【事例5】JAWS for Windows を駆使して、全盲で資機材の購買業務で活躍している
事故で失明後、3年間で復職した建設業で働く事務職
株式会社熊谷組九州支店 藤田 善久さん
【概要】 建設現場での事故で 2004 年に失明した藤田さんは、医療法人社団高邦会柳川リハビリテーション病院で高橋広医師と出会い、早い段階からロービジョンケアで歩行やパソコンの導入訓練を受けた。事故の翌年、国立福岡視力障害センターで歩行訓練やパソコンの訓練を受け、さらに大阪の社会福祉法人日本ライトハウス視覚障害リハビリテーションセンター(以下、日本ライトハウスと略す)で復職に向けて、Excel やイントラネットへのアクセス訓練を受講した。2007 年 4 月、事故から 3 年間で同じ九州支店に事務職として復職、建築部で資機材の購買業務を担当している。復職から 1 年半経て、JAWS for Windows を使用してほとんどの業務を単独でこなせるまでにスキルを高められた。
①藤田 善久(よしひさ)さん 男性 35 歳(1973 年 8 月 27 日生まれ)
②視力と視野:全盲(両眼義眼)
障害程度: 身体障害者手帳 1 種 1 級
障害発生年月:2004 年 5 月
障害原因: 鉄パイプが右頭部に飛来して両眼破裂となる。
白杖の使用:使用
点字の使用:使用
③視覚障害に伴う休職の有無
休職期間: 2004 年 5 月 26 日~2007 年 3 月 31 日
入院期間: 2004 年 5 月 26 日~2005 年 3 月末(約 10 ヶ月)
訓練(国立福岡視力障害センター): 2005 年 4 月中旬~2006 年 2 月末(約 10 ヶ月)
訓練(日本ライトハウス): 2006 年 5 月中旬~2007 年 3 月末(約 10 ヶ月)
④視覚障害に伴う離・転職または職種転換の経験の有無:なし
⑤視覚障害または就労について相談したことのある支援機関
医療法人社団高邦会柳川リハビリテーション病院(以下、柳川リハビリテーション病院)
国立福岡視力障害センター
日本ライトハウス
福岡障害者職業センター
NPO 法人タートル
⑥社会復帰のための訓練または職業訓練の受講経験の有無
点字・歩行・パソコン・感覚訓練
国立福岡視力障害センター(期間:2005 年 4 月中旬~2006 年 2 月末(約 10 ヶ月))
点字・歩行・情報・感覚・墨字・調理訓練
日本ライトハウス(期間:2006 年 5 月中旬~2007 年 3 月末(約 10 ヶ月))
⑦現在の所属:株式会社熊谷組 九州支店建築部
職種:事務職
現所属での在職期間:1 年 5 ヶ月
⑧現在の雇用形態:正社員
⑨最終学歴:高等学校卒
所有資格:1 級建築施工管理技士
⑩業務で利用している視覚障害者用機器・ソフトウェア
JAWS for Windows ver.7.1、らくらくリーダー ver.2.5.2、IC レコーダ ICR-S310RM、プレクストーク PTR2
①業務の具体的内容
・資機材の購買業務での電子契約業務(紙ベースの契約書作成の手前まで)。
・資機材の業者選択(相見積り)を実施後、作業所長の了解をとり作業所に引き継ぐ。
・測量機器の在庫の確認・出荷依頼書の作成および手配。
②業務に関する指示・命令系統、他の人との業務上の連携
指示・命令は建築部副部長(購買担当)から受ける。
その他、業務上の支援は派遣社員の方(女性)から受けている。
③出張の有無、頻度
現在まで 1 度あり。自社が施工した熊本学園大学の構内で、誘導ブロック・点字案内板・音声アナウンスの検証を視覚障害者の立場で行った。
④職場における人的支援の状況と必要性
業務上の支援については、前述の通り、十分な支援をしてもらっている。例えば、画面の様子を教えてもらったり、出勤簿への押印、休暇届の提出など。 現在のところ、外部からのボランティアの必要性は感じていない。
⑤利用している視覚障害者用機器・ソフトウェア
JAWS for Windows ver.7.1 の機能には満足している。特に JAWS カーソル機能が業務上のアクセスに必須であり、その意味で JAWS でないと業務はこなせないと考えている。今のところ、これ以上の研修の必要性は感じていない。PDF 文書のうち、画像部分しかないためか読み上げない PDF 文書を読み上げるソフトウェアがあれば使用したい。
⑥研修の受講状況:社内研修については、その必要性を感じていない。
⑦業務遂行上工夫していること、必要と感じる支援、課題
復職に必要なパソコン訓練は、福岡ではなく大阪まで出向いて受講したが、福岡でJAWS を使った訓練が受けられる体制が構築されるとうれしい。
福祉施設への相談から始めて、パソコンボランティアや福祉施設のパソコン指導の充実化を図ることを課題と感じている。
⑧業務面で会社が配慮してくれる事柄
直属の上司の担当副部長がパソコン画面の様子をフィードバックしてくれ、本人がJAWS カーソルで画面上のボタン等のコントロールの位置を探る手助けをしてくれる。場合によっては、IC レコーダに、JAWS カーソルを使っての操作手順を録音してくれることもある。これによって、ボタン等を押すスクリプトを作成することができ、本人のアクセシビリティの向上に繋がっている。
また、残業報告書や出勤簿への押印、休暇届の提出などを、周囲の社員の手助けを受けて提出している。
⑨業務面で相談する相手:上司の建築部副部長(購買担当)に相談している。
⑩視覚障害者として勤務するようになって以降に、業務内容の変更があったかどうか
事故にて被災する前は、建築作業所の施工管理を担当していた。
復職後は支店内勤に移り、今の購買業務を担当している。担当業務は変わらないが、業務内容は徐々に増えている。
①通勤と職場での移動
通勤時間:1 時間 30 分
慣れるまでの歩行訓練の必要性:必要
安全性確保のための工夫:他の社員より 30 分早く、ラッシュを避けて出勤している。
苦慮する点:道路上に放置されている自転車。バス停では、わざと放置自転車を片付けて、周囲の人にアピールしている。
設備面で望むこと:通勤時にバス停留所に止まったバスに乗り込む際、運転士が車外に告げる行き先のアナウンスが聞き取りにくい。運転士とバスのアナウンスを同時に言わないで欲しい。
②上司・同僚・外部関係者とのコミュニケーションや電話対応、回覧文書での工夫、課題
コミュニケーションでは笑顔で対応するようにしている。
不在の同僚宛の電話を取ったとき、伝言はテキストファイルにまとめて、メールで伝えるようにしている。
③休憩時間の過ごし方、宴席、親睦会等への参加
昼休みは、業務に関連したサイトを見ている。
親睦会等へは積極的に参加している。
①視覚障害による業務遂行上の困難さを感じた時期と困難の内容
復職後1 年 5 ヶ月程度であるが、購買業務に関する Excel のデータファイルにおいて、初めて見るワークシートではどのセルに何が書いてあるのか探っていくのが大変である。PDF ファイルで受けた見積書なども JAWS カーソルを駆使して、データの配置を読み取ろうとするが、音声の制約もあり、どこに何が書いてあるのか独力で探るのが大変である。同僚に助けてもらうことも多いが、自分でも努力している。
また、現在抱えている問題として、資機材の購買業務に関して、本社の決済をとるイントラネットの画面を JAWS 上で操作していると、何回か送信に失敗してしまうことが挙げられる。これは原因がわからず、解決に至っていない。ただ、何回か同じ操作を繰り返すと最後には送信されるので、それで対応している。
②その困難に関する相談の有無、相談した相手、受けた助言
日本ライトハウスで訓練を受けた指導員に電話で相談することもある。
使用しているパソコンが替わったため、「らくらくリーダー」の再登録に関して、アイネット株式会社の担当者に相談した。PDF ファイルの読み取りに関して、「らくらくリーダー」の設定のアドバイスを受けた。
イントラネット上のトラブルについては、本社のシステム部に JAWS がインストールされたパソコンを送って、原因を調べてもらったこともある。
③復職に向けて準備したこと
日本ライトハウスでの訓練の最後の 3 ヶ月間は、電車で 10 分ほどの距離にある株式会社熊谷組関西支店にてイントラネットにアクセスする訓練を受けた。掲示板、メール、文書共有などの各画面を操作するために必要な JAWS スクリプトを作成してもらった。
復職前には、再度、国立福岡視力障害センターの歩行指導員に自宅から会社までの歩行訓練を受けた。朝夕のラッシュ時に合わせた通勤歩行訓練 1 回ずつと、社内の移動訓練が 1 回あった。
④休職した場合は、休職する必要があると判断した理由
事故による治療と、全盲になって事務職として復職するために、歩行訓練やパソコンの訓練を受ける必要があると感じたので、休職して訓練を受講した。
⑤復職するまでに会社側が配慮してくれたこと
・訓練で使うパソコンを会社側が準備し、貸与してくれた。
・復職後の業務について勉強するために、いろいろなデータを準備してくれ、訓練中に活用することができた。
・会社側は復職して仕事ができるまで、パソコンのスキルをつけるように励ましてくれ、
休職期間については期限をつけなかった。
⑥復職前後での業務内容変更の有無
事故にて被災する前は、建築作業所の施工管理を担当していた。
復職後は支店内勤に移り、今の購買業務を担当している。
制度として、休職中の人が会社在籍のまま、職業訓練が受講できることを望む。その際、経済的支援が受けられればなお良い。
事業所名: 株式会社熊谷組 九州支店
本人との関係: 人事部担当者
役職名: 九州支店管理部課長
氏名: 樋田 和久さん
(1)本人の仕事面での状況
2004 年 5 月、鹿児島県の工事現場で飛来した鉄パイプが本人の頭部を直撃して、両眼破裂で失明した。当初は、今後どのように回復するのか、全盲で何ができるのか、治療を終えて復職する可能性はあるのか見通しが立たなかった。
(2)本人が仕事以外の状況で、何か困難な状況に陥っていると感じたか
入院状態で、回復して働けるようになるかどうか、全く見通しが立たなかった。
(3)眼科医や就労支援機関と、本人の状況について相談したか
当時の担当者が柳川リハビリテーション病院眼科の高橋広医師に相談し、音声パソコンの紹介を受けた。また、福岡障害者職業センターの紹介で、東京の事業所で働いている視覚障害者を訪問し、スクリーンリーダ上でパソコンを操作しているところを見学した。
(4)視覚障害者に対する生活訓練や職業訓練等の情報を得ていたか
前述の事例を見て、当時の人事担当者は全盲者でもパソコンを使いこなせば復職できると確信した。そのための生活訓練(歩行・パソコン)についての情報は、前述の高橋広医師より得た。
(5)視覚障害となった社員が生活訓練、職業訓練を受ける際、病気休暇、休職、研修制度が適用されるか
社内の規定で、業務上の傷病により休業する期間が 3 年を超え労働基準法第 81 条の規定に基づいて打切保障を行った時に解雇とされ、社会保険料は会社側が立て替えて支払った。休職中の 2005 年 4 月~2006 年 2 月は国立福岡視力障害センターで生活訓練を受講し、さらに 2006 年 5 月~2007 年 3 月、日本ライトハウスで生活訓練と復職に向けたパソコンの訓練を受講した。
(1)休職の理由
治療と復職に向けた生活訓練(歩行・パソコン)受講。
(2)休職に対して、産業医や会社側の考え
当初は回復して復帰できるのか、どんな仕事ができるのか不明であったが、本人の復職への意識が強いこと、また担当者が音声パソコンを使いこなせれば復帰できると確信したことで、休職して生活訓練を受講することを支援した。
(3)休職に際して、会社側が本人に配慮した点
音声パソコンを使いこなせれば職場で仕事ができるとわかって、期限を決めずにじっくり、ゆっくりと訓練を受けるよう本人に促した。時には焦る本人にセーブをかけることもあった。
また、訓練で使用するノートパソコンは会社側より本人に貸与し、そこに本人が自費で購入したスクリーンリーダ「JAWS for Windows ver.4.5」を搭載して、パソコン訓練が JAWS で受講できるように支援した。
(4)休職する際に、復職させることは決まっていたか
前述のように、担当者が音声パソコンを使いこなしている事例をみて、ここまで使いこなせれば復職できると確信した。
(5)休職中、本人の眼の状況や復職への準備状況について、本人から報告を受けたか本人からは随時、報告があった。社内のホームページで頑張っている姿を披露した。
(1)本人の復職を認めた理由
歩行訓練を受け、単独での通勤歩行が可能であり、また、日本ライトハウスでのパソコン訓練で Excel が使いこなせることを確認して、社内でやってもらう仕事があると判断したから。
(2)復職に際して、眼科医や就労支援機関と相談したか
休職中に福岡中央公共職業安定所から助成金の説明を受けた。建物の改善の必要はなかったが、状況によっては助成金を使う可能性もあった。
しかし、休職中にパソコン訓練を受けるために、スクリーンリーダ JAWS forWindows をインストールしたパソコンが必要であったのに、休職中は助成金が下りないということであったので利用しなかった。
(3)復職後の業務は休職前の業務と違っていたか
事故による休職前は、建設現場での施工管理の仕事をしていた。復職後は内勤で一般事務をしている。
(4)復職に際して事業所側が配慮した事項
・職場に視覚障害者が復職してくることを周知した。
・本人の机は、通路やトイレに近く、本人が動きやすい場所を割り当てた。
・休職中に訓練受講に必要なノート型パソコンを貸与した。
・福岡障害者職業センターより、一般社員を対象とした視覚障害者に対する支援の仕方を説明する講習会開催も可能ということであったが、現在のところその必要はなく実施していない。
(5)復職後の業務遂行に必要な機器やソフトウェア購入
休職中に訓練受講に必要な、Windows XP と Office 2003 のインストールされたノート型パソコンを貸与した。
復職後、建築部で資機材の購買業務を担当するには OS が違い、またパソコンがパワー不足であったので、会社側が Windows 2000(職場での標準 OS)と Office 2000のインストールされたパソコンを用意した。パワー不足で、JAWS for Windows 上で会社側のシステムを動かしていくと、しばしば止まってしまったからである。
これら、すべてに助成金は利用しなかった。
その他、スクリーンリーダを始めとするソフトウェアのバージョンアップや、スキャナの購入は本人が自費で行った。
(6)復職後の本人からの相談の有無について 特に本人から相談を受けたことはない。
(7)復職後、本人の処遇に関して困ったこと
復職に際して、これまでの異動を伴う総合職から異動がない一般職に変更したが、特に困ったことはない。
(8)今後、本人に期待すること
建築部での購買業務で、どんどんスキルアップを図って欲しい。資材の調達における取り決めや市場の調査などで、会社側の期待に応えるべく、これからも頑張って欲しい。
福岡中央公共職業安定所より、助成金に関することなど積極的な情報提供を受けたが、残念ながら助成金が休職中は出ないとわかり、利用できなかった。このあたり、助成金申請要件の緩和を望む。
また、訓練費用に対する支援があれば、本人の負担も軽減されたのではないか。
面接の後、ご本人のデスクで資機材の購買業務のデモをしてもらった。何百回も繰り返している操作とのことであったが、JAWS での Excel ワークシート上のボタン操作や本社決済を得るためのイントラネット画面での操作は速かった。JAWS カーソルでの操作やそれをスクリプトに作り上げる操作は訓練でやった内容であり、担当した者として実施した訓練が役立ったことを確認でき、幸せであった。
調査者は会社側担当者に対して、「事故に会社側が責任を感じたから、復職に積極的だったのか」と聞きにくいことを敢えて質問した。しかし、樋田課長の答えはノーであった。先任の担当者が、視覚障害者がスクリーンリーダ上でパソコンを駆使している様を東京のある事業所で見学し、「これならば事務職として仕事ができる」という確信が持てたからこそ復職を認める方向で動いたのであり、決して本人に同情して、或いは事故に会社側が責任を感じたからではないというのが、課長の答えであった。企業のおかれている環境が厳しさを増している中で、本人が戦力になりうるという確信があったからこそ、会社側も熱心に復職に取り組んだというのは、納得できる説明であった。事業所見学をアドバイスされた NPO 法人タートルや福岡障害者職業センターの果たした役割は大なるものがあったと思う。会社側の期待に応えて、ご本人も大阪まで出かけて訓練を受講した。本人の訓練に向かう態度は、毎時間の訓練内容を全てプレクストークで録音し、毎晩、聞き直して復習するという熱心さであった。
今の藤田さんの仕事内容を考えると、JAWS for Windows の使用を勧められた元柳川リハビリテーション病院眼科の高橋広医師のアドバイスは適切なものであった。それ以上にこの事例が示す素晴しさは、これだけ大きな事故に遭遇しながらも、わずか3 年間でベッドサイドから復職につながったという事実である。この意味からも、柳川リハビリテーション病院でのロービジョンケアの果たした役割は大きく、病院スタッフの功績は大であったと言えよう。