事例3

【事例3】スクリーンリーダを活用して、主にExcelで人事に関するデータを処理視覚障害になって店舗から本社に配属替え、人事部署で評価も高くマックスバリュ西日本株式会社 近江 辰夫さん

【概要】 長年、スーパーマーケットの店舗で勤務されていた近江さんは、網膜色素変性症で視力が低下し、視野が狭まって、店内での業務が続けられなくなった。病気療養中に日本ライトハウス視覚障害リハビリテーションセンターで歩行訓練やパソコンの訓練を約9ヶ月受講し、2002年4月に本社人事教育部へ転属となった。人事教育部では、スクリーンリーダ上で主にExcelやLotus Notesを使って、勤怠データ、給与データを参照しての各種資料作成、個人情報管理、所属別人員推移表等の作成、有給取得・欠勤推移表の作成、社員等の時間外勤務進捗管理などをこなしている。日頃からサーバや汎用機上も含めて、どこにどんなデータがあるのか確認するよう努めて、必要なデータを正確に早く作成・加工して提出するため、上司や同僚の信頼も厚い。配属替えになってから、試験に合格して昇格も果たした。

 

1 視覚障害者本人に対する質問

1.1 基本情報

①近江 辰夫(おうみ たつお)さん 男性 47 歳(1961 年 6 月 9 日生まれ)

②視力と視野:視力 右 明暗弁 左 0.01
障害程度: 視力 身体障害者手帳 1 種 1 級 視野 2 級
障害発生年月:病状発生日 1990 年 5 月頃(運転免許の更新時に気がついた)
眼疾: 網膜色素変性症
取得年月日:1997 年 10 月 31 日
白杖の使用:社内、外出時も常時使用。
点字の使用:教育は受けたが現在使用はしていない。

③視覚障害に伴う休職の有無
休職はしていないが、2001 年 4 月から 2002 年 3 月まで病気療養で欠勤した。その間に日本ライトハウスにて生活訓練を受講。

④視覚障害に伴う離・転職または職種転換の経験の有無
2002 年 4 月に同社内で今までの店舗での販売業務から、本社人事教育部での事務職へ配置転換され、職種も事務職に変更になった。

⑤視覚障害または就労について相談したことのある支援機関
広島障害者職業センター
視覚障害者としてのリハビリテーション等を受けるための相談をして、会社側にその内容を説明してもらった。
社会福祉法人日本ライトハウス視覚障害リハビリテーションセンター(以下、日本ライトハウスと略す)
職場復帰にあたって、会社での就労に必要なパソコン、ソフトウェアなどの相談し、実際に使えるかどうか検証してもらった。
中途視覚障害者の復職を考える会(現 NPO 法人タートル)
過去の職場復帰者の事例を紹介してもらった。

⑥社会復帰のための訓練または職業訓練の受講経験の有無
OA 基礎講習(パソコンの基本的な操作方法と Word での文書作成方法)
広島障害者職業センター(期間:2001 年 2 月~3 月)
日常生活動作、点字、歩行、ロービジョン、パソコン(Word、Excel、Access、PowerPoint)
日本ライトハウス(期間:2001 年 4 月~12 月)

⑦現在の所属:人事教育部人事データ担当
職種:事務職
現所属での在職期間:6 年 6 ヶ月(2002 年 4 月から現在に至る)

⑧現在の雇用形態:正社員

⑨最終学歴:岡山大学農学部卒業

⑩業務で利用している視覚障害者用機器・ソフトウェア
JAWS for Windows ver.4.5(日本アイ・ビー・エム株式会社) XP Reader、ホームページ・リーダー ver.3.02、よみとも ver.5.55、 アシストビジョン・ネオ AV-100

1.2 現在の業務について

(1) 現在の業務について

①業務の具体的内容
スクリーンリーダ使用のパソコンでの勤怠データ、給与データを参照しての各種資料作成、人事全般(個人情報管理、所属別人員推移表等の作成、有給取得・欠勤推移表の作成)、社員等の時間外勤務進捗管理。

②業務に関する指示・命令系統、他の人との業務上の連携
人事教育部内での必要な資料作成と他部署(コントロール、経営財形部、店舗オペレーション)からの依頼される資料作成。
その他、電話でのなんでも相談の窓口として従業員からの電話相談を受け、必要に応じて店長へ結果を返したり、アドバイスを行ったりしている。

③出張の有無:なし

④職場における人的支援の状況と必要性
専門的なアシスタントは必要ない。同僚にちょっとしたメモを読んでもらったり、音声が出なくなった際にパソコン画面の状況を尋ねることがある。

⑤利用している視覚障害者用機器・ソフトウェア
全体的には通常の業務の使用に関しては満足している。スクリーンリーダ JAWS forWindows のバージョンが 4.5 と古いので、最新のバージョンにアップする必要はあるかもしれない。また、日本ライトハウスで受けた Excel の訓練内容は、現在の仕事で十分に活かせている。Word での表作成の基礎は日本ライトハウスで学んだが、復習を兼ねて研修を受ける必要があるかもしれない。

⑥研修の受講状況
社内資格登用時のセミナーは受けた。現在は人事教育部で、専門分野でもあるので労務関連の社外セミナーなどには参加してみたい。

⑦業務遂行上の工夫、必要と感じる支援、課題
従業員関連データの処理の基本となる情報は随時最新のものに更新維持しておき、また取得できる給与データ、勤怠データにアクセスして予測できる資料は事前に作成しておく。定期で行う作業は、スケジュールを立てて提出期日に間に合うように作成し、突発的な資料作成依頼に対しても即時に時間厳守で正確な資料を作成提供できるように心がけている。
給与データは一部、自分でアクセスできない部分がある。その取得だけは他の人にやってもらっている。

⑧業務面で会社が配慮してくれる事柄
視覚障害者として必要なソフトウェア、機器は助成金を活用し揃えてもらっている。通常業務でのちょっとした周囲の心遣いも助かっている。

⑨業務面で相談する相手:現人事教育部長と前人事部長、同僚

⑩視覚障害者として勤務するようになって以降に、業務内容の変更があったかどうか。
特になし

1.3 職場生活全般について

①通勤と職場での移動
通勤時間は徒歩約 15 分。白杖を使っての歩行訓練は絶対に必要。実際に日本ライトハウスで長期にわたって徹底的に受けた。

②上司・同僚・外部関係者とのコミュニケーションや電話対応、回覧文書での工夫、課題
電話での応対は晴眼者と同様。メモは太いマジックを使ってメモするか、パソコン内のスケジュールソフトウェアを使って入力する。回覧文書は近くにいる同僚に読み上げてもらっている。

②休憩時間の過ごし方、宴席、親睦会等への参加
昼食、休憩はその日に出社している社員と一緒に食べている。親睦会などにも同僚の手引きなどのサポートを受けて参加している。

1.4 中途視覚障害を経て同じ会社で働き続けた経緯について

①視覚障害による業務遂行上の困難さを感じた時期と困難の内容
進行性の病気である網膜色素変性症のため、30 歳を過ぎた頃から徐々に視力視野とも衰えてきた。当時は店舗勤務であったが、売り場の不良品、賞味期限などの確認や発注業務での文字を書くなどの作業に困難をきたした。病気療養に入る前の 3 年間は、特に支障をきたした。

②その困難に関する相談の有無、相談した相手、受けた助言
その当時の人事担当と面談し、現状の視力では店舗での販売業務はできないことを言われ、内勤スタッフとしてパソコンを使っての部署への転換を指示される。広島障害者職業センターなどに相談し、視覚障害者専門のリハビリテーションセンターである日本ライトハウスを紹介してもらう。そこで具体的な訓練内容を決定し、期間を区切っての訓練を集中的に受けた。

③復職に向けて準備したこと
日本ライトハウスで、歩行訓練とパソコンの操作訓練(Word でのビジネス文書の作成、Excel での表作成とデータ加工、Access 操作の基本、PowerPoint でのスライド作成)を受講した。

④休職した場合は、休職する必要があると判断した理由
休職はしていない。1年間の病気療養期間に上述の訓練を受講した。

⑤復職するまでに会社側が配慮してくれたこと
視覚障害者のための補助ソフトウェア・機器を、助成金を利用し揃えてもらった。また、勤務地である姫路本社に近い所に社宅を用意してくれた。

⑥復職前後での業務内容変更の有無
病気療養に入る前は、店舗での販売業務を担当した。職場復帰後は本社に転属となり、人事教育部で事務処理作業を担当している。

1.6 近江さんの将来の希望

・将来はデータ管理業務だけでなく、視覚障害者の視点から店舗のバリアフリー化のアドバイスなど、お客様サービスにも手を広げていきたい。また、ネットショップなどの新規サービスなどもやってみたい。
・仕事に対する心構えとしては、できることはやる、ベストを尽くす、楽な方に逃げず、少しでも先に進みたい、とのことを掲げられていた。

視覚障害者が就労している事業所担当者に対する質問と回答

事業所名: マックスバリュ西日本株式会社
本人との関係: 上司
役職名: 人事教育部長
氏名: 中村 祐二さん

4.1 本人が視覚障害になった当初の状況について

(1)本人の仕事面での状況
視覚障害当時は広島地区の店舗において、デイリー・グロサリーの売場責任者をしていたが、現場での業務(発注・売場計画・商品陳列)に支障を来たす状況にあり、当時の人事部長が本人と面談し、今後の方向性について話し合った。

(2)本人が仕事以外の状況で、何か困難な状況に陥っていると感じたか
ご質問の内容について、全く困難と感じたことはない。

(3)本人から相談を受けたことはあるか
本人から相談してきたのではなく、当時の人事部次長が本人の店舗での動きを見て、このまま仕事を続けるのは困難と判断した。

(4)眼科医や就労支援機関と、本人の状況について相談する必要性を感じたか
当時の人事部次長と本人が、広島障害者職業センターに相談し、リハビリテーション専門機関として日本ライトハウスを紹介された。

(5)本人が働き続けられるように特に配慮したことはあるか
補佐的な仕事を中心に従事させるのでなく、職務分担を明確にし責任ある仕事を与え、自主的に業務が遂行できるようにした。
前述の次長が復職時には人事部長に昇格され、本人の能力を評価してくれた。そして、人事部の人たちに対して、積極的に近江さんに仕事をやらせてみて、本人の処理能力の高さを知ってもらうよう努めてくれた。

4.2 現在の本人の状況について

(1)現在、本人が担当している業務は、視覚障害になる前と違っているか
視覚障害者として復職する前は店舗での販売部門に従事していたが、復職後は現在の人事教育部に配属し、部内での人事・給与データ作成業務を担当している。

(2)本人が働き続けるために必要な機器やソフトウェアの購入について
必要とされる機器やソフトウェアは購入した。また、購入に際し、助成金の申請も行い認可された。

5 要望

助成金の申請に際し、細かな点まで記載した文書が必要とされる。手続きが煩雑である。

6 インタビュー後の感想

近江さんは病気で視力が低下し、仕事を続けることが難しくなった後、まず、広島障害者職業センターで OA 講習を受講した。その後、日本ライトハウスを紹介されて、約 9 ヶ月訓練を受講した。訓練修了後、本社人事教育部に転属の上、復職できたのは、当時の人事部長が近江さんのそれまでの仕事ぶりを評価して、復職へ向けて熱心に働きかけてくれたおかげであった。近江さんのケースは、復職に向けて上司の理解と支援が大切であり、また、歩行訓練やパソコン訓練など必要な支援がタイムリーに受けられることも重要であることを示している。

近江さんのパソコン訓練を担当した者として、復職後 6 年で上司からも高い評価を受けるまでに定着されていることを確認できたのは、うれしいことであった。しかし、それは、近江さんが常にミスなく確実に仕事をこなし、また日頃からデータの更新と点検に余念なく取り組み、急なデータの要求にも適切に対応されているからこそ成し遂げられたのである。「上司だけでなく、同僚からも信頼されている」という人事教育部長の言葉には重みがあった。

人事登用試験にも積極的にトライされ、会社側がテキストファイルでの出題と回答を認めてくれるという配慮の元、既に主事クラスへの昇格を果たされている。更に上を目指して毎年トライされているのも、「困難な状況にもめげず、自分のやる気を周囲に示す意味があるから」とのことであった。

復職へ向けた訓練を担当している者として、第一線の現場で戦力として働いている復職者の仕事ぶりを確認できたことは、とても有意義であった。しかし、近江さんは視覚障害者であるが故に、並外れた努力をされて、戦力としての評価を勝ち得ているのである。ここに営利企業の現場での復職の厳しさを改めて感じさせられた。

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