第1章 本調査研究の概要

1.はじめに

 『中途失明~それでも朝はくる~』は、1997 年にタートルが最初に出版した本である。1995 年に任意団体として、「中途視覚障害者の復職を考える会(通称:タートルの会)」が発足した時、27 人の視覚障害当事者が自らの経験を手記にまとめたものをひとつにし、資料とした。それを次に視覚障害となり悩む者への参考に供したいと『視覚障害をバネとして』のタイトルをつけて配布したのが母体となった。実際に本として出版するに当たり、手記の中の別のタイトル『中途失明~それでも朝はくる~』を結果的に本のタイトルとした。生きる覚悟、視覚障害という現実をありのままに受け容れるという「障害の受容」はよほどの覚悟がいる。失明をいかに受け容れて、今後の人生を前向きに生きていくか、まさにこのタイトルが道しるべの役割を果たすことになった。視覚障害当事者が当事者を励まし、元気づけ、勇気を与え、障害の自己受容を進める本として広く読まれた。

 自分が障害を受容することは次へ進むバネとなるが、家族、職場の同僚・上司、雇用側、ひいては社会全体の視覚障害への受容が進まないと、歯車が合わないというか、空回りして雇用継続や復職が円滑に進まないのである。この「社会受容」という、他者が視覚障害を理解して、受け容れてくれる環境が醸成されることが極めて重要といえる。

 そのために、『中途失明Ⅱ~陽はまた昇る~』を 2003 年に出版した。視覚に障害を受けてもいろいろな職場で働き続けられる、働いている、という事例を多く掲載し、「見えなくても、見えにくくても働ける」を世に訴えたのである。

 また 2005 年には働く視覚障害者の実態調査を兼ねて、どのような思いを持って仕事をしているか「アンケート」の形で調査し、報告書としてまとめ『視覚障害者の就労の手引書=レインボー』を発刊した。働く視覚障害者本人のメッセージは、新たに受傷する中途視覚障害者に力強い励まし、助言となっている。働き続けたいという強い意志を持ち続けること。自分から職を辞めるなどといわないこと。職場内のコミュニケーションの大切さ。仕事の創出には周囲の協力が必須。意欲、挑戦、忍耐、辛抱強さ、協調性や明るさなどの職場の雰囲気に心がける。など重みのあるメッセージが注目された。これらは、NPO 法人タ ー ト ル のホームページにデータベースとして掲載され検索できる。
(http://www.turtle.gr.jp/)

 こうした視覚障害者自身の努力だけでは雇用は遅々として進まない。そこで、2007 年に『視覚障害者の雇用継続支援実用マニュアル〔関係機関ごとのチェックリスト付〕~連携と協力、的確なコーディネートのために』を企画編集し発刊した。特にハローワークの雇用指導官に活用して欲しいと全国の労働局を通して配布に努めた。さらに、全国の眼科医に、中途視覚障害者に対し、「目が見えなくなっても働き続けられる」の情報を提供していただきたいと、日本ロービジョン学会や日本眼科医会などにも同書の頒布にご協力をお願いした。

 一方、中途視覚障害者の雇用継続を進めるために初期相談を開催し、働き続けるためのノウハウを提供する。心の揺れを支えることや情報提供のために交流会等を開催して仲間作りと学習会などを一貫して継続的に実施してきた。しかしながら当事者が当事者を支えるだけでは限界があり、諸々の公的機関との連携や協力の必要性を強く感じたために 2007年 12 月、任意団体から NPO 法人に移行した。

 目に異常を来たした時、まず治療に専念し、元の見え方に戻したいと願うのは誰しも当然のことである。眼科医もまた、当然ながら治療を優先する。しかし、現代医学でも治療のしようのない眼疾がある。その限界を知る眼科医は、患者の将来はいったいどうなってしまうのかに悩むこともある。生活上の不自由さや仕事が続けられるのかどうかの患者の悩みを傾聴しようとする、その気持ちはあっても、多忙な診療時間のなかで実現できないといった状況にあることもまた現実である。

 眼科医が治療と並行して、中途視覚障害者の諸々の悩みを傾聴して、助言することや視覚障害リハビリテーションを進めることは、当事者はもとより雇用側に対しても、働き続けられるのだという示唆となる。視覚障害者自身が気づかぬ見える部分の発見を促すことや、拡大読書器を紹介することで、読み書きが可能になって就労を継続できたなどの事例もある。情報提供の有無でその人の人生が大きく変わるのである。中途視覚障害者が最初に出会う眼科医の「たとえ、見えなくなっても、働き続けられるのだ」という一言、情報の提供が患者の将来への不安を解消し、「障害の受容」に大きな影響を与えるはずである。

 中途視覚障害者の雇用の継続、即ち失業の防止や復職は、早期の視覚障害リハビリテーションが大切で、そのためには、ハローワーク、生活リハビリテーション施設、職業訓練施設、等々が連携・協力して、個々の中途視覚障害者に適切な支援をしていくチーム支援が望ましい。この支援のあり方、相談のあり方を本研究は追究するものである。

2.視覚障害者の就労の現状と問題解決へのアプローチ

(1)現状

 視覚障害者の就労の現状は、依然として厳しいものがある。就労できる職域は徐々にではあるが、拡大してきている。しかしながら、まだまだ「職業選択の自由」には程遠い状況である。

 逆に視覚障害者の圧倒的多数が就労する伝統ある、そして適職とも言われてきた三療(あんま、はり、きゅう)の職域は、晴眼者の進出が目覚ましく、視覚障害者が国家資格を懸命の努力により取得したにもかかわらず、経済的自立を図るには極めて困難かつ厳しい現実がある。

 例えば、病院のマッサージ師に関してみれば重度視覚障害者(特に全盲)は、雇用の対象から外され、新規の就労はもとより、就労継続さえ阻まれ、厳しい解雇が進んでいる状況にある。また、自営の道も晴眼者の治療院が数多く出現していて、経営的にも太刀打ちできないといった厳しい競争の場にさらされている実態もある。

 一方では、画面読み上げソフトによるパソコンの活用が進み、画面が全く見えなくても、あるいは見えにくくても、文字処理、すなわち事務処理を可能にしている。このことから、視覚障害者の事務的職種における業務遂行を可能にし、各種の職域で視覚障害者の働く事例が積み上げられてきている。また、三療の国家資格を取得後の進路の1つに企業の健康管理、病気の予防対策として、ヘルスキーパー(企業内理療師)の雇用の場が拡大されつつある。カルテ作成・予約管理・実績統計処理など付随事務処理をパソコンにより可能にしていることが追い風となっている。また、事務職をしていた中途視覚障害者がパソコンを活用することで、業務遂行を可能にし、継続雇用に繋がる例が数多く出てきている。もちろん、安全な通勤を確保する歩行訓練や日常生活訓練、更にはコミュニケーション訓練等パソコンの基礎訓練などが前提である。

 中途で視覚障害を受けた当事者は、自信喪失した状態から、各種訓練を受けることで自信の回復が得られる。しかしながら、この訓練を受けようとする気持ちになること自体、既に障害の受容がなされているか、障害の受容に心の揺れはあっても前向きの状態にあるとみてよいだろう。この障害の受容に大きく関わることのできるのが眼科医のロービジョンケアであり、NPO 法人タートルに代表される、つまり自らも視覚障害で悩んだ経験を持つ当事者たちによって組織された支援団体の相談が重要となる。

(1-1) 職種の広がり

 制度的バリア、情報のバリアの解消、例えば医師の国家資格における欠格条項の削除、点字受験の拡大やパソコン使用を認める受験機会の拡大など、あるいは各職域における継続就労の努力などによる実績の積み上げによって職種は広がりをみせている。

 おおまかな数字であるが、医師(8 人)、弁護士(8 人)、理療科関連教師を除く一般教師(200 人)、公務員(100 人)、ヘルスキーパー(400 人)、経営者(50 人)などとなっている。何れにしてもその他様々な分野で働いているが、その正確な人数の把握はきわめて困難である。特に我々が最も知りたいと思うのは、公務員や一般企業内で働く視覚障害者の数である。当事者からの要望もあり、厚生労働省は平成 18 年度から、ハローワークにおける視覚障害者の職種別就職状況の把握に努めている。しかし、これはあくまでも新規就職、再就職、転職を把握するにとどまるが、この積み上げは今後の施策に生かす上で大切である。いずれにしても、雇用の継続や復職のような雇用関係が切れていない人たちの把握は困難である。ここに眼科医とハローワークとの連携が強く望まれる所以のひとつと言える。

ちなみに平成 19 年度の調査結果を下に記す。

平成19年度視覚障害者の就職状況

  就職件数 構成比 (うち重度 構成比)
就職者数 1,820 100 ( 1,029 100 )
専門的・技術的職業 1,011 55.5 ( 761 74.0 )
生産工程・労務の職業 337 18.5 ( 83 8.1 )
事務的職業 277 15.2 ( 122 18.4 )

平成 18 年度との比較では、総件数で 88 件減少。

 職業別構成比では事務的職業が増加(+1.4%)。特に重度の増加(+2.1%)が大きく、ソフトウェアの開発など IT 技術、就労支援機器の発達・普及と活用による効果が大きい。

(1-2) 事務的職種の多様な職域

 パソコンのスキルを身につけて事務職として継続、復職、再就職を図る。全盲、弱視を問わず、企業内のネットワークに入り、ホームページや社内データベースにアクセスし、メールによる連絡等の IT 活用事例にみる職域の拡大が進んでいる。社内ネットワーク(LAN)の整備に伴う 1 人 1 台のパソコン、すなわちペーパーレスの職場環境が晴盲の区別をなくしたといえる。

 以下に事務職としての多様な業務について列挙してみることにする。
☆研修企画・実施業務
☆人事採用担当業務
☆特許申請・管理業務
☆営業後方支援、販売促進業務
☆顧客からの相談業務
☆翻訳業務
☆メールマガジン編集業務
☆ファーストフード店のメールによるクレーム対応業務
☆ソフト開発及び販売会社における全国営業店のエクセルによる売上集計業務
☆専門研修塾におけるコールセンター業務(電話照会に対応。社内データベース検索、整 理、回答)
☆音楽機材販売会社における受注業務及び売上集計(HP を通してメール注文の受注管理)
☆製品クレーム処理業務(顧客企業からの製品に対するクレームの解決策策定)
☆設計会社における営業戦略会議の要約議事録作成業務(テープ起こし)
☆製作 HP の検証業務(ホームページ受注・製作会社における視覚障害の立場での検証)
☆業務用プログラム開発と経理業務
☆ヘルスキーパーの付随事務の処理(予約・集計・カルテ管理等)

(2)問題解決へのアプローチ

 中途視覚障害者の継続雇用を進め、失業を防止する努力は、国の障害者雇用対策の施策の中にも組み入れられ、現場のハローワークに的確な支援の実施についての通知が出されているところでもある。

視覚障害者の就労中のリハビリテーションに関する問題解決へのアプローチとしては、まず、第一に眼科医が直接関わるロービジョンケアが重要である。

 また、新規雇用への促進の動きも進んできている。しかし、この認識はごく一部の人たちにとどまっており、広く「視覚障害者は働ける」という認識が、広く社会の人たちに共有されているとはいいがたい。ごく当たり前に「見えなくなっても、見えにくくなっても働ける」という認識に立ち、訓練を受ければ仕事はできるようになるのだと、この「当たり前の社会認識」になるための啓発活動は今後も粘り強く継続していかなければならない。

 本研究の趣旨は、各機関との連携と協力により視覚障害者の雇用の安定と促進を図ることである。そのためには、中途で視覚障害となった者は、視覚障害リハビリテーションを受けて雇用の継続が図られるように、眼科医、本人、雇用側、ハローワーク、生活リハビリテーション施設、職業リハビリテーション施設、そして本人の心理的側面の支援を行える当事者を含む支援グループがそれぞれ必要に応じて連携し協力していく。視覚障害者本人と治療から「雇用継続に至る過程」における各方面の支援者との有機的、効果的な関係作りが適時、適切に行われなければならない。

 目が不自由となり、仕事の継続に不安を感じ始めた本人は、眼科医から病名を告知された時点で気づく場合もあるし、視力低下が進行性の場合は仕事のしづらさから気づく場合もある。また、ある日突然視力を失う場合は、その時点で仕事の継続どころか、今後生きていくことに不安を抱えてパニック状態に陥ってしまうだろう。障害をもつ現実を受け容れるまで、心理的な支援が必須になる。眼科医の役割は大変大きいし、心理的側面の医療側のフォロー体制と当事者を含む支援団体の支えは大きい。これらの関係性がうまくいくことで、障害の受容がなされていく。

 障害の受容がきちんとできていなければ種々の訓練も身に付かない。不安を抱えたままでは、障害の受容もままならない。何よりも仕事が継続できなくなる、会社を辞めざるを得なくなるといった不安を解消することが先決といえる。雇用側への眼科医の説得、円滑な関係性がカギともなる。ある程度の自信の回復こそ雇用側との交渉にも臨めるというものである。「見えなくても、見えづらくても働ける」という情報と実際に働く視覚障害者との接触が何よりも大切だろう。

 そして各機関との連携という関係性がうまく円滑に進むようにしていくコーディネーターの存在が必要となる。雇用側への各種助成制度のこと、本人への施設における訓練のこと、リハビリテーション訓練を受けるための休暇制度のこと等々適切な時に適切な情報と機会を供与する、まさに的確な支援の実施をハローワークが果たしてほしいのである。

 中途視覚障害者に最初に接する眼科医が行う視覚障害リハビリテーション=ロービジョンケアは、弱視・全盲を問わず、治療と並行した生活の質の向上に焦点を当て、ゆっくりと患者の悩みを聞くことで、あるいは、本人の気づかない目の見え方などを眼科医の立場から気づきを促すことなど処置をすることで、自信の回復や障害の受容に結びつくことがみられる。しかしながら、本人の心は揺らぎ続けるので、これを支えるのが当事者を含む支援団体の役割なのである。当事者を含む支援団体、例えば NPO 法人タートルは相談事業を実施しているが、初期相談の段階で眼科医が関わることで大きく相談効果が上がることは期待できるため、今後の活動の課題としては眼科医との協力・協働の実現に努めたい。

3.本年度調査研究の方針と内容

(1)方針

 多様な業務で求められる事務処理に関して、IT 技術の活用により視覚障害者が対応できる幅が拡がってきたが、それが関係の相談支援機関にまだ十分に周知されておらず連携支援が十分に行われていない。そこで、訪問調査による事例研究、IT 機器の検証等を通して、視覚障害者の事務処理の可能性と課題を検証するとともに、その就労移行や復職に必要な環境整備、訓練、また、各機関の支援者に求められるスキルと連携の在り方などについて取りまとめ、関係者に具体的参考材料を提供し、視覚障害者の円滑な就労・職場復帰に資する。

(2) 内容

 雇用継続を図るためには、どのような支援が必要か。啓発活動の一環として、第 2 章に記述する調査研究と並行して、就労支援機関や企業に中途視覚障害者の雇用の継続を図るための具体例を示したセミナーを開催する。まず、趣旨を以下に示しておき、第 4 章のなかに情報として今回行ったセミナーの概要を記す。

<セミナー開催の趣旨>

 失明は、病気や事故により、いつ誰に襲いかかってくるか分からない。それが働き盛りであれば、職場では中核的な立場にあり、家庭では子供の教育費や住宅ローンを抱えていることも少なくない。中途視覚障害者の雇用継続の問題は、本人にとっても、企業にとっても、職場の同僚にとっても、極めて深刻な問題である。

 視覚障害が原因で一旦退職すると、再就職は容易ではない。その一方で、近年の IT 技術の発展は視覚障害者の職域を拡大し、重度視覚障害者も事務的職種で働くことを可能にしている。それ故、退職することなく働きつづけられるようにすることが肝要である。そのためには、在職中のロービジョンケア=視覚障害リハビリテーションが重要であり、医療機関、訓練施設、労働関係機関等との連携が不可欠で、中でも、ハローワークの役割が重要である。

 このような状況を受けて、平成 19 年 4 月 17 日、厚生労働省から「視覚障害者に対する的確な雇用支援の実施について」(障害者雇用対策課長通知)が各都道府県労働局に出された。その中で、中途視覚障害者の継続雇用支援には、事業主の理解と協力もさることながら、眼科医との連携が重要であることを指摘している。
(厚生労働省障害者雇用対策課長通知:
http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/shougaisha.html)

 以上のようなことから、視覚障害者の雇用継続支援については、①目に異常を感じたら誰もが最初にかかる眼科医療、とりわけロービジョンケアとの連携による職場復帰、雇用継続支援、②在職中のリハビリテーション、能力開発及び職場定着に向けた支援、③視覚障害者に対応できる専門家としての人材の育成とそれらによる支援、などの視点から、問題点や課題を明らかにし、解決に向けた具体的な取り組みをしていく必要がある。そして、このことは、単に中途視覚障害者の雇用継続のためだけではなく、視覚障害者全体の職域の拡大、雇用の促進、雇用の安定に資するものと考える。そのために、セミナーを開催するものであるが、今回は①の視点に関したセミナーとし、②、③の視点については、今後、継続して取り組むことが必要と考える。

 以上のようなことから、視覚障害者の雇用継続支援については、①目に異常を感じたら誰もが最初にかかる眼科医療、とりわけロービジョンケアとの連携による職場復帰、雇用継続支援、②在職中のリハビリテーション、能力開発及び職場定着に向けた支援、③視覚障害者に対応できる専門家としての人材の育成とそれらによる支援--などの視点から、問題点や課題を明らかにし、解決に向けた具体的な取り組みをしていく必要がある。そして、このことは、単に中途視覚障害者の雇用継続のためだけではなく、視覚障害者全体の職域の拡大、雇用の促進、雇用の安定に資するものと考える。そのために、セミナーを開催するものであるが、今回は①の視点に関したセミナーとし、②、③の視点については、今後、継続して取り組むことが必要と考える。

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