事例13

【事例 13】仕事ができれば障害は関係ない
パソコンとインターネットで情報を自在に駆使して記事を執筆
株式会社建築資料研究社 北神 あきらさん

【概要】 北神あきらさんは、1989 年に網膜剥離を発症、1990 年に失明する。休職に入って 3 年目に、リハビリテーションセンターで知り合った視覚障害の方から、建築資料研究社を紹介される。プログラム作成というテスト課題をクリアし、採用に至る。現在は、建築関係の最新情報をインターネットから収集し、これをもとに、社内ホームページやメールマガジン向けの記事を執筆するのが主な業務である。2000 年以降は在宅勤務。

 

1 視覚障害者本人に対する質問と回答

1.1 基本情報

①北神 あきらさん 男性 1950 年 3 月 19 日生まれ

②視力と視野:光覚弁
障害程度: 身体障害者手帳 1 種 1 級、1990 年取得。
眼疾: 1989 年 10 月、網膜剥離発症。1990 年に光覚になる。
白杖の使用:使用
点字の使用:使用

③視覚障害に伴う休職の有無と期間
前の会社で休職 3 年半(1989 年 10 月~1993 年 3 月)。この間、病欠の時は傷病手当金(6 割)、休職期間は 6 割。傷病手当が切れたあとは会社から 6 割。

④視覚障害に伴う離・転職または職種転換の経験の有無
転職あり。休職から 3 年半後。ただし、空白期間なしに現在の会社に採用された。

⑤視覚障害または就労について相談したことのある支援機関
国立職業リハビリテーションセンター(そこでの 1 年先輩の弱視の方)。

⑥社会復帰のための訓練または職業訓練の受講経験の有無
生活訓練
国立障害者リハビリテーションセンター(期間:半年)
Lotus Notes、一太郎
国立職業リハビリテーションセンターOA システム科(期間:1 年間)

⑦現在の所属:マーケティング広報室。
職種:事務職 在職 15 年半(1993 年 4 月~)。

⑧現在の雇用形態
正社員。在宅勤務。
1993 年から 1995-96 年くらいまでは通勤。それから 2 年在宅勤務。1 年半通勤。2000年以降、現在まで在宅勤務。勤務時間は普通と同じで 9 時から 18 時。会社へは数ヶ月に 1 回出勤。在宅勤務は社内で北神さんだけ。

⑨最終学歴:大学卒
資格:英検 2 級

⑩業務で利用している視覚障害者用機器・ソフトウェア
会社から支給されたパソコンと通信環境。XP Reader、FocusTalk、ホームページ・リーダー(以上は会社から支給)、JAWS for Windows(自分で購入)。

1.2 現在の業務について

①業務の具体的内容
社内ホームページ向けのニュースの作成、週 2 回の社内向けメールマガジンの発行。原稿のリライト。ネットから自分で情報収集をして、社内向けに執筆。過去に開発した事務処理システムのメンテナンス。

②業務に関する指示・命令系統、他の人との業務上の連携
吉岡次長からメール及び電話で指示を受ける。電話は週に 1~2 回。北神さんからも電話をかける。その時間帯は決まっていない。

③出張の有無:なし

④職場における人的支援の状況と必要性
在宅なので周囲からの支援は特になし。かつて通勤していた頃は、自然な支援(食事の時に一緒に行く、駅まで迎えに来てもらうなど)。
約 6 年前に社内の書類は全て電子化されたので、読み書き上の問題はない。

⑤利用している視覚障害者用機器・ソフトウェア
現行の機器で十分役に立っているので、特に要望はない。

⑥研修の受講状況
以前、研修を受けたことがある。職業訓練、就労支援は職場の研修扱いで行くことが できる。

⑦業務遂行上工夫していること、必要と感じる支援、課題
短時間で Web から情報を収集できるように工夫をしている。Web の構造を自分で理解できるように、HTML の書き方を勉強した。Web サイトを見て、こんな写真があるだろうと推測する。
通勤していた頃は、タイムカードにクリップを挟んでおくことで自分のカードであることを認識した。カードの裏表は日数で切り替えた。

⑧業務面で会社が配慮してくれる事柄
特にない。普通に接してくれている。

⑨業務面で相談する相手:吉岡次長

⑩視覚障害者として勤務するようになって以降に、業務内容の変更があったかどうか
視覚障害者の有無にかかわらず業務は変わっていく。当初は総務部に入り、次に発注・購買、デザイン、研究開発事業を経由して、現在の部署(広報室)に移り、映像製作とWeb 講座を担当。更に社内のメルマガを企画。

1.3 職場生活全般について

①通勤と職場での移動
通勤していた頃も特に工夫、要望などはなかった。

②上司・同僚・外部関係者とのコミュニケーションや電話対応、回覧文書での工夫、課題
メールと電話。電話はできるだけ、毎日するように心がけている。電話をかける時刻は不定。

③休憩時間の過ごし方、宴席、親睦会等への参加
在宅勤務なので、健康面に気をつけている。家事、掃除、体操をするなど。
年 1 回の納会に参加する(職場での飲み会は少ない)。

1.4 視覚障害者として再就職した経緯について

①現職に就くまでに求職活動に要した期間
約 1 年。障害者向けの集団面接を利用。50 件ほど応募し、面接もたくさん受けた。履歴書は一太郎で作成した。

②就職のための支援を受けた機関、その機関の支援の状況と課題
国立職業リハビリテーションセンター

③就職のための面接時に工夫したこと、面接した会社の対応に関する感想
障害者を対象とした面接といっても様々である。

④離職経験がある場合は、前職の状況
前職は経理。在職期間は 17 年。離職の原因は視覚障害と考えてよい。

1.5 公的サービスに望むこと

本人と会社の間に立ってくれるアドバイザー的な役割の人がいてほしい。視覚障害者支援についてちゃんとした知識を持った人。公的な機関(ハローワーク、職業センター、日本盲人職能開発センター、日本ライトハウスなど)にいてほしい。視覚障害に成り立ての頃は障害について素人なので、病院から福祉事務所へつないでくれるルートを用意してほしい。

視覚障害者が就労している事業所担当者に対する質問と回答

事業所名: 株式会社建築資料研究社
本人との関係: 上司
役職名: マーケティング次長
氏名: 吉岡 伸浩さん

3.1 新規採用に至った経緯

(1)どのような経緯で本人の面接をしたか
会社として障害者雇用を進めようとしていた頃、国立職業リハビリテーションセンターで訓練を受けていた弱視の方が既に当社に就職しており、その方から北神さんを紹介された。テスト期間(1992 年 11 月~1993 年 3 月)を設け、その間に Lotus 1-2-3のマクロで時間外給与判定プログラムの作成という課題を与えた。これは、社内の電算化を進めるにあたって事務局員を必要としたためである。テスト期間の給与はなかった。

(2)本人を面接した印象はどうだっか
面接は総務担当の常務と総務課長が実施したので、状況はわからない。会社としては、仕事の遂行能力が重要であり、障害の有無は関係なかった。

(3)視覚障害者を採用するにあたって、不安な点は何だったか
既に 1 人視覚障害者を受け入れていたため、不安はなかった。

(4)採用に当たって、就労支援機関と相談したか
国立職業リハビリテーションセンター

(5)採用の決め手となったことは何でしたか。
テスト課題をクリアしたから。

2.2 採用後の処遇について

(1)入社後、担当させた業務が決まった経緯
採用時に業務は既に決まっていた。採用後は、新しい仕事の機会を少しずつ与えていった。

(2)入社後、会社側、職場の同僚などが配慮したことは何か
・駅からの誘導などの自然な支援をした。
・駅から会社周辺までの点字ブロック敷設を豊島区に要望した。
・社内で音声出力付きエレベータを導入した。早く導入したかったので、助成金は利用せず会社の費用でまかなった。
・パソコン、スクリーンリーダ、自宅の通信環境は会社から支給している。

(3)入社後の業務遂行に関して、必要な機器やソフトウェアを購入したか
機器等の購入にあたっては助成金を使用した。

(6)今後、本人に期待することは何ですか。
社内でもちろん、社外(NPO 法人視覚障害者パソコンアシストネットワークのような活動)でも、後輩あるいは後進の育成をもっともっとやってもらえたらいいと思う。

2.3 障害者雇用に関して

北神さんのほかに、コールセンターで視覚障害のある女性を 4 人採用した。4 人のうち 2 人は日本盲人職能開発センターに紹介してもらった。彼女たちは歩行訓練がしっかりできていた。
現在雇用している障害者の数は 14 人。聴覚、肢体不自由など。

6 インタビュー後の感想

「仕事ができれば障害は関係ない」という会社の採用基準に感服した。入社後も自然な支援だけといいながら、点字ブロック敷設の要望や音声付きエレベータの自費導入など、積極的な雇用支援をしている。視覚障害者の雇用をあくまで普通のことと受け止めている会社の状況は、もっと広く知られてほしいと思った。

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