【事例 10】新卒採用から勤続 10 年
多彩な趣味と明るい人柄が光る
システムインテグレーション事業ならびにシステムサポート事業 T さん
【概要】 大学 4 年時、精力的に就職活動をするも、ことごとく不採用となり、大学の就職部の紹介で 1998 年に入社。全盲でありながら、スポーツ観戦や落語など多彩な趣味をもつ魅力的な人間性が、採用の決め手となった。入社してから 7 か月間、給与・交通費を会社が負担して、筑波大学付属盲学校でWindows を使用するための研修(Unix、C 言語、DOS コンピュータの設定方法等)を受けた。以来、パソコン技術を生かして 10 年間事務職として勤務し、現在は推進本部営業企画部に所属。コンピュータ会社の特性上、必要書類や掲示板等は社内システムを音声で使用することにより、ほとんど独力で処理している。数字に強いと上司の信頼も厚く、Excel を用いた集計業務や、インターネットを駆使した調査業務を中心に行ってる。
①T さん 男性 1973 年生まれ
②視力と視野:先天性弱視 右:眼球ろう 左:先天性網膜異常、網膜剥離幼少時は 0.04 程度視力があったが、中学 2 年時に全盲となった。光覚もなし。
障害程度: 身体障害者手帳 1 級 1980 年 4 月取得(就学時)
眼疾: 先天性網膜異常、網膜剥離
白杖の使用:使用
点字の使用:使用
③視覚障害に伴う休職の有無:なし
④視覚障害に伴う離・転職または職種転換の経験の有無:なし
⑤視覚障害または就労について相談したことのある支援機関
公共職業安定所(有効な支援は得られなかった)
大学の就職部
⑥社会復帰のための訓練または職業訓練の受講経験
歩行:盲学校で少し教わった程度。
Unix、C 言語、DOS コンピュータの設定
入社してから 7 か月間、筑波大学付属盲学校で Windows を使用するための研修を受けた(給与・交通費は会社が負担)。
⑦現在の所属:推進本部営業企画部
職種:事務職 約 10 年(部署は異動しているが、基本的な業務は変わっていない。)
⑧現在の雇用形態:正社員
⑨最終学歴:大卒
⑩業務で利用している視覚障害者用機器・ソフトウェア
XP Reader、JAWS for Windows(メール・インターネット)点字ディスプレイ
①業務の具体的内容
・ルーチンワークとしては、毎月 1 回の「経営戦略会議」の資料作成(6 つの支店の業績集計)、個人の実績集計。
・調査業務(コンピュータソフトウェアの制作に関する特許出願の調査、コンサルタント業務にかかわる業界の動向調査。
②業務に関する指示・命令系統、他の人との業務上の連携
直属の課長(部の中に、3 人の課長がいる)。業務によっては部署をまたいで、知的財産部の課長や総務課長からの業務指示もある(T さん特有)。
③出張の有無:なし
④職場における人的支援の状況と必要性
特に決まったアシスタントはいない。必要な時(郵便物の確認、紙ベースの物品発注書類など)は近くの席の社員に依頼するなど、臨機応変に対応している。
システムについては社内のサポートセンターに問い合わせるルールになっている。
社内の連絡事項(掲示板)については、グループウェアを使用し、自分で確認可能。
⑤利用している視覚障害者用機器・ソフトウェア
現在使用しているもので、概ね満足している。5~6 年に一度、コンピュータの更新があるが、自分のマシンをどのような環境にして欲しいか、意見を聞いてもらえる。
また、コンピュータ会社という会社の特性上、各部署に1人はシステムのわかる人(もともと SE や営業から異動してきた社員)がいるので、何かあればすぐに対応してもらえる。その部分は、システム会社の強みだと思う。
⑥研修の受講状況
入社後 5~6 年間は、一般社員と同様の、ビジネスマナー、ビジネスコミュニケーションなどの研修を受けた。
日本盲人職能開発センターの短期の講習会で、Access を学んだ。
自分でビジネス実務法務を学ぼうとしたが、点字受験は認められないと言われた。
⑦業務遂行上工夫していること、必要と感じる支援、課題
「世話」をしてくれる人が必要とは思っていない。自分からどんどん話していく、提案していくことが必要だと思っているし、学生時代からそのようにしてきたので、自分主導で何とかしていくことにはなれている。業務内容についても、できそうな仕事を自分から提案していくことを、いつも考えている。
⑧業務面で会社が配慮してくれる事柄
出勤簿、休暇簿、給与明細なども、すべて自社の業務管理ソフトウェアが音声に対応しているため、自分で処理できる(Acrobat Reader、JAWS for Window、XP Reader)。
座席位置を、なるべく入り口近くになるよう、配慮してもらっている。
⑨業務面で相談する相手:所属部長、課長、人事部長
①通勤と職場での移動
通勤経路の歩行訓練については、一度、家族と確認した程度。
通勤時間は約 50 分。安全性の確保のため、駅から会社までの歩行距離が短い経路を、例外的に認めてもらっている。設備面ではエレベータ 4 基のうち、1 基が音声対応。点字表示あり。大体、ワンフロアで仕事をしているので、移動に困ることはない。
②上司・同僚・外部関係者とのコミュニケーションや電話対応、回覧文書での工夫、課題
・自分から声をかける。
・電話はコールセンターが対応するので、業務選択的にとらないようにしている。
③休憩時間の過ごし方、宴席、親睦会等への参加
・普通にインターネットなどして過ごしている。
・宴席なども、普通に参加できるときは参加している。
①現職に就くまでに求職活動に要した期間
大学 3 年の冬~4 年生の 2 月まで、約 1 年。
②就職のための支援を受けた機関
現在は格段に良くなっていると思うが、10 年前は視覚障害者の就職の場がほとんどなく、大学の就職部を除いて支援らしい支援は受けられなかった。
③就職のための面接時に工夫したこと
就職説明会に積極的に参加し、障害者枠以外の一般面接会に、1人で行くこともあった。50 社以上の企業から不採用通知をもらった。
パソコン等の支援機器を使って業務可能であることを PR した。
当時は視覚障害者と会うのも初めてというような人事担当者が多く、就労しようとして活動しているにもかかわらず、「1人で食事ができるか?」「1人で通勤できるか?」というような質問をされることもあり、無理解に憤りを感じることが多かった。障害者を雇用しようとしているのなら、少なくとも基本的な障害者の生活について勉強しておくべきなのではないか。
事業所名: システムサポート・開発事業
本人との関係: 上司(人事担当者)
役職名: 人事部部長
氏名: Fさん
(1)どのような経緯で本人の面接をしたか
通常の大学新卒者採用(次年度)の依頼で、12 月頃大学に出向いた際、就職課の方から「まだ決まっていない 4 年生がいる」と紹介を受けた。ちょうど、障害者雇用に関心が高まっていた時期でもあり、本人と面接して決めた。
(2)本人を面接した印象
全盲だが趣味が多彩(スポーツ観戦、落語等)で、人間的にも明るく魅力があり、能力もあると感じた。
(3)視覚障害者を採用するにあたって、不安な点は何だったか
4 年前までは新日本橋の古いビルにテナントとして入っていたので、障害者用の設備が整っていなかったため、設備的に不十分なのではないかと心配だった。
通勤については、一度歩けば覚えると聞いていた。
受け入れにあたって、エレベータや階段に点字表示を貼ったり、いらないものやコード類を片付けるよう、社員に周知した。
(4)採用に当たって、就労支援機関と相談したか
ハローワーク
(5)採用の決め手となったことは何だったか
仕事ができるとの判断したことと人間性
(1)入社後、担当させた業務が決まった経緯
最初は何ができるかできないか、本人と相談しながら、手探り状態だった。仕事量が少なくて、本人が不満に思うのではないか、心配だった。
社員の大半が営業職と SE だが、本人の適性を考慮して、事務職(業務管理部)に配置した。数字に強いので、Excel の集計中心の業務に就いてもらっている。各事業所の情報のとりまとめを任せている。
(2)入社後、会社側、職場の同僚などが配慮したことは何か
・できるだけ、電子データでのやりとりを心がける。
・昼食の時間をずらして、早めにとれるように配慮。
(3)入社後の業務遂行に関して、必要な機器やソフトウェアを購入したか
機器購入の助成金を申請(点字ディスプレイ)。
(4)入社後、本人から相談を受けたことはあるか
・異動についての相談(所属部よりも本人の業務内容に即した部への異動希望)。
・時期によって、仕事量が少ないとの相談。
(5)入社後、本人の処遇に関して、何か困ったことはあったか
入社から 10 年経ち、同期がグループリーダーという役職に就いたり、頭角をあらわしてきている。社の方針として成果主義の部分があるので、与えている仕事の絶対量として昇格できにくい状態がある。今後、処遇について検討したいと考えている。
(6)今後、本人に期待することは何か
仕事面では、職域を拡大していきたい。現在は Excel 中心だが、Access も使えると聞いているので、可能性を探っていきたい。
視覚障害を持った社員の中で最年長でもあるので、他の社員のよき相談相手になってほしい。
視覚障害者の採用は T さんが初めてだったとのこと。会社側もご本人も手探り状態の中で、積極的にコミュニケーションをとりながら、核となる自分の業務を確立してきた T さんの努力と、視覚障害者の職域として、まだ事務職がそれほどメジャーでなかった 10 年前に、全盲の新卒生を雇用し、育成されてきた企業の懐の深さが感じられた好事例であった。
インタビュー時も、歯切れよく、明快な受け答えがすがすがしい T さんであるが、信頼を寄せられているのは、その人柄だけでなく、確実な仕事への取り組みと確かなパソコン技術に裏打ちされていることは言うまでもないであろう。
就職して 10 年が経ち、企業の中核となる年齢となった今、さらに企業に貢献できる仕事をし、後輩たちの道を拓いていこうとする T さんの熱意が強く伝わってきた。今後のさらなる活躍が楽しみな青年である。