共同プロジェクトとして位置づけられ、県独自の推進事業が次々と打ち出された。また市町村や法人との協働作業により、現場の声が施策に反映され充実していった。平成15年からの4年間の地域移行者数は、西駒郷188名、民間施設212名、在宅261名、長野県全体で661名という効果をあげている。民間入所施設の地域生活移行に伴い、在宅者の「入所待機者」を解消させ、在宅者のニーズも地域生活へとシフトさせた。また長野県内入所施設の定員削減も確実に進み、23年度までの数値目標は14%の約450人を見込んでいる。「ライフステージかりがね(定員40名、通所10名)」の事例から、法人のとりくみをバックアップする長野県独自の補助金制度、さらに上小圏域障害者総合支援センターの果たす役割に注目したい。平成16年度に設置された長野10圏域の障害者総合支援センターは、地域生活移行システムづくりの中核的な機能を果たしてきた。そして地域にホームや日中活動の場など社会資源を整備して、ネットワークを広げてきた。この長野方式が全国に波及すると、この国の福祉はもっと大きく変わるにちがいない。

今までの事例は、早くから地域生活移行を基本方針に取り組んできた法人である。しかし、全国の入所施設のすべてがこのような蓄積を持っているとは限らない。ようやく地域移行に取り組み始めた事例として、滋賀の「あかね寮」を参考にしてほしい。トップが変われば今からでもできる。そして地域のニーズにしっかり目を向けて、関係者の同意を形成していくプロセスを踏めば、将来展望は限りなく広がることを示している。

一方、国の入所施設の定員削減、建設抑制政策が進む中、特に都市部における入所待機の切実な声も決して無視できない。大阪障害者センターによる親の意識調査結果で は、施設を求める家族の思いが切々と語られている。そうした実態をふまえて、20年近く運動してきた入所施設建設が国の政策転換により不可能になった「おおつ福祉会」の大津北部複合型施設建設計画について事例としてとりあげた。21年度から建設が始まる施設形態は、多機能型事業所と30人のユニット型ケアホームの併設である。通所施設利用者約200人をかかえる法人が、グループホームケアホーム11ヶ所をつくりながら、居住支援を進めてきた。しかし、地域分散型ではより障害の重い人への安定した生活支援ができないとして、ユニットタイプの生活拠点施設をめざしている。

(2) 共通する理念

いくつかのモデル事業所の事例を紹介してきたが、法人のそれぞれの歴史や運営経営は実に多様である。さらに、都市部や農村部といった立地条件や自治体の福祉施策の格差も大きい中で、これが最高のモデルだと言い切れるものでもない。

ただ、これらの事業所に共通するものがある。

・ 事業開始当初からより人間らしい暮らしを追求してきた。

・ いつも利用者の声を事業の中心にすえてきた。

・ 制度がない時代から必要な社会資源を法人自ら創り上げてきた。

・ 制度を最大限活用して、ピンチをチャンスに変えていく姿勢。

・ 形態としての共通は職住分離。

・ 地域の中の居住の場は、少人数。分散型のホームをサポートする機能が必要。

どの時代にも万全な制度はありえない。アンケート調査の自由記述に書き込まれているように自立支援法の不備は、不備として批判していかなければならないし、現場から制度改革に対する声を上げていかなければならない。しかし、事業者として大切にしたいのは、今日のこの日を生きている彼らの人生の伴走者として、今の願いを先延ばしさせてはいけないということだ。厳しい状況にひるまずに、希望に満ちた毎日をいっしょに創り出していく。経営戦略とは、障害福祉に携わる使命を常に問い直し、事業を発展させていくことに尽きるのではないだろうか。

4.最後に

今回の調査を終えて痛感したことは、立ちはだかる自立支援法という制度の壁を前にして、入所施設関係者の暗澹たる思いの大きさであった。しかし、その中で果敢にその壁を突き破ろうと挑戦を続けている法人の存在に出会った。少数派かもしれないが、この国の障害者福祉のありかたを切り開く先駆者の声を事業所関係者だけでなく、厚生労働省の関係者にも届ける必要がある。

家族や事業者側の不安をあおるような「施設解体論」ではなく、これなら大丈夫、いやこれなら入所施設より地域生活のほうがいいと選んでもらえる水準まで「地域生活」の中身を充実させるべきだ。要はおカネと人の配置である。また、居住の場をサポートするしくみの整備を忘れてはいけない。地域生活移行のとりくみは脚光を浴び、調査研究も活発に行われてきた。自立支援法3年見直しの中でも、地域移行のための重点施策として新メニューが登場したことは評価できる。小さな「点」に終わらせずに、やる気のあるところにどんどん取り組みを進めるような予算措置を要求したい。付け加えるならば

・ 障害者支援施設に体験型ホームの設置を義務付け、利用者全員の退所を前提とした個別支援計画の作成を進める。

・ 地域自立支援協議会等で「退所促進会議」を積極的に進める。

・ 長野県独自の「地域生活移行推進委員設置事業補助金」のように年間5名以上の入所定員を削減した事業所に対する補助を、国レベルで実施する。

などを提案したい。

さらに、障害者支援施設が従来の入所施設の名前のすげ替えに終わらせないための具体的施策を盛り込んでほしい。緊急の課題である生活空間について、ノーマラィズするために

・ 4人部屋を容認せずに、原則個室化する。

・ 居住空間のユニット化推進

・ 居住空間と日中活動空間の分離(敷地外が原則)

定員削減とセットで、これらのハード面での改善計画をもつ事業所に対して、特別対策事業の活用を指導してほしい。また、今回のケアホーム報酬単価改正のように、ソフト面でも職員配置をしっかりしている事業所に手厚い財政措置を求めたい。

長野県における成功例は、障害をもつ本人や家族、法人や自治体が共働で同じ方向に向かって力を合わせれば確実に前進できることを示している。実質的な地域生活移行システムをそれぞれの地域でどう作り上げるか、自治体もしっかりとしたビジョンを掲げてほしい。さらに国の本気が示されれば、各地に広がるはずである。

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